■【海自「おおすみ」級は空母か否か】 | FUNGIEREN SIE MEHR !!

■【海自「おおすみ」級は空母か否か】

■序論


 日本国海上自衛隊の艦艇に、「おおすみ」級輸送艦がある。下に掲げた写真がその2番艦「しもきた」であるが、就役当時本級はその形状から、「空母である!」「軍国主義の復活!」「自衛隊海外出兵の準備だ!」「侵略の準備だ!」などと自称進歩系知識人や各種マスコミでさんざん叩かれた。そして、今でも妄想主義的な彼らの一部は本級を空母と呼んで憚らない。なるほど確かに、形だけを見れば空母に見えなくもない艦容である。



 「しもきた」

 しもきた



 しかしなぜ軍事兵器の専門家でもない彼らが、只の船を一目見ただけでその艦種や目的が分かるのだろうか。彼らの言い分の根拠は恐らく、本級の甲板が艦首から艦尾まで平な「全通甲板」であるということに集約されるだろう。

 彼らにすれば全通甲板を持っていればそれはつまり空母なのだそうだ。全く馬鹿馬鹿しい論である。只一つの外見の共通項だけを見て本級を空母であると断じるのは、四足動物だからといって鹿と虎を同一視するのと同じく暴論であろう。艦艇にはそれぞれの目的に応じた艦種分類がある。艦艇はその能力と目的に応じ艦種分けされるのだ。それを無視した彼らの暴論は只のレッテル貼りであり、彼ら自身の人間性を疑問視するに足る。


 本稿では、こうしたある種病気じみた言動の誤りや不毛性を考察し、「おおすみ」級が空母かどうかを論じるとともに、本級を日本が建造した意義を筆者なりに述べてみたい。




■「おおすみ」級について


 本論を述べる前に先ず「おおすみ」級に関しての客観的資料、あるいはスペックを見ておく。引用は海上自衛隊HP による。


 ◎「おおすみ」級輸送艦

 基準排水量 : 8900t

 主要寸法 : 178x25.8x17.0x6.0m(長さ、幅、深さ、喫水)

 速力 : 22kt

 主要兵装 : 高性能20ミリ機関砲×2

 特殊兵装 : 輸送用エアクッション艇(LCAC)×2

 兵員 : 135名(2番艦以降138名)

 同型艦 : 「しもきた」、「くにさき」(4番艦以降建造予定なし)




■以前までの輸送艦との相違点


 「おおすみ」級が普通の輸送艦や輸送船に見られるような、所謂一般人が想定する フネ の形をしていれば、「おおすみは空母」論議など起き得なかっただろう。なぜ本級は上掲「しもきた」のような“空母然とした”形になったのであろうか。


 以前までの海自輸送艦「みうら」(基準排水量2000t)、「あつみ」(同1550t)両級は「ビーチング」という方法で輸送物(人員、車輌など)を輸送していた。それはカーフェリーが船首よりバウ・ドアを下げ人や車を港へ下ろすがごとく、船首を砂浜へ直接接岸させて艦首のバウ・ドアを開き、輸送物を揚陸させていた。


 「みうら」級輸送艦。艦首にバウ・ドアが見える。

 みうら


 擱座接岸し物資を揚陸する際のバウ・ドア(写真は「ゆら」級輸送艦(590t))

 ゆら



 「おおすみ」級以前の輸送艦と同級を比べて、その大きな相違を抽出すると、排水量の増加、船首バウの廃止、全通甲板化となるであろうか。


 そもそも「おおすみ」級は、「みうら」級を代替するものとして計画・建造されたものである。「みうら」級はネームシップが76年就役と艦齢が古い。輸送力にも乏しいために実用性において将来的な任務の多様化に対応しきれないことは就役当時より明らかであったため、80年代前半より後継艦の建造要求がなされていた。結果、計画は延び延びとなったものの、後継艦として「おおすみ」級3隻が建造された。



 まず排水量の増加は、それまでの純粋な戦車揚陸艦型輸送艦から限定的なヘリ発着能力を得、何よりLCACを2艇運用するために必要なものであった。それは、島嶼性国家という日本の地勢や海外任務の多様化などから鑑みても、有事のみならず平時において十分な輸送力を要求された結果である。


 LCACは本級艦尾のウェル・ドックに搭載され、戦車などの重量物や人員が搭乗した後ウェル・ドック内に注水、艦尾より発進する(下写真参照)。


 おおすみ


 自衛隊がビーチングによらないこの方法を採用した理由は明確である。ビーチングでは輸送艦の艦体本体の一部である艦首を直接擱座接岸させるため浅い喫水となり、積載量が限られる上優速が得られない。何より、ビーチングできる海岸線が世界の十数%しか無いのにくらべ、ホバークラフトであるLCACを利用した場合は揚陸可能箇所が60%以上に跳ね上がるのだ。この違いは、伊豆諸島における火山噴火の際に「みうら」、「あつみ」、「ゆら」各級での物資揚陸と避難住民の乗艦に大きな齟齬を生じたことで日本の自衛隊自体によく理解されているようだ。


 「おおすみ」級の艦内構造は、前部が人員・車輌その他を載せ、後部は先述の通りウェル・ドックとなっている。無論そのような狭い艦内に航空機を搭載することは不可能だ。その上エレベータが車両用の小型のもので、ヘリすら艦内に搭載できないのが実情である。そして「おおすみ=空母」論者が問題にする全通甲板であるが、その甲板は前部が車輌甲板、後部がヘリ甲板とされており、直下の配管・配線がCTOL機(長距離滑走固定翼機)はおろかS/VTOL(短距離滑走・垂直離着陸固定翼機)の放つ強烈な熱に耐えられるものではない。




■空母とは何か


 以上のことから、「おおすみ」級は所謂“ドック型輸送艦”の部類に入ることは明らかである。広く平らな甲板に車輌やコンテナを搭載し後部ウェル・ドックとヘリで物資を揚陸するという、近年世界の多くの海軍で配備の進む艦種である。その用途は有事の際の兵力投影のほか、大きな輸送力とヘリ運用能力を活用して災害時の救難拠点となったり、特殊コンテナを搭載して病院船へと変貌したりする、平時においても非常に使い勝手のよい艦種なのだ。


 下写真はイタリアのドック型輸送揚陸艦「サン・ジョルジョ」(満載排水量7960t)。

 全通甲板上の前部に多くの車輌と後部にヘリを搭載しているが固定翼機の姿はどこにも無い。

 イタリア海軍サン・ジョルジョ級




 これだけでも「おおすみ」級が空母足りえないのは明らかなのだが、空母論者は納得しないだろう「改造すれば何とでもなる」とでも言いたいのであろうが、そもそも彼らにとって“空母”とはどのような意味を持つのだろうか。全通甲板を持ってさえすればそれは空母足りえるのだろうか。



 空母とは航空母艦の略であり、文字通り航空機(ここでは固定翼機)の運用能力、すなわち離発着能力と整備能力、管制能力を持つものを言う。


 2006年10月現在で、世界で空母を保有している国はアメリカ、ロシア、イギリス、フランス、イタリア、スペイン、ブラジル、インド、タイの9ヶ国だ。射出カタパルトも持たない「おおすみ」程度の甲板長では到底CTOL機は運用できないので、この9ヶ国が保有する空母の中で「おおすみ=空母」論者が同級と酷似していると主張する空母は、VTOL機(垂直離着陸機)を運用する軽空母とされるものだろう。すなわち、イギリスの「インヴィンシブル」級(満載排水量20600t)、イタリアの「ジュゼッペ・ガリバルディ」(同15000t)、スペインの「プリンシペ・デ・アストゥリアス」(同17188t)、インドの「ヴィラート」(同28700t)、タイの「チャクリ・ナルエベト」(同11485t)である。

 これらの軽空母に共通するのは、世界で唯一の実用VTOL機であるハリアーを運用することである。ハリアーは固定翼機であり、これを「おおすみ」級が運用できれば、なるほど同級は空母である、と言えるだろう。


 しかし実際はどうか。


 先ず実際の離着陸について見てみよう。上に述べた各軽空母には外見上のある共通点がある。それは、「スキージャンプ」と呼ばれる坂状の艦首形状のことである。垂直離着陸機と言われ完全な着陸態勢のまま垂直離陸する映画で有名なハリアーの姿は、大きな誤りである。同機は確かに垂直離陸が可能であるが、それはミサイルなどの各種兵装や燃料増加タンクを十分に装備しないままであれば可能なのであり、垂直離陸は純粋なエンジン推力のみで上昇するため非常に燃料効率が悪い。そのため実際に配備されるハリアーはCTOL機同様に、離陸時には滑走を行う必要があるのだ。その滑走を補うのが「スキージャンプ」形状である。

 実際のスキージャンプによるハリアーの離艦は下の写真を見ていただくと非常に分かりやすい。


 インド空母「ヴィラート」より離陸するハリアー

 ヴィラート


 当然このような構造は「おおすみ」級には無い。同級の甲板はハリアーの着陸時の熱に耐えられないことは先に述べたが、甲板の破壊を「度外視」して非武装のハリアーを垂直離着陸させようとすれば出来るだろう。しかしそれは言ってしまえばどのような艦にでも出来ることであって、論としては無意味である。昔ハリアーの生産会社が売り込みをかけようと様々な中小型の艦艇から「甲板破壊を無視した形で」発艦実験を行ったことがあるが、実用性の面で空母以外で常備配備には至っていない。

 そもそもが「おおすみ」級と「ヴィラート」の艦橋横の甲板幅を見ていただきたい。「おおすみ」級のような狭い甲板で固定翼機を滑走させることがいかに危ないか、そのような技量を要するパイロットを養成することのコストがいかほどのものか、見て分からぬ方はいないだろうと思う。



 次に整備面での問題点を挙げたい。そもそも「おおすみ」級のエレベータは車輌用であり、その幅(6m)はハリアー(翼幅7.7m)を載せるには足りない。同級はヘリを運用するがそれは甲板上に限られ格納庫は無い。そのヘリですら同級は自身で整備するの能力を持っていない(同級にはヘリパイロットや整備要員が存在しない)

 先のスマトラ沖地震・大津波に派遣された同級3番艦「くにさき」は5機のヘリを搭載して行ったが、UH-60ブラックホークヘリ2機の整備は同行した護衛艦内で行い、陸自の大型ヘリCH-47JA3機の整備は任務中には不可能であった。艦載ヘリ・航空機の整備要員が存在せず、仮に同乗しても整備は甲板で行うことになりあまりに非現実的である。ヘリですらこの有様であるのだから、固定翼機など何をか況やである。




■「おおすみ」改造論の妄像


 ここまで突き詰めて最後に「おおすみ=空母」論者が言いそうなのは、「改修すれば軽空母になる」という論であるが、これはまさに極論である。

 確かに改修すれば「おおすみ」級は満載排水量15000t級の軽空母になり得るだろう。内部格納庫を一から作り上げ、スキージャンプ増設のために前部エレベータ(6m)を艦橋横にでも移動して、全幅を拡張し、甲板直下の配管・配線を取り付けなおす。こうすればハリアーを5、6機搭載する軽空母の誕生である。


 限定的な攻撃力しか持たず最新鋭でもないハリアーを僅か数機搭載する軽空母に存在意義があるのだろうか。

 海洋立国日本としてシーレーンや海外権益確保のために空母戦力を導入するならば、現実的に堂々とCTOL機運用型空母を導入するだろう。現実に、15000tの「ジュゼッペ・ガリバルディ」を運用する伊海軍はそのあまりの余裕の無さ、発展性戦略性戦術性の無さに嫌気し、後継艦「カヴール」は27100tの大型艦となっている。そもそも日本が「おおすみ」級を将来的に軽空母に改造する機で建造するのなら、その大きさと艦容は隣国韓国の強襲揚陸艦「独島」のように2万t級で艦首・艦橋横構造にゆとりのあるものになっているはずである。


 「独島」(基準排水量19000t)。全通甲板型強襲揚陸艦というには艦首構造があまりに不自然。エレベータの大きさからもどう見ても軽空母であるが、我が国の「自称平和主義者」がこの艦について「空母だ!侵略の準備だ!」などと述べたことがあるとは寡聞にして聞かない。

 


 そのような改修はそもそも改修とは言わない。完全な再建造であり、家屋で言えば増築改築ではなく建て替えである。コスト的に「おおすみ」級の軽空母への改修は、あまりに非現実的なコスト問題を突きつけることとなる。




■形だけあれば兵器ではない


 以上では艦形や構造、運用面での問題を述べたが、本稿において「おおすみ=空母」論者を黙らせる一番の文言は以下のものではないかと思う。

 「仮に「おおすみ」級が軽空母足りえたとして、艦載機となるだろうハリアーのパイロット練成にどれほどの時間とコストがかかると思っているのか」。

 この一言である。


 国家が空母を保有することが即脅威を意味するのではない。その国家が本気でパイロットなどの要員育成にまい進し、自国の政策貫徹のために空母を絶対に運用し活用するのだという意志が介在しなければ、脅威足りえない。今の日本に、空母を運用しようという機運も政策概念も無い。実際問題として現在の日本国自衛隊に空母は無用の長物である。


 従来のヘリ搭載駆逐艦DDHの後継とされる「16DDH」も、実際にはヘリ空母止まりである。近年就役予定の同艦が軽空母であるならば、既に搭載機の選定に入らなければならないが勿論そのような話も無い。中国が中長期的に運用開始しそうなCTOL空母には軽空母搭載のハリアーでは対抗しきれない。これからの国際関係において日本が国際貢献を求められ、実際に行動するならば、世界の趨勢に倣いプロジェクションシップを建造した方が国益にかなうというものだ。そして実際「おおすみ」級も「16DDH」もそのような艦になるようである。




■結論


 異常長々と、色々と寄り道をしつつ「おおすみ」級輸送艦の存在意義について述べあげた。そももも軍備の保持や空母の保有が即侵略を意味するものではないことは重々承知である。しかし日本にはこれらの事を妄想的直情的に決め付け結びつけ、国家として相応の軍事の保有を「侵略の準備」だのと罵倒して憚らない悪辣な知識人が跋扈している。

 「おおすみ」級は空母ではない。空母足りえない。空母保有も日本の現状にそぐわない。日米同盟などの多国間同盟を基調として、プロジェクションシップの建造・運用により自国政策の投影を行ってゆくことこそ「おおすみ」級に体現される現在の日本が負う使命ではなかろうか。




【参考文献】


・『J Ships vol24』、2006年


・『世界の艦船 2006 3(NO655)』


・『世界の艦船 2006 5(NO658)』



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