地域とは何か? | 最新福祉脳!?夢想転生

地域とは何か?

昨日は、
午前中、厚生労働省からヒアリングを受けてきた。
(う~ん。ヒアリングを受けるって表現は変だよな。
自分を主体にするなら、しゃべってきた。って表現すればいいか。)
ヒアリング自体は、現在旬である、介護保険法改正とはまた少し違った話。
どちらかというと、労働関係。
介護労働についての話し合い。
介護労働も地域差で需給バランスがあるのだから
地方行政に馴染むような政策を進めていって欲しいものである。

午後はせっかく霞ヶ関にいるので旨いものを食べようと、
日比谷聘珍樓に行ってきた。
7月に仙台に行った時には、震災の影響で入り口まで
行ったものの門前払いを食らったわけで、リベンジなのである。
そこでの話は、『地域包括ケアシステム』を中心とした
日本の構造についての勉強、意見交換。

夕方からは、墨田区菊川で新規オープンする
小規模多機能型居宅介護『ブライトの家』に行って、
事前パーティー。
『来る来るパーティー』
(くるくるパーティ?そうそう。彼の髪の毛は天然パーマだったからね)
豪勢にも、
15時から、和田行男氏、宮崎和歌子氏によるトークセッションの後、
19時から地域の方もお呼びしてオープニングパーティー。
20時からは、仲間が、ドンペリニョンを買ってくるという豪勢ぶり。
ステキなパーティーだった。

と、
言うわけで昨日のテーマは『地域』だったわけだ。

僕たちは、
『住み慣れた地域で可能な限り自立した日常生活を営むことが出来るよう支援する』
のであるが、そもそも『地域』とはなんであろう?

地域について介護保険法で語られるのは、
『行政区分』だったりするんだけど、
こと、厚生労働省の役人に地域とは何かと聞くと、
『それは、「地域」で考えてください。』
という、
地域のことを地域で考える。
それが出来れば、地域とはなんだ?という問い自身、解決されているのである。
蒟蒻問答のような話。

勿論、介護保険法が言う地域ってのは、土地区分で区切られるなんて、
平坦で薄っぺらい概念のことではない。
行政が言う地域って言葉は時に、
都道府県などの行政区分、
市区町村などの行政区分、
はたまた、都市部という言葉に対応した、
『地方』という言葉の言い換えなどという意味合いを持つこともある。
(これについては、笑い事なんだけど、僕らが『痴呆』って言葉は差別だよね、
って認知症のことを言っているのと同じくして、『地方』って言葉は差別だよね。
と、地方の行政マンが言っているらしい。韻を踏んでいるってのは、クールだよな。)

僕たちは、『地域』が示すものは、
その集まりが持つ、密度、固さ、色、深みなどを知っている。
また、例えばシャッターが降りた地域では、以前の活気を取り戻したい住人が、
地域活性化の下で活動のベクトルを持つし、
今回の大阪都構想に至っては、よりよい地域のデザインへの挑戦なのである。
(勿論、これには賛否両論あるのだけど、
大阪市民は『地域変革』への選択をしたのである。
まあ、一部既得権益者へ富が集中し、なおかつ集中していたのが行政だったのだから、
市民が王を穿いたんだろうな。)

行政区分に応じない地域という、そもそもの成り立ちは、
人と人とのつながりによるものである。
人と人が繋がって、社会を形成した時に、
より豊かな社会を目指します。
それは、行政・経済活動にとどまらず、
福祉(医療・教育・富の再分配、雇用など・・・)や、
文化・伝統などの余暇活動(!?この四字熟語は陳腐な表現だが。)
といった社会活動が呼吸をしています。

そして、それが自主的に(自治的にではなく)参加されることが必要なことです。

その自主的な参加を可能なものにされている場所が『地域』なのでしょう。
つまり、介護保険法が示す、『地域』は、自主参加が認められるものではないかと思います。
勿論、『自主参加』は、人の支援によって参加が出来ることも受け入れることが
『質の良い地域』なのだと思います。

そして、ある程度その社会の質が担保されると、
社会は物理的な広がりを持ち始めます。
すると、混沌が発生しますので、より強い行政の管理(!?)が発生します。
当然、先進国の国家には当たり前のように行政地域で管理されます。

ところが、一旦管理した社会も、その変化に応じて、
密度、固さ、色、深みが変化していきます。
良い変化も、あるでしょう。
望まない変化もあるでしょう。
それが、社会問題です。

核家族化による『孤立』や、
格差社会による『貧困』や、
高齢化による『要介護状態』などは、
社会問題として捉えられています。

それを解消するのは、実は行政ではなく、
地域だと思います。

アタリマエですよね。
『地域』のほうが、『行政』よりも先に出来たのですから。
つまり、『行政の管理下』では対応できないほどの大きな社会変容があったとき、
(もちろん、この度の世界恐慌もこの一つでしょう)
解決するのは行政ではなく、
その地域を形成している一人一人の考えと、
その集合体である良質な地域の自治なのではないでしょうか?
まあ、ある程度、行政区分も突破した、新しい『地域』のデザインが必要なんだよな。

、、って、そんなことを思った次第なんです。

治世では有能な役人も、
乱世では使い物にならないこともあるだろうよ。
まあ、実のところ、介護保険改正議論でいうなれば、
いわゆる外部の老害や、政治のほうに問題が有りそうな気もするんだけどな。

若い役人!頑張れ!
応援していますぞ。
おしまい。

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国と話をしていて、そうだよな。って発言があった。
『制度は先進的な場所に焦点を定めるのではなく、
底辺に定めるのではなく、真ん中に定めますから。』
・・・そうだよな。政治は中庸をとらないと。
つまり、今、閉塞した現状を突破する為に必要なのは、
国だけではなく、都道府県だけでもなく、地方自治体だけでもなく、
地域社会の最小単位である、我々個人の力との協働なのではないだろうか?
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