中国はむかしは尖閣を日本だと認めていた証拠がある。 | ねことオートバイと哲学

中国はむかしは尖閣を日本だと認めていた証拠がある。


・・・・・・・・・ 中国・福建省から船出した中国の漁船・金合丸が暴風雨に遭遇し、魚釣島に漂着座礁したのである。この船には福州(今の福建省)の船主兼船長・郭合順以下31名が乗り組んでいたが、尖閣周辺の波浪は嵐の余韻で渦を巻き、激しい潮流に翻弄され、座礁したまま身動きがとれなくなって、魚釣島の島民に助けを求めた。

 善次の陣頭指揮のもと、金合丸の乗組員全員は無事救出された。手厚い保護を受けた遭難漁民たちは、やがて石垣島に送られ、半月余の後に台湾経由で故郷の福建省に無事帰還することができたのである。

 その後、魚釣島における善意の海難救出に尽力した古賀善次ら島民7名に対し、中国(中華民国)在長崎領事の馮冕より感謝状が届いた。その感謝状には、海難発生場所として「日本帝国沖縄縣八重山郡尖閣列島」と記されている・・・・・・・




そのときの中国から贈られた感謝状
        
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訳文
「中華民国八年冬、日本帝国沖縄県八重山郡尖閣列島内和洋島に暴風のため漂着した中華民国福建省恵安県漁民郭合順ら三十一人を熱心に救護して故国に送還させた隣人に対するあたたかい行為を深く感謝する。
中華民国九年五月二十日 中華民国駐長崎領事 慿冕」


こういうのを「動かぬ証拠」と言うのじゃないのかな?