一番最後のHappy Birthday 中編
「「「お疲れさまでした!」」」
撮影が無事終了し、出演者やスタッフ達の互いを労う声が飛び交う。
その中で同じように挨拶を交わす蓮だったが、ドアへと向かう足を止めることはなく、早々にスタジオを後にした。
廊下へ出た蓮の歩みが、幾分速度を増す。
社から聞いた予定どおりなら、もう楽屋にキョーコが来ているはず。
彼女が待ってくれていると思うと本当は走り出したいくらいだが、テレビ局という人目のあるところでそれは出来ない。
逸る気持ちをグッと堪える。
それでも、蓮は出来るだけ速足で楽屋へと向かった。
「敦賀さん、おはようございます!そして、撮影お疲れさまでした!」
楽屋へ戻った蓮を迎えてくれたのは、キョーコの笑顔と元気な声。
その明るい笑顔に、蓮の顔にも自然と笑みが浮かぶ。
「おはよう、最上さん。今日は急にゴメンね?」
「いえ、今日は偶然オフだったんで大丈夫です。」
全く問題はないようにキョーコは言うが、せっかくのオフに代理マネージャーをさせてしまうことに蓮は申し訳なく思った。
そんな気持が顔に出たのか、キョーコが少し焦ったように言葉を続ける。
「あ、あの、気になさらないで下さいね?敦賀さんのお仕事を見させて頂くのは勉強になりますので、私は嬉しいんですから!」
『嬉しい』
その一言に蓮の心臓が、ドクンッと大きな音を立てる。
浮かれた思考では、まるで蓮と一緒にいることが『嬉しい』と言われた、と勝手に受け止めてしまいそうだ。
気付かれないように深呼吸して、自分の暴走しそうな思考にストップをかけた。
せっかく落ち着けた気持ちが再び暴走しないように、目の前の眩しい笑顔からさり気なく視線を逸らして・・・。
「あれ?」
そこでようやく蓮は、先程と楽屋の様子が違っていることに気が付いた。
撮影に行く前までは確かにあったはずの山のようなプレゼントが、1つ残らず楽屋から消えているのだ。
一体どこに消えたのか。
・・・とは言っても、プレゼントが勝手に消えてしまうわけはなく。
「もしかして・・・。」
キョーコへと視線を戻した蓮がプレゼントの行方を聞こうとすると、それを察したキョーコが先に答えを口にする。
「あそこに置かれていたプレゼントでしたら、先に事務所に送らせて頂きました。」
「やっぱり最上さんがやってくれたの?」
「はい。松島主任から、そうするように言われましたので・・・あの、何か送ってはいけない物とかありましたか?」
笑顔で説明していたキョーコの表情が急に曇る。
主任に言われたとおりにしたものの、蓮に確認しなかったことは良くなかっただろうかと気になったらしい。
そんな顔をさせたくなくて、蓮は急いで否定する。
「いや、ないよ。全部送ってもらって大丈夫だから。」
そう言うとキョーコは安心してくれたようだが、蓮はあれだけの量のプレゼントをキョーコ1人で片付けさせたことを申し訳なく思った。
「ゴメン、1人じゃ大変だったよね?」
「いえ、これくらい何でもないです!でも、ここだけでプレゼントがあんなにたくさんあるなんて、やっぱり敦賀さんはすごいですね!」
楽屋に山積みになるプレゼント。
蓮や社はすっかり慣れてしまっていたが、その光景はキョーコを驚かせたようだ。
だが、こんなのは序の口と言うべきだろう。
蓮の誕生日は、まだ始まったばかりなのだから。
「たぶん今日は、行く先々で同じようになると思うんだ。だから、前に代理をやってもらったときより大変かもしれないけど・・・。」
「大丈夫です!」
任せてくれと言わんばかりに、ドンと胸を叩くキョーコ。
「社さんの代わりに、今日は私がしっかりサポートさせて頂きますから。敦賀さんはご心配なさらずに、お仕事に専念して下さいね。」
「ありがとう、最上さん。じゃあ、今日は1日よろしくお願いします。」
「はい、こちらこそよろしくお願いします!」
改めて挨拶をする蓮に、キョーコもニコッと笑って返してくれる。
その可愛い笑顔を見ているだけで、心が幸せで満たされていく。
今日はこの幸せな気持ちを、ずっと味わうことが出来るのだ。
もう一度心の中でそのことを社に感謝すると、蓮は手早く支度を整えてキョーコと共に楽屋を後にしたのだった。
・・・が。
次の仕事へと、車を走らせる蓮の隣。
助手席のキョーコがスケジュール表を手に、今日の予定を順番に読み上げていく。
その声を聞きながら、緩みそうになる表情を何とか堪えていた蓮だったが・・・。
「・・・あ。」
ふと、あることに気が付いた。
そう言えば、一緒にいられる嬉しさのあまり今まで気が付かなかったけれど、まだ言ってもらってない気が・・・。
いや、でも、まさかそんなはずはない。
もう一度よく思い出してみれば、きっと・・・。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・やっぱり、ない。
今日会ってからの会話を一言一句何度思い返してみても、絶対聞いてない。
『おめでとう』って・・・。
そもそも、そんなにじっくり思い出すまでもなく、あんなに待ち望んでいた言葉なのだから、もし言ってもらえていたならば忘れているはずがないのだ。
「敦賀さん、どうかしましたか?」
「いや、なんでもないよ。」
小さく声を上げたきり考え込んでいる蓮の様子が、何かあったのかとキョーコに思わせてしまったのだろうか。
問い掛ける声に、表面上は平静を装って答える。
だが、本当は今頃気が付いたその事実に、蓮は激しく動揺していた。
今日が蓮の誕生日であることを、彼女はちゃんと知っているはず。
あまり考えたくはないが・・・もしも忘れられていたとしても、事務所で今日の段取りを聞いたときや、さっきのプレゼントの山を見たときに分からないはずがない。
それなのに・・・。
何故。
どうして。
頭の中で疑問の言葉ばかりがグルグルと回っていく。
・・・駄目だ。
落ち着け、と蓮は自分に言い聞かせる。
今日のマネージャー代理は、キョーコにとって予定外の仕事なのだ。
彼女のことだから、急に舞い込んだこの仕事をしっかりやらなくてはいけないと意気込んでいるに違いない。
おそらく、今の彼女は仕事で頭が一杯なのだろう。
もう少しして、緊張が解けてきたら。
仕事に慣れてきて、肩の力が抜けてきたら。
きっと・・・言ってくれるはずだ。
『誕生日おめでとうございます。』
蓮の大好きな笑顔で、そう言ってくれるはずだから。
だから、大丈夫。
もう少し待っていれば、きっと聞けるから。
何も心配することはない。
大丈夫。
絶対、大丈夫。
・・・と自分を納得させた蓮は、これからの時間に期待して次の仕事へと気持ちを切り替えるのだった。
続く