稽古不足を幕はまたない
役者稼業は親の死に目にも会えない
そして
喉の調子が悪くても…
まぁ得てして世の中の仕事というモノは大体に於いてそうなのではあるが

とは言え中々に誤魔化しが効かない稼業ではある
その誤魔化しを咄嗟に考えたのだから笑っちゃう
その昔自分の師匠のはな太郎も
「生の舞台誤魔化す事もプロのウチだからな
ただコレばかりは場数をこなさないと中々出来ない…だから若いうちは絶対に間違えないように稽古なりを積まないといけないんだよ!分かるか?」
結局誤魔化せないのか?(笑)
ていうかウチの師匠は誤魔化すも何も元が良く分からないのよね
堂々と初めから一字一句間違ってセリフを言う
つまりは誤魔化しというか思い違いをやり抜く図々しさが大事だという事なのよね(笑)
んなアホな(笑)

100歩譲って今回に当てはめるとしたら
H君は声がしゃがれてるヒト若しくは声が
出ないヒトを思い違いして堂々と演じるって事なのよね(笑)
出来るか⁈(笑)

「M 0いきます」AさんのQ出しの声が袖に届いた
「H君何があっても焦らなくて良いからねゆっくり楽しく開き直っていこう」
まるで自分に言いきかすかのようにH君の耳元で言った
彼は声を出すことなく軽く頷いた…

股間がキュッと
なった!
芝居以外の緊張だった
でもそれが
舞台というモノで自分も随分と先輩方にそういう思いをさせてきたのだ

芝居の神様!誓います!
きっと上手く面白い舞台になるのでどうか見守っていて下さいまし!






そして……


取り越し苦労であれば幾らでも心配するよ…

良く結果が分かる前にああだこうだと心配したり予測すると意外にも好転することが有る
なんでかね?
勿論そのまんま心配通りドボンってことも同じくらい有る(笑)

「いらっしゃいませ!」

まっいずれにせよ本番は始まる
ただ
ここまで何も考えずに無駄に過ごしたワケじゃない
と言いたいところだが
万策尽きるどころかほぼ何も浮かばなかった
白湯を飲ませて飴を舐めて貰っただけだ

運を天に任せるしかないのか?

幕が開いてH君の声がどのくらい出るのか?
取り越し苦労をするだけしてみる
まだ開場したばかりだ
30分は有る

コメディーであるからと言って笑いに逃げるのも切ないし…
なんかないか?

パターン1
(全く声が出ない時)

パターン2
(少し声が出る時)

パターン3
(半分くらい出る時)

パターン4
(かすれる程度)

パターン4
(全く問題無し)

スタッフのAさんが舞台裏の楽屋に
「どうしますか?」
「5分押しでいきましょう」
お客さんの入りもチェックせずにH君の体調を慮って即答した

Aさんの顔を見て閃いてしまった!

コレしかない!

あとは運を天に任せるしかない

再びAさんを呼び耳元でお願いをした
そしてそれは役者全員にも告げた
皆鳩が豆鉄砲を完全に食らった顔だった…

舞台裏大幕一枚隔てた狭く暗がりで然も小さな声で大博打の作戦が執り行われていたのだ
そんな事は露ぞも知らないお客様が続々と来場して来た
お客様のざわめきで作戦会議は程なく終了

あとは

幕が開くのを待つのみ

H君の心情を思うと胸が熱くなるが
一か八か

やるしかなかった!


さてAさんにお願いした作戦とは?
そうAさんと言えば
そう
役で効果音師をやってもらっている
つまり
H君の声が出てこない場合は
効果音師転じて

ズバリ!
「活弁士」

無声映画の活動弁士よろしく
Aさんに舞台袖に立って貰い台本通りに…

もうコレしかなかった
あとはどのくらい声が出るのか?
それによって弁士は出さないで済むのか?
否か?

無謀
無防
無帽

されど
無策では無い

後悔だけが人生さ…(笑)

笑うしかなかった


「5分前です」







そして…





強靭なヒト…

客入れ迄あと10分
全体集合
気合い入れからの客入れになる
H君は白湯を口に含みながら客席に座っていた
思わず自分も白湯を口に含みゴクンとやる

「集合!」
因みに気合い入れとは皆で輪になって青春宜しく肩を組み「ガンバルゾ!」 「オー!」
的な…
ただ残念ながらこん時の記憶が…(笑)

というのもこの気合い入れは後々間違いなく
ワタシの生き様というかワタシの真骨頂というかシンボリックなモノとして欠かさない行事の一つになっていくのです

こん時はいかんせん劇団としてやっていくつもりはまだ無かったせいかこの気合い入れ的な
部活動モードは全く頭にはなく公演を打つことで一杯一杯で色々と余裕がなかったネ

そう
余裕がなかったネ
H君の心情を慮ることも出来なかった
いきなり的に芝居の台本を書かされて
オマケにほぼ主演をやらされて
疲れと初日打ち上げで喉迄やられて…
そんなH君の心情を考える余裕がなかった

ただ
そん時はH君頼む!
としか思えなかった
情けなかったネ…

そんな時は
そう
流石のAさんがH君に一言…

それはスタッフが開場のコールをする一分前だった

「普通に張らずに…素喋りでいいからネ」
「ハイ」

「開場します!」

後で聞いた話しだが
H君は

素喋りの意味が直ぐには理解できなかったらしい(笑)
時間がなかったのでその場のノリで
「ハイ」と…(笑)



「いらっしゃいませ!」


いよいよ2日目
2日落ちになるか2勝目をもぎ取るか

のるかそるかの大博打

楽しみしかなかったネ!

こん時は…






そして……