もう31年も前の話...ボクは人一倍地元志向が強く、就職する会社は家から通える所を望んでいたのだが、結果として東京の会社に決まってしまった! まるで本意ではなかったのような言い回しだが、この頃のボクは自分が就職する姿を描き切れず、同級生が就職活動に勤しむ秋を過ぎても進路方向が定まっていなかった。刻一刻と歳月の流れを感じつつも、将来を決めなければならない自分の立場を理解しないでいたのだ。
並行して考えていた進学の目的も曖昧だった。結局、それは「自分は将来、何を実現したいのか?」の結論を保留にする“時間稼ぎ”だったからだ。
それを見かねた恩師が「試しに...。」と勧めてくれたのが東京の医療機器メーカーだったのだ。受動的な言い回しになった理由には、このような経緯があったのである。
当時の就職戦線は一つの会社で内定通知を貰うと、そこで終わり! 同時進行で複数の会社の入試を受けて、内定通知の中から一番条件の良い会社を就職先に選ぶことは道義的に許せない雰囲気があった! インベーダー・ゲームが日本国内を席巻していた時代である...。
数日経て、東京の会社から採用通知が届いた。この時点で微かに望んでいた進学という文字も消え、ボクの就職が決められた瞬間となった。
あまり嬉しくはなかった。寧ろ自分の将来像の着想も出来ず、また心構えの脆弱さから第三者の助言(そこには自分の意思が無い!)でしか動けなかった自分が嫌になっていたからだ。
それでも春が近づく頃になると都会への憧れは強くなった。青々と輝く草花の薫り、穏やかな陽射しに心も陽気になった。出発の日、家族との別離は辛かった! 特に幼い妹のことが心配だった。
いつまでも見送る母と妹の姿に後ろ髪を引かれる思いだったが、必死に振り切ってバスに乗った。
バスは動き始め、母と妹の姿が小さくなっていく...。その姿を生涯忘れないようにと脳裏に刻んだ。
今でも感触が残っている社会人として初めて会社のドアを開けた瞬間。都会の雑踏に戸惑いながらも2週間の研修期間が終了した。 同期の人々とも親しくなり、楽しい日々を送っていた。「都会で一旗揚げよう!」という大仰さは無かったが、希望に溢れていた時期だ。
処が事態は一変した! 実践教育を受ける為の配属先は信州上田だったのだ! 都会で数年暮らした後は、仙台にある営業所への転勤を夢見たボクの願いは叶わないのかと思い、愕然としたものだった。
折りしも同じ信州を舞台にし、過酷な条件の下で健気に働く女工たちの哀愁を描いた映画『あゝ野麦峠』に、自分の姿を投影していた。この作品の監督が山本薩夫である。
この1年半に渡り名作映画を観るだけではなく、その作品や俳優、監督に纏わるエピソード等を調べて記述してきたつもりだ。ある作品の俳優に興味を持ち、調べてみれば別の主演作や共演していた名優や監督に辿り着き、増々造詣が深まる...。それでもボクは山本薩夫の存在を知らなかったのだ!
彼が監督した作品を眺めて仰天した! 『氷 点』『白い巨塔』『華麗なる一族』『不毛地帯』...どれもテレビドラマ化された御馴染みの力作揃いだったからだ。
山本薩夫は戦後日本映画界における「社会派の巨匠」として呼ばれていたことを知り、「何故。これだけの人物を知らなかったのか?」 それなりに映画知識は豊富になったと自惚れていたボクの過信は脆くも崩れていった...。
『名匠 山本薩夫 社会派名作シリーズ』/『傷だらけの山河』『スパイ』『赤い水』収録
世界中の映画監督から崇拝されている“日本映画の四大巨匠”とは、黒澤 明、小津安二郎、溝口健二、成瀬巳喜男を指す。残念ながら黒澤 明と同世代の山本薩夫は含まれていない。
松竹蒲田に入社した山本薩夫は、成瀬巳喜男の下で監督修行をし、監督昇格後4作目では、原 節子をヒロインに抜擢した『田園交響楽』(アンドレ・ジイド原作)が絶賛され、一躍頭角を現した。世は戦況が激しさを増していく時代だった。
戦時中は幾多の戦意高揚映画を制作する一方、彼の秘めた思想信条が高ぶり日本共産党に入党する。(この頃の左翼思想は現存する日本共産党の信義とは異なる)
その後、陸軍に応召された山本薩夫は中国・済南に渡り、報道部付として記録映画『河南作戦』を撮影していたが、残念ながら終戦時にフィルムは焼却されてしまった。
帰国後すぐ取り組んだのが、新憲法発布記念作として作られた反戦映画『戦争と平和』で、興業的に大ヒットを飛ばしたものの、折から所属映画会社(東宝)に労働争議が起こり、本来の左翼思想が再燃した山本薩夫は、組合側の代表格として会社と敵対し、解雇の憂き目に遭う。
裸一貫となった山本薩夫は、仲間らと独立プロダクションを興して映画制作に励んでいくのだが、当時は“五社協定”の上意下達が凄まじく、末端の映画館にまで独立プロの映画上映は禁止されるほどだった。
資金繰りに喘いでいた山本薩夫は、全国からの10円カンパ等で製作資金を集め、小さくとも上映出来る施設があれば全国何処にでも出廻って行った。権威主義に立ち向かう反骨精神はこの頃に培われ、逆境を情熱で跳ね返していった。
徐々に興行成績を上げていった山本薩夫を無視することは出来ず、遂には大手映画会社から声が掛かる。大手に復帰した山本薩夫は、『忍びの者』シリーズで忍者ブームを捲き起こし、皮肉にも大映を救うことになる。映画界が斜陽に入った70年代にも勢いは衰えず、壮大で骨太な社会派大作映画を次々と発表していくのだった...。
重苦しい題材が多い山本薩夫作品だが、面白さは群を抜いている! 実際、医学会にメスを入れた『白い巨塔』、金融界の内幕を暴いた『華麗なる一族』、構造汚職を摘発した『金環蝕』、政財界の醜い癒着を暴露した『不毛地帯』等は、2時間を超える大作にも拘らず、あっと言う間に時間は過ぎていく!
前述した巨匠らと匹敵する作品を製作しながら世界的な知名度を得られなかったのは、50年代にヴェニスやカンヌ等の国際映画祭に出展すら出来なかった物理的境遇にある。彼ら巨匠はそこで世界的な名声を得たからだ。
しかし山本薩夫は、この“時相の悪戯”と所属した組織規模の弱小さなどは恨んでいまい!
『地下室のメロディー』/ジャン・ギャバン&アラン・ドロン [DVD]
それでは、いつもに倣って、『NHKBSオンライン』で放映される映画リストからボクが観たい作品をピックアップしてみた。解説文は『NHKBSオンライン』からの抜粋である。
それにしても8月第1週は凄まじく重装備なラインナップであり、映画三昧の日々が送れる。先に紹介した山本薩夫の作品の他、深夜の放送帯ではフランスの名作映画が目白押しで、どの作品も見逃せない!
偶然にもジャン=ポール・ベルモンド主演の映画が3夜連続で放映されるが、これは元々6月に放映される予定だったものが国会中継の煽りを喰らい、この時間帯に押し込まれたわけである。
そう言えば参議院選挙が終わり臨時国会が召集されたのだが、午後一の放映予定分は、軒並み放映延期される気がする...。 ゞ( ̄∇ ̄;)
仮にそのような事態になっても、同一監督の作品集を扱う場合は、放映日は分散せずに可能なだけ日時を合わせて貰いたい! 忘れた頃に1作品だけポツリと放映されても我儘で移り気なボクは白けてしまう!
・『金環蝕』 8月 2日(月) 午後9:00~11:37
昭和39年、総裁選挙に勝利した寺田総理の側近から借金を申し込まれた金融王の石原は、総理の
郷里でダム建設受注を目論む竹田建設と発注元の電力開発株式会社の副総裁・若松一派の談合と汚
職を知るのだが...。
実際にあった汚職事件に着想をえた石川達三の小説を山本薩夫監督が骨太に映画化。高度経済成
長期の日本で、政財界の大物たちが繰り広げる金にまみれた権力の内幕を描いた社会派ドラマの力
作。
・『勝手にしやがれ』 8月 3日(火) 午前0:45~2:16
鬼才ジャン・リュック・ゴダールの初の長編映画で、それまでの映画製作の常識を覆し、その後の映画
界に多くの影響を与えた革命的な作品。
主人公の青年ミシェルは、自動車泥棒の常習犯。今日も盗んだ車を走らせながら、愛する女性パトリ
シアに思いを巡らせる。すっかり上機嫌の彼は、白バイ警官を射殺して追っ手を振り切り、パトリシアの
許へと急ぐのだが...。
・『不毛地帯』 8月 3日(火) 午後9:00~0:03
シベリア抑留から帰国した壱岐正は、戦争中参謀として活躍した腕を買われ、一流商社の近畿商事
に招かれた。もう戦争に関わる仕事はしたくないと入社した壱岐だったが、皮肉にも自衛隊の戦闘機選
定をめぐるライバル会社との戦いに巻き込まれていく。
目的のためには手段を選ばない商社と私利私欲に走る政治家の姿を描いた山崎豊子の小説を、巨
匠山本薩夫監督が映画化。豪華キャストで描く社会派ドラマの傑作。
・『雨のしのび逢い』 8月 4日(水) 午前1:10~2:45
マルグリット・デュラスの原作を、イギリス演劇界の鬼才ピーター・ブルックが映画化、心象的な語り口
によって愛と孤独の本質に迫る。
フランスの小さな港町、平穏な生活をおくる裕福な人妻アンヌが、カフェで起こった殺人を目撃する。
愛する女性を殺すほどの愛情に衝撃を受け心揺さぶられたアンヌは、若い工員ショーヴァンと事件につ
いて話をするうちに、いつしか彼を愛するようになるが...。
・『白い巨塔』 8月 4日(水) 午後9:00~11:32
浪速大学医学部。東教授の定年退職を目前に控え、次期教授の座をめぐる権力争いが始まってい
た。最有力候補は、切れ者のエリート助教授財前。しかし彼を嫌う東は、別の大学から優秀な医者を招
き入れ...。
一流大学の医学部を舞台に権力争いの実態を赤裸々に暴き出した山崎豊子の同名小説を、山本薩
夫監督が見事に映画化した傑作。主人公財前を熱演した田宮二郎は、その後作られたTV版でも主人
公を演じるほどの当たり役となった。
・『勝負(かた)をつけろ』 8月 5日(木) 午前1:00~2:47
一匹狼のロベルトは、投獄された無実の親友アデを救うためマルセイユにやってくる。酒場で乱闘を
起こし投獄された彼は、アデとともに刑期軽減のため地雷撤去という命賭けの作業をへて出所する
が...。
ジョゼ・ジョバンニが自らの経験をもとに描いた犯罪小説をジャン・ベッケル監督が映画化したフィル
ム・ノワール。後にジョバンニ自身が監督して再映画化された「ラ・スクムーン」でもベルモンドが主演
している。
・『華麗なる一族』 8月 5日(木) 午後9:00~0:33
関西に強力な地盤を持つ万俵財閥当主で、阪神銀行頭取の万俵大介は、妻と愛人を同居させるよう
な豪胆な男。金融再編に備え他行との合併を模索している中、長男鉄平が専務を務める阪神特殊鋼が
経営難となるが、なぜか鉄平にだけ冷淡な大介は、彼を助けようとしない。
銀行の合併にうごめく政財界の暗躍を中心に、鉄平の出生に纏わる親子の確執など、万俵家の人間
模様を華麗に描いた山本薩夫監督の超大作映画。
・『軽 蔑』 8月 6日(金) 午前1:10~2:54
映画プロデューサーのプロコシュに、新作の書き直しを依頼された劇作家のポール。妻カミーユは、
プロコシュに対するポールの卑屈な態度を軽蔑し、彼の許を離れてゆく...。
A・モラヴィアの原作を元に、ゴダール監督が自身の体験を投影して現代人の心の断絶をシニカルな
タッチで描く。「メトロポリス」のフリッツ・ラング監督が本人役で出演、商業主義のハリウッド化が進む映
画産業への問題も提起した作品。
・『忍びの者』 8月 6日(金) 午後1:00~2:45
戦国末期、伊賀の国に石川五右衛門という下級の忍者がいた。天台、真言の修験道の流れを汲む百
地三太夫の配下に属する彼は、仏教宗派の勢力を一掃しようとする織田信長の暗殺を命じられる。
社会派監督として知られる山本薩夫が、天下の大泥棒・石川五右衛門を権力に抵抗する下忍として
描いた時代劇。斬新な設定とリアルなアクションによって時代劇に新風を吹き込み大ヒット、その後シリ
ーズ化された。
・『続 忍びの者』 8月 6日(金) 午後2:45~4:19
大ヒットとなった「忍びの者」に続く山本薩夫監督による続編。
織田信長によって伊賀の国は攻め滅ぼされ、その後も執ように忍者狩りが続く中、わが子を殺され信
長暗殺を誓う石川五右衛門。徳川方からの情報により明智光秀に加勢して本能寺で念願を果たすが、
今度は秀吉に命を狙われる。権力争いの道具でしかない忍者の悲劇を、五右衛門の人間的苦悩を交
えて描く。
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