8月になると、ラジオのリクエスト番組でよく流れる曲がある。井上陽水の『少年時代』だ。「八月は夢花火 私の心は夏模様」という歌詞が印象的なので、8月の曲というイメージが定着した。「風あざみ」「宵かがり」など陽水得意の造語が散りばめられているため、それをどう解釈するかが、ファンの間でよく話題になる。
作詞は陽水、作曲は陽水と平井夏美。1990年8月に公開された映画『少年時代』の主題歌として制作された。翌9月に陽水の通算29枚目のシングルとしてリリースされたが、当初はオリコンチャートを賑わすようなヒット曲ではなかった。翌10月にリリースされた陽水の通算13枚目のオリジナルアルバム『ハンサムボーイ』にも収録された。

シングル発売から1年経った1991年にソニーのハンディカムCCD-TR105のCM曲に採用された。また、同年夏に放送されたTBS系列『ギミア・ぶれいく』内のドミノ倒し特集のエンディングでも使用された。この2つによってお茶の間に浸透し、ヒット曲の道を歩み始めた。1997年7月に日本レコード協会からミリオンセラーに認定され、陽水の代表曲と呼ばれるようになった。

『少年時代』の「原形」とも言える曲がある。陽水が作詞・作曲し、自ら歌った『夏まつり』だ。1972年12月にリリースされた陽水の2枚目のオリジナルアルバム『陽水Ⅱセンチメンタル』に収録された。翌1973年7月にリリースされた『陽水ライヴ もどり道』にも収録された。少年時代に妹や友だちと出掛けた夏まつりを回想するという曲だ。

「10年はひと昔 暑い夏 おまつりは ふた昔」という歌詞からすると、20年前の話ということになる。
この曲に「自転車のうしろには 妹が ゆかた着てすましてる」という歌詞がある。陽水が『陽水Ⅱセンチメンタル』をリリースしたのは24歳のときだ。24歳から20年を引くと、4歳となる。4歳の子どもが自転車の後ろに妹を乗せるというのは、現実的でない。実際は15年くらい前の話だろう。

では、『少年時代』はいつの話だろうか。…などと書くと、「何を寝ぼけたことを言ってるんだ! 少年時代の話に決まっているだろ?」とツッコミが入るかもしれない。
ならば、質問したい。歌詞のどの部分が少年時代を連想させるのかと。8月(夏)をテーマにした曲であることは分かるが、それ以外に時期を特定する単語はない。曲名が『少年時代』なので、何となく「10歳前後の話なのでは?」と思い込まされているだけだ。

陽水が『少年時代』をリリースしたのは42歳のときだ。過去に41回の8月を経験したわけで、その意味では『中年時代』という曲名でもおかしくなかった。

では、なぜ『少年時代』という曲名をつけたのか。その謎を解く記事が『週刊現代』2018年7月21・28日号に掲載された。「熱討スタジアム・井上陽水『少年時代』を語ろう」という鼎談だ。川原伸司(音楽プロデューサー)、来生たかお(シンガーソングライター)、ロバート・キャンベル(日本文学者)の3人が『少年時代』を語り尽くすという内容。
川原(ペンネームは平井夏美)は陽水と共に『少年時代』を作曲、来生はレコーディングでピアノを演奏、キャンベルは熱烈な陽水ファンとして知られる。

この記事で、川原は曲づくりの過程を明かしている。
陽水は川原に「映画『少年時代』の主題歌を制作してほしいという話が来ている」と言ったが、それについて具体的に動く気配はなかった。これとは別に、2人の間で「凛として清楚な曲をつくろう」という話が盛り上がった。ビートルズ『レット・イット・ビー』やサイモン&ガーファンクル『明日に架ける橋』のようなピアノで伴奏する曲を制作し、誰かに提供しようと考えたのだ。
「提供相手は荻野目洋子」が定説となっている。ただ、この記事で川原は個人名を口にしなかった。未知の「誰か」と言っただけである。

レコーディングの時点では『夢はつまり…』という曲名になるはずだったという。陽水の母校である西田川高校(福岡県)に曲を寄贈するという話もあった。
その後、陽水は「映画『少年時代』の主題歌に向いている」とひらめき、映画制作者の藤子不二雄A(漫画家)に曲を聴いてもらった。それがイメージ通りの曲だったので、藤子はとても喜んだ。かくして、曲名は『少年時代』に変更され、同名映画の主題歌になった…。

『少年時代』は、歌詞の内容から思い付いた曲名ではない。完全な後付けである。むしろ、前述した『夏まつり』の方が『少年時代』という曲名にマッチしている。「映画『少年時代』の主題歌を制作してほしい」という話が来ていなかったら、予定通り『夢はつまり…』という曲名になっていたはずだ。

『少年時代』の歌詞を改めて検証してみよう。「夢が覚め 夜の中」「永い冬が」「夢はつまり 想い出のあとさき」「夏まつり 宵かがり」「八月は夢花火」「目が覚めて 夢のあと」などからすると、夢の中に「夏まつり」「花火」といった夏を連想させる光景が出てきたと解釈できる。
目が覚めると、現実は夜の暗闇だった。「永い冬が」から判断すると、夢を見たのは晩秋から初冬の時期だろう。永い冬を通過すれば、また夏がやって来る。「想い出のあとさき」は、めぐる季節を意味しているのではないか。

歌詞は「長い冬」ではなく「永い冬」となっている。冬はその年だけでなく、年齢の分だけやって来る。これからも、生きている限りやって来る。それを表現するために、「永い冬」と記述したのではないか。

『少年時代』は少年時代を振り返る曲ではない。堪え忍ぶ季節(冬)に華やかな季節(夏)を夢の中で想い出す曲だ。人生はいいときもあれば悪いときもある。山もあれば、谷もある。今は悪いときかもしれないが、いずれいいときがやって来る。いいときを想い出しながら、頑張って生きようではないか…。そんな曲なのではないかと思う。

【文と写真】角田保弘