病院への不信感 | ☀︎雲の向こうはいつも青空☀︎

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2014年に母がスキルス性胃がんで他界したのをきっかけに、翌2015年から始めたブログ。あれから年月が経ち、今は日常のことをぼちぼち綴っています。


父がたまに洩らす不満の中に、母が関わった病院のことがあります。


一つ目は母のかかりつけ医。

母は2年前の夏に体調を崩してから、たびたびかかりつけ医に通ってたみたいです。


その後のことをまとめると

10月に胃の不調を訴え始め、かかりつけ医から「胃に硬いものが触れる」と言われ胃カメラを予約。
予約当日に咳が出始めたせいで延期になり、その咳はずっと止まらず「気管支炎」との診断。 
その後も何度か通院するも診断は変わらず、胃カメラはさらに延期。
12月にはますます体調が悪くなり、かかりつけ医から市民病院を紹介され入院。
検査の結果、スキルス性胃がん、余命3ヶ月の宣告。


市民病院を紹介された時かかりつけ医は「咳があっても市民病院ならうまく検査してくれますから」と言った。

その時は検査ができると聞いて少し安心した。


けどその2週間後に市民病院での検査結果を知り、主治医からの説明で言われたこと。

・ずっと続いてた咳は腹水で肺が圧迫されたことによるもの

胃が硬くなって縮んでいる


スキルスについて自分達で調べてみても「スキルス=硬い」とあった。


そこで初めてかかりつけ医に不信感が生まれた。

「胃に硬いものが触れる」って最初からわかってて…。

ろくな検査もせずに気管支炎だなんて決めつけて…。

だいたい体の中が硬くなってること自体おかしいと思わなかったのか?
緊急性があると判断できなかったのか?

市民病院ならうまく検査してくれる?

だったらなんで最初の段階で紹介してくれなかったのか?

10月の時点で診断がついてたら少しは結果が違ったんじゃないのか?

胃カメラできなくたってエコーくらいできたはずだ。
実際、市民病院では入院当日のエコーで腹水がわかったんだから。

できることもやらずにこんなになるまでほっとくなんて‼︎

母の2ヶ月間を返してよ‼︎


…とまぁ、大きな大きな怒りがこみ上げたわけです。


当時は悔しくて悔しくて、かかりつけ医に殴り込もうかと思った。

病院の壁に「ヤブ医者」って貼り紙でもしようかなんてくだらないことまで考えたりして。


でもそんなことしたって現実が変わるわけじゃなし。

そんな医者相手に時間を使うより、母に対して何ができるかを考える方が大事だったから。

なにより現実を受け入れるのでいっぱいいっぱいだったし。



そうしてしばらくはかかりつけ医のことを考えずに過ごしたけど、母が亡くなった後で急に怒りが復活した。


母亡くなりましたけど?

いったいどういうわけだったんですかね?

あの2ヶ月が母の命を縮めたんじゃないんですか?


なんて、わざわざ聞きに行ってやろうか。

先生がどんな顔して答えるのか見てやりたいと思った。


でも、冷静に考えてみると…。


腹水で肺が圧迫されたことによる咳=咳が出始めた時点で腹水があったということ。

腹水=すでに腹膜播種があったのかもしれない。

それなら2ヶ月早く診断がついたとしても病状や余命はそんなに大差なかったかもしれない。

しかも体力があるうちに診断がつけばそれなりに強い抗がん剤を使うことになったと思う。

キツイ副作用に負けずに闘病されてる方はたくさんいるけど、おそらく母のメンタル的には難しかったんじゃないかな。

そもそもスキルスという特性上、発見が遅れてしまうことがとても多いらしい。

何も症状がないのにたまたま検診でスキルスが見つかり、いきなり末期と言われた人だっているんだ。

診断が遅れたのは母に限ったことじゃない。



そんな風に考えて自分を納得させてきました。


でも父は未だに納得いかないみたい。

「あの時もっと早くわかってれば」

そんな気持ちが消えないらしく、こないだもブツクサ言ってた。


わかるよわかるよ。

私だって今は全く気にしてないと言ったらウソだもん。


でも今さら考えても仕方ない。
母が戻ってくるわけじゃない。


ただ、医者の選び方とか見る目を養うのは重要だってことを母が教えてくれた気がするから、それをこれからの自分達に活かしていけたらいいなって思う。



父のモヤモヤ二つ目は、長くなるのでまた後日