東日本大震災から3年が経ちました。

あれから電気の大切さや絆の大切さに気付いた人も多かったことでしょう。

身の回りの普通に幸せのありがたみに気付いた方も多いでしょう。

東日本の震災が発生した3年前。


私が住んでいたところはちょっとは揺れたけど計画停電の影響もなかったし、

テレビで地震と津波の映像を見るだけでした。

当時は認知症の母の在宅介護でいっぱいいっぱいでした。

もう心が折れそうでしたが、

被災した方が大変な状況にあっても前を向いて進もうとしている様子を見て

こちらはあまり影響がないし親も生きてるのに

私は親の介護ごときで凹んでいるわけにはいかない・・・と勇気づけられました。


一方で

私が住む静岡県もいつ地震が起きてもおかしくないと言われているし、

原発から30キロ圏内に住んでるので大きな地震があったら福島の方と同じ状況になるかもしれない。

他人事ではないと思いました。

あと、もし同じような地震に遭遇して明日がれきの下敷きになったとしたら私は絶対後悔するビックリマーク

って思いました。

明日がれきの下敷きになったり津波の被害にあって命が終わったとしても後悔しないように

これからは介護以外の事や自分の事もうちょっと考えよう。

そう決意した瞬間でもありました。

あと、

認知症の母と暮らしていた当時、

災害が起きた時、介護が必要な母を抱えて避難できるのだろうか。

そんな事ばかり考えていました。

当時、地震や津波の映像がテレビから流れていても

認知症の母は状況を飲みこめずにいました。



自宅から徒歩5分程の距離にある中学校が避難所となるはずですが、

仮に避難所暮らしとなっても母は理解できなかったと思います。

でもどんな状況になっても何が何でも避難しよう。

父や母が歩けなかったら二人をおんぶして家族全員で避難しよう。

そう思っていました。

ただ、なんとか逃げられたとしても認知症で要介護5の母は

避難所で暮らす事は難しいと思いました。

オムツの手配なんかも大変だろうし、

トイレだって水がなくて大変だろうから、

ましてやオムツなんて・・・。

あれから3年経ち、

母は現在特養に入所中。

まさか3年後私が結婚して妊娠してるとは思っていなかったし、

3年前は父は介護なんて必要なかったけど、

今では介護認定を受けて要支援2、身体障害者手帳の手続き中。

今地震が起きたとしたら

父は自宅から徒歩5分程の避難所にちゃんと歩いて避難できるかわかりません。

そして3年前考えていたように父をおんぶして避難所に連れていくなんて事は

今妊娠8カ月に突入しようとしている今はできません。

状況が大きく変わってしまったので、

あの頃「私が両親を守る!」って思っていたけれどそれが難しい状況になっています。

そして、

仮に父と避難所に避難できたとしても

避難所での暮らしは右半身に麻痺が残っている父にはつらいものになると思います。

今は要支援2ですが、

結果的に今より介護度が上がってしまうかもしれません。

3年前からずっと

「大きな災害があった時に介護が必要な親を抱えてその場を乗り越えて行けるのか」

それが我が家の・・・いや、私自身の課題です。

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