爽 籟 | 陽の光浴びて、月は輝く

陽の光浴びて、月は輝く

 ― シンイ 二次小説 ―

FREEWAY



風が、止んだ。

チェ・ヨンは、すっかり高くなった空を見上げた。清々しい気分だった。目を閉じれば、自分の力強い鼓動が、身のうちにはっきりと聞こえた。澄んだ空気をいっぱいに吸い込むと、長く、太く息をつく。

季節は巡り、あれから四度目の秋が訪れた。あの方が帰る場所を、必ず守り抜く。そう心に誓い、無我夢中で駆け抜けた激動の四年だった。その間に少しずつ増えた黄菊が、再びさわさわと、風に揺れる。

その風が運んできた、余りにも懐かしい香りに、チェ・ヨンは息を止めた。身を起こすと、ゆっくりと、信じられない思いで、振り向いた。

黄菊の向こうに佇む、その人を。



出会いは、突然だった。にも拘らず、その瞬間から、惹かれて止まなかった。

初めて肩を寄せ合った時、あの方の温もりに、身も心も驚くほど癒された。初めてあの方を抱きしめた時、肚の底から燃えるように熱い力が湧いた。

初めて口づけた時、震えるほどの感動が、この胸を満たした…

守っているようで、本当は守られていた、生かされていたのだ、と知った。

なぜこの人なのか、そんなことばかり考えて、多くの時間を無駄に費やした。そして、失って初めて気づいた。己の、生きる希望。己が存在する、その理由。

俺の、すべてだったのだ、と。



ぽつり。

温かい雨が、落ちた。ひと粒、また、ひと粒。澄んだ声が聞こえる。

――雨が降り出す瞬間が一番好きよ。雨がひと粒、ふた粒降り始めて、おでこにぽつっと落ちれば、あら?って空を見上げるでしょ。その瞬間――

そうして輝く、あの瞳を思い出す。凍りついた身体が、少しずつ温かくなっていくのを感じて、チェ・ヨンはゆっくりと目を開けた。

右手の先に、倒れる前は無かったはずの黄菊が咲いていた。黄菊に触れようと、指先をわずかに動かすと、何かが引っ掛かった。たくさんの花の間、半分泥に埋もれたそれを、チェ・ヨンは力無い指先で、懸命に掘り出そうとする。

消えかかっていた鼓動が、戻ってくる。それはゆっくりと、そして徐々に早くなり、チェ・ヨンの生命を動かし始めた。

降り出した雨は、やがて絹糸のように滴を繋ぎ、チェ・ヨンを温かく濡らした。泥だらけの指先が、ようやく、古ぼけた小さな瓶を掴んだ。もう片方の手で、懐の膨らみを押さえる。チェ・ヨンは、その瞬間、すべてを悟った。

チェ・ヨンは、目を閉じて、微笑んだ。

――生きて、いる。



ウンスは、ゆっくりと笠を取った。それは、手から零れると、風に舞ってあっという間に小さくなった。笠を取っても、愛しい人の姿は、ぼやけてよく見えなかった。そこで初めて、ウンスは涙を流していることに気付いた。

…そこに、いるのね。

聞こえない返事に、涙した夜。
幾度も願い、祈った。そこにいて、生きていて、と。

…生きて、いるのね。

それでも生きている、懸命に生きてくれる、そう信じた朝。
生きて必ず巡り会える、そう信じて、自分も一日一日を、懸命に生きた。

誰かが言っていた。あれは本当だった。
強い想いが縁を結び、切実な願いと思い出が、二人を巡り合わせる、と――

「イムジャ…」

声にならない声が、そう呼んだ。気付いたときには、もう駆け出していた。迷うことなく、真っ直ぐに。チェ・ヨンが、ゆっくりと、腕を広げるのが見えた。

「チェ・ヨン!!」

ウンスは殆どぶつかるように、チェ・ヨンの大きな胸に飛び込んだ。チェ・ヨンは、腕の中の奇跡を、もう二度と離さぬようきつく、きつく抱きしめた…









爽籟(そうらい)…秋風の音の爽やかな響き