インドでのリマインド(バングラデシュでの気付き) | 誰がために旅をする

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ネパールでのワークキャンプを終えて現在インドのバラナシにいる。インドに来てなぜか去年のバングラデシュ訪問のことを思い出した。インドとバングラデシュはもともと一つの国。幾度となくベンガル人と接することで今回のリマインドに繋がったのかもしれない。当時の訪問の目的は世界最大のNGO団体であるBRAC(Bangladesh Rural Advanced Committee)の活動内容を肌で実感すること。私が所属しているアジアNGOリーダー塾のスタディーツアーである。個人的な思惑は団体が運営するヘルスケアプロジェクトを学ぶこと。帰国後作成したレポートを久々眺めてみた。4月からスタートするアフリカでの医療系ボランティアの前に途上国の医療課題を復習する意味でこの場でシェアしたい。

◆ポイント

・BRACの Excellent Performance (ヘルスケアワーカーのマネイジメント)
・東南アジア系の国々の農村部で糖尿病の数が増えている
・感染症に特化してきた大規模NGO
 →慢性疾患に対するアプローチはまだまだこれからの段階
・今後のアプローチの可能性

-以下報告内容-

2011年9月24日

バングラデシュのマニクガンジにおいてBRACのヘルスケアプログラムを視察する機会に恵まれた。私は日本の製薬会社の社員という立場上、また将来医療、医薬品の分野でSocial business(もしくはNGO)に取り組みたいという思いから、その活動内容に興味を持っていた。プランについて疾患やアプローチ方法など特に決まっていない状況だったので、アイデアのヒントを得る場としての期待もあった。

訪問した村では、複数の女性が輪になり集会が行われていた。その輪の中心で、シャスティオシェビカ(全土に7万人もいるというから驚きである)と呼ばれるBRACが訓練を施したヘルスケアワーカーが必要な薬剤・公衆衛生品を啓蒙・販売していた。有名な結核患者に対するDOTS(直接観察法)は直接拝見することはできなかったが、患者本人がBRACの管理表(カルテに近いようなもの)を持参し見せてくれた。それ以外にも、簡易な視力検査の方法や子作りの改善動向についても話を伺えた。

とりわけ参考になったものとしてまず挙げたいのが、ヘルスケアワーカーに利益を配分させる仕組みである。

シャスティオシェビカが商品の販売利益を得られるようになっている。BRACが薬剤や商品を安価に調達(方法については聴取できなかったが、安価な購入先を選定し、極力卸などは通さずにメーカー直販で購入するか、一括購入により仕入値を抑える交渉をしていることなどが予想される)し、若干の利益(これがシェビカの収入になる)を上乗せした上で市場価格より安価に村民に販売しているのである。日本で患者向けに医薬品を販売する場合、政府からの販売業の許可が必要であるが、BRACの場合はプロジェクト単位(あらゆる医薬品を販売するというわけではなく、経口補水療法、DOTSという単位)で行っているためその点は問題がないものと推察される。また、シェビカは商品の在庫は持たずに基本的な商品管理はBRACが行っているとのことである。

さらに興味深いのは、疾病管理に対して成功型の報酬が採用されている点である。TB(結核)の薬は、政府から無償で供与されており、報酬のため、2タカほど上乗せされているようだが、この収益以外に患者の投薬管理の成功如何が報酬に反映するルールを敷いている。この甲斐あってか、バングラデシュの2008年時点のDOTSカバー率は100%に達している。次元は異なるが、日本の医療現場(主に病院)においては、組織単位で平均入院日数の短縮などに応じて同じ診療内容でも報酬点数が異なるケースは存在するが、組織内の個人評価として成功型の報酬制度を敷いているケースは少ない。BRACは成果型の報酬制度によりシェビカのモチベーションをうまくコントロールしているという印象を受けた。

上記の発想は、他の疾患管理においても応用可能ではないかと感じた。例えば、HIVの抗レトロウイルス療法の管理において有用かもしれない。現在耐性株への懸念からWHOより3剤併用の抗レトロウイルス療法が推奨されている。しかしながら、2剤併用療法の歴史的浸透、患者のコンプライアンスの低さ(飲み忘れ)、粗悪品(偽薬)の流通などを理由に問題は顕在化の方向に進んでいるという話を聞く。結核のようにある一定期間服用すれば完結するものではないが、患者数の多い地域において、コミュニティー出のヘルスワーカーを訓練し、報酬制度により管理を徹底させれば、少なからず偽薬以外の問題にはアプローチできる(スクリーニングや未治療患者への投薬開始にも貢献できるかもしれない)上記は1例だが、ヘルスワーカーのモチベート手法として今後自身のプランへの組み入れを検討したい。

2点目に印象的だったのは、糖尿病が深刻な問題として顕在化しているという点である。

フィールド見学の前にダッカ大学の薬学部教授と懇談の機会を持ったのだが、経口のインスリン開発に取り組んでいるという話が出た。私のバックグラウンドに興味を持たれたようで連絡先を交換させていただいたのだが、この時に顕在化の理由について深くは聞けなかった。後日フィールドでも同様の話が出た。理由を聞くと村民の食生活(相対的に炭水化物の摂取が多く、食物繊維が少ない)に起因するという。しかし、見渡す限り肥満体型の村民は少なく、どうも腹に落ちない感覚だけが残ってしまった。確かにアジア人の膵臓のインスリン分泌機能は弱く、肥満でなくとも炭水化物の過剰摂取によって糖尿病になることはあり得る。ただし、問題として認識されるほどのレベルで起こり得るのか?そもそも血糖値は測定しているのか?単に他の発展途上国でも見られる中間所得層から富裕層における傾向を示しているだけなのか?BRACもまだその問題に対しては取り組みを開始していないとのことだった。他に想像を膨らませる余地はあるが、論より数字で帰国後データを調べたところ、意外な傾向が見えた。以下表1は国際糖尿病連合による20-79歳の糖尿病患者数の各地域の統計である。バングラデシュが分類される東南アジア地域だけが都市部より農村部に糖尿病患者数が多いという結果が出ている。

表1. 世界各地域の糖尿病罹患状況 
(The International Diabetes Federation (IDF) データ)

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さらに国別に見ると、バングラデシュはもちろんのことブータン、モーリシャスを除いた国で同様の傾向があることが分かる。農村部の生活習慣に起因するという説も信憑性がないわけでもないということが分かった。

表2. 東南アジア地域の糖尿病罹患状況 
(The International Diabetes Federation (IDF) データ)

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上記数字を証明するにはさらなるデータが必要になる。都市部層との対比で農村部の方々の食事に占める炭水化物の率、インスリンの分泌能力(空腹時・食後の血中インスリン値)を調査すれば、課題ないし対策もより明確になるように思う。もし炭水化物過剰摂取タイプの糖尿病であれば、飲用すべき糖尿病薬の種類も変わってくる(旧日本型の糖尿病治療、α-GIと呼ばれる系統の薬剤が有効性を発揮するタイプ)私はバングラデシュ人医師の糖尿病の診療レベルの詳細は知らないが、日本の糖尿病専門医との連携を強化することに意味はあるように思う。

なお、バングラデシュ政府は今後の国の保健医療の課題として以下8つを挙げている(Strategic Investment Plan of HNPSP (2003-2010) より)その中に生活習慣病の予防とコントールが入っており、一定のプライオリティーがあることが理解できる。

1.小児ならびに5 歳未満児の死亡率の65%削減と小児死亡の男女差の根絶、
2.5 歳未満児の低栄養の50%削減と低栄養の男女差の根絶、
3.妊産婦死亡の75%削減、
4.すべての人にリプロダクティブヘルスサービスが届くこと、
5.純生産率1 になることを目標に特殊合計出生率を下げること
6.結核ならびにマラリアによる負担を軽減してHIV/AIDS の予防とコントロールを行うこと
7.生活習慣病の予防とコントロール
8.救急医療の改善

この機会に別種の糖尿病についても考察してみた。糖尿病のタイプは2種類に大別される。バングラデシュで顕在化している糖尿病の問題、実は中高年以降に発症する食生活に起因する糖尿病(2型糖尿病)だけでなく、1型糖尿病患者(遺伝要因など若年で突然発症するケースが多く、インスリン注入か膵移植しか治療法がない)の管理も包含しているかもしれない。小児期に発症するケースが多い1型糖尿病患者は急激に膵臓が炎症を起こしインスリン生成機能を一切失い、喉が乾いたり、倒れたりと変化が顕著のため普段血糖値を測定していなくても症状によって早く診断されるケースが多い。かつインスリンによる治療費は高く、貧困層にとっては生活を破壊するほどの負担になる。日本のある調査では、月の自己負担額1万円以上の割合が、経口剤のみの使用者は20%だったのに対して、インスリン使用者は全体の70%以上にも及んだ。途上国での一般的なインスリンのコストは年間240ドルというデータがある。1日0.4ドル、年収150ドルでは到底まかなえない。

無料の政府系病院は機能していないのか?という疑問も浮かぶが、病院では物品不足ないしコスト的な理由で安価な薬剤しか処方されないようである。重要で高価な薬剤は薬局で患者が自己負担というケースが多い。恐らく希少な重篤疾患などは国の補償プログラムが機能しているはずだが、1型糖尿病の場合、規模が膨らむため国がコストのカバーをすることはまれである。BRACは超極貧層に対して医療費の支援をしていると語った。だが、全ての層をカバーするまでに至っていないだろう。つまり、政府の保障や既存の支援からこぼれている人が数多くいる可能性がある。何よりも1型の発症は栄養不良状態との因果関係もあると言われ、他の重篤疾患に比較して貧困層でも結構な頻度で起こることが想定できる(一般的に全体の糖尿病患者の5~10%に発生する) 

ある製薬会社のホームページで小児だけでバングラデシュ内に1型が1万4300人いるというデータを発見した。極貧層で子供が1型だった場合、親は自分達の生活を捨てるか、子供を捨てるかという決断に迫られる。インドで「Dream Trust」 という団体がある。その団体の創立者は親が生活苦のため子供のインスリン治療をストップし、見殺しにした2件の事例に遭遇し、支援を開始した。支援モデルはストリートチルドレンの里親制度にようにインスリン購入費用を拠出する支援者を募りマッチングするというものである。同様の団体はオーストラリア( Insulin for life)にも存在し、日本にはそういった団体を資金面で支援する基金も設立されている(国際糖尿病基金)

現段階で途上国に横たわる問題として興味深いテーマである。今後途上国における貧困層の糖尿病支援というテーマで取り組みを考えた場合、以下の方策があると考えている。

1.限定範囲でインスリンの提供
(メーカーからインスリンの無償供与もしくは原価仕入を交渉する)

2.資金的支援の拡大
(インスリン以外の糖尿病薬の販売メーカーも巻き込む)

3.療養指導者の育成
(特にインスリン注射の患者指導ができるヘルスワーカー)

4.現地医師の育成機会の提供(日本の糖尿病学会との連携など)

5.公的医療保険制度導入のアドボカシー
(BRACが既に共同?ここに糖尿病を組み込む)

6.インスリンメーカーへの特許権供与のアドボカシー

今後も興味あるテーマの一つとして海外途上国の現場視察を重ねる中でプランの具体化を進めたい。

【参照ソース】

◆IDF(国際糖尿病連合) ホームページ

◆グローバルエイズ (アリグザンダーアーウィン著 明石書店)

◆ラジオNIKKEI インスリン治療と医療費
 横浜市立大学大学院 医学研究科 分子内分泌・糖尿病内科 教授 寺内 康夫

◆国際糖尿病支援基金 HP
 http://www.dm-net.co.jp/idaf/

◆Dream Trust HP
 http://www.dreamtrust.org/sponsora_child.html

◆Insulin for life HP
 http://www.insulinforlife.org/

◆BOPビジネスに対する潜在ニーズ調査 2010(JETRO)