あるところに白ハムが1匹いた。
名前はチロ、理由は色が白いから。
そして、チロには右手の先がない。 小さいときに、ママハムに噛まれてしまっていた。
そんなチロをかわいそうだと思い、今の飼い主が里子に連れてきたのだった。
ある晩、チロが寝ていると目の前に明るい光が現れて、煙がモクモクと立ちこめてきた。 そして、誰かが自分の名前を呼んでいるのに気がついた。
「チロー、チロよ。起きるのじゃ!」
「・・・。」
「早く起きるのじゃ!」
チロは、眠い眼をこすりながらその声のするほうを見た。
「だっ、だれでちか。」
「やっと起きよったか。ワシは、ハムスター界の王”ハムキング”じゃ。」
「ハムキング?聞いたことないでちねぇ。”ムシキング”なら知っているでち。」
「だれが、ムシキングじゃ!!」
そこには、白髪のヒゲを生やし、頭には王冠のようなものをかぶったシロハムが立ってた。
「おじちゃん、偉そうでちね。」
「コラ! おじちゃんではない。王様と呼べ。」
さすがのハムキングも、チロにはたじたじのようだ。
「ところでチロよ、今、お前は幸せに暮らしているのか?」
「そうでちねー。今のご主人様は、チロにいっぱい食べ物をくれるし、かんでも怒ったりしないでち。」
「何? お前は、飼い主を噛んだりしてるのか!」
「いけないでちか?」
「ああ、なんてことだ。我々ハムスターが人間の世界で生きていくのに、決してやってはいけないことなのじゃ。」
「フーン。じゃあ、あんまりかまないようにするでち。」
チロは、ちょっと不機嫌そうな顔をした。
「さて、今日こうやってお前に会いに来たのには理由があるのじゃ。」
「なんでちか王様。おいしいものでも持ってきてくれたでちか?」
「オッホン!いいか、よく聞け。今からお前の望みを1つだけ叶えてやろうと思う。」
「フーン、なんでもいいのでちか?」
チロは、いきなり言われて頭の中で回し車がクルクル回っていた。
「たしかお前は、右手がないそうじゃの。」
「うん。でも、もうだいぶなれてきたでち。」
チロの右手は、以前のような傷口の皮膚が薄く、血がにじんでいるようなことはなくなっていた。
「でも、やはりそのままじゃ不便じゃろ。わしがその右手を元に戻してやろう。」
「うーん。」
チロは、何か考えているようだった。
「なんじゃ、うれしくないのか?」
「王様ー、ちがうことでもいいでちか?」
「うん?何か他にあるとでも言うのか。」
チロは、王様のところへ言って、耳元でささやいた。
「ほっほー、面白いことを考えたものじゃ。でもチロよ、あとで後悔せんようになっ。」
「わかったでち。だいじょうぶでち。」
チロは、喜んで眠りについたのだった・・・。
―――その夜、がちゃぴんの部屋では―――
「バリンッ!」
がちゃぴんの寝ている隣の部屋からもの凄い音がした。
「なっ、なんだ!なんだ!」
がちゃぴんは、急いで飛び起きた。そして、隣の部屋を開けてみた。
するとそこには、がちゃぴんと同じぐらいの背丈の、白い毛皮の動物が2本足で立っていた。
そしてて、横にはチロが入っていた水槽が粉々に割れていた。
「なんだ。こりゃ。」
がちゃぴんは、眼を疑った。どうみても、チロがそこにいるのだ。それも、自分と同じぐらいの大きさになって。
「おっ、お前はチロなのか?」
「そうでち。ご主人さまー。」
「ウァーーー、しゃ、しゃべった。」
がちゃぴんは、腰を抜かして座りこんでしまった。
「何、ビックリしているでちか?」
「ビッ、ビックリって、そりゃー驚くだろう。こんなにでかいハムスターがいたら・・・。それも、しゃべるハムなんて・・・。」
「よかったでち。ご主人様は、チロがしゃべっていることがわかるでちね。」
「わっ、わかるで・・ち・・。」
もう、頭がどうにかなってしまったと思い始めていた。
「ご主人さまの背の高さをぬかさないようにしたでち。」
「あっ、ありがと・・・。」
「159センチでちか?」
「ウルサイ。もっと、あるわい。」
確かに、並んでみるとチロのほうが少し低かった。
それでも、大きいことには変わりがないのだが・・・。
「それにしても、チロ。お前はなんで大きくなったりしたんだ。」
当然の質問だった。
「ハムキングのおじちゃんに、ひとつだけ願いを聞いてやるって言われたからでち。」
「ふーん、それで大きくなったってわけか。」
「そうでち。願いがかなったでち。」
チロは、うれしそうに答えた。
「でもさー、俺だったらその右手を治してもらうけどなー。」
がちゃぴんは、そんなチロの考えが理解できないでいた。
『チロは、もっともっと長生きしてご主人さまといっしょににいたいから、大きくなったでち。』
がちゃぴんは、ハッとした。 ハムスターの寿命は、せいぜい2年余り。これが人間と同じ大きさになったら、長生きできると思ったからではないかと・・・。
がちゃぴんは、そんなチロの気持ちが痛いほどわかった。
「そっかー、わかったよ、チロ。これからも、ずーっと、ずーっと一緒にいよう。」
「そうこなくっちゃでち。一緒に寝てもいいでちか。」
「ダメー。」
「なんででちかー。」
「お前、そこらじゅうにオシッコするだろ。」
そう言ってがちゃぴんは、大きな声で笑った。
“リリリーーーン、リリリーーーン、リリリーーーン”
目覚まし時計の音が部屋中に鳴り響いた。
がちゃぴんは、手を伸ばして時計を止めた。
「あっ、チロ!!」
がちゃぴんは、思わず辺りを見回した。
そして、隣の部屋を開けてみた。
そこには、スヤスヤ眠るいつものチロがいた。
――――――終わり―――――