福島民報と福島民友新聞の2月9日付社会面にこんな記事が載った。
【民報】《福島北署は8日、福島市のスーパーで5日に県迷惑行為等防止条例違反容疑で現行犯逮捕した容疑者が福島市御山字~、団体職員八木健二容疑者(41)だったと発表した。当初、八木容疑者は南相馬市在住の除染作業員、渡辺恵と供述していた。同署は八木容疑者がなぜ偽名を使ったのかなど詳しく調べている。八木容疑者は5日午後5時45分ごろ、買い物中の女性のスカート内をデジタルカメラで撮影しようとした疑いで現行犯逮捕されていた》
【民友】《福島北署は8日、県迷惑行為等防止条例違反の疑いで5日に現行犯逮捕した男が福島市御山字~、団体職員八木健二容疑者(41)だったと発表した。八木容疑者は当初、自称南相馬市の除染作業員渡辺恵(43)と架空の人物を装い、身元を偽っていた。同署が捜査を進め、身元が判明した。同署によると、八木容疑者は「身元がばれたくなかった」などと話しているという。八木容疑者は5日、福島市のスーパーで買い物中の少女(19)のスカート内をデジタルカメラで撮影した疑いで逮捕された》
原文には容疑者の実名が書いてあるが、ここでは仮名とした。住所も「字」以降は省略した。

八木がどのような手口で盗撮しようとしたのかは分からない。インターネットには盗撮専用のサイトがあるので、それを参考にしたのかもしれない。盗撮するときの創意工夫と熱意を別の分野に振り向ければ、さぞかし有意義な人生を送れるのに…と揶揄したくなる。
福島県内では昨年、福島県税務課主事(22)と福島県立医科大学助手(28)の盗撮が発覚して、問題になった。今さら団体職員が盗撮したところで、特に驚きは少ない。今回は民報、民友ともベタ記事を載せただけだっだ。
問題は、八木が身元を偽ったことだ。もちろん、盗撮という恥ずかしい行為をしたわけだから、偽りたくなる気持ちは分かる。新聞に実名が出たら、職場や近所の人々にその行為が知られることになる。誰だって偽りたくなるが、相手は警官である。偽ったところで、バレるのは時間の問題だ。

盗撮で逮捕された福島県税務課主事(前出)も身元を隠そうとして、最初は警官に「無職」と返答した。正直に「福島県職員」と名乗れば、新聞で大きく取り上げられることになる。かといって、別の職業を名乗れば、会社名や仕事内容などを聞かれて、答えに窮することになる。「無職」であれば警官も突っ込みようがないので、話が広がらない。いずれはウソがバレるにしても、時間稼ぎぐらいの効果はある。
これに対して、八木は「南相馬市の除染作業員」と名乗った。となれば、それを起点にして、警官にいろいろ質問されることになる。いわば突っ込みの材料を与えることになるので、得策とは言いがたい。短時間でウソがバレる。身元を偽るなら、やはり余計なことを言わない方がいい。

気になるのは、身元を偽ろうとした八木が「南相馬市の除染作業員」と返答したことだ。そうすれば、事件を目立たなくできると思ったのだろうか。それとも「一時的に福島県に住んでいる人間」という体裁にしたくて、そう言ったのだろうか。いずれにしても、実在する南相馬市の除染作業員にとっては迷惑な話である。

南相馬市と言えば、2015年5月23日午前9時半ごろ、こんな事件が起きた。南相馬市鹿島区の米沢吉夫(88)=仮名=が自宅前で車に乗ろうとしたところ、何者かに上着を奪われたのだ。その際、米沢は腕と胸に全治5日間のケガを負った。
南相馬署は2016年1月19日、相馬市で軽トラックを盗んだ疑いで元除染作業員の長田哲哉(47)=住所不定・本籍大分県=を逮捕した。その後の調べで、長田が前述した事件に関与していたことが分かり、2月1日に強盗致傷の疑いで再逮捕した。また、暴力団員で無職の勝山紀夫(41)=福岡県=と無職の大谷茂幸(26)=同=の2人も同事件に関与していたとして、同日に強盗致傷の疑いで逮捕した(名前はいずれも仮名)。

この事件は、裁判員裁判の対象になった。検察の冒頭陳述によると、3人は共謀して、米沢から金を奪うことを計画したとされる。ただ、3人の供述が一致しておらず、米沢にケガを負わせたとされる勝山は裁判で容疑を否認した。
事件のきっかけをつくったのは長田である。長田は2014年夏、大分県から福島県にやって来た。除染作業員として働きながら、サテライト鹿島に通い、車券を買った。そのとき、車券の買いっぷりがいい米沢の存在を知り、「資産家かもしれない」と目をつけた。
長田は刑務所で知り合った勝山に連絡をとり、福島県に呼び寄せた。勝山は大谷を伴って福島県へ。長田は2人を連れてサテライト鹿島に行き、「あの老人だ」と指さした。3人は米沢の後をつけて、自宅の場所を確認した。

犯行は2日後に実行した。その日の朝に長田が相馬市で軽トラックを盗み、勝山と大谷に引き渡した。2人はそれに乗って、米沢の自宅に向かった。米沢はこの日もサテライト鹿島で車券を買うため、上着を持って自宅を出た。車の運転席に座り、ドアを閉めようとしたとき、物陰から勝山が現れた。
勝山は、車外から手を伸ばして米沢の上着を引っ張った。米沢が抵抗すると、勝山は手首のあたりにパンチを何発も入れて、上着を手放すように仕向けた。米沢がなおも抵抗すると、勝山は上着を車外に引っ張り出そうとした。上着を掴んでいた米沢もそれに合わせて車外に引っ張り出され、砂利を敷き詰めた庭先に転倒し、胸を打った。勝山はその瞬間、上着を奪った。

勝山は上着を持って庭先を走り、道路に停めてあった軽トラックに向かった。軽トラックの運転席には大谷がおり、勝山が来るのを待っていた。勝山が助手席に座ると、軽トラックは猛スピードで走り出した。この軽トラックは、後に燃やされた状態で発見された。
3人が狙ったのは、米沢の上着ではない。上着の内ポケットに入っているはずの現金である。ところが、財布を持ち歩く習慣がない米沢は、この日も現金をズボンのポケットに入れていた。3人は、米沢がどのポケットに現金を入れているのか、よく調べないまま犯行に及んだのだ。上着そのものは3000円相当なので、強盗するほどの価値はない。

勝山は、前述したように米沢の手首にパンチを何発も入れて上着を奪おうとした。顔面にパンチを入れれば一発で決まりだが、それはやらなかった。強盗をしながらも、相手に大きなダメージは与えなくないという気持ちがあったのだろう。裁判を傍聴していて、変な話だが、そこは妙に感心した。

南相馬市の除染作業員をめぐっては、さまざまな噂が飛び交っている。人口約5万7000人のマチに数千人の作業員が寝泊まりしているので、どうしても話のネタになる。作業員はその格好を見れば一目瞭然だし、県外の言葉を大声で話しているケースも多い。震災前は見なかった人々が増えたので、市民は不安を抱くようになった。
大阪府寝屋川市で起きた中学生殺人事件の容疑者も除染作業員だった。しかも、2014年10月から2015年7月までの約10ヵ月間、南相馬市に住んでいた。あの容疑者が軽自動車に乗って、市内をウロウロしていたのだ。中高校生を持つ親は、その姿を想像しただけでゾッとするはずだ。
そうした状況で、2015年12月にJR原ノ町駅近くの公衆トイレで女子高生が襲われる事件が起きた。犯人は未成年の除染作業員だった。これが決定打になり、「除染作業員は怖い」というイメージが定着した。隣接する相馬市は、市民のボランティアで「見廻り隊」を編成し、児童生徒の下校時間に合わせて市内の巡回を始めた。

雪が積もる冬は、除染作業がしばしば中止になる。時間をもて余すようになった作業員は、平日の昼間からマチに繰り出すようになる。一方で、作業が中止になれば、当然だが、その間の賃金はもらえない。こうした状況に追い込まれると、人間はどうしてもイライラする。除染作業員が関与した事件が冬によく起こるのは、これが原因と見られる。
盗撮容疑で逮捕された団体職員の八木は、それを踏まえたうえで「除染作業員」と名乗ったのだろうか。いや、そこまで深い考えがあったとは思えないが、八木の場合はそれにプラスして「南相馬市在住」と自称した。除染作業員について、多少の知識があったと解釈せざるを得ない。少なくとも、南相馬市で除染作業員をめぐる噂が飛び交っていることは知っていたのではないか。本人に話を聞いてみたい気がする。