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こんな素敵な夫婦がいたんなんて。
こんな素敵な暮らしがあったなんて。
この先の自分の老後のことを考えたとき、誰とどこでどんな暮らしをしたいのか……。
最近、そんなことを考える時間が増えました。
正直な気持ちを吐露してしまえば、老後ということではなく、人生の後半戦に入った今こそ、自分の人生を見直してもいいのかと思っています。
驚きました。
そして、この本に出会ったときから、こんな暮らしが、こんな生き方が、私自身の理想かもしれないと、遅ればせながら感じずにはいられませんでした。
琴線に触れるとか、そんなレベレルではなく……。
1つの理想の姿として、現実に生きているこのつばた夫妻の暮らしを見たら、なぜかうれしくて涙が止まりませんでした。
こんな生活を、暮らしをしているご夫婦がいる、そのことにしびれました。
つばた夫妻の生活は、野菜をつくり、果樹を収穫し、かぎられた年金で本当に美味しいものを買い、そして、毎日のように機(はた)を織り、収穫したものや織ったものを孫や娘に送り、周囲の方々にも配られる生活です。
こういった暮らしをしようとすると、すごい田舎でやるとか、そんなイメージを持っていました。
それが、トカイナカ(都会の田舎)でできるんだなって思ったら、この先を生きていく勇気と、自分の将来が描けそうな気がしてきました。
もちろん、こういった生活を本当の田舎でやるのも素敵です。
でも、この本を読むと、わりと普通の街中でもできてしまうかもと思わせてくれます。
簡単なことではないでしょうが、夫唱婦随、何事も二人で……。
その生き方が原点なのだと。
結婚されるときに、冠婚葬祭の付き合いも何もすべて止めたそうです。
そう……、
それは、いついかなるときも二人で生きていくという覚悟であり、二人で価値観を育て上げていくという証でもあるのかと。
鳥肌が立ちました。
この「ときをためる暮らし」という生き方。
つばた夫妻にもっと早く出会えていたらと思ってしまいますが、そうではなく、この年になったとしても、こんな素敵な「夫婦の鏡」ともいえるつばた夫妻の存在を知れたことに感謝します。
保険も貯金もなくていい。
お金もなくてもいい。
ただ二人の時間がかぎりなく永遠ならと……。
そう語られているように感じました。
そんな生活をするためには、本当に心の奥底で結びあえる二人がいることが、唯一無二の条件なのかと。
つまり、そう思えるパートナーに恵まれるということなのかもしれません。
いや、そう思えるパートナーと巡り会うということなのだと確信しました。
パートナーに巡り会えなければ、どんなに素敵な未来予想図を描いたとしても、それは所詮、絵に描いた餅となってしまいます。
それくらい、パートナーと巡り会うことが大切だと、出会うことが大切なんだと痛感させられます。
それが、若くして出会おうと、いくつになって出会おうと、そんなパートナーと出会えたなら、それはそれは幸せなことなんだと、やっと理解することができました。
自分の人生において、たくさんの人と巡り会い出会うということよりも、たった一人の運命の人と出会うこと、それこそが幸せなんだと思います。
出会うのが遅すぎたということもなく、生きているうちに出会えたことを感謝できるような出会いができたら、それはなんと幸福なことなのかと。
こんな生活に、いや、こんな夫婦に、そして家族に、あこがれずにはいられません。
私の中のバイブルとなりました。
そして、この本に出会ったときから、こんな暮らしが、こんな生き方が、私自身の理想かもしれないと、遅ればせながら感じずにはいられませんでした。
琴線に触れるとか、そんなレベレルではなく……。
1つの理想の姿として、現実に生きているこのつばた夫妻の暮らしを見たら、なぜかうれしくて涙が止まりませんでした。
こんな生活を、暮らしをしているご夫婦がいる、そのことにしびれました。
つばた夫妻の生活は、野菜をつくり、果樹を収穫し、かぎられた年金で本当に美味しいものを買い、そして、毎日のように機(はた)を織り、収穫したものや織ったものを孫や娘に送り、周囲の方々にも配られる生活です。
こういった暮らしをしようとすると、すごい田舎でやるとか、そんなイメージを持っていました。
それが、トカイナカ(都会の田舎)でできるんだなって思ったら、この先を生きていく勇気と、自分の将来が描けそうな気がしてきました。
もちろん、こういった生活を本当の田舎でやるのも素敵です。
でも、この本を読むと、わりと普通の街中でもできてしまうかもと思わせてくれます。
簡単なことではないでしょうが、夫唱婦随、何事も二人で……。
その生き方が原点なのだと。
結婚されるときに、冠婚葬祭の付き合いも何もすべて止めたそうです。
そう……、
それは、いついかなるときも二人で生きていくという覚悟であり、二人で価値観を育て上げていくという証でもあるのかと。
鳥肌が立ちました。
この「ときをためる暮らし」という生き方。
つばた夫妻にもっと早く出会えていたらと思ってしまいますが、そうではなく、この年になったとしても、こんな素敵な「夫婦の鏡」ともいえるつばた夫妻の存在を知れたことに感謝します。
保険も貯金もなくていい。
お金もなくてもいい。
ただ二人の時間がかぎりなく永遠ならと……。
そう語られているように感じました。
そんな生活をするためには、本当に心の奥底で結びあえる二人がいることが、唯一無二の条件なのかと。
つまり、そう思えるパートナーに恵まれるということなのかもしれません。
いや、そう思えるパートナーと巡り会うということなのだと確信しました。
パートナーに巡り会えなければ、どんなに素敵な未来予想図を描いたとしても、それは所詮、絵に描いた餅となってしまいます。
それくらい、パートナーと巡り会うことが大切だと、出会うことが大切なんだと痛感させられます。
それが、若くして出会おうと、いくつになって出会おうと、そんなパートナーと出会えたなら、それはそれは幸せなことなんだと、やっと理解することができました。
自分の人生において、たくさんの人と巡り会い出会うということよりも、たった一人の運命の人と出会うこと、それこそが幸せなんだと思います。
出会うのが遅すぎたということもなく、生きているうちに出会えたことを感謝できるような出会いができたら、それはなんと幸福なことなのかと。
こんな生活に、いや、こんな夫婦に、そして家族に、あこがれずにはいられません。
私の中のバイブルとなりました。
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