こちらに書くのは本当に久し振りである。Instagramのシェアを除けば、ほぼ1年ぶりだ。

またしても、僕と一緒に作品を作ってくれた俳優さんが、舞台を去る。前々回は元AKB48の松原夏海さん、前回は元さんみゅ〜リーダーの西園みすずさんだった。今回書くのは、とある芸能事務所所属の椎名恭子さん(きょうちゃん・きょーこりん)だ。Favorite Banana Indiansの舞台をよく見て下さっていた方には、お馴染みの名前かも知れない。彼女の名前が初めてFBIの公演パンフにクレジットされたのは、2015年11月、つまり今から7年前に遡る。

 

 

 

 

それは、Favorite Banana Indians番外公演vol.7「True Love〜愛玩人形のうた〜」でのことだった。それまで僕は、出演者の知り合いの知り合いといった「伝手」、または、知り合いの舞台を見に行って出演していた人に声をかけるなどして、出演者を集めていた(ネット経由も含む)。それが、この公演から本格的にオーディションを取り入れたのだ。

知り合いの知り合いに面談して出演を決める、というやり方は、事前にどんな人かが分かるというメリットはあるが、実際の演技を見ずに雰囲気だけで決めていた部分もあり、それが稽古に入ってから様々な歪みを起こすというデメリットもあった。FBIが今以上に弱小で誰にも知られていない段階で、オーディションなどやっても誰か応募者はいるのか?と最初は疑問に思ったが、踏み切ってみたのである。

あるオーディションサイトに情報を載せたところ、個人だけではなく、きょうちゃんが所属している芸能事務所のマネージャーの方から、「うちの若い役者にオーディションを受けさせていただけませんか?」という売り込みがきた。勿論、大歓迎だったので、その旨お返事したところ、候補の人の情報が送られてきた。きょうちゃんも、その中の1人だった。

 

 

 

意欲的な文章が並ぶ書類をいくつも見せてもらった何日か後、僕は当時稽古で使っていた公共施設で実際のオーディションを行った。きょうちゃんに関しては、書類を見た段階で、余程のことがない限り合格と決めていたが、実際に台詞を読んだら、または動いてみたらどういう風に見えるのか、それを確認しようと思った。指名された彼女は「はい!」と元気よく手を上げて、演技スペースに出てきた。そんなことをする人を、僕はそれまでは見たことがなかったので、今でもとても印象に残っている。

彼女の演技はそつがなく、冷静に言ったことをこなしてくれた。その佇まいと、他の役者とのバランスを考えて、僕は彼女を「True Love〜愛玩人形のうた〜」の主役・iに選んだ。結果を聞いた彼女は、自宅のベッドの上で小躍りした、とどこかに書いていた。知らない人もいると思うが、iというのは女性の姿をした護身用アンドロイドという設定で、劇中では「魅力的で、どんな男も虜にする」と言われている。この台詞に説得力を持たせるためには、当然ながらi役の役者は観客からそう見える必要がある。きょうちゃんはびびっていたが、彼女の顔立ちは宝塚歌劇団の娘役のような趣があり、その高めの声が可愛らしさを引き立てていた。つまり、あの時点で主役を任せられるのは彼女をおいて他にはいなかった。

稽古では、芝居に対しての直向きな姿勢を見せてくれた。彼女だけではない、オーディション組以外の人達もそうだった。それまでの稽古には薄かった、何というか、「プロ」としての空気感が稽古場に漂った。これがやりたかったんだ、と僕は心の底から思った。

きょうちゃんに関しては、この後の作品も含めて、「台詞を噛む」ところをついぞみたことがない。どんなに台詞のスピードを上げても、彼女は正確に台詞を喋った。僕にとっては驚異的だったが、考えてみれば、台詞を噛まないのは、プロであるならば当然のことである。まだ20代半ばだった彼女は、芸能系の学校を出ていただけあり、その手の技術は既に身につけていたのだ。噛まないだけではない。彼女は、台詞やシーンを深掘りし、共演者と共に様々な可能性を試していた。

こうした彼女の奮闘もあり、いろいろ問題はありつつも、実際に上演された「True Love〜愛玩人形のうた〜」は、それまでのFBIの作品を凌駕する完成度を獲得した。この作品以降、僕は基本的にはオーディションで出演者を決定する方式に転換した。「プロ」のクオリティを体現していたきょうちゃんとの出会いは、僕が「芸能界」の鳥羽口に立ったことを意味していたのである。

 

 

 

その後、彼女はFBIの舞台に3回立った。1回は主役で、後の2回は準主役といえる位置である。つまり、僕にとってきょうちゃんは、作品の世界を構成する重要な存在であった。2回にわたって元AKB48の松原さんと「対」になるような役をやってもらった。また、もう1回の主役は、番外公演僕vol.9「echo chamber〜もうひとつの事実、不都合な真実〜」。その時彼女は関西方面で稽古と本番を持っており、それがこちらの稽古期間とばっちり重なっていた。普通ならオファーはしないのだが、作品の内容から言って、彼女しか適役がおらず、僕が無理を言ってやってもらったものだ。他の出演者は大変だったかも知れないが、勿論きょうちゃん本人も超絶大変で、受けてくれたのは英断だったと思う。弱音一つ吐くことなく稽古をこなし、完成した作品を見ると、彼女が一番稽古時間が短かったということを感じさせず、ここでも僕は「プロ」としての彼女の底力を見た。

 

 

 

そんな彼女が、芸能の世界から去る。元々は、今年(2022年)の春までにオファーが入っている舞台を終えたら、地元に戻る予定になっていた。それが、どういう事情からか、今月(12月)の自身によるプロデュース公演が最後の舞台となった。僕は辛うじて、それを見ることができた。

昨年、FBIとして久し振りの本公演が予定されていて、彼女も出演予定だったが、諸事情により流れてしまった。その過程で、僕は彼女をはじめとする出演者やお客様に大変な迷惑をかけてしまい、彼女を含む多くの人の信用を失ってしまっていた。もしもそのことがなかったら、僕は彼女の引退公演のプロデュースに名乗りを上げていただろう。確かにきょうちゃんは多くの団体の舞台に出演し、好評も得ていたわけだが、彼女の女優としてのよさを一番知っていて、それを引き出せるのは僕だという自負が今もある(勘違いかも知れないが)。だから、悲しさもひとしおだったが、彼女がラストステージで見せたものは、紛れもなくこれまでの彼女の女優人生の集大成だった。

 

 

 

例えば、初めて夏海ちゃんと組んだ第9回本公演「Singularity Crash〜〈わたし〉に続く果てしない物語(ストーリー)〜」の時、きょうちゃんは高校の演劇部長役で、他の演劇部員達とのダンスがあったのだが、ダンスの稽古の音頭をとっていたのは彼女だったと、振付師の方が証言している。作品をよりよくするために、自主練等でもリーダーシップをとるお姉さん的な一面が彼女にはあった。

「あなたのツンデレお嬢様」と後に自分でキャッチフレーズを付けているが、素顔の彼女もそれに限りなく近かった。時に厳しく、他の役者や演出の僕との衝突も厭わない姿勢は、いろいろ誤解されやすかったが、作品を愛するからこそのものだった。だから僕も、彼女には全幅の信頼を置いていた。息吹肇の作品には、本来は椎名恭子という存在は欠かせないものだった。結果的に5年前の第11回本公演「エーテルコード」が最後の出演になってしまったけれど、本当はいつまでもずっと共同作業を続けて、面白い作品を作っていたかった。

彼女が去ることで開いた穴は大きい。テクニックにも優れ、存在感もあり、歌も歌えてヒロインにもなれる。そんな人はなかなか見付からない。僕の中に彼女が残した足跡は、確かなものとしていつまでも色褪せずにあり続けるだろう。

どんなオーダーにもひるむことなく挑み、僕の目指しているもの、作りたいものを的確に掴んでくれた、唯一無二の存在。それが、椎名恭子さんだった。

本当に月並みな言葉だが、

「有り難う、そして、お疲れ様でした」

と伝えたい。この言葉には入りきれない僕の思いを、いつか形にして、彼女に見てもらえる日が来ることを祈っている。

 

 

 

女優・椎名恭子。

これもまた月並みな表現だが、本人が舞台を降りても、彼女の舞台を見た、そして彼女と関わった人達の中で、いつまでも彼女は輝きを失うことはない。

これからの人生でも、その輝きを保ちながら、幸福に生きていって欲しいと願うばかりだ。

 

追記

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