そういえば、GW中にもう1人お会いした方がいたことを失念していた。
 
6歳上の東大卒マスコミ勤務A氏。
近頃変わった医師たちばかりだったこともあり、無難なA氏に期待する部分も大きかった。
 
 
場所は、渋谷の隠れ家的な居酒屋。
マスコミさん、やはりお店選びはこなれている。
 
 
 
通された席にいたのは、東大カジュアルな装いのイケメン。
ん!?イケメン!?
予想に反して筆者好みのお顔立ちであった。
内心小躍りする筆者。
 
 
カウンターに並んで座り、スパークリングワインで乾杯する。
 
 
なぜか面接は出身高校の話題で始まった。
高校については事前に共通の話題としてあがっていたからか。
 
 
A氏「高校受験の塾はどこ行ってたの?中学ではどのくらいの成績だったの?」
 
 
中学にさかのぼった。
中学生の頃の成績など、誰が興味を持つだろう。
 
その後もひたすら学歴に関する話題が続く。
大学入試、学科進学のための努力と挫折。
ひいては、A氏の出身高校の東大合格率が低迷している話など。
 
やがて筆者の親、兄妹の学歴にまで話はおよび、いよいよおかしいことに気付く。
 
 
 
A氏はかなりの学歴コンプレックスである。
 
 
 
東大なのになぜ?と思われるかもしれないが、あの大学こそコンプレックスを醸成する温床である。
 
  
A氏は首都圏の県立高校出身であった。
 
東大男子の女性観にも記したが、東大は、有名中高一貫校の卒業生が圧倒的に多い。
香川照之しかり、菊川怜しかり。
 
多いところでは、100人単位で東大進学者がいる中高一貫校もある。
一方、地方の公立高校からの進学者は、多くても各校数名。その高校唯一という場合も少なくない。
 
知人の多い中高一貫校出身者は群をなし、地方出身者は取り残される。
入学時点ですでに、大学がホームの者とアウェイの者に分かれるのだ。
 
 
両者にはまた別の格差もある。
 
幼少期から高い水準の教育を与え、中高一貫校を志向する親は、自身も高学歴かつ高収入であることが多い。
一方、地方公立高校の出身者の親は、農家や職人さんからサラリーマンまでさまざま。
 
いわばお家柄格差。 
慶應や成城、成蹊といった、本物のお家柄格差とは異なるものの、東大にも確実にお家柄格差がある。
 
 
人数格差とお家柄格差。
この格差がコンプレックスを醸成する。
 
 
地元の高校で常にトップを走り続けていた彼らは、誰からも一目置かれる存在。
自分を超える人間など周りには一人もいない。
親でさえも自分の前にひれ伏す。
地元を代表して、自分は日本一の大学へと行くのだ。
 
 
しかし、入学と同時にその自信は打ち砕かれる。
 
いつも一番だったはずの自分よりも優れた人間がたくさんいる。
しかも皆、それほど努力した様子はない。
「みんなが行くから行く」くらいのノリで日本一と言われる大学に入学している。
 
彼らはその事実に愕然とし、人数格差によって、疎外感を味わう。
さらに、お家柄格差を知り、コンプレックスは深まっていく。
 
 
筆者は実際に、淘汰されていった地方出身者を何人も見てきた。
東大こそ特殊だが、有名大学には少なからずある現象ではないだろうか。
 
 
 
A氏は首都圏であるが、県立高校卒業。親御さんの学歴にも負い目があるようだった。
中高一貫校への妬みともとれる発言もいくつかあり、コンプレックスの根の深さを感じる。
 
 
 
しかし、コンプレックスは裏返すと、原動力になる。
A氏もまた、それを原動力に前に進んでいるように見えた。
 
 
今の彼の照準は収入。
誰がたくさん稼いでるだとか、どの職種が稼げるだとか。
 
 
A氏「ぶっちゃけ年収いくらですか?」
A氏「やっぱり、投資だと思うんだよね。転職するなら投資銀行。どう?投資。」
 
 
 
お顔立ちは好みだっただけに、残念。
コンプレックスの塊が前に突進している姿は醜い。


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