介護の創造性について考えてみる。 | 最新福祉脳!?夢想転生

介護の創造性について考えてみる。

僕たちがやっている高齢者福祉は、
人生の最終ステージを迎えた人たちの、
終いの人生にお付き合いするというお仕事である。

自分がどのように、最期を過ごしたか、
ということを知らない、若造が、
これから亡くなっていく方の
人生に伴走するのである。

50代くらいの、いわゆる、
高齢者の子供世代の支援者は、
わかりやすく、そのご家族を支援したがる。

僕は、別に介護家族を卑下するつもりは
毛頭ないのだけど、
『家族を支えてナンボの支援者』は何人もいる。
とある支援者の話に耳を傾けたときは、
僕の耳が腐ったか、耳を疑いたくなるような、
言葉が出てきた。

『老々介護なので、二人とも、残された時間が少ないから、
二人が幸せになるように、本人の生活を一番に考えます。』
・・・老々介護じゃなくても、そうしろよ!
って話でしょう。

少し、深く聞いていくと、
『同年代のご家族の気持ちは、よくわかるんです。
私もその方と同じ時代を生きて、同じ年代の親がいて、
そうなると、その家族が困っていることが、
目に見えてわかります。そういうケースは、得意です。』
(50代ケアマネジャー、兼、事業所管理者)

基本的に、人間は、安きに流れる。
わかりやすいところに、行きたがる。
彼女のようなケアマネジャーに当たってしまった、
高齢者の人生は、不幸である。

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既に、
自分の人生を歩めない状態になっている。
『自分の体が思うように動かない』とか、
『自分の思いを上手に伝えることが出来ない』
故に、
人間としての基本的な人権、尊厳を
削られるような存在の方に、社会福祉として、
支援が提供されるのであって、
それこそ、
『自分の体が思うように動く(けど、高齢者を抱えているので、動けない)』
『自分の思いを上手に伝えられる(けど、高齢者がいるので辛い)』
という方への支援には、公的介護保険を使うことが出来ない。

公的介護保険で使えるのは、
『ご家族の状態がよくなることで、ご本人の生活によいことが起きる』
とか、
『ご本人自身が、良い状態になる、保つ(ことで二次的に世帯が良い状態になる)』
ためである。

社会保障とは、社会からはじかれる僕たちへの、
救済である。
(参考:社会からはじかれた僕らへ

対人援助職、支援者にとって、
最も重要な要素の一つとして挙げられるのは、
共感的理解である。

したがって、
共感的理解を得やすい同世代への支援をしたがるのは、
人間として自然であり、業として不自然である。

共感的理解を得やすい対象者に支援をするのであれば、
その支援者は、目の前の高齢者よりも
先に亡くなる事が決定的である方がするべきである。
(おお。酷い表現ですね、カゲキ。)

一寸先は闇という話ではなく、
余命数ヶ月と宣告された方が、
余命数年の方に、
未来の本人の心情を理解していただき、
死に様を見せる。

凄く、素晴らしい仕事が出来ると思います。
もっとも、
そのような方が、他人を支援するという心理状況にまで、
自分をセットアップするかといったらそのようなことは無く、
自分の周りのもっと大切なヒトと、
大事なひと時を過ごされるであろう。

残念ながら、
看取りをさせていただいた方の中に、
『他人を気遣う』ことはしたとしても、
『他人の人生に自分の人生を賭ける』
という選択をされた人を、見たことが無い。

聖書のという、偉人伝の中では
見たことがあるけどね。
だから、2000年語り継がれるわけだが。

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さて、
では、私たち、『他者を支援する業』をしている
ヒトに必要なものはなんであろう?

共感的理解は深いほうが良い。
これは自明である。

でも、共感しきれない。
だから、想像することである。
また、その方に人生を創造してもらうことである。
私たちは、まだ見ぬ死までの生のお手伝いをするのである。
その点から、僕たちの仕事は、創造性が高いといえる。
(先の、余命が高齢者よりも短いヒトは、その限りではない)

創造性(クリエイティビティ)は、
新たな発見を生み出す(イノベーション)のである。
世の中の根底や成り立ちを変えるほどの力を持っている。
『この世に無いもの』を作り出す力である。

これには、
2つの種類があると思っている。
一つ目は、(真の)作家、音楽家、などの表現者が持つ、
理屈を持たない自己表現で、自然なもの。
二つ目は、目の前の問題を解決していくということ。
解決されない問題の解は、この世に無いものだからね。

私たち支援者は、この二つのうち、
一つは持っていないとならない。

では、皆さんは、真の表現者足りえるのでしょうか?
・・・まず、ムリですね。
もしも、あなたがそう思っていたとしても、
恐らく、誰かがやっています。
新しく、世に無いものを作り出すことすら大変なのに、
支援者は、その新しいものを、
目の前のたった一人のご本人に、気に入ってもらわないとなりません。

では、私たちは、どこを目指すのか?
ご本人の中にある、解決されない問題を、
解決していくことしかないですね。
高度に問題解決能力を高めていくことで、
私たちは、支援者のプロフェッショナルとなります。

そのための能力(学と、努力と、他人の力(ネットワーク))
を持たないとなりませんね。

これは、非常に難しく、わかりにくいものでしょう。
でも、いいんです。わかりにくくて、お金にならないもので。
いつか、必ず、お金になるでしょうね。

『もし、一番売れているラーメンが一番旨いとしたら、
それは、カップラーメンである。』の法則です。

中途半端に自己表現した、わかりやすいもの、や、
中途半端な深度で解いた、問題と結果。
ほど、ご本人の『真の人生の終末』とは違ったものになるでしょう。

『本当にラディカルな支援』は、常に少数の人々だけが目撃できる。
ってわけです。
そして、やはり、
『素人がわかろうとしないものを、
わかろうとするから、プロフェッショナルである。』
ということなんですね。

『神は、細部に、宿る』わけです。
そして、
『その細部は、常に全体と統合されなくてはならない。』
ってことなんだと思います。

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すると、
創造性を発揮するために必要な姿勢はなんでしょう?
細かく、細かく、問題解決とその理由を明確にすることです。

私たちの仕事は、非常に広い分野にわたります。
介護、福祉、社会学はもとより、統計、数学、医療、科学・・・。
介護からの視点ではなく、たくさんの視点から、
真実をつかみ、問題を解決できる。

そのような、『創造的な』人材がこれからは、
活躍するような業界になるのでしょうね。

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もう一つ、この社会を渡り歩くに必要な力。
それは、数学だと思います。
複雑に絡んだ問題を、因数分解して、
共通点を探し出し、分割して、検証していく。

因数分解=一般化ですね。

数学って言っても、中学数学ですが。
んで、こいつを統計にかける(高校数学ですね。)

また、必要なものは何か。
ココにビッグデータが加わると、
最強でしょうね。

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