(195) 「アクアリウム」 篠田節子 | Beatha's Bibliothek

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今回は、篠田節子さんの「アクアリウム」です。
アクアリウム (集英社文庫 し)/篠田 節子
¥650
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新潮文庫からも出ているようですが、

自分は集英社文庫で読んだので、そちらを貼っておきます。

主人公は、熱帯魚が趣味の地味な公務員・長谷川正人。

友人の有賀純一が、地底湖に潜ると言って出掛けたまま行方不明に

なります。捜索にも参加しましたが、結局純一を見つける事は

出来ませんでした。しかし、純一の恋人・澪に頼まれて、正人は

再び純一を探しに行く事になります。その時、生前の純一が1度

その地底湖に潜った時、「あそこにはとんでもないものがいる」と

言っていた事、2度と1人で潜るなと忠告した事を正人は思い出します。

そして、再び純一を探す為に、正人は地底湖に潜り、純一が言って

いたであろう生命体に遭遇するのです。

なんとも言えない話でしたね。主人公の純粋な思いと、

周囲の人々とのズレ、そして思惑、人間のエゴも垣間見えたり。

この生命体の話かと思ったら、とんでもない方向へ行ったり。

篠田さんの話の終わり方には、パターンがあるんですかね?

「神鳥イビス」の終わり方も、まだ話は終わっていなくて、

続きは読者に考えさせる的な感じ?恩田陸さんも、終わってないような

感じで終わるんですが、またそれとはちょっと違う感じですが。

あ、あくまで個人的な感想です。

では、いつものように冒頭の部分を少しだけご紹介しますね。





落ち葉の敷き詰められた道を二十分あまりも登ると、林が切れぽっかりと開けた

場所に出ました。十一月も半ばの日射しは強くはありませんが、十キロをゆうに

越えるスキューバダイビングの道具一式を背負って歩いていると、さすがに

全身から汗が噴き出してきます。ダイバー仲間の有賀純一がこの先の地底湖に

消えて、2週間が経ちます。捜索は警察や地元の青年団の人々によって二日間

にわたって行われ、結局、何の手がかりも得られないまま、打ち切られたの

でした。「真っ暗で冷たくて水は濁っているし、とにかく嫌なところだ。こんなとこに

潜る人間の気が知れない」 あの時捜索に参加した正人に、青年団のメンバーの

一人が言いました。確かにその通りでした。奥多摩の懐深く入った山梨県境の

山の中、地底湖と呼ぶにはいささか狭すぎる地中の穴が発見されたのは六年前、

日本では珍しい水没鍾乳洞とのことで、発見当初は一部の冒険好きの若者の

間で評判になりましたが、すぐに忘れられました。濁り水に満たされた蛸壺の

ような真っ暗な穴は、地底湖という神秘的な響きに誘われて潜ったダイバーに、

失望と恐怖を与えただけでした。その危険さを純一が、知らないはずはありま

せん。危険だからこそ潜ったのです。生命の危険を感じる瞬間にのみ、生の

実感を見出せるという人間がいます。それがどこの浜だったか、正人は純一が

真っ赤に潮焼けした前髪をかき上げながら、全身から水をしたたらせて浜に

上がってくるのをぼんやり眺めていたことがありました。背後の輝く海と強過ぎる

陽射しのせいで、一瞬、黒く塗り潰されたように見えた時、濃厚な死の気配を

その身辺に感じて、腹の底がすっと冷えたのです。それは、今回の出来事の

予知といったものではなく、有賀純一という男が、本人も意識せずに持っていた、

どこか虚無的な人生観が表れたものだったのかも知れません。正人は、座り

込んでいる澪に呼びかけ、歩き始めました。登山道は、ここからさらに急に

なります。澪が電話をかけてきたのは、四日前の深夜の事でした。マンションで

正人は一人、グッピーの産卵を見守っていました。「お願い。もう一度探して。

もしかすると、純一は助けが来るのを待っているかも知れないのよ」 澪は哀願

するような口調で言いました。「しかたがないんだ・・・・。とにかく警察は捜索を

打ち切ったんだ。後は純一の親にダイバーを雇って探してもらうくらいしかない

だろう」「長谷川さんならやってくれると思ったのに」 俺なら断らないと思っている

のか、という言葉は、心にわだかまったまま、口をついて出る事はありません

でした。「この前、警察のダイバーと一緒に潜って見つけられなかったものを、

どうやって僕一人で見つけられるんだ」「横穴があるんでしょう。あの人たちはそこ

には行かなかったんでしょう。お願い。彼を見つけて。ちゃんと水の中から引き

上げてあげて。友達じゃないの」 正人は絶句しました。警察でさえ危険だという

理由で捜索しなかった横穴に入って、純一を探して来いと言うのです。上級者では

ないにしても、ダイバー仲間である澪がその危険を知らないはずがありません。

他の女なら「ふざけるんじゃない」と電話を切る所だが、澪に対しては出来ません

でした。彼女の死んだ恋人への有り余る思いと、その友人に対する無頓着さに

呆れ、溜息をもらしただけでした。「いずれにしても、一人では無理だ」 正人は

言いました。「ダイバーのお友達は?」「頼めるわけないだろう」 確かに純一に

仲間はいますが、彼の事故が伝えられた時、捜索の協力の為に現場に駆け

付けたのは、正人一人でした。その正人にしても、友情の為などという麗しい

理由で行ったわけではありません。仲間としての義務感と、もう一つは純一が

地底湖に入るきっかけを自分が作ってしまったという事に、少しばかり責任を

感じたからでした。四か月前、夏の海の喧騒を避けるように正人は奥多摩の

森にやってきて地底湖に潜ったのです。その事を純一に話したのがそもそもの

間違いでした。「穴だよ、ただの。視界は最悪。水温は低い。おまけに横穴が

あって迷い込んだら一巻の終わりだ」 笑って聞いていた純一が、まさか入る

とは思いもよりませんでした。彼にとっておよそ魅力のない場所でした。たった

一つ純一の心を引き付けた物があるとすれば横穴です。ただの横穴ではなく、

「迷い込んだら一巻の終わり」の横穴と聞いたからこそ、純一は入ったのです。

一回目は、無事に戻って来ました。しかし、二度目は戻って来ませんでした。

そして、義務と責任などというものから、およそかけ離れた人生を送っていた

友の為に、正人は勤め先の役所を二日も休んでその捜索に駆け付けたのです。

この上更に、彼の恋人の身勝手な頼みを聞くつもりなどありませんでした。

それでも、結局、断れませんでした。頼んできたのが、澪だったからです。澪に

とって、自分は放り投げたボールを荒海に入ってでも取ってくる犬なのだと自覚

しながら、それでも彼女の頼みは断れなかったです。「行ってもいい。ただし、

君も一緒にくればの話だ」と付け加えると、澪は黙りこくりました。「連れ(バディ)

をやれとまでは言わないが、中では何があるかわからないんだ。待機している

人間が必要だ」 そして、澪は承知し、この日曜日、澪と二人でここまでやって

来たのでした。




冒頭の部分を少しご紹介しました。

正人は、純一を見つける事が出来るのでしょうか?

そして、純一が言っていた「とんでもないもの」とは?

そして、「とんでもないもの」と遭遇した正人はどうするのでしょうか?

ご興味のある方は、読んでみて下さいね。