「男であれず、女になれない」 ~それでも、ハッピー量産体制~

第23回小学館ノンフィクション大賞 最終選考作品
「男であれず、女になれない」 小学館
全国書店にて販売中!

男に挫けて女を諦め、お酒と眠りをこよなく愛し、それでも人を手放さない。酒と涙と男と女。目指す極みは、脱二択。


テーマ:

事あるごとに、
もしも何かを本当に理解したいと思うのなら、

まずは自らの足元を見まわし、
その足場を支える当たり前を認識せよ。
そしてそれを、
崩せ。
と言ってきた。

そして自分自身にも、命じてきた。


人が当たり前とか普通とかいう、
いわゆる先入観という言葉に変換できる意識を持っているとき、
人間からは確かな足場と引き換えに、想像力が奪われていきます。
何か物事を考えるときに最大の障害となるのは他でもなく、

自分が自分を支えるために作り上げた足場であり空間なのです。

最大の弊害の根っこは、自分の思考の中にあるものです。

新しいこと、知らないこと、理解できないこと。
それらに向かい合うとき、
自分の足場が確かであれば当然、想いを伸ばす先は上だと思うでしょう。

そこに答えがあると思うでしょう。
なぜって、下は確かな揺るぎない足場ですから。
でも、
その足場を不確かにした時には、下にも空間が広がります。
その瞬間に可能性は更に広がり、見つけられなかったものを見つけるチャンスは増えるのです。
当たり前とか普通とかいう概念の根本は、そういった足元にあるもの。
確かなものがあるということは、自分の中にその概念が当たり前という凝り固まった形で、
弊害になることも厭わずに存在していることを示しているのです。

それでも、
もしもあなたが誰かを理解したいと想い、
同時に確かな足場を持ちたいと望んだとしても、
誰にもそれを責めることも、止めることもできないとも思うのです。
当たり前や普通の概念を持つことを、

責めることは誰にも出来ません。
だって人間は誰もが、

『多くの部分で多数派であり、わずかな部分で少数派なのですから。』


世の中に誰一人として、足場が一つもない人はいません。
多くの事で多数派であることを受け容れているからこそ、

わずかなことで少数派を実感することが出来るのです。
光の中にあるからこそ、影の部分を見つけることが出来る。

光の中では影が目立つから、それを見つけて欲しいと願うのです。

光を浴びながら、影がここにあると旗を振るのです。

誰もが気づいていない多数派なのです。
ならばどうして
誰かが無自覚に何かの少数派を見落とすことを責められるでしょう。
人にはそれぞれ、自分だけが見つけた事情があるのです。
それぞれが、
ちょっと呑んで、
ちょっと求めて、
ちょっと我慢しなくては話が進まない。
私が抱える少数派の部分は、多くの人にとっては多数派の部分なのです。
人は自分が少数派になっている部分にばかり気が回って、その逆もあることには気づかない。

それだけのことなのです。

自分が少数派である部分だけではなく、自分が多数派である部分も自覚してみたら、
求めることの努力を少しだけでも、与えることに向けられるでしょう。
そうしたらきっと、多数派と少数派の境目は、わずかでも薄くなると思うのです。
そうすればきっと、光の中の影に足を止めてしまう人は一人でも減るだろうと思うのです。


光の中の光を見つけるのは、光の中の影を見つけるよりもずっと難しいことです。

だからせめて、自分を照らすこの光も確かなものではないと、意識するしかないのでしょう。

当たり前のことなんてないという事実は、自ら不安になることでしか見つけられないものでしょうから。


(出典:マジョリティとマイノリティの境目 2009.01)


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