気持ちがようやく落ち着き、マイルCS南部杯のパトロールビデオを見た。
 スタート直後の芝からダートの変わり目、外側後方でロックハンドスターがバランスを崩し菅原俊吏騎手が落馬。
 右の前脚を痛めながら三本の足で必死に賢明に前を追いかけて走り続ける姿に目頭が熱くなった。

 10月10日(月・祝)「競馬で心がひとつになる日」。
 私は東京競馬場にも、盛岡競馬場にも行かず、地元の気仙沼で過ごした。
 小学校一年生からの幼なじみで、一緒にJRA福島競馬場のリレーイベント「福島超短距離S」を連覇したメンバーの一人であるM君の葬儀に参列していた。
 M君は東日本大震災当時、周りの人を高台へと避難誘導した後、防災対策会議に出席するため防災庁舎に戻り3階建の庁舎を超える大津波に遭い流されたという。
 未だに何の手がかりも無く行方不明だが、区切りを付けるためと彼のご家族からお知らせを頂き、お通夜から初七日の法要まで列席させて頂いた。
 様々な事が頭に浮かび、ムードメーカーだった彼らしく無い立派な遺影を前に言葉が出ず、涙しか出てこなかった。
 法要が終わりどこか気持ちの整理がつかないまま帰宅。
 ふと南部杯はどうなったかな。盛り上がったかなと、携帯で確認すると
「ロックハンドスターがスタート直後の落馬競走中止で予後不良」
 との情報を目にした。
 私の混乱した気持ちに拍車をかけた。先週は心ここにあらず自問し続ける一週間だった。

 先週の日曜日は、地元の20~30代が中心となって結成した気楽会が企画した気仙沼市内の被災地を案内するに同行した。
 新潮社の月刊誌「旅」に掲載された企画で、雑誌を見たと東京や仙台から10数名の参加者とともに市内を案内した。
 新たに色々な人たちと出逢い。また、地元で前向きに頑張っている人たちのお話を伺い、たくさんの元気を貰った。

 そして、月曜日の盛岡競馬場メインレースの重賞「若駒賞」。
 1番人気に推されたアスペクトが、2歳馬とは思えない驚異的なタイムで圧勝した。
 盛岡ダート1600m・1分38秒8は、直前に行われた古馬B1級のJRA交流レース「」(1分38秒2)と比べても遜色の無い走覇タイムだ。
 モニターでVTRを見ながら、新星の誕生に興奮を抑えることができなかった。
 これからまたどんなドラマを目撃することができるのかワクワクしてきた。

 M君もロックハンドスターも、非情な運命を前にしても最後まで抗い走り続けた。
 生き残った私が負けていられない。
 君たちから貰った勇気と感動を胸に。
 新たに出逢えた絆を大切にしながら、まだ見ぬ明日に向かって走り続けよう。
 

(森川駿平)


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 ※画像は、井上オークス様より頂きました。
 

ゴールドマインも地方勢として最先着し、最後まで頑張った。