イベント 『じっくり語り語られてみよう』に参加し,作品について語っています.作品へのネガティブな表記・ネタばれを含む場合がありますが,イベントの趣旨に乗った上での記述とご理解ください.他の方の語り記事一覧 → 『No.13: ”咎 ~イバラヒメノ ツミ~” PV 【伊織ソロ】



【語り視点の注文】
なぜ「伊織でこの作品」なのか。肯定否定何でも結構です。その際「月」「闇」のキーワードを必ず入れ込んで下さい。同時に貴方がこの作品に感じた世界観も語って頂けると嬉しいです。


**以降語りです**


まず最初に白状しておくと、注文を読んだ瞬間に「こいつは手に負えない」と直感しました。なぜ、という問いかけに、動画そのものを読み解くことを越え、えびPの伊織に対する認識や思考や感情を読み解くことを求められているように感じたからです。
それでもこの動画、そして伊織とえびPが興味深い題材であることは事実ですので、きわめて私的かつ妄想的に語ってみます。

えびPは、外見の整った美と内面の頑固なまでの強靭さを持った存在として伊織を表現することが多いPです。しかし今回の題材である”咎”は、そのどちら側にも属さない。もろく崩れそうに危ういその美はむしろ乱調、描かれる内面はむしろ狂的でさえある。
だからこそ、考えます。それこそが伊織の本質であり、それを抉り出すためにえびPはこの曲を伊織で描いたのではないでしょうか。

この動画全体を通じた印象は二面性、それも、統合も分裂も拒んで歪に融合した二面性です。
印象的な0:42からのカット、背景のプロジェクタに映った伊織の足からステージの伊織へのカメラ移動は、それを象徴しています。大きく映し出された外向きの伊織と、建物の中で踊る内向きの伊織は、溶け合いながらも反発しあっているかのようです。
こうした印象を補完するのは、コミュ映像と画面全体のノイジーさでしょうか。この作品ではえびPとしては例外的にコミュシーンが多用されていますが、その表情は不安さと頑なさばかりを映し出しています。そして、コミュやダンスの素材は比較的映像が粗く、頻繁にノイズがかけられており、トランジションにもノイズが駆使されています。雑音はひとつの素材に別のものが混入している証であり、混沌の証です。
冒頭、月夜の外界から何処とも知れぬ屋敷、そして屋内へと移動する映像は、外界と内面の境目を消し去るかのようでもありますね。1:42、月とミラーボールを組み合わせた演出にもそれは如実に現れています。

では、その二面とは何であるのか。
筆者は伊織をメインでプロデュースしたのは1度だけで、伊織のストーリーについて多くはニコマス経由で把握している程度です。そこから理解するのは、伊織が非常に恵まれた生い立ちを持ち、彼女自身も才能や強運に恵まれていること、しかしその中で孤独を抱え、自らの力で何かを掴み取ることを渇望していることです。
闇夜を照らす月、そして街や屋敷の光景、それを見つめる不気味な視線はそのまま彼女の環境の象徴でしょう。非常に巨大で壮麗でありながら、闇に覆われてどこか味気なく、そして月のように執拗で抑圧的。
それに対置されるものは、伊織の内面、そこに出現した恋愛感情。それは歌詞からも一目瞭然です。1:14、「あなたに そう 出会ってから」という歌詞に乗せられた、非常に印象的な色調変化は、彼女がその恋によって生気をすら取り戻したかのように感じさせます。どんなことをしても、その恋を手に入れたい。”狂気”や”欲望”といったキーワードには、その渇望が見え隠れしています。

けれど、その欲求の強さがむしろ伊織を苦しめているような、そんな感触をもこの映像はもたらします。
1:32以降、色調を失った伊織の姿を前面に、背景のモニターには不安げな伊織の表情と外界、そしてほとんど可視性をなくしてはいますが伊織の立ち姿。この多重化された光景が描き出すのは、いずれが自分の本質であるのか計りかねているような少女の姿です。
陽射しの下でこそ物の形ははっきりと分別できますが、月光の下の闇にあっては困難を極める。その困難さに衝突する存在として、アイマスキャラの中でもっともふさわしいのは伊織だったのかもしれません。家、生まれ、育ち、外見、内面…実のところ、どこまでが”自分”でどこからが違うのか、それを明白に切り分けることはできない。何もかも与えられながら、何も手に入れていないと感じる。それは、月夜の闇をさまようのに似ているのでしょう。
1:58、二人の伊織は結局、統合されることはありません。2:13、月が落ちても、闇に光る目は消えない。そして何もかもは、ノイズの混沌の中に融けていく。どんな形を得ればいいのかわからないまま、想いだけがずっと暴走し続ける。その曖昧で混乱した在り様こそが、えびPの表現したかったものではないでしょうか。

そして最後に、きわめて個人的な印象を。
私がプロデュースした際に伊織に感じたキーワードは、”理不尽”です。理をつくしてもろくに話を聞いてもらえない、結局むりやり何とかしてしまう。そしてあの休日エピソード、確率なんぞくそ食らえとばかり宝くじを当ててしまうあの強運。
そんな彼女は、ひょっとしたらほんの遊びで世界を動かしてしまえるのではないか。この動画で月の落ちる光景を見たとき、ふとそんなことを思いました。そんな彼女にとって、ひょっとしたらこの迷妄の闇さえ、ささいなことなのかもしれませんね。