唯一「切る」という
動詞を伴う決まり手「無双」

現在の大相撲の決まり手82手には
「内無双」と「外無双」の2つが
入っています。
(goo大相撲)
「内無双」http://sumo.goo.ne.jp/kimarite/10.html
「外無双」http://sumo.goo.ne.jp/kimarite/49.html

この「内無双」「外無双」は足を取る技です。
足を取る他の技「足取り」「裾取り」「小股掬い」などは
「掛け手」の仲間に入っておりますが、
「内無双」「外無双」は
「掛け手」ではなく「捻り手」のカテゴリーに入れられております。
(goo大相撲)http://sumo.goo.ne.jp/kimarite/index.html

昔の「四十八手」は「反り手12手」「捻り手12手」
「投げ手12手」「掛け手12手」合わせて48手、
という考え方で、
頭を駆使して攻める反り手、手を駆使して攻める捻り手、
腰を駆使して攻める投げ手、足を駆使して攻める掛け手、
という区分けです。各12手の内訳は書によって
ばらつきがありますが「内無双」「外無双」は
明治期には大抵入っており、
手を使って相手の足を攻める技だから、
という事で、この「手を使う」
という所から「捻り手」に含まれる訳です。

「古今相撲大要(明治18年)」に記される
『相撲隠雲解』『活金剛伝』に倣った“四十八手”
退息所
(内無双、外無双が捻十二手に入っています)

四十八手の時代から「捻り技」なのだから
今も「捻り技」に入っていて当然ではないか、
と思われるかも知れません。
しかし、今と昔では「掛け技」や「捻り技」
の定義が違う事を考えれば、
やはり疑問が残るのです。

四十八手の時代は「自分の体のどこを使って
攻めるか」を基準にしてカテゴライズされました。
「内無双」は手を使うから「捻り技」
「内掛け」は足を使うから「掛け技」という訳です。

四十八手時代の「掛け手12手」は全て足を使って
相手の足を攻める技「○○掛け」
で占められている場合が多いのです。

“足取り技”はいくら相手の足を攻めるからと
言っても自分が使うのは手だから「掛け技」ではなく
飽くまで「捻り技」だ、という事になってしまうのです。

大正7年に常陸山の書いた「最新相撲図解」には
「相撲大全」の四十八手が示されていますが、
現在「掛け技」に入っている“足取り技”の仲間の
「褄取り」「小褄取り」が
「捻十二手」に納められています。
退息所
(尤も、真実から目を逸らさずに言えば「掛十二手」
の中に「曳小股」等、一部の足取り技が入っている
事も指摘しておかなくてはなりません)

翻って現在の決まり手82手の「掛け技」…
この中には手を使って
相手の足を攻める“足取り技”
これらの内の、無双以外のほぼ
全てが入っているのです。

つまり現在は
「足を使って攻める」から掛け技
なのではなく「相手の足を攻める」から
掛け技、という考え方なのです。

なので「内無双」「外無双」は
四十八手の時代から「捻り手12手」の定番メニュー
だから、今も捻り技に入っているのは当然だ、
という考え方は、「褄取り」「小褄取り」
も「捻り技」に入れられていた事を考えたら
ムジュンする訳です。

これはまあ、笠置山あたりの
バランス感覚が、今の結果になったのでしょう。

実際、他の足取り技と比べて、
「外無双」「内無双」には捻りの要素が
強くあります。

「はりま投げ」を捻り技に入れた様に、
一つ一つの技の中身を見て、是々非々で決めたのだと
思います。

この「外無双」「内無双」は
明治18年「古今相撲大要」
明治42年「新編相撲大全」
大正12年「相撲必勝獨學書」
などでも今と同じ技として紹介されています。

「古今相撲大要」の「内無双」
退息所
「四ツに渡り相手の股へ手を差込み打返へすを云う。
残れば内コマタ、外コマタ、引廻し等になりなり」

同書「外無双」
退息所
「相手の手を引張り込み片手にて其
引張り込みし方の足をハタキ肩口にて落すをいふ」

今の「内無双」「外無双」と同じですね。
(「内無双」の方の「残れば内コマタ、外コマタになりけり」
が異常に引っ掛かりますが)

外無双の解説ではしばしば「高無双」という
技の名前が登場します。

「最新相撲図解」の「外無双」
退息所
「敵の差手を引張り込みその側の敵の外股に、
我反対の手を當て、薙ぎ倒すのである。
此の手の位置が股以上の高い處(ところ)に
かかれば高無双である」

外無双の解説として、今でも通用する…
というか完璧な説明ですね。
高無双は「手の位置が股以上の高い處(ところ)に
かかれば」いいそうです。

大正9年「相撲四十八手の研究」大阪毎日新聞社
の「たか無双」
退息所
「常の花(下)と小松山(上)の取組にて素早く
敵の右手を取り圖の如く背負ひ左手を敵の
右足にあて大きく投げるを云ふ」

これは…全然「股以上の高いところ」ではないですね。
普通の外無双に見えますが。はっきり言って膝より下です。

坪田敦緒さんの「決まり手概説」では「高無双」について
次のようにあります。
(相撲評論家の頁)http://www.ep.sci.hokudai.ac.jp/~tsubota/result/kimarite.html
外無双【そとむそう】
 下手に入った腕を逆に返して、
対角線上にある敵の外腿に当てながら、
もう一方の腕では相手の差し手を殺して巻き込み、
捻り廻して落とす技である。上から潰される危険性が高く、
難易度は極めて高いが、決まると誠に鮮やかである。
戦前は関脇出羽湊、戦後は小結二子岳が得意とした。
当てる手が腿の高い位置である場合、
「高無双【たかむそう】」という。
「角觝画談」に「あてる腿が高腿であるだけの相違である」とある。
明治大正期の千年川が大得意とし、
その大胆な気質と相俟って立ち合い一閃の見事な斬れ味を見せた。
………………………………………………………

「最新相撲図解」は「股以上の高いところ」に
手がかかれば「高無双」

「相撲四十八手の研究」は膝より低いところを
おさえているのに「たか無双」

「角觝画談」には「腿の高い位置である場合」
「高無双」

「外無双」と「高無双」の境目…
文献により解釈がバラついておりますが
更に彦山光三著「相撲道精鑑」1934年(昭和9年)大光館書店
にはこんな風に書いてあります。

◇外無双◇高無双
退息所
「四つに組んで寄合のとき、主として寄られた場合、
下手にはいつた手を逆にかへして敵の外腿へあてながら、
捻りまはすやうにして、横へおとす技であります。
すべて無双をかけることを切ると申します。敵の肱(ひぢ)を
殺す必要があることは投の場合と同じです。立合か、
押合咄嗟に出す場合もあります。これと同じ要領で
肩へかつぐやうにして無双を切るのを『高無双』と
申します。高無双は千年川が得意でした。これは
手さきだけでは決して極りません。體(たい)を
密着させてかけます」

「外無双」と「高無双」
他の文献では相手の足に手を当てる、その足の部位
が問題になってましたが「相撲道精鑑」では、
「肩にかつぐかどうか」が問題になっているのです。

しかも「高無双」と言えば千年川、
千年川と言えば「高無双」というくらい
高無双の使い手としては、もう彼ばかりが
有名なのですが、その彼の「高無双」はコレだったと
彦山は言うのです。

そう言われてみれば膝より低い所を取っていた
「相撲四十八手の研究」の「たか無双」…
解説をもう一度よく読むと、
退息所
「常の花(下)と小松山(上)の取組にて素早く
敵の右手を取り圖の如く背負ひ左手を敵の
右足にあて大きく投げるを云ふ」

「図のごとく背負い」って書いてありますね。
彦山説と同じな訳です。


杉浦善三編「相撲鑑(明治44年)」
ここには
一見すると「5種類の無双がある」と取られかねない
記述があります。
……………………………………………
無雙(むそう)
△内無雙△外無雙△上無雙△下無雙△高無雙
退息所
無雙とは敵の手を引つ張込むと同時に敵の足を平手を斜にして
払ひ肩口にて落すなり。敵の脚の内よりするを内無雙と云ひ、
外よりするを外無雙と云ひ腿を払ふを上無雙といひ、
臑(すね)を払ふを下無雙といひ、胴を払ふを高無雙と云ふ。
……………………………………………
多分これは5種類という意味ではないと思います。

これは、喩えるならば…
地球を、赤道の所で北と南に分けたら
「北半球」と「南半球」の2つしかありません。
これが「内無雙」と「外無雙」です。

ここから
地球を「東半球」と「西半球」に
分けたいと思ったら、
南北に分けた地球を
ボンドで1回くっつけないといけない。

「北半球」と「南半球」
「東半球」と「西半球」
この4つを一つの球体から同時に取り出す事は
出来ません。

つまり「内無雙」「外無雙」という区分けをなしにして
最初の完全球体に戻した所からまた3つに分ける。
それが「上無雙」「下無雙」「高無雙」だと思うのです。

解説文を読む限りは、そうとしか解釈出来ません。

「外無双」「内無双」「下無双」「上無双」「高無双」
5つの無双が存在するのではなく
足を「内から取る場合「外から取る場合」
の2つに分ける分け方と
足を「臑(すね)のところで取る場合」
「腿のところでおさえる場合」
「足より上、つまり胴のところをおさえる場合」
の3つに分ける分け方、
この2つの分け方があるという事を言ってるんだと思います。
つまり種類でいえば2乃至3種類ですね。

「腿を払ふを上無雙といひ、
臑(すね)を払ふを下無雙といひ、胴を払ふを高無雙と云ふ」

凄いですね。こちらは胴を払って初めて「高無双」ですよ。
「上無双」と「下無双」の境目は膝の様ですね。

膝を境にして「外無双」と「高無双」を分ける、
そういう記述もある様ですが、ここではそれを「下無双」と
「上無双」に分けてます。

「相撲四十八手の研究」の「たか無双」なんて
退息所
ここでは「下無双」ですよ(笑)。