短期決戦と持久戦

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以前、ココでダンケルクに関連した当時のヨーロッパ情勢の事を少し触れました。その続きの記事です(今日は少し学習の話です)。


ヒトラーがアルデンヌの森を快走する装甲師団にストップをかけたと言う事は現場の軍人サイドでは、兎に角電光石火でフランスを落としたかったと言う事です。


ここで、第二次世界大戦時期の軍人を2人ほど紹介します。1人目はハインツ・グデーリアンと言うドイツ陸軍大将です。
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グデーリアンは、軍人かつ戦略家であり、戦いのコンセプトを立案・提唱していました。


彼が考案した戦いのコンセプトはフランス侵攻で用いられた「電撃戦」と言うものです(計画自体は墜落事故等による機密漏洩もあって8か月29回も改良されたようです)。


対フランス戦で行われた電撃戦の概要は、機甲師団(戦車)、自動車化師団(トラック)、歩兵師団等を槍状に配置し、かつ全戦力157個師団中93個師団と言う戦力の大部分を用いたものです。


戦力を集中的に配備し敵を圧倒し、戦意を喪失させ、圧勝する、と言うものです(ダンケルクは30万人以上の救出を許してしまったので、連合国軍は戦略的に勝ったと言う事です)。


これは、ドイツが第一次世界大戦中塹壕での膠着状態に陥り、敗退した反省から(消耗戦になると最後は軍事力より経済力がカギになる)、当時余り活用されていなかった速度の速い戦車に注目したものです。


2人目は1万対22万という圧倒的に不利な状況の下、満州事変を成功させた石原莞爾です。
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陸軍大学をトップクラスの成績で卒業した彼は、「世界最終戦論」と言う本を書き、その中でこう語っています。


「ナポレオンの殲滅戦から、戦いの歴史は殲滅戦と持久戦の発展の繰り返しである。持久戦が続き決着が着かない状況となった時、勝負を決定付ける兵器が誕生し殲滅戦となり勝敗を決する。」


付け加えて、もうこれ以上兵器が発展しない状態になった時に世界平和が訪れる、と言った趣旨の事を書いています。


資格試験に置き換えると、試験は短期決戦的な要素と、持久戦的なものの2つにアプローチが出来ないかと考えています。


僕とTOEICに関して言うと、(皆様に履歴をお見せしている通り)、当初は短期決戦的なコンセプトで臨んでいたのですが、完全に持久戦を2年間続けた感じでした。


やり直し勉強当初、僕は受験期の成功体験もあったので短期決戦で臨もうとしていたのです。愚かにも、「◯◯ヶ月で、800点!」↓と言った本を読み漁るといった感じでありました。

これは僕が本能的に持久戦を回避していた為だと思います。何故なら、持久戦は本当にしんどいからです/笑。


長期に渡るモチベーション管理(適宜ドーピングを入れる必要がある)、スコアプランニング、必要な時間から割り出しての学習時間管理等全方位体制を構築する必要があるからです。


5〜6年も持久戦を続けている尊敬すべき仲間もいるのですが。


反して、短期決戦と言うのは受験生で言うと突進力のある男子学生とかのノリで睡眠時間を削り、1日12時間を数ヶ月繰り返して勝利をもぎ取るようなアプローチです。


前日、オフ会に参加した時にLRは受けていませんと話したのですが、今試行錯誤しているのは英語を極めて私生活寄りにフィットさせると言う試みです。


例えば、朝は30分だけオンライン英会話をして、英字新聞で社会情勢をチェック、通勤時間はボキャブラリー程度。21時のニュースを副音声にするとかで意識はあくまで日常モードにしておく。


そのベースを構築した上でいざ!試験2ヶ月前くらいから総力戦よろしく殲滅するようなアプローチです。このコンセプトで成功事例を持てれば、また僕としてのハバも広がると思うのですが、、、。


そんな事を考えたブログでした。
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TOEIC Sの結果後に思う事。

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twitterで皆様にご連絡したように、1月のTOEIC Sの結果が出ました。


今回は、Q1の音読位しか準備しなかった前回と比べて、公式問題集↓で各パート毎に本番をイメージして望む、と言う手法を取りました。なので、形式慣れの部分も多分に有ると思います。

基礎系でのトレーニングで言うと、年始からやり直している下記の本↓を1〜2周。実地系で言うと月1回の5分間スピーチなども下地を押し上げてくれています。
後は、格安系英会話の体験レッスンにも1回参加しました。


次の受験も予定しています。でも、総攻撃を仕掛けるべくリソース総フリするので無く、次回は先日参加したT’z 英語ラウンジの学習内容を反復徹底する事に集中しようと思っています。


これは一回一回テーマを持って臨みたいのと、都度、検証効果を振り返っておきたい(どこに成功要因があったのか?)為です。


模試を解きまくる、音声採点サービスに対価を支払う、短期フィリピン留学する等々伸び代が残されていそうな選択肢を行き詰まった時に残しておきたいという意図もあります。


そんなこんなを書きながらも、肝要なポイントはLRの時に犯した愚を犯さない事、SWのスコア的にどうなろうと人生を前に進めると言う事です。


LRはスコア取得が僕のコミットメント価値そのものだったけれど、SWは本義に立ち返ってそれこそモノサシとして活用しようと思っています。


ただ、こうして己の身体を実験装置として、克明に記録するみたいな事は僕の好きな事だし(世の中にはSNSに張り付いてるだけじゃ分からない事の方が多い)、HNを冠してあーだこーだ書いているレーゾンデートルでもある訳です


僕が観察する限り、このジャンルはLR、英検、通訳案内士と言ったブーム系(?)とも違って学習者的に未開の大地な気がますので、引き続きポジティブさと柔靭性をもって記載して参ります。
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TOEIC SWセミナー参加

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T’z 英語ラウンジさんが開催する、「TOEIC Speaking テスト対策 6時間集中【特効】セミナー」に参加しました。6時間と言いつつ総時間7時間近く、各セッション毎に1時間以上の濃密セミナーです。


僕が過去に受験した中でモヤモヤとしていた疑問が氷解されました。公式だけだと分からない事が沢山有りますので、、、。


使用したテキストは↓です。まだまだ少ないSW本ですが、著者の横川綾子さんはLRのpart7本とかでお見かけする方ですね。

何より、実戦で即試してみたいコンテンツが盛りだくさんでした。


閑話休題。今回参加出来たのはtwitterで学習者仲間が情報をリツイートしてくれたからです。残り5席位の時に滑り込めました。


こうゆう、真っ当で有益なセミナー情報を提供してくれる人との繋がりを持っている事は本当に重要です(只でさえ、英語界隈はワンサカプレイヤーがいるので真贋見極めが必要)。


「知ってるか知らないか」で、もしかしたらその後の人生が大きく変わってしまう可能性すらあるわけです。


LRで言えば、「TOEICには軍事や宗教の話が出ないので、admiralとかbaptismとかを覚えても意味はない」とか「part5では、形容詞+形容詞のパターンは出ず、副詞+形容詞の組み合わせが解答となる(だっけ?)」とかそう言う類の話です。


超ストロングスタイルでぶっこ抜ければいいのだけれど、そうも行かないのが我ら純ジャパの悲しい性でありまして。


僕がTOEICkerを名乗らないまでも「TOEICに出自を持つ」事について公言して憚らないのは、かつて戦場を共にした仲間への感謝を忘れたくないのが理由です。僕も相手にとってもそうゆう存在で有りたいものです。


仲間の助けだけでここまで食い繋いで来たので…笑。


しっかり復習して型を覚えて、頑張ります!
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1月21日のブログ

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今日はTOEIC Speakingを受験しました(試験については書けないので、詳細は割愛)。英検も同日開催だったみたいで、受験された方、お疲れ様でした。今回は前より少しQ別に対策をしました。


自分の体験を通じて、経験値を積み上げて行こうと思います。テストに限った話では無いですが、ちょこちょこやり出して思うのは、「あの時、こう言っておけば良かった!」を積み上げる事がspeaking上達の道だと言うことです。


SWはLR程、熱狂的な人も少なそうだし、学習者的にも未開の大地な気がするので、開拓の面白さはありそうです。


僕のコミットメントの度合いはまた考えます(手段と目的が逆転しない範囲で…笑。)。ルールの範囲内で、受験を考える方は経験談お話しますし、受けた方は情報交換しましょう!


テストからspeakingに話を戻しまして、学習者仲間の同僚の海外経験長い人が「speakingが上達する秘訣は英作文をする事」と言っているようです。


この話、僕も深く同意するのやけど話のコアにあるのは「英作文をする」と言う意味ではなくて、「文構造を正確に喋れるかどうか」なのかなーと睨んでいます(時間が前から後に流れていくspeakingと修正が効くwritingの差はあるけれど)。


と、言う事で最近は定番のコレ↓をやり出しています。お馴染みの瞬間英作文本ってヤツです。

まずは「型」を叩き込む事が大事かなと思ってます。720の例文にチェック付けて消し込む感じです。


英語に関しては、割と色々手を広げがちの割にどれも達人レベル迄には行かないと言う、器用貧乏な僕のヤルコトの中でも割と上手く行ってる方なので/笑、考える→実行に移すという体系立ったやり方が良いかなと思っています。
遅まきながらやっとダンケルクを観ました。クリストファー・ノーラン監督は「メメント」「インセプション」等の「記憶(意識)いじくり系」かバッドマンシリーズみたいな「善悪の境を問う」系の監督と思っていたので、戦争映画は少し敬遠していたのです。
ダンケルク救出作戦は1940年5月に行われたようです。時系列的には「英国王のスピーチ」の少し後(日本は日中戦争中)。


興味を持ったので、この時代の事を何冊か調べました。


1939年9月ヒトラーのポーランド侵攻により第二次世界大戦が勃発します。ポーランド自体も善良な小国家と言うよりはソ連に侵攻しては敗れると言う軍事国家だったようですが。


西部戦線(英仏戦線)は、宣戦布告から半年間は仏軍の厭戦意識などの世論によって、武力衝突が無かったようで、「いかさま戦争」などと呼ばれていたそうです。


フランスの新聞には「ダンツィヒ(当時ナチスドイツと係争中のポーランド北部)の為に死ぬ?」と言う見出しが踊っていたそうです。全く自国に関係の無いポーランドとの戦争に巻き込まれるのは馬鹿げている、と言う意味です。


ポーランド侵攻後の1940年5月、ヒトラーはアルデンヌの森を通過するルートによってフランスに侵攻します。ベルギー付近の北東ルートでは無く、侵攻が難しい(それ故フランス軍の守備も脆弱な)アルデンヌの森を抜けたルートによって侵攻します。

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虚を突かれた英仏軍はダンケルク方面まで撤退を余儀なくされます。

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しかし、ドイツ陸軍は装甲師団と歩兵団に進撃スピードに差異があり、戦力が薄くなる事を恐れたヒトラーは先行している装甲師団に進撃のストップをかけます(空相のゲーリングが空軍だけで勝てると主張したが、英軍戦闘機・スピットファイヤの抵抗を受ける)。


この、進軍のストップ(と英軍の抵抗など)が生み出した時間がダンケルクの救出に繋がった、と言うのがこの映画を生み出した背景だそうです。もしダンケルク救出が失敗していたら今見ている現代の景色も違っていたかもしれません。


僕の手元資料によると、連合軍(英仏白加)約40万人、ドイツ軍約80万人。ヒトラーは交渉人及び扇動家としては一時的にカリスマ性を帯びたけど軍略家としては及第点にいなかったと言う事でしょうか。


因みに作中、ダンケルクにいる指揮官としてチャーチルっぽい姿の軍服を着た役者がいましたが、この時には既に首相なので、違う人だと思います。