久しぶりの母とのキッチン、夕飯の支度。
宿のおかみとして働く母はいつも忙しく、こうした二人の時間も久しぶり。
「おかあさんあのね、今更だけど。私、バイトしてるんだ。」
冷蔵庫に野菜をしまいながら、母にはじめて打ち明けた。
「反対されはしないだろうけど驚くだろうな」と少し警戒してた。
だけど「あ、そうなの?仕事は楽しい?」とだけ聞かれ、逆に私が驚いた。
「だからあなた最近楽しそうなのね。ちゃんとおとうさんにも報告しなさいよ」
「うん」
「それと、バイト代入ったらなんかおごって。おかあさんお寿司がいいな!」
「え~~~、考えとく!」
隣の居間の仏壇に手を合わせる。
「おとうさん、そういうわけだから。」
去年、亡くなった父。
突然の事だった。
同時に私は「自律神経失調症」となった。
おとうさんのせいじゃない。
おとうさんのせいじゃない。
父のせいにしたくなくて、母には黙っていた。
でも母はとっくに気づいていた。
「だって親子だもん」
その言葉に、気丈に見えてた母もずっと苦しんでいたとはじめて知る。
いつも私は私のことばかり、また親不孝してしまったな。
失望に襲われ小さな旅に出て、そこで「ビクトリア」と「琴葉」に出会って。
もしかしたら、父が出会わせてくれたのかもしれない。
そう考えるようになれた自分は、少しは成長したのかな?
「「そういうわけ」ってなによそれ?そんないい加減な報告ダメよ。」
母は夕食を運びながら笑った。
食卓にいつもより多めのおかず。
向かいの席に母がいる事が、不思議と懐かしい。
「構ってあげれなくてごめんね」といつも母は謝るけど、そんなに聞き分けの無い子じゃないよ、私。
「いただきます」を言おうとした時、「おかみさーん!」と宿から呼ぶ声。
あの声の感じからすると緊急だ。
「もう!せっかく親子水入らずなのに!」
母は「茜ごめん、ほんとごめん!」と箸を置き、和服の襟を直して宿へ帰っていった。
「忙しいとはいいことだ。」
聞こえてるかわかんないけど、私は呟いて母の作った餃子を一人ほおばった。
「朝吹さんやっとスマホ買ったの!?LINE交換しましょ!」
「いいですよ!えっとね、・・え~。。??。山口さん、どうやるんだっけ?」
「あんた高校生なのにLINEもできないの?貸しなさい!」
店長は私からスマホを取り上げた。
山口さんと名古屋へ出かけた日曜日。
携帯ショップでiPhoneを買った。
17歳にして初めて持つスマホ。
持たなかった理由は不便してなかったから。
不便と思わないほど、自分は世界に興味を持ってなかったんだと気づく。
「はい、完了。」
店長の手から戻ってきたスマホ、LINEをタップして確認。
さっきまで「1」だった友だちリストが「2」に増えている。
にやけてる私を見て店長は「ほんと朝吹さんは顔に出るわね」と笑ってた。
携帯ショップの後、栄のパルコで服を見て「買いたいものがあるんだ」と言う山口さんについていった場所。
そして今ここ「ビクトリア」だ。
カウンターで店長がドールヘッドを並べて、山口さんが説明を受けている。
彼女が買いたいもの。
それはドール。
どうやら店長の自作ドールになりそうだ。
「琴葉~、あなたの妹が生まれるんだって。」
テーブルに置いた琴葉は、ちょっとビックリした顔をしてる。
退屈しのぎで琴葉と遊んでる私に、山口さんは言う。
「朝吹さんも読めるじゃん。」
「え?何が?」
「私と同じでモノの心が。だって琴葉ちゃんの気持ち読めてるじゃん?」
なんだ。
そういうことか。
知られたくないから、分かろうとしなかった。
ほっといてほしいと言いながら、理解してほしかった。
「許せない」と恨みながら、許してほしかった。
今の自分を好きになれたから、覚えた大切なこと。
異端であることは困難があって当然。
でも、誰かひとりでも味方がいるなら、もう私はだいじょうぶ。
山口さんと店長のドール製作の相談は熱を帯びて続いてる。
私は小さな疑問をぶつけてみる。
「山口さん試験の時さ、頭いい子の回答読めちゃうの?」
「え、まさか~!それができたら苦労しないよ。」
「なんでも見えたり聞こえたりするんじゃないの?」
「そんなの騒がしいの気が狂っちゃう。私が読めるのは興味あるもの、好きなものオンリー。」
「。。え?。。好きな・・って?」
「!。。ぁ。。。」
ドアが開いて女の子二人のご来店。
しばらく店内を回った後、カウンターの店長に尋ねる。
「あの。。今日ドールの店員さんいないんですか?」
ビクッとなった私を店長は一瞥して意地悪く笑う。
「あー今休憩中でね。すぐ戻って来るわ!」
私は事務室で仮面をかぶり、ヴィックを整える。
今日はバイトじゃなくてデートのはずだったのにぃ。
だけど仕方ないか。
おかあさんをお寿司連れていかなきゃいけないしね!
「いらっしゃいませ、ビクトリアへようこそ!」
カウンターに座った琴葉が「やれやれ」と呆れてる。
仮面の下の私が見えますか?
幸せに満ちてとびきりの笑顔なんです!
完
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