アリダ・ケッリ 「Sinno Me Moro(死ぬほど愛して)」 | アラフォー世代が楽しめる音楽と映画

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ストレスを抱えるアラフォー世代が、聴いて楽しめる音楽、観て楽しめる映画を紹介します。
でも自分が好きな作品だけです!    

 昔観た映画で「もう一度観たい!」と思っていながら、仲々機会に恵まれないことがある。特にイタリア映画にその傾向が見える。『ブーベの恋人』がその一つだ。おそらく30年以上も前、BS放送も無かった時代に「NHK総合テレビ」では定期的に洋画の名作を放映していた。
 その日、ボクは自宅にいたので土曜日か日曜日だったのであろう。まだ夕方と呼ぶには陽が明るい時間帯だった。別に何もすることもなく、テレビを点けると『ブーベの恋人』が放映されていた。当時は映画に疎かったが、映画タイトルくらいは知っていた。
 一度聴いたら耳から離れないメロディが流れた。パルチザン活動をする貧しい青年とその恋人の物語。ある時、青年はファシストの憲兵とその息子を殺した罪で捕縛されてしまう。彼女も田舎に居辛くなり、町に出て一人暮らしを始め女工として働く。そこで彼女は誠実そうで知的な別の男と出会う。彼女の心は揺れ動くが、結局刑期14年の判決を下された青年を選び、強い意思を持って彼の釈放を待ち続けるという内容だったと思う。
 青年がまだ捕縛される前、国外逃亡を図ろうと汽車に乗り、動き始めた瞬間に彼女が長いブラットフォームをいつまでも走って見送るシーンが印象的だった。しかしボクはこの映画を最後まで観ていない。途中で退屈になってチャンネルを変えてしまったのだ。今振り返れば何という冒涜であろうか!
 でもあの健気な女性の姿は忘れない。彼女は青年ブーベの恋人でマーラという名前なのだが、何故かブーベだと思い込んでいた。だってブーベの方が女性的な響きではないか? このマーラを演じた女優がクラウディア・カルディナーレだと気づいたのは、それから暫く経ってのことだった。

 クラウディア・カルディナーレはイタリアが世界に誇る名優だが、意外にも生まれは北アフリカの国チュニジアである。ただ北アフリカと言えどもチュニジアは地中海を挟んでイタリアとは隣国に位置する。シシリア生まれの父親とフランス人の母親の間に生まれたクラウディイアは、チュニジアの首都チュニスで行われた美人コンテストに優勝したことからヴェネチア映画祭に招かれ、そこで映画プロデューサーのフランコ・クリスタルディと出会う。
 そしてクリスタルディの手引きの下、1958年からチュニジアで端役として映画出演していた。間もなく彼女は一家と共にイタリアに移る。実はこの時、彼女は未婚ながら既にクリスタルディとの間で息子パトリックを産んでおり、ずっと弟として育てていたのだ。
 ボクが彼女の出演映画で好きな作品は60年代初期に集中する。よくクラウディア・カルディナーレはマリリン・モンロー、ブリジット・バルドーと並ぶグラマラスなセクシー女優と称されるが、それはハリウッド進出を果たした後の話である。ハリウッド映画界ではどうしても女優にそういう色艶を要求し、やたら胸や太腿を強調した衣装を着せたがる。でもこの頃の彼女はまだ細身で、薄幸ながら一途な心を持った娘役が多かった。『汚れなき抱擁』『鞄を持った女』然りである。

 彼女が一躍注目を浴びたのが、ピエトロ・ジェルミ監督が自ら警部役で主演を演じた59年の作品『刑 事』である。この映画は『鉄道員』『わらの男』に引き続き、監督・主演をするピエトロ・ジェルミが、今度はローマのイングラバッロ警部の目を通して、貧窮から抜け出そうと喘ぐ若者の姿を描き出している。原作は当時の新進作家カルロ・エミリオ・ガッダの「メルラーナ街の怪奇な惨劇」である。
 日本で最も有名なピエトロ・ジェルミ監督作品の中では何と言っても『鉄道員』であろう。『鉄道員』でのピエトロ・ジェルミは白髪に染めてワザと老け顔になっていたが、今回は身体を絞り込んでハードボイルド風な雰囲気を醸し出している。
 当初、ボクは『女ともだち』や『激しい季節』で主演を務めたエレオノラ・ロッシ・ドラゴを目当てに『刑 事』を観た。彼女は見るからにエレガントで、この映画でも憂いのある表情で美しくも気品のあるバンドゥッチ家のリリアーナ夫人を演じている。そこに女中として働いていたのがクラウディア・カルディナーレ扮するアッスンティーナ。殺人事件の容疑者として彼女の婚約者ディオメデが取調べを受けるのが、すぐ疑いが晴れて釈放される。そうこうするうちに今度はリリアーナ夫人が夫の旅行中に惨殺されてしまう...。
 イングラバッロ警部は捜査では厳しく容疑者を追い込むのだが、その表情の裏側には人間味のある優しさが見え隠れする。この映画を知らずとも、結婚して夫となったディオメデを乗せたパトカーを必死に追い駈けるアッスンティーナの悲痛な叫び声を上げるラストシーンと、その時に流れる「アモーレ、アモーレ、アモーレ、アモーレ・ミオ...」の曲をご存知の方は多いだろう。アリダ・ケッリの「Sinno Me Moro(死ぬほど愛して)」は映画より有名になっているが、この曲はアッスンティーナの薄幸ぶりに見事に重なる。今でも聴くと目が潤んでしまう。


『刑 事』/ピエトロ・ジェルミ、クラウディア・カルディナーレ&ニーノ・カステルヌオーヴォ、エレオノラ・ロッシ=ドラゴ [中古VHS]

 雨の降る白昼、ローマの高級アパートに強盗騒ぎが起こった。機動捜査部のイングラバッロ警部はサーロ刑事(サーロ・ウルツィ)ら、2人の部下と共に現場へ向かった。被害者は一人暮らしの金持ちアンザローニだったが、警察に何か後ろめたさでもあるのか、「被害は何もないから早く引き取ってくれ!」と非協力的だった。更には「新聞沙汰にはしないで欲しい。」と頼み込む。
 アパートの様子を調べ始めたイングラバッロ達は、事件当時、隣室のバンドゥッチ家にいた通い女中のアッスンティーナに目をつける。彼女は「事件当時、隣室からの物音は何もしなかった。」と供述したが、どうも怪しいと勘が働いたのだ! アッスンティーナはこの高級アパートの複数の家で通い女中をしいており、電気工の婚約者がいた。
 イングラバッロは隣室のバンドゥッチ家を訪れ、リリアーナ夫人(エレオノーラ・ロッシ・ドラゴ)にアッスンティーナについて聞き込みをする。「彼女も恋人の電気工も真面目だ。」と答えるリリアーナ夫人は、どこか陰があった。
 アッスンティーナを尾行したイングラバッロ達は、電気工のディオメデ(ニーノ・カステルヌオーヴォ)を見つけて警察に連行した。ディオメデは犯行を否定し、アッスンティーナが同調する。一旦アッスンティーナを外に出し、改めてディオメデが話す。その時間にアメリカ人の婦人と一緒にいたことが証明され、彼のアリバイが立件された。

 事件から一週間経った日、バンドゥッチ家のリリアーナ夫人が惨殺された...。バンドゥッチ家を訪れたバルダレーナ医師(フランコ・ファブリッツィ)が血だらけの死体を発見したのだ。死因は刺殺による出血多量だった。イングラバッロ警部は無残にも横たわっていた死体を見つめ、愕然とする。彼女には少なからず好意を持っていたからだ。運ばれるリリアーナ夫人の死体を見てアッスンティーナが失神した。
 見るからに怪しげなバルダレーナ医師は昔からバンドゥチ家に出入りをしていたらしい。死体発見時の様子を窺うが、イングラバッロ警部は何か腑に落ちないものを感じる。
 出張先で報せを受けた夫のバンドゥッチ(クラウディオ・ゴーラ)が死体安置所に出向く。リリアーナ夫人の死体を確認して気絶してしまう。彼は会社経営者らしいのだが、気が弱い男だった。
 暫くしてリリアーナ夫人が遺書を作成していたことが判り、公証役場で公開された。遺産を受け取る人間が呼ばれ、その中にはアッスンティーナも入っていた。しかし何故か、夫のバンドゥッチの名前が無い! バンドゥッチは異議申立てをするが却下される。

 その後の警察の調べで、強盗被害者であるアンザローニには様々な余罪があることが判明した。盗品を闇市場に売ったり、ネックレス、イヤリング、指輪等を改造する組織に関わっていたのだ。そして驚くことに、その組織の首謀者がバルダレーナ医師だったのだ! 
 イングラバッロ警部は惨劇のあった部屋にバンドゥッチを呼び出し、再び尋問を始めた。動揺したバンドゥッチは観念したように若い愛人ビルジニア(クリスティーナ・ガヨーニ)の存在を語った。
 早速、イングラバーロ警部はバンドゥッチを伴ってビルジニアのアパートへ押しかけた。取り乱すビルジニアにピンと来たイングラバッロ警部が、奥の寝室へ入ると何とベッドの中にバルダレーナ医師がいたのだった。取っ組み合いになるバンドゥッチとバルダレーナ。間に割って入ったイングラバッロ警部は「何て、奴らだ!」と罵倒して、二人の頬を張り飛ばす。そして「自分の気持ちを表しただけだ!」と言い捨てる。

 リリアーナ夫人が殺害された後、その周辺の人間を調べてみるとかなり複雑な人間関係があった。きな臭い連中が群がっており、バルダレーナ医師や夫であるバンドゥッチを叩けば埃が沢山出てきた。
 「何かを隠している...。」しかし悪さをしているバルダレーナ医師や夫のバンドゥッチには、殺人の当時のアリバイが完璧にあった。一体誰が犯人なのか? 出口が見えない捜査にいらつくイングラバッロ警部。

 事件は迷宮入りかと思われた処、イングラバッロ警部はアッスンティーナから預かったバンドゥッチ家の鍵が最近作られた新しいものであることに気づく...。イングラバッロ警部は閃いた。「そうか! これは合鍵だ。この合鍵で犯人は部屋に入ったのだ...。」

 郊外にあるアッスンティーナの家の周辺に数台のパトカーが停まる。その様子を窓から見ていたアッスンティーナは慌てて外に出掛けてディオメデに連絡しようとするが、部屋に押しかけたイングラバッロ警部にたじろぐ。既に彼女の腹の中には新しい命が宿っていた。
 イングラバッロに詰め寄られ、必死に否定するアッスンティーナ。その時、ディオメデが帰ってきた。「逃げて!」アッスンティーナが叫ぶ。

 3:52辺りから観て下さい。イングラバッロ警部とアッスンティーナの激しい遣り取りが見れます。この時、クラウディア・カルディナーレは若干20歳! いくら女優デビュー前、ローマの国立映画実験センターで演技を学んでいたとは言え、これは凄い!

 捕らえられたディオメデは全てを告白した。バンドゥッチ家に忍び込み、金品類を盗むつもりで室内を物色していたが、思いもよらずリリアーナ夫人が帰ってきた。慌てて隠れたのだが見つかって、リリアーナ夫人に叫ばれてしまう。ディオメデは“今の現実を打ち消したい思い”で、持っていたナイフでつい何度も刺してしまった...。
 「殺す気はなかった。本当です。叫ばれたので...。結婚する金が欲しかったんです...。」

 パトカーに連行されるディオメデ。アッスンティーナは外へ飛び出し、パトカーの後を追い駈けた。ディオメデの名前を何度も叫びながら...。「ディオメデ! ディオメデ!!」 
 いつまでも彼女は待つであろう。身体の中の新たな息吹を感じながら...。

 愛する男を一途に守ろうとしたアッスンティーナの居た堪れない姿を脳裏に焼きつかせたイングラバッロ警部は、仕方なく二人の愛を引き裂いてしまった自分の小さな罪を隠そうとサングラスを掛ける。
 そして「♪アモーレ アモーレ アモーレ アモーレ・ミオ...」の曲が流れる。それはまるでアリダ・ケッリが貧困に押し潰された愛の結末を歌い上げているようだ。


 アッスンティーナの姿が段々小さくなっていくのを眺めながら、イングラバッロ警部は世の中の不条理さに心を痛める。一所懸命働いても結婚するお金さえ貯められないイタリア社会。そんな境遇の若者が追い詰められて強盗をせざるを得なかった状況下での弾みで起こしてしまった殺人事件。
 一方、身分的に高い職に就いた連中は増々私腹を肥やそうと悪事を働く。それでも大きな罪には問われないのだ...。

 映画『刑 事』のラストシーンでアリダ・ケッリが情感込めて歌う「Sinno Me Moro(死ぬほど愛して)」は悲恋の物語と相俟って哀しく響く。この曲は映画音楽の巨匠で、彼女の実父でもあるカルロ・ルスティケッリの作曲である。日本では1960(昭和35)年に大ヒットを記録した。
 因みにカルロ・ルスティケッリは同じくピエトロ・ジェルミ監督の『鉄道員』でも作曲を担当し、それを娘のアリダ・ケッリが歌っている。ボクはこの曲を聴く度に、クラウディア・カルディナーレが裸足で走りながら、「ディオメーデ!」と叫ぶ場面を思い出す。
 「Sinno Me Moro」を直訳すると「貴方と一緒でないと私は死んでしまう。」という意味だそうだ。

      愛する人 愛する人 愛する人 私の愛する人
     あなたの腕の中にいると 全ての悲しみを忘れられる
     死のその時まで あなたと共にいたい
     死のその時まで あなたと共にいたい

     泣かないで 愛する人 泣かないで 私の愛する人
     泣かないで あなた  黙って私の胸にもたれて
     でもどうかあなたの苦しみ  私には打ち明けて
     苦しかったら言い辛くても  どうか私に打ち明けて
     あなたが私に言うべきこと  どうか私に打ち明けて


 アリダ・ケッリは1943年、イタリアのローマで生まれる。本名アリダ・ルスティケッリで、先に述べた通り、映画音楽の作曲家として幾多の作品を世に送り出したカルロ・ルスティケッリの娘である。
 彼女は15歳の頃から演劇学校に通いながらテレビ映画にも出演していたが、「卒業まではプロ活動禁止!」という校則に違反した理由で退学させられる。しかしその後、女優兼歌手として再デビューし、父の作曲による「Sinno Me Moro」の大ヒットで一躍有名になった。65年の『大追跡』等の映画にも何本か出演したそうだが、日本で公開されたのが少ないせいか、残念ながらこれといった代表作は浮かんでこない。