(192) 「神鳥イビス」 篠田節子 | Beatha's Bibliothek

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今回は、篠田節子さんの「神鳥イビス」でございます。

神鳥イビス (集英社文庫)/篠田 節子
¥570
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今年最初の読書ブログですよ。

ノロウィルスにやられたせいで、ちょっと遅くなりましたが。

篠田節子さん、初読みです。

アメーバのゲームで仲良くしていただいている方から、

おススメいただきました。

主人公は、自分の描く作品に限界を感じ始めているイラストレーターの

谷口葉子。その葉子のもとに、カバー絵を描いて欲しいという依頼が来ます。

本の内容は、河野珠枝という女流画家の生涯をテーマにしたもの。

カバー絵を指定してきたのは、美鈴慶一郎という流行作家です。

葉子はこの依頼を受け、美鈴と共に河野珠枝の跡を追っていきます。

ホラーなような、ファンタジーなようなお話でしたね。葉子と美鈴のコミカルな

やりとりが、話の重い部分を軽くしてくれてるので、とても読みやすかったです。

河野珠枝の絵の描写が凄くて、本物の珠枝の絵が見たくなりましたよ。

これも、篠田さんの表現力の成せる業なんでしょうね。

読んだ後にですね、どうしても「神鳥イビス」ってタイトルが気になりまして、

ちょっと調べました。この話に出てくる鳥は、朱鷺(トキ)なんですけど、

この朱鷺、古代エジプトでは神として崇められてたようですね。

[トキ]
古代エジプトで聖鳥として崇拝されていた鳥。
特に頭部とクビの黒いクロトキはトト神の聖鳥として崇められ、
ミイラにして手厚く埋葬された。


読んだ後、このタイトルになるほどと思わされました。

では、前置きが長くなりましたが、いつもの通り冒頭を少しご紹介します。




薄く金を刷いた夕暮れの空を背景に、八羽の時が舞い降りていて、その足元に

あるのは、地面を覆い尽くして咲き乱れるおびただしい数の牡丹の花です。

無数の羽が画面上方に舞い、ほっそりとした木の葉型の輪郭は残照に溶けて、

渦巻きながら遥かな天空へと昇って行きます。これほど美しい鳥がいたのかと、

谷口葉子はため息をつきながら、図録に見入っていました。同時に、その薄紅に

彩られた夢幻的な画面に、うなじの毛が逆立つような寒気も覚えました。葉子は、

自分の心を凍らせたものの正体が分からず、首を傾げました。葉子は、図録を

閉じると目をつむりました。闇の中に飛来する朱鷺と牡丹の花の輪郭が残像と

なり、濃緑色に浮かんで消えました。その瞬間に、葉子は無数の叫喚を耳に

しました。ぶるっと震えて、自分の両腕を抱きました。八月だというのに、体は

冷えきって鳥肌が立っていました。この図録は、一昨年、鎌倉の美術館で

開かれた絵画展のカタログです。「日本近代洋画の確立と発展」と銘打たれた

かなり大規模なものでした。「朱鷺飛来図」は、その時展示されたものです。

イラストレーターという仕事柄、谷口葉子は大きな展覧会は見逃さないように

気をつけていましたが、これは見ていませんでした。もともと日本洋画という

もの自体、ひどく中途半端な感じがして好きになれなかったのです。

が、この河野珠枝の「朱鷺飛来図」を見ていると、それもそう捨てたものでは

ないと、という気がしてきました。葉子の元に出版社から小説のカバー絵の

依頼が来たのは、四日前の事でした。河野珠枝の絵を作家が気に入って、

指定してきたのだというのです。ただし、原画のままではカバーにはならない

ので、なるべく雰囲気を生かして、イラストレーションにしてほしい、と担当

編集者は注文してきました。「そっくりにやっちゃって構わないです。どうせ

河野珠枝の著作権は切れてますので。谷口さんは美少年を描くのが

お得意ですが、器用な人だから本当は何でも描けると聞いて、お願いに

来たんですよ」「あたし、そんな自信ありませんから」 葉子はむっつりと

それだけ答えました。描けないわけではありません。しかし、‘器用な人’

とか、‘河野珠枝そっくりにしろ’とか、‘珠枝の雰囲気で描け’と言われて、

喜べるはずがありません。それなら、珠枝に頼んだらどうですか、と言いたいのを

堪えていると、「なんとかお願いしますよ」 泣きそうな顔で、相手は言ってきます。

思慮は足りませんが、小心そうな青年で悪気はなさそうだったので、葉子は

しぶしぶ首を縦に振りました。ファンタジー系の本で、美少年美少女の顔ばかり

描いていた葉子にとって、花鳥画は初めてです。しかしちょうど、それまでの

仕事に行き詰まりを感じている時期でもあったので、新しい題材に期待する

気持ちも多少ありました。河野珠枝の「朱鷺飛来図」をカバー絵に指定して

きたのは、美鈴慶一郎という流行作家でした。内容は、河野珠枝の生涯を

テーマにして話だといいますが、まだ仕上がってはいないようです。参考

までに、と美鈴の別の小説を担当編集者は持って来ていました。美鈴の名前は

知っていても、葉子はまだ彼の作品を読んだ事はありませんでした。

ハイパーバイオレンスというふれこみで、女性が手に取れるような雰囲気では

なかったからです。この時初めて読んだ彼の作品は、「砂漠の雌豹」という

題名で、面白い物ではありませんでした。どんな小説が出来てくるのか知り

ませんが、とにかく仕事は仕事だと割り切って、葉子は鉛筆を取りました。

飛来図の中の一羽を葉子は選び出し、ラフスケッチを始めました。かなり

正確に原画を写していますが、線を引いているうちに薄紅色の鳥の姿は

ごく自然に翼竜(プテラノドン)になってしまいました。曲がった鋭い嘴と、

鋭い目、羽毛のない真っ赤な顔と風になびく長い冠羽、朱鷺は美しい鳥だ、

という先入観がありますが、丹念にそのフォルムを見れば、むしろ古代の

大型爬虫類に似て猛々しいのです。さっき感じた怖さは、これと関係がある

のだろうか、と首をひねり、たまには怖い物を描くのもいいかと葉子は思い

ました。プテラノドンのような朱鷺の輪郭が、いくつか出来上がりました。

しかし、原画にある凄みは出て来ません。難しいと痛感しながら、鉛筆を

置きました。「葉子おばちゃん、電話だよ」 その時六つになる姪の奈津美が、

離れの戸を勢いよく開けて飛び込んで来ました。「男の人から」「わかった。

今行く」 中断された作業を惜しむように、二、三度ラフスケッチに視線を

走らせてから、葉子はサンダルをひっかけて、母屋へ走りました。出版社の

担当者だろうと思っていましたが、意外な事に電話の主は、初めて聞く声

でした。「どうも、えー、浜松の美鈴と申します」 わずかになまりのある

若々しい高音です。なぜ作家がイラストレーターに電話をしてくるのだろう、

と不思議に思っていると美鈴はいきなり尋ねてきました。「僕の作品を

読んだ事は、ありますか」「一応・・・・担当が持って来た「砂漠の雌豹」を

読みました」「面白かったですか?」「えっ、まあ、あんまり・・・・」

「面白くない?女の人には、暴力やセックスシーンがあるから読みにくいかな」

「そんな事じゃありません。安直です。あんな女いませんよ」「君ってはっきり

言う方だね」「これで友達と仕事を失って来ましたから」 こんな話は、切り上げ

たかった葉子は、自分にとって肝心なのは、中身の小説ではなく、イラストの

方だからだと思い、黙りこみました。美鈴は少し困惑したように、要件を言い

ました。あの珠枝の絵についてどう思うか、聞かせて欲しいというのです。

「実は、僕、あの絵を見た途端、すごい女流作家がいる、と思ったんだ」

「確かに「朱鷺飛来図」は、何かこう、背筋がゾクッとくる絵ですよね」

「怖い絵だよね。なぜなんだろう。花鳥風月リアリズムの珠枝が、どうして

あんな幻想的な絵を描いたんだろう」「あたしも不思議に思います」

「それで、珠枝に関する話を聞かせてほしいんだけど、会える?」「ちゃんと

した美術史家に尋ねた方がいいと思いますけど」「実際、描いている人の

話を聞きたいんだ」「あの・・・芸術絵画とエディトリアルデザインは別物だから、

どこまでわかるか・・・・」「いいの、いいの。あの絵の怖さを分かってくれた人

なら。今夜六時、御茶ノ水のレモンって喫茶店、知ってる?」「わかりました。

六時ですね」 電話を切った後、時計を見ると時間がありません。ここ

神奈川県の相模湖町から御茶ノ水までは、電車を上手く乗り継いでも

二時間はかかります。母屋に、出かける旨をメモした紙を残し、ろくに

鍵もかけずに飛び出しました。





いつものように、冒頭の部分を少しだけ、ご紹介しました。

葉子はイラストを描き上げる事ができるのでしょうか?

葉子や美鈴が珠枝の絵に感じた怖さは、いったい何が原因なのでしょう?

リアルな絵を描いてきた珠枝が、幻想的な絵を描いたのはなぜなのでしょう?

美鈴が書こうとしている珠枝の辿ってきた人生とはどんなものなのでしょう?

ご興味のある方は、読んでみて下さいね。