09年末を見事に締めくくってくれた島Pの新作は、メカ千早。
それはより野心的な試みに満ちた、10年へのロケットスタートといっていい刺激的な傑作になっています。

そもそもメカ千早は、千早の朝ごはんの歌唱がロボっぽい、という小ネタとして始まったものでした。それが様々な動画を経て、一個の独特な表現媒体として成立してきた、という経緯があります。
07年末頃、かの”メカチハヤノ恋”から始まったガチのメカ千早というモチーフは、今に至るまで、ゆっくりとですが確実に一つの潮流を築いてきました。

そして、メカ千早の系譜において特に重要なPといえば、R2Pが挙げられます。
この島Pの動画も、基本的な部分はR2Pの過去作を参照しています。千早をモチーフとして自己を形成していくメカ千早は”MFRFM”との類似を指摘できますし、印象的な1:27からの無限に並ぶメカ千早というイメージも、"sein und zeit"に近いものと考えることが出来ます。





これら一連のシリーズにおいて、R2Pはメカ千早の独自性、つまり千早のコピーから脱却し、独自の個性を持ったキャラクターとしてのメカ千早の自立というテーマを扱っています。
が、その展開の中で、この他のアイドルに類を見ない関係性は、それを大きく越える射程へと踏み込む瞬間があります。
たとえば、”sein und zeit”。無限に生きるメカ千早と死を与えられた千早、という切り口は、そのままアイドルとプロデューサーの関係を照射するかのようです。プロデューサーが去っていっても、磁気カードやメモリの中で生き続けるアイドル、という有り様を思い出して、より心に突き刺さるものを感じてしまいます。(先日のトカチPの新作に引用された放置メールの文面を見て青ざめた方もいるのではないでしょうか?)
メカ千早と千早が孕むそうした暗喩にまで、今回の島Pの動画は切り込んできているように思えます。


そのメタ表現、HMDという小道具を介在することで、この動画はリンPの”jumper”とも接続するかのようです。
もっともその類縁性は表現よりも、ダンスの独特な構築にあります。



島Pの動画の全体を支配している途切れ途切れのダンスは、”jumper”の1:28から展開するダンスと近しいものです。本来持っているなめらかなつながりを寸断されて特異な速度を獲得したダンスは、いつものダンスを見慣れた目には新鮮に感じられます。
とはいえ実のところ、重い4つ打ちを基調にした曲に乗せ、8拍子・4拍子で切り刻んでいく”jumper”と、不規則なリズムの中でベースやシンセの音を拾ってぎりぎりのなめらかさを確保する島Pの動画では、その表す所は対照的です。
前者が単調なリズムによる断絶によって違和感を見せているとするなら、後者、ことに0:55以降のダンスパートは、むしろ変則的な加減速によって別種の快感を確保しています。不自然さと自然さのギリギリの合間を、島Pのダンスは駆け抜けています。
島Pの方法は、どちらかというとアニメーションでいう”タメ・ツメ”に近いものがあります。動きの前触れや余韻を強調し、中間の作画を極端に省略することで爽快感を演出する、といったやり方です。その隙間を、私たちは補完しながら観賞しているわけです。
アニメ的でないリアルなモーションによって注目を集めたアイマスのダンスを、改めてアニメ的に再構築していく、という揺り戻しが、ここでは起こっています。


メカ千早のアニメ的なダンスに対し、千早のダンスはより自然なままです。しかし、千早の映像はグリッド分割されたモニタの向こうに追いやられ、視聴者の目からはより遠ざかって映ります。
そのとき、すでにリアルはメカ千早にあり、千早はグリッドによって寸断された映像でしかありません。リアリティの逆転が、ここでは起こっています。
R2Pは”メカチハプラス”で、メカ千早による千早の乗っ取りを示唆しました。しかし島Pは、無限に拡張する空間とそこで踊るメカ千早、というモチーフによって、メカ千早の単一性すら否定しています。
では、私たちのよく知っているはずの”如月千早”はどこにいるのか?


ラストカット、印象的な手描き風のメカ千早は不敵に笑い、私たちから遠ざかっていきます。
元々、メカ千早の物語はしばしば手描きで表現されてきました。逆に言えば、手描きによる独特のストーリー構成をダンスMADに回収することで、ニコマスにおけるメカ千早の表現は拡張してきたとも言えます。
その拡張の成果をすべて取り込んで、島Pのメカ千早はアイドルとプロデューサーの関係に楔を打ち込んでいます。私たちの知っている千早がメカでないと誰が言えるのか? 最初から彼女はメカだったんじゃないのか? そもそも、アイドルはメカじゃないのか?
その答えは私たちの中にあって、でもまだ応えられていないのかもしれません。それを問い直していく、ニコマスの2010年を、この動画は予言しているかのようです。
際限なく作り出されていく動画の中に、私たちは唯一のアイドルを見つけ出すことが出来るでしょうか?


次のクローンは、きっとうまくやってくれるでしょう。
~TRPG「パラノイア」