久しぶりの更新。
もうこのブログは書かないとおもってた。
あれから、4ヶ月くらいたちました。
帰国してから、すぐに地元で派遣社員として事務で働きはじめました。
7月、仕事を始めてからもお昼は一人車に戻り、あの人に電話をしたり、
出てくれないときは泣いたり、
ある週は、悲しみと苦しさで自殺願望でいっぱいになり、
市のカウンセラーにお昼休みに電話をしたり、
平日会社を休んで、精神科にも足を運んだ。
それなのに数ヶ月前から予約が必要と言われ門前払いをくらったり、
逆に、予約不必要なクリニックは逆に1日中並ばないと診療してもらえなかったりしたので、
結局一番診て欲しいときに医者にたどりつけず、
民間のカウンセラー(60分一万円)に行った。
アメリカの映画やドラマで出てくるプロフェッショナルな学位をもっているカウンセラー(セラピスト)ではなく、
ただのOLをしているおばちゃんがセラピストだった。。。
それでも”他人に”聞いてもらえたことで、気は楽になった。
それにしても、アメリカのようなプロの学位をもったセラピストに見てもらいたかったな
そして八月。外資のスチュワーデス求人に履歴書をおくったら面接になったので、
わざわざ会社を休み、大阪までANAのマイルをつかって行った。
それにかかった、スーツ代6万円。インナー1万円。ホテル代など滞在費で1万円。
すごい出費。
英語面接だったにもかかわらず、受からなかった。
いまだにわからない。わたしは一番英語ぺらぺらだったもの・・・・。
昔、エステティシャンになる面接を受けたことがある。
それも見事に落ちた。
日本はおかしな国だ、エステティシャンもスッチーも、とくにエステティシャンは外見よりも技や根気が大切だと思う。それなのに、髪型や振る舞い方のほうが異様に重要視される。
恋愛と一緒で、自分が”わたしは彼を世界で一番愛している女だわ、わたし達は運命の相手”
と思っていたとしても、相手はそうは思ってないかもしれない。
就職と恋愛はそっくり。マッチか、マッチじゃないかどうかって、それだけのこと。
今の会社がわたしは好き。とくに、働いている人の中に、素敵な”国際感覚を持ち合わせている、カリスマティック”なお方が数名いる。
”数名いる”だけで、すごいこと、特に東北で。
そして9月。彼がわたしの元に来てくれた。
2週間わたしと過ごすために日本にきて、一緒に北海道や岩手県に行った。
わたしは幸せだった。
愛する家族; 両親、姉とその甥っ子達、愛犬、そしてわたしには毎日出勤する仕事があり、
そして彼がいる。
全てがある、”これこそ人生” と毎瞬そうおもって心から涙があふれた。
仕事を終え、急いで家に帰ると、彼がわたしのベッドにいる。
ただいま会いたかったといって、抱きつくとキスしてくれる。
そして、今日夜なに食べる? なんていう普通の会話ができる。
こういう普通のことがひたすら愛おしい。
だから、周りの結婚している人が”旦那がどーのこーの”だとか言うことがわたしには理解できない。
彼はわたしにペアのペンダントを買ってきてくれた。
こんなこと一度だってしてくれたことがなかったから、うれしくてたまらない。
毎日つけている。どんな服にも常に一緒に。
2週間という時間はあっという間に過ぎ、彼はまた1千キロ離れた国に帰っていった。
彼が帰ったとたん、わたしはあの2週間の平和な幸せが全て嘘だったかのように、
また昔のような不安な精神状態に戻ってしまった。
会えないのはとても辛いし、電話がない日もある。
電話をしても、寝てるからといいきられることもある。
これじゃ昔と同じだ。
今も不安で仕方がないけれど、
未来をみて、信じるしかない。
もうここまできたのだから。
7年だ。
彼に出会ったのは21才。もうすぐわたしは29才だ。
彼とであったときから、彼の学問が終わるまで待ち続けると誓った。
長かった。
そして、まだ終わってないし、いつ終わるのかもわからなければ、
終わったときにプロポーズされるのかもわからない。
それでも、信じるし、待つ。
過去はもうみない。想像した未来を手につかむことが出来るのだから。
これは、わたしが今あこがれる人が教えてくれたこと。
世の中には、周りの人間をInspireする人がいるものだ。
そんな人に会社内で出会うことが出来、わたしはその方を心からAdmireしている。
その人の姿勢は、わたしがなりたいと思っている人間そのもの。
わたしの28歳、2010年の一年間は、人生で一番辛く、暗い、深い谷底である。
その代わり、人生について、自分について、人間についてほんとうに毎日毎日考え、
様々なことが見えるようになった。
自分が若者のときは、若いってすばらしいと天下をとったような気分だった
でも今は、老人や人生を長く生きたり、苦労をしてきた人間を尊敬し、お話を聞いたり、
時間を共有したいと思うようになった。
いつか、彼の子供を生む日までに、
わたしは母親になるにふさわしい大人・人間になっているようにこれから日々成長していきたいと思う。