心の状態はみんな違うから

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こんにちは。

 

人はみんなそれぞれに事情を抱えています。

悩みや心配事、喜びなども含め、人の感情というのはその人の尺度でバロメーターがあると思うんです。

自分からしたら「それはあまり大した問題ではない」と思うことでも、

当事者にしたら「日常生活を脅かすほどの大問題!」ということがあるわけです。

 

『励ます』って、難しいですよね。

そして、

『リアルな気持ちを理解してもらう』ことも難しいと思います。

 

感情を揺さぶるような大きな出来事があったとしましょう。

同じ立場、同じ境遇に立たされているとしても、みんなが同じテンションで問題解決に進むとは限りません。

頑張ろう、諦めよう、辛い、なんのこれしき...

それぞれの思いは違います。

問題に対する解決策が違います。

どの感情にも良い悪いはないと思います。

ですから、

 

分かり合えない

 

そう感じてしまうときは、相手の気持ちよりも自分の気持ちを理解してくれよと強く思っている時なのかもしれません。

 

自分はこんなにも頑張っているのだからと、相手にも自分と同じような頑張りを強要してはいけないと思っています。

そして、頑張れない相手を蔑むような態度もしてはいけないと思っています。

 

 

自分のやり方と他人のやり方は違うものです。

生きてきた過程が違うのですから当然ですよね。

心の状態はみんな違うんです。

 

「そうじゃなくて、こう!」

「なんでわかんないの?」

「なぜできないの?」

「どうしてそうなの??」

 

こんなことを言われれば言われるほど、信頼は薄れ、心の扉が固く閉ざされてしまいます。

私は家族にそういう接し方をしてきた気がします。

「世の中っていうのはね」って、世の中のことなんてたいして知らないくせに。

私の中にある「こうであるべき」という考え方とは別に、家族それぞれにも「こうであるべき」という考えがあって、結局、家庭内で「こうであるべき」が交差しあっている気がします。

「人としてこうでありたい(そうであって欲しい)」という理想がとても高いのかもしれません。

そして、その高い理想が本来の「そうでありたい」を阻害し、生きにくくしているのだと思います。

 

みんな違う。

だから、他人と違うことを「ダメ」だと思わなくていい。

そして、あなたが正しいと思うような生き方をしていない私を「ダメ」だと思わないで欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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