笑顔で真っすぐに

2007年6月22日。笑真 誕生。笑顔で真っすぐな子
2011年1月30日 和真 誕生 和を大切に 真っすぐな子

大好きな笑真。これから、すこしづつ母となる私をよろしくね。

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福島のいわきから 北上して 6号線。帰宅困難区域
を車で走り、
一泊して帰ってきました。
初めて津波の現場を見た 薄磯海岸。息子とひまわりの種を蒔いた塩屋崎灯台。
どう、伝えたらいいのかな?
考えてるうちに、半月たち、でも、何か伝わるだろうか?と、書いてみます。。
心はきっと伝わらない。キモチは、きっと伝わらないので、見たものを 目が見たことをそのまま書いてみる。その1、その2 と一緒に読んでくれたらウレシイです。



「賛否両論」、
あると思うんだよね。
ワタシは、息子たちに メディアからの情報ではなくて、
その目で 今の 苦しいとこ含め、原発の今を 見せたいと思った。
いわきに行くなら、 もっと北へ、原発の近くの町を、見せたいと思い、連れて行った。
よくないって、言われちゃうかもしれなくて、書くのをためらった。
でも、私は、そういうコトは、周りからではなく、
自分の目で見て、頭と心で考え、判断してほしいと思ったので春休み連れてった。
この、花は、ホトケノザと言います。
ウチの庭に、たくさん生えていて、トラクターでかんます前の畑にもピンクのジュウタンみたいに生えるんだ。
この花は、子供も私も好きな草。
この花はね、福島第一原発に最も近い インターを降りて、
お昼を食べようと寄った、ラーメン屋さんの駐車場に
ウチの庭と同じように、咲いてた。

同じように、きれいに咲いてた。

ラーメン屋さん、もう名前、忘れちゃったけど、手打ちで 優しい味がしてスゴクすごくすごく、
おいしかった。

おじさんとおばさんと、従業員一人でやってるお店なのだって。
手打ちの青竹?ラーメンみたいで、スッゴイおいしくて、汁まで全部飲んじゃった。
おじさんたちと、少し話をした。

福島の方言って、なんか、このラーメンみたいに
優しくて、なんかふんわりするん。
ちょっと辛いこと、話してるハズなのに
ふんわりする。不思議な言葉だと思った。
ワタシは、関西のもっと遠くの中国地方の方言が身についているので、
マネはできないんだ。
この、きたぐにの独特な
方言はさ、
なんだか、ふわって、心がなる。どんな過酷な話題でもね。不思議だ。

ラーメン屋さんを出るとすぐ、楢葉町
道の駅やお店は、どこもしまっていて、警察の車やダンプカー
がたくさん走る。
皆マスクを付けている。

ダンプカーは、いろんな場所のナンバープレートがあったのが不思議に思った。
楢葉町には、
人が結構いて、
庭の作業をしてる人も見かけた。

ワタシは、複雑すぎて気持ちは、語れない。見たものだけを書いていくことにする。
楢葉を過ぎると、
私も、息子と共に何度か ボランテイアをした、双葉町に入った。
双葉町になると、
人は見かけなくなった。


6号線沿いのコンビニ。南から
居住困難区域に入る直前にあったコンビニだった。
たくさんの人が、買い物をしているように見えた。
車が、満車だったのを覚えてる。

桜が、咲きそうになっていて。
同じように、キレイでした。


ワタシは、こんな風に桜を見たことがなくて、
色の止まった信号機の向こうに、
密やかに咲こうとしてる桜が、
柵の向こうに、見えました。
曇った空のその向こうにあるハズの太陽
桜は、懸命に上を向いて
そんな太陽を 見上げてるように見えました。
変らないこと。

桜は、変らず、キレイでした。

6歳の次男が、車の中から空を見上げて言いました。
「お母さん、あのカラスは、ここが毒だらけだって、知らないでしょ?お空には、あの柵がないから、カラスと猫は毒だらけってわからないでしょ?」
カラスが、たくさん飛んでいて、
確かに、
この柵を越え、私たちが行けない信号の向こうへと飛んで行ったところでした。

びっくりしたことが一つ。
田んぼか畑だったところが、ものすごくきれいでした。誰かが手入れをしているように。
ワタシは、そのことを指摘すると
「畑だから、田起こししたんだろう。」って言われた。え?タオコシするんだ。
でも、、しばらくして、おもいなおした。
ココは、

田起こし できないんだ。
じゃあ、なんで

こんなにキレイなんだ?

少し走ると、理由が分かりました。
防護服を着た、作業をしてくれる人がいて、
枯草を、刈取りしていたの。
おそらく 道沿いにずーーーっと続いていた、黒い袋に
刈った草が入ってる。

4マイクロシーベルト
電光掲示板が 示してたそばに、草を刈っている人と 黒い袋が道沿いにありました。


防護服を着た人が、作業していた場所から、数百メートルしか行かないうちに、
ショベルカーで作業をしている工事の人がいました。

この人は、普通のつなぎに、普通のヘルメットをしていました。
電光掲示板の近く、防護服来ていた人の近くでした。

たくさんの人が、いろんな状況で働いていました。
たくさんの人が、作業をしてくれていました。

その作業の内容は、私には分からないけれど、
たくさんの人たちが、
とにかく、動いていました。


子供には、どう映ったのだろうか?私は、心がまたバラバラになりそうでした。
この場所に、あの日のまま、とまったような、瓦屋根のうちがたくさんありました。
どこの家も、地震でいたんでいて、壊れていました。
水仙がばー――――って咲くお庭。
おばあちゃんがひょっこり出てきそうな、よもぎとつくしと 水仙とスノードロップの球根。
やわらかな新芽と黒い土。

ちゃんと、あった。



いわきで、
子供と、灯台のたもとに 灯台の人に許可を得て、ふくしまヒマワリの種を蒔いた。

息子の目には、何がうつったんだろう。



















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福島に行くなら。
ふくしまに、なるべくお金を落とそう。
そうに、
言われたとき。
なんだか、同じ考えをしてくれてるんだって、うれしい

気持ちが湧きました。

ずっと買う予定だった、水着のラッシュガードや息子のサッカーズボン、靴
そういう、買い物を わざわざ
現地でするようにって、予定を組んでくれました。

そして、、私がずっと欲しくて、ダケド 高くて買えずにいた
ヨガの体操で使う ストレッチポールを
何と、買ってもらえました。

いろんな意見があると思うケド、ラーメン屋さんやおみやげやさん なるべく現地のお店を使おうって
なりました。
ままどーるって言う、すごいおいしい福島銘菓があって。それも、買っていいよって なり、
ウレシク思った。

そして、
福島に行くなら。

息子たちに、
津波の被災地を、テレビではなくて、
その目で
見せたいと。
ずっと考えてて。

何か、伝わるといいと思っていて。第三者のコトバではく、自分の見たものとして
記憶してほしいと思い。

いわきに 行くなら、
お願いだから、
薄磯地区に行って欲しいと、乞いました。

私が、見た震災1年後の 薄磯地区は、家の土台だけが、残って がれきはほとんど片付いた状態でした。
そして、
その土台に、ペンキで花の絵がたくさん、描かれていました。
少し、違和感があったのを覚えています。
hana
息子たちと、一緒に、考えたり 意見を聞いたりしたかった。
津波の恐ろしさと、人のツヨサを 現場で 
お話出来たらなと思った。

そして、「土台」のツヨサも。
私が、被災地に来て感じた事は、苦しいことが多いけど
ポジティブな感覚の一つに、
土台って、強いんだな。
って感じたことがあったんだ。

薄磯地区に残った土台に、花の模様が描いてあったから 印象が深かったのかもしれないけれど、
「家の土台って、強いんだな。人も心の土台がしっかりしてれば、倒れても流されても、また立上がることできる」

そんなことも、いろんな意見があると思うんだけど、
いろんな意見の話を、してみたかった。


だけど、
5年たった、同じ場所は、
変っていて。

土台なんてなくて、
かさ上げ工事が、始まっていて、
面影がなかった。



びっくりした私に、
主人が一言言いました。

5年前と、変らないままな訳がないだろう。




この地区には、
お寺と 神社が、あったと 4年前に聞きました。

お寺と、神社まで 逃げた人達は、助かったのだと。

ワタシは、それからも、お寺と神社が、被災していない場所をいくつか見ました。
あのお寺のとこまで行けば、助かった。
あの神社の階段を駆け上った。

そんな話を、何度か聞きました。

偶然なのかな?でも、実際 何回か聞き、
そして、
この薄磯でも
お寺と、神社だけが残っているように見えて
昔から
そういう風に、神様を 村の 一番高い場所へ まつるような日本には
そういう、習慣があったのかな?
と、

私なりに、神様や祖先を 大事に思う 日本人の
気配り?
なのかな?

なんて、
想いながら、
かさ上げ工事で、ほとんどすべて変わった中で
唯一変わっていないような お寺を
見ながら、思いました。

そして、、
次の日は。双葉町のある、福島原発の近くを通る 予定です。
その3へ。



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福島へ行ってきました。
何か、ツタエタイと思うのだけど。

見たこと、感じたことは、上手く表現できないだろうな。書けないのだろうと思いつつ。
でも、
何か、伝わるかなと 思い、書いてみます。。


【楢葉町の桜】


何もなかったように、桜が咲いています。

でも、何もかも見てしまった

...

桜の花びらが風に舞っています

この文章は、いわきのビックママがブログに4年前に書いたものです。

その通りだな。。て思って。
なんだか、ずっと心に残っていました。

ちょうど桜の咲きはじめの福島。この写真の桜は、福島第一原発の近くの町に、咲いてた桜。

とても、美しくて。何もなかったように咲いてた。

なんだか、とても、切ない気持ちになる桜。

こんなに、こんなに、キレイなのに この桜は、窓を開けてはいけないところに。
居住困難区域のある、国道6号線の信号脇に咲いてた桜。

ふと思ったん。

震災直後の5年前も、この子は、、ここで 同じように、咲いてたんだろうか?
咲いてたんだろうな。

【ラーメンやさんのホトケノザ】


居住困難区域のすぐ近くに、ラーメンやさんがあってね。
そこの駐車場に、私の大好きな。 ホトケノザが ピンク色にバーッて咲いてた。
ピンクのジュウタン。
私の住んでる場所と、同じように、ピンクのジュウタンが、あった。

ラーメンやさんでね、手打ちのラーメン食べました。
素朴で、、シンプルなしょう油で。
メチャメチャ、めちゃめちゃ。おいしかったです。

福島で、出逢う人たちは。。。
方言のせいなのかな?
とても、温かく 感じます。ラーメンがおいしいですって。お話しかけると
なんか、とてもうれしそうに、お話してくれて。方言のせいなのかもしれないケド、
とても ふわって キモチになれる。

【薄磯の福島ひまわり。はるかひまわり。】




いわきの薄磯地区は、私が4年前に 初めて 津波の被災現場を見た場所。
ちょうど、桜の満開の 今日と同じ時期でした。
いわきに行くなら、薄磯に。
そこに、
息子たちと行ってみたいと、我がままを言い。
連れて行ってもらえました。

息子たちにも、現実を見せたいと思ったからです。
そして、息子たちと、その場所で 少し考えたいと思ったからです。



【ふくしまひまわり】
私は 今回
ひまわりの種を、4粒スカートのポケットに入れて 福島に来ました。

なぜでしょう?
4年前薄磯に、ヒマワリの種袋を持っていきました。
「サンリッチ」という品種の、ひまわりの種です。
薄磯地区にはお寺があって、その近くに
少しだけひまわりを蒔きました。

帰宅した時に
種袋の底に、2粒だけ種が残っているのに気が付いたんだよね。
あら、って思って。
自分の家に蒔きました。
その夏、サンリッチひまわりは、こんな感じのね、と~ってもきれいな黄色の花咲かせたんだ。
これに、わたしは ふくしまひまわり1代目って名づけたん。


サンリッチってね、F1と呼ばれる種なので、子孫は残せないのだけど。
次の年、びっくりなんだけど チャンと種が出来て、植えたら花咲いたんだ。
親とは違うタイプのでっかい花。

F1ってね、遺伝子がバラバラなので、咲く花は安定せず、親子に思えない花になるんだ。
この4年間の間に、色んなタイプの花が咲いたの。

ワタシは、この「ふくしまひまわり」が毎年どんな花を咲かせてくれるのかが
楽しみになってきたん。
毎年、英会話教室の前に 生徒達と一緒に植え、育てるのが楽しみになった。
1レッスンさ全部を使って、
種を植えた後、
震災や薄磯の話を英語リスニングとして、やってきたんだよね。

生徒の中には、
印象深く感じてくれた子もいて、俺も種が欲しいってなった。
ふくしまひまわりは、
そんな
生徒達がいっぱい持って帰って、植えてくれたと思う。(どうかな?育ててくれただろうか?)

でね、でね。
この日、私がポケットにもってきた種は、【ふくしまひまわり4代目】
なの。

薄磯にまた、行くって、なったとき
同じ場所に、ふくしまひまわりの種を 蒔きたいと 願いました。
息子と一緒に、植えて、
少し、津波の話や 私が見たこと、聞いたこと。
話せたらいいと思い、
ポケットに入れて持ってきたの。

ふくしまひまわりの種を2粒と。
それからね、
はるかのひまわりの種を2粒。
ポケットに入れ、持ってきた

(はるかのひまわりは、
はるかのひまわり  ←ここをクリックしてみてください。
薄磯に連れてきてくれた友達が、くれたヒマワリの種です。)





薄磯地区は、かさ上げ工事が 始まっていて、
ひまわりを 植えていいと思われる場所が、分かりませんでした。
なので、
すぐ近くにある灯台の お店の近くに、燈台守の方に いいですよって
許可をもらえたので
息子に植えてもらいました。


【水仙】




居住困難区域の 国道6号線を通りました。
そこには、
あの日のままのお庭があって。家があって。

混乱しそうになりました。

車の窓から、見えるのは
水仙が咲き誇るお庭

うちの近所と見間違うような
早春の沿道。

つくし、フキノトウ、
紫大根、ナズナ、ヒメ踊子草と、ホトケノザの群生。
全部、
ちゃんと
そこにあって。

黄色い水仙も、白いスノードロップも。
あって。

植物は、
何もなかったかのように、変らず。
そのまま、あって。

キュってなった。

水仙が、バーッて咲いてた、赤い屋根のおうちの庭。
おばあちゃんが、居たんだろうな。

水仙は、黄色くて,雨にぬれて、光ってた。

球根植物は、5年たっても
変らず、咲き続けてた。

その2へ続く。。。











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友達の同級生がね。ケーキ屋さんをしています。
そこのケーキやさんに、はじめて連れて行ってもらったん。

その時、
オーナーご夫妻と、話をさせてもらったんだ。
なんかね、なんかね!
オーナーさんの、ケーキに対する、想い。
感激してしまって、ちょっと泣きそうになった。

とても、ステキだーって思ったので。
ちょっと書いてみたいなって思う。

(記事にしていいよって。言ってくださった。)

あのねえ。
ケーキ屋さんになりたくなった理由に、なんか感動した。

学生の頃、柔道やってたんだって。でっかい体してるんよ(←主人にちょっと似てたw)

小さい頃、彼のお母さんは よく学校から家に帰ると
贈り物用にパウンドケーキを焼いてたんだって。

それを見てて、自分でも作りたくなって、ケーキやさんになるきっかけになったんだって。


私の母と同じなの!まずそこで、泣きそうになっちゃいました。
うちの母も、
パウンドケーキ型で、ケーキを良く焼いてくれてたんだよね。
ワタシも、それが大好きだった。
だけど、、、、作りたいとは思わなかったなあ。

まあ、それは置いといて、。
続き。。。

お母さんが、贈り物用にケーキを焼くのを、見てて。
ケーキの端っこをもらったり、
ボールに残った、生地の残りをかき集めて、自分でフライパンで焼いて食べるのが
大好きだったんだって。

あ、私も、端っことか、欠けらを食べたな。
小麦粉を入れる前のボールをべろべろなめたりした。


それが、キッカケで、
彼はね、
お菓子の学校には行かずに(←間違えて書いてしまった!!)、
就職先の結婚式場で フランス人のパテシエの元でキャリアを積んだそうです。師匠の元厳しい修行をして。
自分のお店を、
出しちゃったんだって。

スゴイよなあ。って思った。

何が、そのヒトの人生のきっかけを作るかって。
分かんないんだね。

ワタシだって、同じように、ケーキ職人になれそうな、キッカケは
もらってたんだ。

ダケド、
彼は、母のパウンドケーキの思いでから、自分の道しるべのキッカケ、見つけ出したの。

何が、そのヒトの 一生を変えるかって、分かんないんだよね。

人と、人とのつながりって、関わりって、
ホントにすごいコトだと思う。
些細なことで、ヒトって 変わる。

もしかして、誰かからの一言だったりするかもしれないの。

道が変わっちゃうの。

そう思うと、人と人を繋げる「キッカケ」 作れる人って、
素晴らしいなと思う。

それが、ツナガッテ繋がってくって思うと、無限だって思わない?


それからね。
ケーキ屋さんの、屋号について、教えてもらいました。
「かとるかーる」って言う屋号なんだけど。

屋号に込められてる、想いって言うのも。、
ステキで。

フランス語で、4分の4っていう意味なんだって。
「パウンドケーキ」っていう意味にもなるんだそうです。
小麦粉:砂糖:卵:バター=1:1:1:1で4種類のものを同量混ぜてるっていう意味なんだって。
パウンドケーキは、ほら
彼の
お母さんが小さい頃作ってくれた、パウンドケーキがきっかけだって言うことでしょ?
すってき!!

パウンドケーキの型も、チャンとお店にディスプレーされていてね。

しかもしかも!!
お母さんが、小さい頃焼いてくれたパウンドケーキを再現した商品も、
売ってた。(↓これ!!ラムレーズンパウンドケーキ)


なんかさ、なんかさ。
そういうのって。。。。
とっても、感動しちゃわない?

ワタシ、
もう泣きそうになっちゃったのよ。

似たような瞳の
息子を持つ
母として。。。

それから、
料理の得意だった
母を亡くした娘として…

なんか、
感激しちゃったんだよ!

なんかさ。なんかさ。
そういうのって。。。

話を聞いて見ないと、全然知らないで帰っちゃうかもしれないよね。

そんな話聞いたら、ラムレーズンパウンドケーキは、特別にカッコいい。

ラムレーズンパウンドケーキを、買って、
おうちで
息子と3等分して、
食べました…

とても、とても、とても、おいしくて。
とても、とても、とても、優しい味がしました。
そして、
母の作ってくれた、パウンドケーキを思い出して。(味は全然違うんだけど。)
チョットウルウルしちゃいました。


修行をしたという、フランス人の師匠が書いたって言う、お菓子の本を見せてもらったり。
その師匠の味を、再現したって言う、チョコバナナケーキ(息子が食べた)や
レモン味のマフィンを食べさせてもらったり。
同級生の友達が、デザインした絵をもとに、ケーキを作って売ったり。
クッキー一つ、屋号の由来も、置いてるディスプレイも。
みんな、みんな。
なんか、職人さんって言うのは、
そのひとつ ひとつに、
チャンとこだわりがあって、意味があって。
それを、お客さんに伝えようって
してるんだね!!!

とても、感動する!


ケーキ屋さんに、ケーキを買いに行くことはあるけど。
オーナーさんと、直に 想いのこもった話を聞けるチャンスって言うのは、
ナカナカないよね。

だけど、どのお店にも、そのお店を出そうと思ったきっかけ、その職人さんの人生が
ケーキ一個に詰まってるんだって、知りました。

こうやって、同級生の友達だって言う ことで、
こんなに、色々と
想いを教えてもらえて、

ワタシは、ホントに、ラッキーでした。

なんかさ。

すごいなあと思った。
手に職があるヒトって、やっぱ、カッコイイよ!!スゴイ。

お店で、ケーキを食べさせてもらったんだけど、手に職がある人ばっかりが集まってて。
職人さん達の会話って、
ホントに、かっこいい!!
専門用語が多いから、私には、分からないことが多いけれど。
なんか、イイなーって思いながら、聞いてた。


四捨五入すると、ワタシと同じ年の彼らなはずなのに、
それぞれに
チャンと、自分の  極めるべきものを、知っていて。
それを、カタチに していて。
そして、チャンと、自分の技術を磨くことに、貪欲で。

与えられたギフトを、ちゃんとわかってて。
それを、もっともっとって、極めてく姿。
それを、光らせることで、
周りに、何か与えてる。つなげているってこと。

ああ。。。
すごいなあって。感じた。

四捨五入すると、同じ年なんだよね。。。

ちゃんと、カタチに、できるものを、もってるって。

自分の 賜物を、知ってるって。

ほんとに、素晴らしい!!!!!!



ワタシはさ。
パウンドケーキの型を母から、形見でもらってるの。

職人さんと話をさせてもらって、
調子に乗って、子供達にパウンドケーキを焼いてみようかなって。
思ったんよ。

もしかしたらさ、
ワタシは、職人になれなくても、
そのケーキを食べた「だれか」
がさ、
その味に感動(もしくは、ダメ出し?)して、

自分のギフトを見つける、キッカケになれるかもしれないじゃない??

そうしたらさ、
その人が、世界一のケーキ職人になる可能性は、ゼロじゃないじゃない???

そしたらさ、
その
きっかけはさ、
私のパウンドケーキなんだよ?
で、そのパウンドケーキは、かとるかーるのオーナーさんと、そのお母さんと、
それから、母からの伝授でもある。
で、
よく分かんなくなってきたけど、
それは、
ドンドン、つながって行って。

なんていうか、パウンドケーキを発見した、外国のお母さんもつながってて。

なんていうか、
うーん。。。。


みんな、大事って。こと?

みんな、ツナガッテルってこと。
みんな、どこかで、ツナガッテルってこと。
誰も、欠けちゃいけなかったってコト。

パウンドケーキ。
作った最初の人って、
イギリス人なんだって。そのケーキが 世界に広まって、
彼のケーキ職人へのきっかけになっちゃったって。

人は、いつか死んじゃうかもしれないけれど、
想いは、いつか、どこかで繋がってくんだって。

「希望」だって感じた。

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たった一言がさ、

ものすごく、

パワーを持ってるコト、あるよね。



たった一言のコトバで、もやがかかってた雲が、サーって引いて

太陽が出てくるみたいな、そんな言葉だよ。



コトバってすごい。

一言で、温められたり、うれっしくなったり、元気なれたり、、、、そして傷つけられたり、するん。



メールをもらったんだよね。

短いコトバだったんだけどね、

おおお!!それそれ!

その言葉を、ずっとずっと、探してたぁ!



って、なったん。





『楽しくなるシステムに、変えちゃってもいいんじゃない?』



おおおお!!!!

ってなった。



私にとって。





あのね。

英会話教室を自営しているんだけど、

ちょっと 最近、行き詰ってしまっていて。



上手く回ってかない感じ。その場しのぎになっちゃうような。



あれあれ?ってなってくような、ことが続いていました。



知らないうちに、自分が自分を苦しめてたような。

そんな感じになってしまっていて、

通ってくる子供たちは、敏感に察知してたと思う。



ヤバいな―もう限界かなー、

って、なってた時に。



友達に、そういう話を、聞いてもらえたんだ。

チャンと、聞いてくれて、それだけで、とてもうれしかった。



スゴク、ウレシカッタし、頑張ろうって、思えました。



そして、お礼のメールを書いたんだよね。



そうしたら、

『楽しくなるシステム』って言う返事が来て、



ワタシには、おおおお!!!!!ってなっちゃった。



これだ!私が、ずっと欲しかった、種というか石というか、心の真ん中に持っておきたいもの?



それって、

『楽しくなるシステム』Happy mind. だわー。

と感じたん。





そのメールを読んだ瞬間から、

そっか、楽しくなるシステムに、変えちゃえばいいんだ。



私の教室は、私が一番 楽しくなれる、場所に。

そして、みんなが うれしくなって、子供も、保護者も、

来てくれる人が、来る前よりも、ちょっとダケ 楽しくてうれしくなって、

帰る場所に。

それに、『英語』が乗っかってるだけ。



そうそう!!

そうなんだよ。



ワタシは、英語、教えるんじゃなくて。

英語、楽しいって、分かち合うって。。そうだった。そうだった。

英語、って楽しよーって、子供とそれからお母さんたちと

分かち合う。

それだけだったんだよ。

教えるんじゃなかったの。

他の先生の教室と、比較しちゃダメなの。



私の、教室に、来たい人が来て、エネルギーをもらって、エネルギーを与えて、

ウレッシクナって、

帰ってくんだ。





やばいやばい。



ワタシは、目の前の子供たちの良い所を、見てそれを、お母さんたちに伝えるの。

繋げるの。



そうそう、そういうのが、やりたかったんじゃーん。



って、

思いだした。





楽しくなるシステム♪ を想いながら、

昨日、レッスンしたんだよね。



そうしたら、もう 楽しくてしょうがなかった。



ワタシ、最近下向いていて、

目に入ってなかったんだ。



どれだけ、子供達が私を 見ててくれてるかって。

お母さんたちが、私のことを、気にしてくれてるかって。



気が付いたんだ。

毎週、誰かしら、【野菜】持ってきてくれる。昨日は、ブロッコリーとりんご。くれた。

その前は、袋いっぱいのホウレンソウやモロヘイヤ。



クッキーとか、おせんべいとか。

レッスンの間に、誰かしら、トモミせんせー食べて。って、くれる。



かわいいお手紙や、絵や、ともみ―ギュってしてあげるーとか。ともみ、あのねあのね。

って、子供なりに、いっぱいのものを抱えて、私に与えようとしてくれる。



好きだよ。

って、それぞれが、表現してくれようとする。



ハロウィンの連絡が、ちゃんとできなくて テンパってた時(←こういうのニガテ作業)、

デズニーランドに行く途中の車内から保護者の人が、連絡作業、手伝ってくれた。



パソコンが分かんなくって、がちゃがちゃ ニュースレターが間に合わないーってやってたら、

パソコン得意な母さんが、私がレッスンしてる間に、印刷できるようにしてくれた。



なにより、息子を隣の部屋で、ほったらかしてるんだけど、

自然に母さんたちが、

ウチの子供の宿題を、かわるがわる見てくれたり、おやつくれたり、しょうちゃんしょうちゃんって、はなしかけてくれたりする。



お迎えがギリギリになっちゃう次男を、毎週2回も、代わりにお迎えに行ってくれ、私がレッスン終わるまで面倒を見てくれる友達がいる。お風呂やご飯を食べさせてくれたりする。



教室の窓に、めっちゃステキな、カワイイ絵を、即興でかいてくれたりする友達も。。。



そして、そして、何よりも。



4月から、

もう一人の先生が、赤ちゃんを産んで

一人で運営するようになって。



半年。

ワタシは、すごく分かったの。



どんだけ、その先生に助けられていたかって。いなくなって、分かった。

その先生の存在が、どれだけ、私を励ましてたかって。

おしゃべりで、終わっちゃうような『会議』も。

それは、とても、大事な時間だったって。



一人で、運営するようになって。

一緒に、この教室と子供たちと母さんたちの シアワセを、居心地の良さを

どうやったら、

もらったお金以上のものを、

彼らに、与えられるかって。



他人事じゃなくて、考えてくださること。悩んでくださること。



その存在が、とっても、私の励みとやる気に、原動力に、

だどって行くと、つながっていたことを、知りました。



だけど、

そうか。



『楽しくなるシステム』

に変えちゃえばいい。



特に、才能なんかないけれど、自分の教室で、私が表現できるってすごい!

スゴク楽しい。



自分の教室があるっていう事、自分を表現できる場所が、与えらてるってこと。

自分を活かす場所があるってこと、

自分を表すことができる場所があるってこと。



自由に、自分を発揮できる。

そんな、場所が、こんな平凡な私に、与えられてること。



このレインボーを、ここまで大きくしてくれた人たちが、いっぱいいるってこと。

応援してくれてる人が、いっぱいいっぱいいるってこと。

願ってくれてる人が、いるってこと。



そして、それを、求めてくれる人がこんなにもたくさんいるってこと。



ワタシは、ほんとーに、ほんとーに、

シアワセだ。



やばい。やばい。



ものーすごーく、

恵まれている。



そう、思った。



楽しくなるシステム。



メッチャスゴイワードだった。



楽しくなるシステムに変えちゃおう。



もうすぐハロウィンです。私の教室で一番大きな、イベントがいっぱいあるんだよね。



楽しもう~♪

コスチューム、買っちゃおうかな。あ、今から、息子と一緒に買いにいこっと。

どうせなら、めっちゃすごいのにしちゃお。



レインボーのブログを書こう♪お母さんたちに、駐車場まで行って、

今日の子供がどんだけ、ステキだったかを、ちゃんと伝えよう。

その為に、準備は、やっとこう。



楽しくなるシステム♪

ワタシは、自分の教室を、デズニーランドみたいな、感じにしたいん。

ワタシは、パフォーマーなんだよね。

劇団やってた頃の自分。

それだわ!



あとねー。自動でシャボン玉が出てくる機械が欲しくって。

子供が駐車場からか駆けてくるときに、シャボン玉がバーッて出てくるの。

よくない?よくない???

花壇にお花がいっぱい咲いてて。 中に入ると、デズニーランドみたいな貸家なの。

屋根にも絵が描いてあって、なんかお菓子の家みたいな貸家なの。



そこで、

歌とか踊りを子供と踊って、いっぱい子供が笑うんだ。

絵本を英語で読んであげるの。絵本の世界を、英語から 字じゃなくて、目から、耳から、

言葉から。心地よさから、あげたいの。

小さい頃じゃないと、分かち合えない世界なの。英語の絵本。



ゲームで、発音を知ってもらうの。

発音がしっかりできた子は、耳が育った子は、口で言えるの。そうすると、単語は自分で生み出せるようになるハズなの。

単語練習するんじゃなくて、単語を持ってる発音で、自分で出していけるようになるの。

たのしいの。それが出来てきた時の、子供の瞳って、とてもステキなの。



ワタシは、

そこまで、持って行ってから、中学校に行かせてあげたい。

英語は、楽しい♪ 面白い♪ 簡単♪

っていう、そう言うキモチで、

中学校に行かせてあげたい。



そして、世界に跳んでって欲しい。

そして、英語は、全然難しくないってこと。

英語は、楽しくて、君の扉開く、キッカケなんだってこと。



決して、受験勉強のための、ものじゃない。言葉は、もっと、もっと、自由でいい。

完璧じゃなくていい。間違ってもよくて、つまずいてもよくて。

もっと、自分のお腹から、持ってるものから、出してくん。









あ~ヤバかったなヤバかった。



チョットした向いてる間に、 大事なコトこぼしそうになってた。

早く気が付いてよかった。

元気になっちゃった。やる気が戻ってきた。あーよかった。



アリガトウ友達♪ホントにありがとう。



たった一言が、

キモチ、暖める



そんな詩があったなー。



まさに、そんな感じ。



何書いてるんだか、わっけわかんないけど、



大事なんだ私には。



よし!!



ハローウィンを はじめよう。

コスチューム買ってこよっ!!!!イエイ!

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テーマ:
時間があったので、
今まで、書き溜めてきた
テーマが、東北支援の
ブログを全部、読み返してみました。

テーマを未分類なものを含めると、結構な数 書いていました。
消しちゃったのも、カギをかけてしまったのも、いくつかあるんだ。

そのなかで、繰り返し、繰り返し、言い続けているキーワードがありました。


「伝えてくこと」
でした。

そのままコピペすると、、


【「伝えること。」「続けること。」「目を向けること。」
だな。
文章が下手だけれど、本当は、自分の気持ちを書くのなんて、怖いのだけれど。
私の目から見た様子を、揺れ動く気持ちを一歩一歩上がっていく様子を。
みんなに伝えていくことが、伝える努力が
私にできる、≪最大の東北支援≫だと分かった。】

こんな風に、
書いてある記事が、多かったです。
言いたいことって、同じみたいです。

自分の体で動いたことを、というか、感じたことを。見てきたことを、
誰かに 下手な文章でも、伝え
それを、読んだ人が、批判でもいいので、何かを感じることが、
繋ぐって言うことが。

最大の支援だって、分かったと。
4年前から、何度か書いてきました。

【繋ぐ】っていうことが、【作業する】と同じくらいに、いや、もっと??
大事な、
アラフォーなワタシにも、できることなんだって。
最近、よく思うの。

「見るだけで、終っちゃうんだったら、2倍俺がうごくから、いいよ。」

って、言われて、悲しかったんけど、ちょっと、考えてみたんだよね。


ああ。。。。。もしかして、それって、私が思ってることと、
根本は同じことを言いたいのかな?
って、すぐわかった。

撤去作業に行っても、もちろん、私 最高のチカラで 必死でやるけれども、
男の人や、警察の人たちみたいにななれない。小さいよね。パワーも効率も。


そういうのも大事だけど、
こうやって、見てきたことを、聞いたことを、それは、くだらないことでもいいから、
書いてみたり、自分が感じたことを、
文章で書いて、誰かに 
なにかを、感じてもらうこと。

それが、何かにつながっていくのかな?誰かに、渡っていくのかな?

これも、東北支援になるんじゃないかな?と、
最近、改めて思いはじめました。

いや、ずっと前から、そう書き続けているけど、
ホントにそうだって。思います。

意見を書くのは、小心な私にとって、ものすごく、怖くて。
表現の仕方は、分からなくて。
時間がうんとかかるし、何やってるんだろ?
やめちゃおう。って、何度も思う。

なんでか、ポエムちっくになっちゃうし。長くなっちゃうし。
日本語―難しー!!


よくメッセージもらう言葉で。
「偽善者」、っていう言葉がある。知らない人からとかが多いん。
ものすごく、傷つくんだ。批判よりも、多分、傷つく。
あ~、書かなきゃよかった。。。。
すごく思う。


でも、それも、何かにつながるエネルギーの一つなんだって、
思うようになった。

恐れって言う感情は、心の中に封じ込めているうちはずっと、
私の癖としてあるんだから、
気にしても、しょうがないんだよね。

怖れの感情と、仲良くしていけたらいいなと思った。
批判されてもいいし、嫌われてもいい、理解してもらえなくてもいいって。
怖がって、その人に、本音を伝えるのを止めちゃうっていうのだけは、
もう、止めようと思った。

それにさ、そんなにダメだって、言われたわけじゃなくて、ほとんどが、私の思い込みなんだよね。。。ほとんど。。。。。。


私は、本当は、書きたい!!!って思ってる。
ツタエタイって、何度も何度も。
思ってる。



私は、何か、
行動していきたいと思う事が多くて。それは、やっぱり癖なんだよね。

11日とSTUの人たちが作業をしている月末は、
頭が、フラフラとなります。なにか、もやもやしている。
なんで、一緒に行けないんだろう。。。
落ち着かないというのかな?
みんな頑張ってるんだから、私も、一秒も無駄にしないように過ごそう。みたいな、感じかな?
比べちゃうこともある。

今までのブログを全部読んでみて、
びっくりしちゃった。

ワタシ、岩櫃山に、岩登りに一人で、行くことがたまにあるんだけど。。。
それは、何かを考えてみたいときに、割とするんだ。好きな山。

今週末も、登りに行きたくなって、予定に入れたの。
偶然、
STUの作業の日だった。

去年もおととしも、岩櫃に登った日は、作業の日だったみたい。
意識はしてなかったつもりなんだけどな。

きっと、動きたいんだと思う。



岩山を登りながら、
東北支援のこと、それ以外のボランテイアのこと、自分の将来のこと、どう動こうか
考えてみたいと思います。


ああ。。。
上手く、文章が書けないんだけど。。。。
私が、今、思う事があって。

それは、何年か前の秋に、書いてあった文章とよく似ていました。

【東北のみんなへ
大丈夫ですか?やさしいみんなが、これから心がつらくなってしまう、これから先を心配しています。
過酷と孤独と、むなしさと、痛みと向き合わなくてはならない、東北のみんなが どんなに過酷な運命でも、人間として生かされているだけで喜びだと一歩一歩だけれど、 必ずみんなの運命が登りますように。
みんなのことを、想っています。】



東北の人たちの気持ちが、本当につらくなるのは、
私は、これからだと、思っています。

何年か前に、このこと、書いたのだけど、
今もそうだと思うの。

最初は、いろんな人が目を向けて、関心を向けて、話題にしてくれたと思う。

でも、何年かすぎ、関心が薄れた今。
多分、今の方が、心はつらいと思う。

ワタシも、そういう経験をしたことがあるので、
きっとそうだと思う。全員がそうじゃなくても、そういう人がいっぱいいるはずだ。

みんなが、目を向けてくれていた時は、悲しくても、頑張れたんだ。
みんなが、注目をしてくれたときは、辛くても、結構平気だったんだよね。
どうすればいいのかも、分かりやすかったし。

だけど、
何年かたって、それを話題にしてくれる人が居なくなって、
大丈夫?
って、言われなくなって。家族にも、言われなくなった時。

私の心は、とても辛くなってしまい、
泣いてばかりいました。 
どうすればいいのかも、分かりにくかったです。

どうすればいいのか、分からなかった。
誰か助けてくれる人も、いないように見えた。

その時は、大丈夫?って、頑張れって。メールもいっぱい来て、うちに来る人もいっぱいいて。
色んな支えがあって、
大丈夫。大丈夫だよー。
って、心から思ってた。

でも、

ホントのほんとの、本音を言うと。。。。

今、が寂しくて、つらいの。


誰も、気づかなくて、自分ですら、気が付かない。

んだけど。

私の心は、こういっていて。

【今の方が、ツライ。】
でも、
それは、誰にも言えない。


みんなも、そういうことがあると思う。


そして、

東北震災にあわれた人たちは、そういうことが、
あるんじゃないかと、

これからの方が、
辛いんじゃないかと。

この冬に近づいていく、季節がツラいんじゃないかと。

思う。

http://ameblo.jp/flower-power/entry-11402211417.html


また、長くなってしまった。。。。
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テーマ:
陽が暮れて、夜になって行く間。
浜辺に、ずーーーーっと座っている時間が持てました。


波が、
砂と石をざらざらって、引いて行く感じと。
スッゴイ、荒れていたハズの日本海。
夕方に近くなると、太陽が出て、キラキラってなって。

風が、ふわって気持ちよくなって、
波が気持ちよくなって、
穏やかになって行く変化が、ありました。
風が、とにかくね フワ―って ほっぺたにあたるの。
そういう、夕暮れでした。


毎日は、バタバタって ドタドタって、過ぎていきます。
赤ちゃんが来て、子供が なんだか いっぱいで、洗濯もご飯も、、、
日々が流れていく。

そういう中に、
いや、
そういう中にこそ。
こんな風に短くても、たとえば、
浜辺に座って、風を感じながら

考える時間。

私には、大切です……

【ワタシは、何がしたいんだろう?】




ワタシは、2004年に、群馬にはじめて嫁に来ました。
その年の、7月13日に 新潟の五十嵐川という川が氾濫し、
水災害が起きました。


ワタシは、その様子をテレビで見ていました。

長靴とリュックとシャツを1枚持って、電車に乗り
一人で新潟の三条市に行きました。

被災した人たちと一緒に、小学校に寝泊りをして1週間くらいかな?泥掻きをしました。

この間の事のように思います。
だけど、もう、8年前の話です。
当時、
三条市内に、入るのは大変で。
スポーツやさんのおじさんがね、カヌーで 私たちを、街中まで乗せてくれました。コンビニまでカヌーで。
ミドリの田んぼに家や車がひっくり返っていた。
そういう、感じでした。

8年前の写真がちょっと残っていたんだ。
家の両側に、家財道具や泥だしたのを並べた。


その一週間は、必死で。
何も考えずに、体動かし、やっていたつもりでした。
どうして、行こうと思ったのか?
なんか、突き動かされる感じで、気が付いたら電車に乗ってた。
気が付いたら、やってたとか…。



燕三条の水災害のその前にも、
ワタシは災害の支援に何度か、参加しています。
多分、これからも。

だけど、、、、、

『何で、それをしたんだろうか?
ちゃんと向き合ってきたのかな?考えていたんだろうか?
そして、それは、どこにいくんだろう?』


終戦記念日に、新潟に行くことにしました


海を見ながら、答えを
考えていました。



ちゃんとかんがえて、行動してはいなかった…。

びっくりしました。
そういう自分が見えてきました。

とても、
情けないと思いました。

誰かに何かを言われるのが、怖くて。
伝えるのが、怖くて。
伝えるのを、やめました。隠すようになりました。
自分を、隠しているとも言えました。

目で見て、感じたりしたことを、
ほんとは伝えたいことがあるはずなのに、ワタシは
逃げているのだと思います。

そういうことも、新潟に行って考えました。


上手く言えないんだけど、
ワタシは、書くのがすごく苦手で、伝えるのが、できそうもないんだけれど。


こういう支援活動を行う時に
考えたり、
感じたことを、書いていくこと、伝えてみること それは、スゴク大切だ。勇気が必要なんだけど
おそらくは、すごく大事だと
海で考えて、ほんとに、そう改めて思いました。
私が、一日動いたところで、その活動量は、たかが知れているのかも知れなくて
動きは小さくて、ダケド、それを伝えていくことで、
人から人へ
繋がって行く、拡がって行く。
それが、小さな私ができる、最大の支援なのだと、
改めて思いました。

そう、チャンと、教えてくれた人もいました。


おばあちゃんたちに会って、
小さかった姪っ子たちが、
10年以上たち、びっくりするくらいきれいになって成長して目の前にいて。
新潟で、たくさん話をすることが出来ました。



あれ?

批判や無視が怖いと思っていました。
だけど、
あれ?

そういう、コワイという「観念」
が、ずいぶん小さくなっていました。これは、スゴイことでした。
観念が、小さくなってました。

自分で、考え、行動したことを。
そんなに、
恥じることは、ないだろうと、
思いました。


正解なんて、ないだろうとも思いました。

やりたいからやって、行きたいから行ったんだ。
それだけなんでしょ?
どうどうと、していれば、いい。

波が、そう教えてくれました。



父が、先週岡山に行く直前に、車で旅立つときに、
悩んでいた私に言いました。

『智君。あんまり考えすぎないで、さ、気楽に行こうよ。
自分にもっと自信持ちな。
お前が、笑顔でいることが、一番だよ。
お前は、やっぱ笑顔がいいよ。』
そう言って、去って行きました。

相手の立場に立って、思いやり行動。
それでいいんじゃない。

そういって、去って行きました。




ワタシは、三条市に行ったことを、
今はこう考えています。

ああ、上手く伝わるかな?

【憶えていること。と どこかに繋がってること。】

それが、参加した最大の意味だったと思います。


三条市で、
被災者の皆さんと寝泊りをしたことや、おばあちゃんと泥かきをしたこと、
パンが足りなかったこと。分け合ったこと。
暑かったこと。
ペットショップのおじさんが、
インコや猫が、泥だらけになって死んでしまったと、泣いていたこと。

お金持ちのおうちにボランテイアがたくさん派遣されてて、そこのうちの人は、違う仕事してたこと。
その隣のおうちのおじいちゃんは、一人で
泥出しをしてたこと。
それが、悔しくて、みんなで訴えたこと。

おばあちゃんが、泥の中からお皿をくれたこと。そして、それが今もうちの食器棚にあること。。。。

もっと、もっと、
そういう、小さい細かいこと。

ワタシは、

憶えています…。

憶えています…。


【憶えている】のは、きっと、財産なんだと思います。


ワタシは、、、

燕三条
といったら。

長岡、と聞いたら。

今でも、花火大会や、包丁
よりも。

この災害を思いだすかな。

そこで出会った人たちや。
教えてもらったことや、おいしかったて料理とか。
思いだすな。
それから、
花火大会や包丁のことを。

そして、
新潟の他の町よりも、
行って、一緒に汗を流したという経験が、
三条市を特別な街だって、私の中で思う。


そういうのが、大事なのかもしれないなとか。

波を見ながら、思った。


上手く、伝わらないと思うんだけど。。。








そして、ここからが、
云いたかったことなんだけど。

向こうも覚えているの。

私が住んでいる、前橋が大雪になったことがありました。
そこでも、雪かきボランテイアに参加しました。


ボランテイアセンターには、大型バスが何台かやってきていて。
長岡や三条、小出…中越沖地震で被害があった地域の町名が
ずらって、並んでいました。

ワタシは、。。。。

その時に、ちょっと感動しました。

震災や自然災害で、とてもつらい目にあった人たちは、
その時に、した、経験を
辛くも、きちんと覚えていて。

憶えていてね。

そして、自分の違う町で、同じように 
災害が起きたと知った時に、
自分たちとは関係ないよーって
ならないで、

雪かきなら、私たちに任せて!
って感じで、

やってきてくれたんだ。

ワタシは、前橋のボランテイアセンターで、勝手な想像をしました。
違うのかもしれないけれど。

そういう事なのかもしれない。

【憶えていること。とどこかに繋がっていること。】

それが、
私が、参加する意味だったのかなと。



海には、波があって。それを見ていました。

量子力学という物理の研究をしている知り合いがいてね。
その、
大ちゃんに聞いた話を思いだしていました。

浮き輪に浮かんでいる人が、どぶ―って波を起こすと、
その波が、周りの人へ ぶつかるんだって。
自分が起こした波が、
周りに、伝わるんだって。





陸前高田出身の友達が、Tシャツを デザインしました。
そこに書いてあるロゴが、私の思いにぴったりです。

【We will help you when you need it.】今度は、私が助けに行くよ。

と。

その子は、東北の震災で、自身 つらい体験をしているのだけれど、
自分でもできることを、と、日々動いてくれている子です。

その子は、被災地で 何度も瓦礫撤去とかの復興支援に携わるうちに、
多くの人たちが、東北に目を向けてくれたことを感謝したそうです。


【何か、もし どこかで
災害があった時には、
自分が、駆けつけ手伝いたい。】

と、そういう事を、ロゴにして、Tシャツのバックに添えたいんだ。
と、
言っていました。


このロゴが、全てを表してくれているような、気がします。

こうやって、自分の起こした波を、誰かが拾って、次につながって行く。

それの繰り返しで、
岩が石になって砂になってく。

東北大震災の復興支援は、
まだまだ終わっていなくて。

ずっと続いています。これからも、沢山の人たちの支援が、必要で。
今も、支援を続けてくれている人たちがいることを、
ワタシタチは、憶えていて。繋げて行って欲しいと願います

ワタシは、支援で知り合った人たちの報告をよく読んでいます。
その中に、

こういう事がありました。
いま、
被災地の海岸線には、高い、高い、高さの防潮堤が
作られているんだそうです。
とても、とても高い。
ずっと続く。


リアス式海岸やフィヨルドが、そのような地形になるには、
波が、長い時間をかけて、そのようにしたのだ結果だと思う。


震災以来、新しいエネルギー源として、太陽光発電施設があちこちで作られるようになりました。
最初、いいなって思ったときもあったんだ。
だけど、、
畑と森が、ソーラーになって行く姿、あちこちでヒロガッテク姿に。

不安になる。


なんというか。。。
日本が、人間の形だとしてね。
東北って、心臓っぽくて。胸のあたり。防潮堤で、って言うのが。


ダメなとこ、切り落として、替わりを貼りつけて。また、ダメなとこ、切る。貼る。。。
西洋医学のような。



何か、、
もっと、即効性はないのかもしれないけれど。
結局、
内側から。日本の内側から、一人一人が
波を出していって、波を繋げていく。
波を止めない。
自分が波を出していく。


そういう、内側から、
なんか、一人一人。細胞一つ一つ。
When you need it we will help you.的な。
東洋医学っぽい。

なんか、そういうイメージ。

大事なんじゃないかなと思う。

その波が、誰かに伝わって、それが誰かに伝わってく。
それは、どういう大きさのどんな心地の波なのかな?
全部、影響していくんだ。



頭の中にあることを、文章にするんは難しいな。。。



あ、忘れてた。。
このシャツが、http://kikkull.web.fc2.com/
このサイトで、買えるのですが、
協力してもらえたら嬉しいですと、書くの忘れた。

毎月、東北へ、がれきの撤去に行くときに、
そのサポートに使われます。
ワタシは、この目でちゃんと見て、この人たちの活動が、地道で
しっかりとしていて、 この義援金は、
その目的でつかわれると知っています。




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前回の記事の続きでっす♪ 
(写真やブログの公開許可済み)

全然やる気がでなかった、草むしりと ひまわりの種まきなんだけどね。
レインボークラス(障害者特別クラス)の男の子とレッスンしながら植えようって思いついちゃったら、
特別な、時間になりました♪



そうだった。。。この子は、入会したばかりで、まだ2回目のレッスンなんだよね。。。
自分の力で、座ることができたんだっけ?って思いだせなかったワタシ。

レジャーシートに一緒に座ったら、何度かおっとっと。ってなりつつも、

一人で座ることできた。

今日は、アルファベットカードの中から、S,D,W.P、T5文字の発音をフォニックスっぽく、やろうって決めてたのだよ。
種まきの時に使う単語をね!考えてみた。
そして、
カードを旗みたいに、種の穴に挿してみたの。
どうよ?どうよ?

ワタシ冴えてるわ♪

憶えてもらいたいアルファベットだけ、空白にして、
Kikkull Project の猫ハンコを押しておいてさ。
正しいカードを指さしてもらったにゃ。

憶える単語は、『種、水、太陽、土。』みたいな、植物の発芽3要素 が絡むものをチョイス♪
ちょうど良く、S D W P のアルファベットから始まるものが多くて、内心ホッとしちゃった。 

ワタクシの文章じゃ、何やってるんだか、わかんないね。
1人興奮してる事しか伝わらないかと思うんだけど…。

要は、ワタシが発音して、彼が その音が関連するアルファベットを取るってことね。。

いちいちね。
彼は、
スッゴイ嬉しそうな顔してくれてね!!
ワタシは、すごくうれしくて。うれしくて。 口の周りがあぶくだらけになりそうになりながらやってたよ。

 
※写真 SEED 発音したのを、すぐに聞き取って、Sのカードを渡してくれたんだ。

ワタシは、園芸療法をやりたかったから。
植物の発芽条件の話をしました。

『種が発芽するには、太陽も、土も、それから水も必要でね
どれ一つが欠けてもダメなんだよ。』

っていったら、すっごい びっくりした顔してね。それから、スゴク いい顔して笑顔をくれたんだよぅ。
もう、うれっしすぎて、たまんなかった。

でねでね!!!!それだけじゃだめだよ。


太陽(光)と土(NPK)水 の他に。
植物が芽を出すために
絶対必要なものがあるんだよ。』
って言ったん。



『なんだと思う?』

えーって。
しばらく考えてたけど、ワカンナイ。。

ハイハイ!!
わかんないよね~。
わかんないよね。(^O^)/

それはね…

それは、



『君だよ。』





種が、発芽するにね。絶対なくてはならないもの。

それは、
君の手。





種を、あなたがその手で、
君が土の中に埋めなきゃなの。


ね?

ワタシは、園芸療法をするとき、
最初に準備をしていて、頭の中で、特別にそういう事を言おうとか。手順とか。考えてなんかないんだ。

『園芸と人間の心を繋げる』ようなこと云おうなんて、用意してるわけではない。

毎回、毎回。、

だけど…。

なんでか、不思議なんだよね。
ホントに…。ホントに、不思議なんだけど。

園芸療法士として、 障害者のみんなの前で、リードをするときに。

口が、勝手に動いて 話しだしてしまう瞬間があるの。

相手の気持ちに、繋がるような。

『植物と人の心をつなげる。』ような、話を 口が勝手にすることがあるん。




今回も。発芽の必要要素の話しか考えてなかったんだ。

ダケドさ。。



彼の動きを、じっと見ていたんだ。。
彼が、動きづらいその手で。
一生懸命、種をつまもうと、頑張ってた姿。

コロンって、坂を転がりそうになっても、もう一回。
種を、手のひらに乗っけてみようとしてる。
その手を。

見てたら、なんだか、、勝手に口がしゃべっていた。

口が、そういってた。

そうだよ。。

発芽するには、、、、

『彼の手が、絶対に必要だ。大事だ。大切だ。
君が、必要なんだ』




おそらくは、
一番大切だ。


そうに伝えると、彼は、やっぱり動きづらい手を使って、
シャベルで、種の上に、土をかけて、
キレイな長い指で、土をトントンって、優しく シメテあげました。


ワタシは、、園芸療法
好きなんだなって思う。




ワタシは、好きなんだと思う。
植物が。それから人が。
 こうやって
様々な障害のある人たちと、接してきて。
色んな植物を育てていく過程で。

その人の個性や障害のレベル、障がいをどのくらい心が受け入れているのか。
色んなことがね。
植物と、重なってく。

植物のいろんなことが、、、人間の心の中に、とても似ていると感じる。

そういう事なんだと思う。
『好き。』
っていう事なんだと思う。

好きなコトだから、頭じゃなくて、口が、勝手に伝えるんだと思う。















今朝、1週間ぶりに、ヒマワリを植えたところを、見たんだ♪

芽がね。。。。
彼の手で植えた種が、
小さな芽となって、
光りの挿す方向へ。

空に向かって。ぐって 両手を広げてた。

もうちょっとしたら、彼のレッスンが始まるの。

一緒に、芽の出たところ、みに行こうって決めてる。

きっと、きっと、きっと。

彼は、ウレシそうな顔で、笑ってくれるんだ。

植物も、人も。
スゴイ。
笑顔に勝てるものってないんじゃないかな。。。

早く来ないかなー♪



P.S.もう一つ嬉しかったこと。 お母さんも、喜んでくれて、写真をいっぱい撮ってくださったこと。
アポイントも取ってないし、いきなり、外でレッスン♪
なんていう、オイオイ!的なことに、快く、承諾してくださったこと。ありがとうございました。



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普通の雨の日になる予定だったんだけどね。 たった一瞬の気持ちの切り替わりで、、
特別な日になりました♪


あのね~。
ワタシは園芸療法士っていう、日本では、あんまりメジャーではなかった仕事をしてきたんだよ。
20代の頃、アメリカのシカゴ植物園で。
著名な園芸療法士たちにもまれながら~失敗しながら、恥かきながら、
めっちゃめちゃ必死で、泥だらけで働いてた。

そうそう。
Youtube に、ちょうど募金のビデオがあってね!
なっつかしー。そうそう!このお庭です!
日々やってたことは、こんな感じなの。
シカゴ植物園 園芸療法の庭
もう、関わってきた、園芸療法を全て辞めちゃってから、5年がたっちゃいました…。
今は、ちっちゃなこども英会話教室を、自宅近くで自営してマッス。

障害を持っている子供達じゃないと入れない、【障害者特別クラス】レインボークラス。
って言うのを、設置するようになってから、私の心がうきうきしてる♪

普通に雨のレッスンになる予定だったんだけど。
園芸療法のようなレッスンが出来て、ウレシイかった。

あの頃、頑張ってきた日々を ちょっぴりだけ 思いださせてくれるような感覚。

写真の掲載もブログの掲載も、保護者と本人とも快くオッケーして下さったので、書いてみようと思います。

教室の前の道路を通るたんびに、あーヒマワリの種まきしなきゃ。。草むしりしなきゃ。。。

って、思う日々。

ついに梅雨入り宣言しちゃったじゃん!
ヒマワリ~。毎年植えているんだけどね。いまだ、ベストな品種に出会えなくて。

【教室の看板より低くて、ガードレールをチョイ超えるくらいに花咲く、黒目の一本立ちヒマワリ♪】
ナカナカ、よき種が見つからず、6月すぎてしまいました。

ああ、、このままじゃ、ヒマワリの種を雨の中撒くことに…
ヤバい。タイムリミットだわ…
と、この日。ちょっとダケ、雨が降らない時間があるって天気予報で聞き。。

今日絶対やらなければ後がない!
て、ならないと、やらないんだよね わたし。

農家ルックで、ヤダな~面倒だなー、って思いながら、草をむしっていると、心が折れそうになった。
草をむしるのも、種まきも、ホントに面倒になってしまったんだよ。

あ~きょうは午後レッスンがあるしな。あまり体力使わない方がいいわよね。。。

そうだ。。子供たちに休み時間に、種まいてもらおうかな?
って、考えた。

チョッピリ、楽しくなった瞬間!!



どうせなら、5分くらい早く終わらせて、種まきしながら ミニゲームしたらいいじゃん?
って、考えた。

ワクワク♪ ってなった瞬間♪

そして、、、、頭のスイッチが、久々に、ずっしーモードに変換。
泥だらけのまんま、教室で ネタを考えはじめたの。

あれ?今日って、レインボークラスもあるよね?
まさか、彼と園芸療法もどきができるんじゃない?できんじゃない?できるね!!!

もう、誰も私をとめらんない感じ~に、ワクワクしてきちゃった瞬間♪

どの位、自立してたっけ?
レイズドベット(園芸療法用の花壇の事ね)ないと、ムズカシイかな?
やや、なんとかなるだろ?ゴザひいたら、いけるんじゃない?


あの子、自立で座れないからな。
肩押さえる、援助してくれる人いないかな?
芋のかごを裏っかえしたら、私のサポートだけで、座れたかな?

ちょっと、花壇に届かないな。。。

この土、ななめに掘り過ぎてるな。やり直そう。
スコップは握れないかも?柄を長くして肘位で固定したら行ける?

って感じで、道路の脇、車からの視線を感じつつ。。。

きっと行ける!行けるハズ。





妄想が、どんどん現実になって動き出す瞬間って、いいよね♪

だけどさ、これはあくまでも、英会話のレッスンだからね。
園芸だけじゃだめなのよね。
英会話と繋げなきゃだ。

どうやって、英語にしよう?

あ、スッゴイ、楽しくなってきちゃった。

じゃあさ。じゃあさ♪
フォニックスと、単語と発音ね。宝探しっぽくしてさ。
種を植えながら、土を掘ったらさ、がちゃがちゃの殻に、カードが埋まってるとか。
人称代名詞のカードを旗みたいにして土に挿せば、視線が上に向くから、姿勢も保てるじゃん。

草むしりながら、どんどんアイデアが出てきちゃう。


ウレシイことが一つ。
家に帰ると、息子がいて。。。園芸療法をちゃんとやるなら、肩とかささせる人がもう一人欲しいんだよね。
っていったら、『俺が、宿題終わったら、自転車で手伝いに行ってやろっか?』
なんて言ってくれたの!!母、ウレシイです。その言葉が。
障害がある子と、共にあれる子。

着替えて、準備してまた、戻って、大忙しだわ私。

雨も降らず、ついに、レッスンの時間が来ました。

この子は、こういう感じに、補助の杖をついています。とても素直な、喜び上手の男の子で。
ワタシは、もう大好き。

いきなり、今日さ、今日さ!!レッスンで、種まきしてもいいかな?
ってきいても、いいよー。って、ウレシそうに、ついて来てくれました♪


ここで、一つ、言っておきたいことがあります。
障害を持つ子供のお母さんたちは、我が子の様子を、周りに知ってほしいって言う人が多い気がします。
ブログで病気について、書いてほしい。写真も大丈夫。
もっと、聞いてほしい。そういうスタンスの、親が結構多くて。
私、レインボークラスを作ってから、そこに驚いています。

彼の次にも、通常の小学生クラスがあるんだけど。ワタシ、昔は入れ替わりに子供たちがすれ違いに出逢わないようにって配慮していて、休憩時間をずらしてたんだけど。。。

それは、逆だったのかもって、4月から思ってる。

スケジュールの関係で、子供同士が入れ替えですれ違うようになったんだけど、
最初びっくりしてた子供たちが、 お話を交わすようになってきてる。
ワタシは、お互いの子供たちにとって、このすれ違うこと、が意味のあることになるのかもしれないって
考えるようになった。

きっと、大きくなった時に、思いだすと思うんだ。
子供は、敏感で、大きい心を持っているの。

ワタシは、その辺り、考えながら、このすれ違いの時間も大事にしようって決めたんだ。

さて、、、肝心のレッスンの様子を!!

なんか、相変わらず、まとまりのない ちょー長い文章になってきてしまったので。

また、次回につづくにします。
とりあえず、写真だけね♪



もう、本当に、ありがとうありがとうありがとう!!!スッゴイ、ウレシカッタです。

雨の普通の日が、ほんの一瞬で、すごい日になる。
キモチって、すごい。






















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テーマ:

久しぶりの、ブログ。

真面目な、話を書いてみる。


毎年、この季節になると。
植物バカの
私の頭の中は 植物だらけになる。

桜の前にさく、クロッカス、ヒメ踊子草、オオイヌノフグリ、ナズナ、ホトケノザ
ヒヤシンス、水仙、
ガーって来てさ~♪
そのあと、
お山に新緑が、バーッてなって。ワクワクが止まらなくなるん。

ハナミズキ、みながひなげし、アイスランドポピー、八重桜、タンポポ、すずらん、矢車菊、ルピナス、デルフィニウム、アヤメ、睡蓮。もっこうバラ

今丁度この辺り…。

矢車菊(矢車草と違う花なんだよ。)
が咲く辺りで…。

毎年、ワタシは 心配になる。

『来年も、チャンと この順番で、咲くんだろうか?』


今朝、次男がぽつんと言った。
『人ってさ、お花をふんずけちゃってさ、和真はいつも悲しい気持ちでいっぱいになるんだよ。』

毎日、花を摘んでくる次男。摘むのは、悲しくないのか?って言うのは、ちょっと置いといて、
深いコトバだなって思った。
『お母さんは、タンポポ嫌いなんでしょ?オオイヌノフグリ(←矢車菊の事らしい)は、取ってきたら、喜ぶのにさ。タンポポのこと、嫌いなんでしょ?しぼんじゃうから。』

ワタシは、両方好きだよ。お花には、種類があって。お水が大好きなお花はね、根っこがないと しぼんじゃうの。タンポポとかハナミズキとか。根っこが大事なんだ。人間もだよ?

摘んでも、元気にコップのお水で頑張れるお花もあってね… オハナがかさかさしてるのは、コップの中でも結構頑張れるよ。
摘まれると、横にいっぱい赤ちゃんがいて、それをいっぱい咲かせちゃうお花もいるよ。
子供たちが、お花を摘むと、いっぱい咲けちゃうんだよ。
お花を摘むと、しょんぼりしちゃう植物もあるんだよ。

お母さんは、両方好きだよ。タンポポをとってきてくれる、和真も好きだよ。


なんて…双子葉植物の摘芽のコトを 保育園児と会話する。



『人ってさ、オハナをふんずけちゃってさ、和真は、いつも悲しい気持ちになる。』


ワタシは、この言葉に、今の私のキモチと重なるものを感じた。

ワタシの庭の横には、元水路があって。
そこには、勝手にたくさんの、矢車菊が咲くの。
毎年、毎年。キレイでした。


すごく
楽しみにしていた。
子供が、裸足で駆けて行って、
矢車菊を、たらふく摘んで 私にくれるの。

矢車菊ってね、子供が摘むとね。つぼみをもっとたくさんつけるのよ。

摘芽効果って言うの。
花を摘まれた、矢車菊は、株を横に増やして、根っこをもっと張らせて、
横におっきく伸びるの。
そして、茎がいっぱいになる。花を増やす。株がデカくなる。
匂いをいっぱい出して、蜂が来て、
来年のため、もっといい種を付ける。
そして、コーンフラワーって言う名前の通り、いろんな場所に種を持って行って
新しい場所に、子供を増やす。
そういう、
生きてく戦略。
摘まれると頑張る子。

なのに、
今年は、咲かなかった。。。。。咲けなかった。。。。。。。。
一輪も、咲いてくれなかった。




理由は簡単。

そこに、ラウンドアップを撒いたから。


ラウンドアップって、モンサント社が私が生まれる前に開発した、除草剤。


ワタシは、いつもこの季節、心配になる。

『来年も、ちゃんと咲くんだろうか?』

去年、あんなにいっぱいに咲いた矢車菊の青が、一つもなかった今年の春。
こんなにキレイなのに。こんなに、いっぱい教えてくれたのに。
大好きなのに。。。

来年は、また、ちゃんと生えてくれるんだろうか? 
その生えた矢車菊は、除草剤を撒く前の矢車菊なんだろうか?

ラウンドアップ耐性に近づいた子なんだろうか?

ワタシタチは、考えなくていいんだろうか?ほっといていいんだろうか?
うわーん。。。ってなる。


ワタシは、、、アメリカの植物園で働いてました。

園芸療法以外に、
農薬と害虫の、研究を担当してました。

ラウンドアップ散布の、10年後、20年後の農場を見せてもらいに行ったり、学会発表に興味があったんで、ボスに頼んで、よく同行させてもらいました(英語が分からず、半分以上??でしたけど。)

ラウンドアップは、確かにスッゴイです。
スッゴイ、です。びっくりです。

根が、数時間で、ぶっ壊れます。植物にとって、命である。根っこが、散布後数時間でグダグダになります。
ラウンドアップが付着した、全ての植物が 数時間で枯れます。
キモチが悪いです…。

雑草は、植物は、…強くて、ガンバルの。
子供を残したいために、頑張る。
あんなに、根っこがグダグダになる、除草剤にも負けないような、子供を作るでしょ?
クズって言う日本の植物が、アメリカでは問題になってた。
クズは、つるで伸びるから、厄介なのね。
ラウンドアップでも、枯れない位、になっちゃった、ラウンドアップ耐性雑草。(スーパー雑草)
のクズが、出てきた(私がアメリカに住んでた頃。)

そうすると、
人間は。

そのクズの根っこを壊す、グリホサートを開発して。 もっと強力な除草剤作る。
売れるから。
そして、また、植物が頑張って、
それに耐性のある雑草ができる。。。。


ワタシは、心配になる。

こんなことしてたら、壊れる。根っこじゃなくて。。。地球が。


植物がいなくなってしまったら、二酸化炭素がたまっちゃうのに。


ラウンドアップ耐性作物って言うのもあってね。ラウンドアップレディーって言うの。
飛行機で農薬をまくときに、作物だけ枯れない農薬があったら便利だよね。
その辺の話。。。前にも書いたから、もういいいや。⇒TPPと野の花とラウンドアップ


なんかね。スゴーク、不安。

ラウンドアップとか普通に、ホームセンターに売ってて。おじいちゃんとかおばあちゃんとか、買うよ。
そして、この季節に、
毎日のように、おばあちゃんたちが背負って、草に撒いてる。

ワタシは、、、こんなに簡単に矢車菊を 殺してしまう、除草剤を、、、、
この辺りの、農家のおばあちゃんやおじいちゃんが、
当然のように、、毎日背負って、作業している姿が。
とても不安。

おばあちゃんたちの、背中が、なくなってしまうような不安。
休憩しながら、お菓子を食べながら、お話してる姿を見られちゃう田舎の平和な姿が。

なんかね。
大丈夫なのかな?

こんな、効き すぎる、除草剤を、、、こんな大量に、こんな普通に、
撒きはじめちゃって。こんなに普通に、入ってきちゃって。

大丈夫なの?

ワタシが、アメリカで、見た農場、10年後のここになっちゃうんじゃないの?

じゃあ、除草剤撒かないで、お前が草取りするのかよ?ええ!!
って、誰がするんだよ?
って、なる。

土は、スゴク大切で。
土台は、とても大切で。
人間にとっても、植物にとっても。誰にとっても。
土は、イキテル。生きててほしい。

草が生えないようにって、コンクリートにするか、除草剤にするか、ほったらかしにするか。
みっともないとか、収量が減るとか。

ワタシは、、、、植物は、そのままで、草は、そのままで、
園芸療法士の庭か?って言われても、

ワタシは、いい。

『人ってさ、オハナをふんずけちゃってさ、和真はいつも悲しい気持ちになる。』
和真、
ワタシもだ。

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