どくとるマンボウ、という名前を知ってる人ってどのくらいいるんだろう?作家としての名前は北杜夫。
斎藤茂吉という歌人はご存知?その方の息子さんで小説家。兄は精神科医の斉藤茂太さんだ。

北杜夫さんの小説は申し訳ないけど読んでいない私なんだけど、マンボウシリーズのエッセイ集は大好きでかなり読んでいる。
『どくとるマンボウ航海記』というのが有名で無論読んだし、面白かったけど、最高の作品はやはり
『どくとるマンボウ青春記』でありましょう。

本名、斉藤宗吉という北さんが何故「北杜夫」と言うペンネームにしたかと言えば、ファンならば彼がトーマス・マンが大好きでその著書『トニオ・クレーゲル』をもじってつけたことは知ってるはず。トニオはドイツ人としては風変わりな名前とイタリア人の血が混じっているというコンプレックスにさいなまれながら、金髪の美少年に恋をしたり、同じくドイツ人らしい少女を好きになる、なんとも甘酸っぱい少年期の物語で、北杜夫さんはそういう切ない青春の恋心をとても愛した人なのである。

が、『どくとるマンボウ青春記』に描き出される世界はロマン溢れる旧制高校とはいえ、時代は戦中、戦後で荒廃し、それでなくともバンカラを旨とするあの時代の男子学生の生活は少女マンガ風の男子高校であるはずもなく。

どにも豪快壮絶な描写もありつつ、それでも尚且つ北杜夫氏のセンチメンタリズムとユーモアが作品に溢れる素晴らしい青春なのであった。

全然勉強などしない彼らが進級の合否を決める会議で自分の教師に「頑張ってください」とエールを送る話、他の授業の時までサッカー(当時は蹴球という)に出ている生徒の話、新しい先生が教室にくると生徒みんなで示し合わせて出て行ってしまうとか、昔の生徒と先生たちの攻防は読んでいて面白い。

さて、旧制高校といえば、「木原敏江さんのマンガのような美少年を愛したり、とかあるのかしらん」と期待をしてしまう。
期待はずれかと思いきや、思った以上に、旧制高校にはちゃーんとそういう「少年を愛す」という習慣(?)があるのでした。

北杜夫(斉藤宗吉)さんたちは仲間で話しあう。(以下、記憶で書いてるので少々違うかも)
「男には太陽の子供と月の子供がある。低級な月の子供は女を愛するが、我々、高級な太陽の子供は少年を愛するのだ」
彼らはそう話しあって自分たちを特別な存在だと鼓舞しあう。
そして教師に相談をするのだ。
「先生。古代ギリシャから男は少年を愛するものです。ぼくたちは少年を愛する会を作り『ゾンネ・パルタイ(太陽の党)』と名付けました」
先生は頷いたが
「いいことだが、発音は『ゾンネン・パルタイ』がいいね」
なんと教師公認の少年愛だ。
北さん達は教師の忠告通り『ゾンネン・パルタイ』を名乗って、お気に入りの下級生(モチロン男子校だから男子よ)に詩を送ったりして少年愛を実行する。
ま、話はそこ止まりで肉体的行為には至らなかったようだ(一応本の中では)
且つ、「仲間に女性と交渉を持ったという裏切り者が出て我々の会は崩壊した.悲しいことに私たちは太陽の子ではなかったのだ」という締めになっていた。

まあ、そんなものかなと残念に思いながらも、やはり旧制高校ではそういうプラトン的な考え方をする伝統があることと崩壊してしまったとは言え、北さんたちがお気に入りの少年に恋文を渡したりする話に満足感を得たし、その他の話の青春そのものの切なさとくだらなさに笑い涙する一冊であった。

こんな風に『どくとるマンボウ青春記』は私にとって腐的な意味でも最高の一冊なのだが、このちょっと残念だった逸話を吹き飛ばす腐話を最近になって聞くことになるとは思いもしなかった。

それがこの著書の中にも出てくる北杜夫氏と辻邦夫氏のその後の話である。

辻邦生さんというのは『背教者ユリアヌス』などの著書で受賞をしているような凄い作家さんである、のだが、あまりにも難解そうで私は手に取ってもいない。
辻さんは北さんの高校時代の先輩になるのだが、お互いに文学を通じて深い友情を暖め、卒業し、辻さんがフランスに渡った後でも文通をずっと続けたという仲なのだ。
それは知ってはいたのだが、去年それが『若き日の友情―辻邦生・北杜夫往復書簡』という本となって出たことを新聞で知った。
そこには二人のまるで恋人同士のような友情がにじみ出る手紙が紹介されていた。
それは「ぼくのリーベ(ドイツ語で恋人)」で始まる手紙であった。
テレビでもその本について語る北杜夫さんを見た。
辻さんはもうすでに他界されている。
北さんにとって辻邦生氏はずっと彼の心の中で青春時代の恋心だったんじゃないだろうか。他の人は入れないほどに文学を介して彼らは密接に繋がっていたのだろう。
北さんはやっぱりいつまでもどこまでもトニオ・クレーゲルの甘酸っぱい青春の心を持った人だったのだ、と新聞を眺めながらじんわりしてしまったのだった。

がお記

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辻邦生氏
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北杜夫氏(どくとるマンボウさん)
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