夢のように大好きな人と二人きりで過ごしたお正月。その余韻も覚めやらぬ2日からお仕事が始まって、まだ二日。
朝からなんだか体がふわふらするかと思ったら昼過ぎには寒気がして熱を出してしまった。


部屋では火鉢にかけられたら薬缶から、小さく湯気があがっている。
小さな衣擦れの音と時々帳面が繰られる音がする。静かな人の気配に心細さが和らぐ。
トロトロと微睡んでいると、トトトト…と廊下を軽い足音がこちらに向かって走ってくる。
「秋斉?いるよね?!」

焦った慶喜さんの声が聞こえて返事を待たずに部屋の襖が開かれる。

「返事くらいまたれへんのかいな…」
呆れたような秋斉さんの声はいつもよりも潜められていた。

「○○が風邪をひいて寝込んでるって聞いたのに、そんなの待ってられる訳ないじゃない」
「どこでそんなん聞いてきはったんや。目鼻の利くことやなぁ」
「それより!秋斉!落ち着いてる場合じゃないよ?!○○部屋にいないんだけど?」
「もう部屋へ行きはったんか…また、あんさんは勝手に…置屋の中を歩き回らんといておくれやすと何度ゆうたら…そないなことやから、○○はんの風邪がちぃっともよぅならへんのや。ちぃと静かにしておくれやす」
潜めた秋斉さんにつられて慶喜さんの声もヒソヒソと潜められる。
「その様子だと、○○が部屋にいないのを知ってるんだね?秋斉?○○をどこに隠したの??さては俺と○○の仲を妬んで…」
ふいに慶喜さんの声が不自然に途切れて、さっさっさっと畳を踏む音が枕元に近づいてきた。
「あ、○○?こんなところに?具合はどうだい???ああ、無理に話さなくてもいいよ」
私の横になった布団の横に立てられたら衝立の上から慶喜さんの心配そうな気遣うような声が落ちてきて、私は熱を出して寝込んでいる顔を見られたくなくて布団を目の下まで引き上げて小さく頷いた。
「そんなに布団を被って寒いのかい?いま、俺が…っ」
慶喜さんが何か言い掛けるのを、また苦痛に顔を歪めて途中で止めた。
「いたたたっ。ひ、引っ張らないでっ。秋斉…いた。痛いって」
慶喜さんが秋斉さんに耳を引っ張られて衝立から姿を消した。
「あんさんは、まったく騒々しい」
「いや。だって、○○が秋斉の部屋で寝ているとは思わなくてさ。なんで○○は秋斉の部屋で寝ているの?」
「そないな目でみんといとくれやす。わてはあんさんと違ぉて、下心で全部ができてるわけやおまへん」
「おや。その言い方だと下心がまるきりないわけじゃないというとこだね?それに俺だって、全部が下心だと言われるのは心外だね。○○の事に関しては本気だって、お前だって知っているだろう?本気で心配して駆けつけてきたんだよ?」
「わてこそ心外どすな。まったく人聞きのわるいことを…わてかて○○はんのことを心配してますよって、ここで寝てはるんや…あんさんみたいな存在が騒々しいお人が多いせいで…」 
「存在が騒々しいって…なんだいそれは?ほめ言葉かな?で、他に誰かきたの?」
ヒソヒソと話す慶喜さんと秋斉さんの会話が聞こえる。
内容は何だか耳に恥ずかしい気がするけれど、大人なはずの二人のやりとりがまるで子供の口喧嘩みたいでなんだか平和だな…なんて思ってしまう。

本当は、さっきまで自分の部屋で寝ていたのだけど、ちょっといろいろあって秋斉さんの部屋で眠ることになったのだった。
というのも………

続く



Android携帯からの投稿