P・K・ディックに、「記憶売ります」という短編小説があります。
何者かによって新たな記憶を植え込まれた男が、かつて火星にいた本当の記憶を蘇らせる、という話です。

原作は狂人扱いで拘束される、というところで終わりますが、映画は男が火星に向かい記憶を取り戻すヒーローものになってます。

エイリアンシリーズのダン・オバノンが上手に脚本化、バーホーベンが映画にしました。
(バーホーベンはオランダ時代の「第4の男」が最高傑作ですね。あとは、ロボコップくらいかな?)

でもですね、なんで火星なのか、あまりわからなかった。キングギドラに滅ぼされた星、ってくらいの印象しかないよ。

だけど、わかりました!利用しやすい星だということが。軌道エレベーターがつくりやすいんですよ。

まず、質量は地球の10%、密度は70%。したがって重力は38%になるため、ロケット打ち上げもしやすい上、静止軌道の高度は地球の1/2の高さ。体積は長さの3乗なので、単純に考えたらエレベーターの体積は1/8程度になる。つまり、建材費が11%強という格安でいいのです。

しかも、まだ利点があります。それは、火星が赤道上に大気圏より標高の高い山を持っている、ということ。(重力が低いのと関係があるようです。)ということは、この高山のてっぺんでエレベーターを地上に結わえ付ける場合に、結わえた部分がひきちぎれ易くなる危険因子である風がない、ということでもあるのです。

しかも火星の2つある衛星のうちダイモスは、静止軌道のごく僅かな外側を走っているので、そこから建設用の炭素を取り出す事は容易です。

つまり、いろんなプラントが作られる可能性を秘めた惑星なのです。

ただし、難点もあります。その最大の理由は、もう一つの衛星フォボスにあります。フォボスは、静止軌道より低い位置を周回しているのです。すなわち、フォボスは毎周エレベーターにぶつかってくるのです。

ただしこれは、フォボスがぶつかってくる少し前から、エレベーター基部からワイヤー末端に向けて振動を与え、フォボスの球体の脇をスルッとすり抜けさせる、という案がでています。(これは結構容易なようです。)

・・・と火星のスゴさを認識したところで、地球の周回軌道に戻ります。

地球を周回する人工衛星は、低出力スラスタをふかすことで定位置を維持していますが、エレベーターはそういうわけには行かないでしょう。つまり、赤道でも場所によって違う重量場の強さから逃れるように、一番重力の弱い位置に流れていってしまいます。

今、地球上で最も重力が低く、その上空に古くなった人工衛星が流されてくる地点は、ガラパゴス諸島とモルディブ諸島。特に、モルディブ南端で英国の借款地ガン島は、人工衛星が流れてくるので将来地球上で最も不動産価格が上昇するとみこまれています。

つまり、これら赤道上の国々の領空権を巡って新たな政争が起きないとも限らない。地球の軌道エレベーターは技術的な問題より、政治的問題でクリアしかねることが多いようです。