突然。
主演は 翔太君です。

全2話。

うまくいくかな?

***


「こんばんは。龍馬さんお久ぶりです…それに、枡屋さんに高杉さんもご一緒なんですね。みなさんお久しぶりです。お会いできてうれしいです!」

今夜は、すごく久しぶりに龍馬さんがお座敷に呼んでくれて、張り切ってお座敷に上がった私は、こちらも久しぶりの枡屋さんと高杉さんの姿を見て更に声をはずませた。
…だけど、そこに当然居ると思っていた翔太君の姿がなくて、戸惑う。

「ああ。翔太じゃったら…」

そんな曇った私の顔を見て、龍馬さんはすぐに察したようで、翔太君が来ていない理由を話し出した。

龍馬さんの話によると、どうやら京都に来る旅の途中で翔太君がスリにあったそうだ。といっても、その場で気がついて捕まえて、とくに被害もなかったので見逃すことにしたそうだ。

「じゃけど、その娘が、またかいらしい娘での…見逃してやった翔太のことをいたく気に入ってしもうて」
「ほぉ、そりゃ。翔太の奴も隅におけんな」

それまで興味なさそうにしていた高杉さんの視線が私に意味ありげに投げかけられる。
私は、ちょっとだけそれに反応してしまった。

「翔太君は…昔から。故郷でもかなりもてるんですよ…」
「まあ…どれだけ寄ってこようが、どうでもいい。俺が今一番気に入っているのはお前だ」

杯を持った手と反対側の手が私の方にするっと伸びてくるところに、別の方から空いた杯が差し出される。

「結城はんも優しいお人やでもてはるやろう…せやけど、○○はんも心の優しいお人。あんさんの故郷のお人らはみな優しいんやろか?」

私は、枡屋さんが色香を漂わせて微笑みながら差し出した杯にお酒を注いだ。
高杉さんがのばしかけた手には龍馬さんによって膳の上から串物が握らされて、高杉さんは舌打ちしかながらその串にかじりついて、杯を空けていた。

「いや。というても、相手は年端もいかん娘で…7つやゆうとったかな。わしも子供にはもてるほうなんじゃが、女の子は翔太みたいなお兄さんがええらしい」

龍馬さんがぼやくのを聞いて、私は誤解していた自分に少し頬を染めた。

「そりゃあ、子供でも女は女だな」
「それで…?」

杯を差し出した高杉さんにもお酒を注ぎながら私は先を促した。

「それで、その娘がかわいそうな身の上での…親が死んで京に奉公に出ている姉のもとに手紙を出したらしいんじゃが、どうにも返信がないらしゅうて、京を目指して旅に出たらしいんじゃが、道案内を頼んだ同郷のもんに裏切られて路銀をも奪われて、一人で京に向こうとる言いよるんじゃ…」

思い出したように龍馬さんがうっすら涙を浮かべる。
私も、それにつられて鼻の奥がツンと痛むように切ない気持になった。

「7つやそこらで、かわいそうになって京まで一緒に来ることにしたんじゃ。それで、翔太とその娘の言うとこまで連れて行ったんじゃが………」

と、そこで龍馬さんは私を少し見た後に言いにくそうに目を伏せて杯を置く。

「見つからなんだんどっしゃろか?」

その様子を見ながら、枡屋さんも杯を置いて龍馬さんを心配そそうな目で見た。
高杉さんは、そっぽを向きつつ大人しくお酒を飲んでいる。

「いや、ちくっと引っ越しとったが近所の者に聞いて引っ越し先はすぐ見つかったんじゃが…その姉さんが…」

枡屋さんの問いかけに龍馬さんは、また言葉を濁した。
普段、歯切れのいい龍馬さんが言葉を濁すのと、翔太君がここにいないことで悪い予感がする。
枡屋さんも龍馬さんを見て同情したように眉を潜めた。

『お連れさんがお見えどす』

沈黙の落ちたお座敷に揚屋の人の声がかかって、いつになく疲れた様子の翔太君が案内されて来る。

「翔太…大丈夫じゃったか?」

龍馬さんが気遣うように声をかける。

「………えぇ」

翔太君の普段とは違う苦み走った声に、会ったこともない女の子と翔太君の気持ちを思うと…ほろりと涙がこぼれた。

「おお。いかん。おまんがそないな顔することはないんぜよ…」

隣に座っていた龍馬さんが、心配そうに私の頬を包んで大きな身体を縮めて覗き込んできた。

「龍馬さん?!どうして○○が泣いて…」

翔太君の慌てる声が、龍馬さんの大きな手越しにくぐもって聞こえる。

「おまんのせいじゃき…かわいそうに」
「え?オレですか?!」
「そ…そんな」

私よりも翔太君の心配を…と言いかけた私の肩と腰が同時に引かれ、頬からは龍馬さんの手が離れた。

「女を泣かすとは、男を上げたな、翔太…だが、○○を泣かすのは俺だ」

私はいつのまにか、筋肉質な高杉さんの腕の中におさまっていた。

「他の男の事で泣くな…」

唇が触れそうな位置で高杉さんの声が耳に低く響く。
目を見開いたままの私に、高杉さんの薄く開いてた口が近寄ってきて、その犬歯が光って見えた…かまれるのかと身を強張らせて動けずにいると、覗いた舌が私の涙の後をペロリと舐め上げた。

「!」

高杉さん以外のその場にいた全員が驚いて息を飲んだ。

「高杉さん?!何を!!」

翔太君の鋭い声が聞こえてその姿が見えた瞬間に、私は更に横から伸びてきた手にふわりと高杉さんの腕の中から掬いあげられて胸に押しあてられるように包み込まれていた。

「全く。高杉はんのやり方は乱暴や。○○はんみたいな娘はんは優しゅうしてあげなあきまへん。こないにきれいな頬に噛みつこうやなんて…ああ。あんさんのほっぺたはやらかいおすな」

腕の力を柔らかく緩めて、憐れむように細められた目で私を覗きこんだ枡屋さんが私の頬に指を這わせ、同時にするりと背を撫でる。その感覚は私はゾクリとしびれさせた。

「枡屋さん!何さわって・・・!」
「わては慰めようとしているだけどす」
「枡屋殿の触り方は、なんやらいかがわしいの…けど、○○のほっぺたが気持ちいいのは本当ちや…」
「龍馬さんまで?!」

枡屋さんの腕の中の私の頬に龍馬さんも横から手を伸ばしてつついてくる。
私は二人に囲まれて、爆発しちゃうんじゃないかと思うくらい顔が熱くて途方に暮れてしまった。
助けを求めるように見上げると、顔を赤くして唖然と立ちつくしていた翔太君がハッとして、私を立ち上がらせてて、背中に庇ってくれた。

「あぁ…」
「ケチじゃの…」
「クッ…」

枡屋さんの溜息みたいな驚いた声と、龍馬さんの拗ねた声と、高杉さんが意地悪気に喉を鳴らすのが重なって聞こえる。

「というか、何の話ですか?なんでみんなで○○をさわってるんですか?!」

「つい、触りとうなってしもうた」
「わては、泣いてはる○○はんを慰めたかっただけどす…」
「涙は、似合わないからだ」

翔太君の困った声に三者三様の答えがかえってくるのを背中に庇われながら聞いて、私は逃げ出すようにお座敷を出た。

「あ…私。翔太君のお茶とお料理を・・・取ってきます」