Dangerous① ~バンドワゴンに乗った楽師たち | ☆Dancing the Dream ☆

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Let us celebrate
The Joy of life ♡
with ☆Michael Jackson☆


マイケルの群舞で『Dangerous』ほど、
Coolなものはないー! あのジャケット捌きのカッコイイことーーо(ж>▽<)y ☆

今日は、その『Dangerous』のお話です。
『Dangerous』については、痺れっ放しで、
もう何も言うことはないわ~と思っていたので、
すっかり、和訳はほったらかしてました^^
でも、やっぱり、『Dangerous』にちゃんと触れてみたいと思います。

さて、『Dangerous』を訳すにあたって、
その前に、SMOOTH CRIMINALのことを話さなければならないと思います。
なぜなら、この二つの楽曲は、
ミュージカル映画という総合芸術と、
それを愛し心血を注いだ先人に贈るマイケルの賛歌として、
つながっっているのですから。

もっとも・・もっと以前、マイケルがソロになる直前のThe jacksonsのころから、
色濃く、繋がっているんですけどね。。こんな風に~。
けれども、今日は、スムクリから始めます^^

Heart break Hotel 
   ↓
Smooth Criminal  
   ↓
Dangerous      
   ↓
You rock my world 


88年(1987年度)グラミー 1:00~マイケルの表情。。。
 
熱演で膝を怪我した 88年(1987年度)グラミー授賞式パフォーマンス

『Bad』は世界中で87年の最高売上げ、215カ国でno.1になりました。
にもかかわらず、グラミー賞でマイケルは4つのノミネーションのうち、
わずか最優秀録音技術賞の1部門に留まりました。
1988年3月2日、その授賞式典でマイケルは、
歴史に残る焔のような名演を行い、賞の価値さえ吹き飛ばし、他を圧倒してしました。
マイケルは「仲間に無視されたと感じた」そして「心に火がついた」と
自伝で述べています。


the 25th anniversary of Motown. A moment of anthology ! 1983

思えば、この1988年のグラミーのステージ以前に、世界を驚嘆させ、圧巻したのが、
モータウン記念式典の舞台でした。
モータウンでオリジナル曲を作らせてもらえない事、契約の不公平さに抗議するも、
退けられ、それを契機に移籍した後、J5の名前を使わせないなどの妨害を受けてきた
古巣モータウン。その式典への参加を渋ったマイケルですが、参加を決意した途端に
このネガティブな状況を、ポジティブに変えてしまいます。
その人間的度量が、全てを変えステージを輝かせ、支配してしまうのです。

このパフォーマンスに最高の賛辞を与えた人がいます。

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フレッド・アステア、その人です。

フレッド・アステアは、父親はオーストリアからの移民で、
彼の家族は全米を巡業する旅役者の一家だった。
父親のピアノと幼い頃から天才少女と呼ばれた姉アデールのダンスは見事なもので、一家の名声はこの二人の才能に支えられていた。
フレッドはニューヨークでダンスを学び、彼は、偉大な姉を生涯敬愛してやまなかったが、一緒の舞台に立つときは、自分は彼女の添え物でしかないと常に実感させられた。また、自分のルックスは、フィルム向きではないと考えていたという。
彼は、ハングリーなたたき上げの芸人であり、職人気質の努力のダンサーなのだ。

マイケルに送った賛辞は「君は、私と同じ、怒れるダンサーだ」というもの。
この言葉に対する感謝とアステアへの尊敬、パフォーマー同士の共感、
また、ミュージカル映画への愛情を詰め込んで、
マイケルがフレッド・アステアに捧げた渾身の作品が、
SMOOTH CRIMINAL です。



The Band Wagon - Fred Astaire

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Bandwagonとは、「行列の先頭の楽隊を乗せる車」を意味する。

ヴィンセント・ミネリ、フレッド・アステア、マイケル・ジャクソン・・
バンドワゴンは、数珠つなぎに、ミュージカルの綺羅星の如き楽師らを乗せて
今も世界中を翔け巡っています~~~!!

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「バンドワゴン」という映画は、尊敬するアステアの出世作であると同時に、
マイケルの友人であるライザ・ミネリの父、ヴィンセント・ミネリ監督の代表作です。
86年に、監督は生涯を閉じ、フォレスト・ローン記念公園で行われた葬儀にマイケルも参列しています。舞台の演出家からミュージカル映画を手掛けハリウッドを彩った
この偉大な監督の死が、SMOOTH CRIMINAL 制作の契機ともなったのです。

SMOOTH CRIMINAL は、映画「moon walker」の中の楽曲で、
「麻薬汚染から児童を救う」というストーリーでしたが、
それから約20年後、TIIの興行主AEGに雇われた医師はマイケルを
「薬物によって故殺した」容疑で有罪となりました。
薬物汚染の問題を音楽で訴えた、マイケル自身が、誤った薬物処方で
命を奪われてしまったのです。
現在もジャクソン家によってAEGライブを相手取って不法死亡訴訟の準備が
進められています。
そして、マイケル自身は、ミネリ監督と同じフォレスト・ローンに静かに眠り、
世界中の人々から、ロス郊外のこの地に愛が届けられています。
この公園墓地は、多くの墓地は、陰鬱で気の滅入るような
石だらけの場所であるけれど、太陽の陽が降り注ぐ場に・・と作られ、
芝生、噴水、美しい彫像、高くそびえる木々に彩られた
美しい場所です。

「バンドワゴンに乗った愛の楽師たち」が紡ぐ、この不思議な縁・・・
果てしない物語の向こうに平和な世界があることを祈らずにはいられません。


            Make That Change


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                         日本からも愛のチクチクが~❤❤❤



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ま~、ちっともDengerousの話に辿り着きませんでした~

長くなるので、つづく。。



つづきは、

なぜ、マイケルが、これほどアステアを崇拝したのか?

アステアのダンスに傾ける情熱、完璧主義の職人気質、

エレガントなダンススタイルに対する敬意・・・それは勿論でしょうが、

アステアという人の

徳の高い人間性にマイケルは惚れ込んだのではないでしょうか?

それを示す作品のお話を、少し~❤