2009年12月23日、各新聞の一面トップ記事は信じられないものだった。

「クリスマス 事業仕分け」

 朝目新聞と読買新聞は事の経緯を報じ、結論としては意味不明だと、至極真っ当な意見を社説欄に載せた。凍狂新聞はどうやらこのニュースの重要性を読み間違えたらしく、それでも他社の動きを察知したのか、配信記事が一面を飾るという珍妙な事態が起こった。日啓新聞は一面の片隅にこの記事を掲載しただけだった。参経新聞はここぞとばかりに政府批判を書きまくったが、よくよく読めば、見出しこそ「クリスマス事業仕分け」だったものの、中身は全く関係のないあてこすり批判だった。

 09年クリスマスは事業仕分けの対象となり、中止とする、ということだった。

 民放各局は朝のワイドショーでこぞってこの意図不明の仕分けの内容を、面白半分に垂れ流した。MHKはいたって真面目に事実だけを報じた。テレビ凍狂はアニメを流した。

 国民は慄然とした。日本経済は未曾有の混乱に陥った。

 その日の夜までに各地のイルミネーションが速やかに撤去された。煌びやかなライトアップを楽しみにやってきたアベックたちは肩透かしをくらい、三脚を持ったアマチュアカメラマン達と撤去業者のあいだで小さな小競り合いが頻発した。何人かは怒り狂い、あるいは半ば面白半分でイルミネーションの電球を叩き割って周った。ネット上でこの模様が中継され、さらにはiphoneユーザーのust配信が火に油を注ぎ、各地で突撃電球クラッシャーたちが暴れまわった。怪我人まで出た。

 クリスマス関連のセールを予定していた飲食店は急遽メニュー変更を余儀なくされ、ケンタッキー・プライド・チキンの数店舗が臨時休業に追い込まれた。コッカ・コーラのクリスマスCMは放送自粛に追い込まれ、ゴールデンタイムのクリスマス特番は全然関係のない再放送に内容が差し替えられた。テレビ凍狂はアニメを流した。

 百貨店業界の被害は尋常じゃなかった。クリスマスセールは中止になり、業界の再編成は避けられぬ道となった。クリスマス商戦を見込んで大量の商品を入荷していた玩具屋も例外ではなかった。どこかで零細書店がまた数百件潰れた。ホテルの予約は軒並みキャンセルされ、高級レストランでもドタキャンが相次いだ。インターネットの巨大掲示板5ちゃんねるでは祭りが起こり、反クリスマス教という謎の教団が「予言は実現せり」というスレッドをむやみに立てて周った。森見登美彦の『太陽の塔』が再発見され、その日のtwitterには「ええじゃないか」とのpostが溢れ、デジタル版ええじゃないか騒動が起こった。クリスマスツリー廃棄運動が起こり、村上春樹の『ノルウェイの森』が焚書に処された。

 アベックたちがせっかくのクリスマスムードを殺がれために、後の調査によればこの年の出生率は急激に下がったようである。全国の占い師達が「丙午ではないはずなのに」と首をかしげ、この年に生まれた子は不幸になるという根拠不明のデマが流れることとなった。新宿や五反田、浅草や日の出町などの発展場では、客引きの女の子たちがサンタクロースのコスプレをすることを禁止された。大量に余ったサンタクロースの衣装を、激安ショップセルバンデスが全て買い込み、クリスマスをどうしても楽しみたいと密かな願望を抱く一般庶民に格安で叩き売りした。創業以来最高の売上高を記録した。

 日経平均株価は下がり、円も下落した。後にこの日は『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』と呼ばれた。同名の映画が蔦谷で全て借りられた。ティム・バートンの印税は例年より上がったという。私見を挟めば、『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』という傑作ファンタジーが多くの人に見られたことは、クリスマス事業仕分けの唯一の効能だったのかもしれない。

 話はもどる。何ゆえ、このような珍妙な仕分けがなされたのか。ことは2日前に遡る。四谷にある国立印刷局の体育館で臨時行政刷新会議が行われた。千石よしと担当大臣のもと、クリスマスは第三ワーキンググループにおいて仕分け対象として槍玉にあがった。声をあらげたのはもちろんレンポー議員であった。

 クリスマスの経済的貢献度を聞かれたサンタクロースはしどろもどろに答えた。
「ホテルの稼働率が100%をこえております」
「そのような風俗産業に利潤が集中することは経済全体のことを考えると容認しがたいのですが」
「違います、100%になるのは、凍横インです」
「クリスマスの人的稼働率は何%ですか?」
「は?」
 サンタクロースは目を丸くした。質問の意味が分からなかった。彼は赤色の厚手のオーバーからハンカチーフを取り出し汗を拭った。何だこの馬鹿げた茶番は。
「この日は、全国のアベックしか活動してませんよね? 一人で凄く老若男女は不貞腐れてまったくもって経済活動から離れています」
「別にクリスマスがアベックの日だとは誰も決めておらんではないか! いいかね、クリスマスというのは本来家族や大切な人と過ごすためであって、別に男女でいちゃいちゃする日ではない!確かに最近の風潮では、聖クリスマスというよりもほとんど性クリスマスになって……」
「サンタクロースさん、寒いところからわざわざお越しいただいて申し訳ないのですが、クリスマスというのは経済的にもほとんど意味がないですし、ましてや子供の教育上不適切なのです。街には破廉恥な男女が溢れ、いたずらに物欲を刺激する扇動的な広告が溢れ、CO2ばかり消費して」
「教育上不適切? 馬鹿なことを言うんじゃない! 子供たちはクリスマスという夢を貰っているんだ。その夢がなければ、彼らが大人になったとき、その夢を子供に与えてあげることが出来ない。そうやって、人々の間で夢が受け継がれていくんだ。クリスマスは物質的なものじゃない、クリスマスという暖かい幻想を皆で共有する日なんだ!」
 サンタはどんと机を叩く。息苦しかった。オーバーを脱ぎたいがこれを脱いではその辺のおっさんと変わらない。
「ちょっと彼のマイク音量を下げてください。クロースさん、もうめんどくさいんでサンタ省略しますけど、クロースさんね、私たちはクールでリアルな政策の話をしているんですよ。夢とか幻想とか、もっとエビデンスベーストな話をしてください。あなたが教育上適切と考えるなら、クリスマスはどれだけ子供たちに対価をもたらしているというんですか?」
 レンポーはうんざりしたように言った。カラオケでやるようなマイクの持ち方をして、きっとサンタを睨んだ。
「教育に市場原理を持ち込むなんて言語道断だ!」

 サンタは明らかに狼狽していた。この狼狽振りがテレビで中継され、それはサンタに悪い結果をもたらした。愚かな民衆たちはこの模様をみて、「なんとなくレンポーの方がハキハキしてるからきっと正しいことを言っているんだろう」と判断した。この仕分けが自分たちの首を絞めることなど、頭の悪い彼らには理解が出来なかった。彼らはいつだって、首を絞められてから慌て始めるのである。

 四谷をあとにしたサンタは中央線を乗り継いで自宅まで帰った。トナカイたちは早速仕分けされ、保健所へ連れて行かれてしまった。もちろん彼は反対した。だが公務執行妨害に当たると脅され、引き下がざるを得なかった。

 帰り道、地元の警察から来ている服を咎められた。サンタクロースの格好は全面禁止となったと、警察は言った。抵抗するなら、公安も動いてくると言われ、サンタはほとんど泣きそうになりながら服を脱いだ。

 25日の朝、子供たちの泣き声がいたるところから聞えてきた。

 終