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2016年06月26日(日)

6月のダイアリー

テーマ:ブログ
月初め、うっかり落としてスマホの液晶画面が破損。保険適用で新品にしてもらったら運転中の通話(ブルートゥース)が繋がらない。その昔、違反切符を切られた苦い思い出(主婦に6000円は酷)あり。9日の車検の時には詳しい整備員さんがちょうど不在で、その後ずっとストレスが続いていたが本日解決。これでまた信号待ちの停車中にボタン1つで電話をかけられるようになった。

1日、厚南中学校。2日、神原中学校。7日、上宇部中学校。13日、川上中学校。14日、常盤中学校。22日、川上小学校。そして明日27日は厚南小学校。あさって28日は上宇部小学校。29日は小野小学校。学びの創造推進事業の一環、公開授業研究会の見学は続く。学校の雰囲気は十人十色。子どもたちから学ぶ姿勢を忘れない教師をいかに育てるか、活かせるか。地域といかに繋がるか。校長の裁量は重い。

10日は今年度から任を受けた宇部グラウンド・ゴルフ協会会長という立場で市体育協会の総会・懇親会に初めて参加。会場はANAクラウンプラザホテル15階、コンフォート。自分が座った丸テーブルはほぼ市議で埋められていて、それだけ各種目の協会長としての市議の役割が期待されているということだと思うと身が引きしまる。東京OL時代、まわりは体育会系男子ばかりだったので、「体育会」気質というのはそれなりに理解しているつもりだが、自分自身はそういった世界とは真逆の生活を送ってきた。自分なりのスポーツマンシップを貫いていきたい。

15日からは6月定例市議会が開会。自分の登壇は一般質問の初日、17日。自分なりに数日間夜遅くまで準備したのに結果は惨敗。30分の持ち時間が全然足りず、準備した再質問は1問もできなかった。自分の壇上での原稿も市長の答弁書もあらかじめ一通り声を出して読んで時間を計っていたのに、実際は5分長かった。準備の最初のところで間違っていたということ。しかも市長答弁が終わったところで残り時間が少ないことにパニックになってしまい、持ち時間を40秒残してばたばたと質問を終えてしまった。40秒あればまだ要望できることもあったのに。今月はその後この失敗からくる挫折感をしばらく引きずることになる。

議会があると「議会だより」の原稿書きもついてくる。今回は自分の一般質問分に加えて会派(チーム創生)の紹介文も担当することに。喋るより書くほうがやっぱり楽。それではいけないと思いつつやはり。「議員になって饒舌になった」と言われて久しいが、しゃべればしゃべるほど嘘が増えて澱がたまっていく気分。

21日、高2息子が通学中に事故にあう。現場で警察とのやりとり、事故を起こした人とのやりとり、相手の保険会社の担当者とのやりとり、破損した自転車について自転車屋さんとのやりとり。朝現場に立ち会った時点では外傷は無いようだったが、念のため主人に会社を抜けて病院に連れていってもらう。診断は「打撲傷」で医師からは「よくこの程度のけがですみましたね」と。無事で何より。こうしてブログなんかを書いていられるのも家族が健康だからである。子どもがいる限り想定外の事象とはいつも隣り合わせ。鍛えてもらっている。

22日、参議院選挙公示。雨の中、地元候補の出陣式に参加。選挙は勝たねばなんの意味も無い。

23日夜、シルバーふれあいセンターで松元ヒロさんのライヴ。毎年この時期の開催。ここ数年会場はほぼ満席。政治的なメッセージを求めて来る人も多いと思うけれど、私は純粋に芸人としてのヒロさんの玄人ぶりに魅了される。話術も身のこなしもドラマチックな臨場感ある演出も、さすが数年先まで紀伊国屋ホールの予約が決まっている人だ。今回はラストに袴田事件のドキュメンタリー映画の再現。これだけ重い内容を笑いとともに伝えることのできる力量。すごい人である。

23日、イギリスのEUへの残留と離脱を問う国民投票が行われ、私の期待を裏切り離脱派が勝利する。海の向こうで戦争が始まったような気分。こういう決断に至った要因の一つはイギリスという国が島国であったことではないかと思われる。日本は他山の石としたい。

21日と25日の夜は小郡の事務所でスペシャルオリンピックスの会議。来週日曜日に開会式が迫った山口地区大会について、下関支部とスカイプで繋がって協議。広報委員長の仕事として広報誌の発行など滞っていることがたくさんあり、気が重い。私の仕事に限りませんが、お手伝いして下さるボランティアの方を常時募集していますので、どうぞ宜しくお願いします。24日の夜は息子の参加するバスケットプログラムのお迎えで佐山のユニクロ体育館へ。アスリートたちが無条件にがんばる姿はいつ見てもすがすがしい。雨が断続的にひどく降る。

以上、フェイスブックにあげていない日々の記事をいくつか。ここしばらく寝る前にいしいしんじ著「麦ふみクーツェ」を読んでいる。10ページも読めないうちに目がつぶれてしまうが、そうやって眠れるこの日々に感謝。








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2016年05月31日(火)

学びの創造

テーマ:ブログ
気がつけば5月も今日が最終日、明日からは6月ということで、今年ももう半分が過ぎ去ろうとしています。「それにつけても金の欲しさよ」と並ぶ「それにつけても時の早さよ」です。(何のこっちゃ。) 昨夜は犬の散歩がてら主人と近所にホタルを見に行きました。天候や時間帯のタイミングがうまく合ったのか、良く飛んでいました。人ごみや車のライトや携帯画面の灯りも無く、カエルと虫の声だけが響く中のホタル観賞です。夕食後に歩いてホタルを見に行けるところに暮らせるなんて、それだけでも人生の豊かさを感じるのは私だけでしょうか。

さて、宇部市教育委員会が進める学びの創造推進事業の一環である公開授業研究会が今年も始まりました。市内小・中学校が全市的に授業を公開し、授業後にアドバイザーの先生の元で研究協議を行うもので、今日は今年度の初日、黒石中学校で国語の公開授業研究会が行われました。今年度予定されている研究会は今日から2月8日まで合計45回。市議会の文教民生委員会に所属する議員は教育委員会から議会事務局を経由して事前に案内をもらい、自分で教育委員会に参加申し込みをすることになっており、授業の部分は見学できますが、研究協議の部分は参加できません。以前にもこの話題をブログを書いたことがあったと思いますが、私にとっては本市の教育の一つの方向である「学び合い」の進捗状況を現場で確認できるとても貴重な時間となっています。と口では言いますが、実際には私は教育者ではないので「学び合い」そのものを深く理解しているわけではありません。ただ、授業に臨む先生や児童・生徒たちの姿から自分なりに何かを感じ取っているといったところです。

今日の公開授業研究会で私が一番顕著に感じたのは授業の内容はさておき、参加されている先生方の授業への向き合い方が変わってきたということです。ひとこまの授業という限られた時間の中で、多くの先生方がじっと生徒の反応を観察し、「学び合い」の深まり方を吟味している感じが伝わってきました。残念ながらまだ「学び合い」に半信半疑で「こんなことやっても。。」という態度が垣間見られる先生もおられます。が、私が公開授業研究会の見学を始めた3年前に比べれば、その数は格段に減りました。アドバイザーの先生の指導によって「学び合い」の授業ができる先生がふえてきていること、その結果、児童・生徒が伸びてきていること、そして児童・生徒の成長が先生たちを目覚め、育てていること。ようやく本市の教育は負のスパイラルを抜け出してきているのではないかと感じるところです。

が、これはあくまでも授業という限られた時間だけでのことで、実はもっと家庭や地域そして職場としての学校が、機能してゆかなくてはならない、果たしてゆかなければならない役割は大きいです。市内小・中学校には、今年度公開授業研究会を3回予定しているところもあれば、1回も予定していないところもあります。授業を公開することで初めて自らの姿に気がつくこともあると思いますし、もし公開授業研究会を行わない理由が「そんな余裕は無い」ということであるなら、その学校の教育の質はおのずと知れようというものです。「学び合い」だけでなく本市はコミュニテイスクールの取り組みを進めているところですが、これも「そんなことやっても・・・」という関係者が学校を含めて地域に多ければ多いほど、無駄に失われてゆく子どもたちの時間は大きいと考えます。

なんだかまた固い話になってしまいましたが、最後にもう一つ。本日消費税増税の延期が自公容認ということではっきりと公になりましたが、安倍首相は前回増税を先送りした際に「再び延期することはない」と言明しています。つまり、今回増税を延期するということは、あの言葉は嘘だったということで、私たちは国家責任者が嘘をつく国に暮らしているということです。明日の夕刻(だったかな?)に増税延期について首相が(良く聞く言葉ですが)説明責任を果たされるおつもりらしいので、たぶん官邸では今躍起になってその原稿を作っているところだと想像しますが、悲しい話ではあります。対外的には国としての信用を一気に落とす結果になり、そうまでしても延期せざるを得ないという苦渋の選択であったことは理解するとして、まずは嘘をついたことを謝って欲しいと思います。日本で生まれ、学びつつある子どもたちに。
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2016年04月22日(金)

プリンスの死

テーマ:ブログ

熊本で大地震が起こり、多くの死者が出て、辛い避難生活を余儀なくされている方たちも多い中で、海の向こうの会ったことも無い外国人ミュージシャンが1人死んだからと言って何をそんなに重大に考える必要があるのかと、言いたい人には言ってもらっておくとして、、、プリンスのことを少し書いておこうと思います。というか私にとってはどうやら「書く」ということが自分の感情を昇華させる唯一の方法のようだからです。

その昔宇部市が官民協働で立ち上げた地域SNS「うべっちゃ」の中に、洋楽好きのメンバーが集まった「ロックの沼で泥んこ遊び」というコミュニティがありました。このコミュニティ内の企画で「あなたの選ぶベストアルバム」というスレッドが立ち上がったことがあって、自分の好きなアルバム(←この言い方が既に死語)をリストアップする機会がありました。そのリストの中の1枚として当時私が選んだのがプリンスの「Around the World in a day」です。理由は、「時々狂ったように聴きたくなる1枚」だから。彼の音楽の天賦の才は、アルバムごとに虹のように輝きを放っているので、人に依って好きな1枚はそれぞれだと思いますが、私はこのアルバムが醸し出す彼の音楽への姿勢がとても静謐で美しく、無限を感じさせて大好きなのです。プリンスというミュージシャンはありきたりに言ってしまえば「天才」。「天才肌」というのとは全く違ってほんものの天才でした。

突出した才能のうち誰もが驚異に思っていたものの一つはメロディメイカーとしての才能ではないでしょうか。プリンスの楽曲というのは同じ一人の人間が創り出したものとは思えないほど豊かなリズムと旋律に満ちていました。私は勝手に白のトッド・ラングレン、黒のプリンスと呼んであがめていましたが、ビートルズ以降これだけ多彩な楽曲を世に生み出し、また他のミュージシャンに提供した音楽家はいなかったのではないかと思います。アップテンポなものにも名曲は多いですが、私は特に彼の創るバラードが好きでした。シーナ・イーストンの歌った「Eternity」や前出のアルバムの中で本人が歌っている「Condition of the Heart」、シニード・オコナーが歌って大ヒットした「Nothing compares 2 U」など、どうやったらこんなにスリリングで美しいメロデイーが湧いてでるのか、正に驚異です。

もう一つ彼の突出した才能を挙げるとすれば、それはギタリストとしての才でしょう。彼はトッド・ラングレンと同じくどんな楽器でも自在に演奏できたそうなので、ギター以外にもソリストとして十分に評価されてしかるべき楽器があるのかもしれませんが、とにかく彼のギターワークは凄い。生で聴いたことはありませんが、Youtubeにアップされたライヴ映像などを視聴する限り本当に凄い。単に速弾きというのではなく、ギターというものが指を使って押さえたりはじいたりして音を出す楽器とは思えない、彼が弾くギターは音自体が生命を持っているかのような、ギターという楽器が全く別物の概念として存在しているかのようなそんなふうに思わせてしまうギタリストでした。

今年に入り、デヴィッド・ボウイから始まってグレン・フライ、モーリス・ホワイト、キース・エマーソン、ジョージ・マーティンなどロック界のビッグネームが次々と鬼籍に入りました。私にとって十代の頃から日々の中での長いつきあいである彼らの死はショックですが、ボウイの死からは「たとえこの世にはもう存在していなくても彼は私の中で永遠である」ということを身を持って知りました。スターの死は消滅ではなく「星」となっていつまでも輝き続けることであると。今回また不意に逝ってしまったプリンスもしかり、「そして船は行く」のです。

 

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2016年04月12日(火)

ありあまる富

テーマ:ブログ
「たぶんもうブログはやめちゃったんだよね。けっこう楽しみにしてたんだけど。。。」というみなさん、(いるのかほんとに?!)安心して下さい。まだ書いています。

春は出会いと別れの季節、桜もすっかり散り、そろそろ柔らかい新緑が目にまぶしい季節となってきました。市内の学校の入学式、会社の入社式も終了しました。私はというと、長女がこの春から社会人となったこともあり、ここ数日の春のはなやぎの中で、30年前に自分が東京で社会人生活をスタートさせた頃のことを懐かしく思い出したりしています。働き始めるとそれまでの生活が一変し、未熟ななりに新しい環境の中でいろいろなものが社会人として求められるようになるわけで、新人はよく「ひよっこ」という呼ばれ方をしますが、正に「ひよこ」のようにちょこまか動き回りながら、あたりをぐるぐる見渡し、見上げ、早く人の手と時間を取らずにすむように、トライしては失敗を繰り返す、そんな日々だったなあと記憶しています。

さて、そんな春の巷を賑わせている話題の中で、目下のところアメリカの大統領選と並んで私を捉えているのは「パナマ文書」というやつです。3年前にタックスヘイブンに関するパナマの法律事務所が保持する機密文書が存在するレポートを出した国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)が、今月初旬になってその大量のデータを検証し、様々な記事を公開し始めたことによる世界を揺るがす一大スキャンダルです。ICIJは「パナマ・ペーパーズ」と名付けられた40年間にわたる1150点の文書について、各国の現職ないし歴代の首脳12人を含め、140人の政治家や官僚が保有するオフショア資産の存在を明らかにし、「文書は少なくとも33の個人と企業がいかにあちこちにお金を移し、隠したかを示している」
のだそうです。(英エコノミスト誌の記事を日経新聞が翻訳)

何故この話題が私を強く捉えているかというと、至極単純なのですが、人間の欲深さ、それも権力を持つ人間の強欲さがここまでシンプルにあらわになった事象は近年無かったのではないかと(暴かれていなかっただけで実際は40年以上も前からあったわけですが)、これに比べるとFIFA会長その他幹部陣の汚職などは、まだ底が浅いような気さえしてきます。聖書の昔から人間の栄華のはかなさ、むなしさが説かれているにもかかわらず、時の権力者たちは何故富を求め続けるのか。「富」が自己実現の指標だという人も確かに存在するのでしょうが、それがある水準を超え、非合法に手を染めてもまだ上に上に積み上げていかないと満足できないということ。そしてそういう人たちが世界を動かしている中枢に数多く存在しているということに、私たちはどう理解を示せばいいのか。

まちづくりのハード面においては「お金があったら」と思う事は多々あります。日々の生活でも買いたいものが躊躇無くすぐ買えるなら、それはある面では満足度の高い生活でしょう。でも使い切れないお金を貯めこむ人の心情は私には理解できません。パナマ文書については、ここまで内容が明らかになってきた以上、今後も世界情勢に波紋を寄せ続けるでしょう。当事者の一人ひとりが、自分の行ってきた事が白日のものとなったとき、どんな身の処し方をするのか、お金の使い方同様、そこにその人の人格が現れてくるかと思います。

さて、わが家にはあさって木曜日の夕方から日曜日の早朝まで宇部市の姉妹都市であるオーストラリア、ニューキャッスル市から男子が2名、ホームステイにやってきます。「日本の家ってこんなに汚いんだ」という間違った日本の印象を与えないために、明日は準備ともう少し部屋の片づけをがんばります。









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2016年03月15日(火)

誕生日に思うこと

テーマ:ブログ
早朝の冷え込みはまだ厳しいものの、早くも県内から桜の便りが届き始めました。選挙前で緊張の日々を過ごしていた昨年の今時分のことがはるか遠い昔に感じられます。季節はめぐり、自然界にはまた春がやってきました。大いなるぬくもりに感謝です。

さて「ブログを書く」という行為がずっかり日常のローテーションから抜け落ちてしまって久しいですが、今日は思うところあって久々にパソコンからブログのページを開きました。実は今日は私の53回目の誕生日です。十代の頃も、二十代の頃も三十代の頃も、今のような立場にある自分を、私自身も全く想像していませんでしたが、東日本大震災の年に市議会議員という任を頂いて、昨年の再選を経て、今年で5年目になりました。今考えると震災のあった年にこういう任を頂いたというのも何かの巡り合わせだったのかもという気がしています。当時のブログを読み返してみると、当時から発信していたものから感じ取る自分自身の軸というのはその後ぶれてない気がするからです。もちろんその後の(人でも事象でも)様々な出会いによって自分の中で軌道修正したりした部分もあることにはありますが、基本的には自分の芯は震災のあった2011年ころには出来上がっていて、それがある強い思いから「一主婦」という立場から「一市議」へと大きく一歩踏み出した(踏み出さざるを得なかった)という感があります。

では、その「ある思い」とはいったい何だったのかというと「変わらなきゃ!」という思いに尽きるかと思います。東日本大震災という未曾有のできごとが起こり、日本全体が立ち止まって「変わらなきゃ」という思いに覆われたときに、自分のごく身近な周りにも市議会も含めて「何故?なんでこうなるの?」というシンプルに不条理に思われることがたくさん起こっていて、そういったものを納得がいくように変えるには自分がそういう立場に就くのが早いと考えたのが、自分が選挙に出ようとした発端です。私のことを古くから知る人は私の根っからの「政治(家)嫌い」を知る人も多く、当時は晴天の霹靂のような(大げさか。笑)受け取られ方もしましたが、「かわいそうにそんな性格で政治家できるのか。そうまでしてやらなければならないのか。」と心配してくれる人はあっても、「絶対やめなさい。」と止める人はいませんでした。(実のところ3人の子どもたちのうち当時高3と小6だった娘と息子は私が選挙に出ることは相当嫌だったようで2人で話し合って泣いたというのを後から聞きました。その後よく我慢してくれたものです。笑)

そういう「変わらなきゃ!」という思いから今の立場についている自分は、我ながらスタンダードとは言い難い思考回路で仕事をしていて、これで市民の代表と言えるのかといつも自分自身に自問自答する毎日なのですが、何か新しいことにチャレンジすることについては、その真意が公益として納得できるものである限り、たとえリスクがあったとしてもそれを応援して後押しするスタンスにあります。企業で働いたことのある人なら肌感覚としてあると思いますが、新しいことには常にリスクがあります。しかし挑戦しなければ何も生まれない。これは古くから多くの先人たちが言っていることです。もちろんやみくもに突き進めばいいということではありません。必ずリサーチと準備は必要です。しかしそれは前に進むためのものであって、足を引っ張ったりやらない理由付けのためのものであってはならないと思います。もし初めからそんなマイナス思考しかできない人たちが有力者であるようなまちだとしたら、若くてやる気のある人たちからは見放されてしまうのがオチです。仕事をするのは「人」であり、どんなにデータをはじいてもそれは未知の部分です。

私が県内の女子大を出て東京の商社で働き始めたとき、53歳で働いている女性は大きなビルの社内に両手の指で数えるほどしかいませんでした。しかし30年が経った今、そんなことはありません。数日後に大学を卒業して社会人となるわが家の長女も、もはや「寿退社」という言葉を知らない世代です。社会は変わり続けています。ダーウインの進化論にもあるように「自らを変えることができるものが生き残る」ことができます。地方創生という生き残りゲームの渦中にあって、まちの運命もまた同じです。市民のみなさんは選挙の度にしっかり自分の思いを託せる人を選んで下さい。久々のブログの最後は、やはりこのメッセージを残して終わりたいと思います。


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