久しぶりの更新。

もうこのブログは書かないとおもってた。


あれから、4ヶ月くらいたちました。

帰国してから、すぐに地元で派遣社員として事務で働きはじめました。


7月、仕事を始めてからもお昼は一人車に戻り、あの人に電話をしたり、

出てくれないときは泣いたり、


ある週は、悲しみと苦しさで自殺願望でいっぱいになり、

市のカウンセラーにお昼休みに電話をしたり、

平日会社を休んで、精神科にも足を運んだ。

それなのに数ヶ月前から予約が必要と言われ門前払いをくらったり、

逆に、予約不必要なクリニックは逆に1日中並ばないと診療してもらえなかったりしたので、

結局一番診て欲しいときに医者にたどりつけず、

民間のカウンセラー(60分一万円)に行った。


アメリカの映画やドラマで出てくるプロフェッショナルな学位をもっているカウンセラー(セラピスト)ではなく、

ただのOLをしているおばちゃんがセラピストだった。。。

それでも”他人に”聞いてもらえたことで、気は楽になった。

それにしても、アメリカのようなプロの学位をもったセラピストに見てもらいたかったな


そして八月。外資のスチュワーデス求人に履歴書をおくったら面接になったので、

わざわざ会社を休み、大阪までANAのマイルをつかって行った。

それにかかった、スーツ代6万円。インナー1万円。ホテル代など滞在費で1万円。

すごい出費。


英語面接だったにもかかわらず、受からなかった。

いまだにわからない。わたしは一番英語ぺらぺらだったもの・・・・。


昔、エステティシャンになる面接を受けたことがある。

それも見事に落ちた。


日本はおかしな国だ、エステティシャンもスッチーも、とくにエステティシャンは外見よりも技や根気が大切だと思う。それなのに、髪型や振る舞い方のほうが異様に重要視される。


恋愛と一緒で、自分が”わたしは彼を世界で一番愛している女だわ、わたし達は運命の相手”

と思っていたとしても、相手はそうは思ってないかもしれない。


就職と恋愛はそっくり。マッチか、マッチじゃないかどうかって、それだけのこと。



今の会社がわたしは好き。とくに、働いている人の中に、素敵な”国際感覚を持ち合わせている、カリスマティック”なお方が数名いる。

”数名いる”だけで、すごいこと、特に東北で。


そして9月。彼がわたしの元に来てくれた。

2週間わたしと過ごすために日本にきて、一緒に北海道や岩手県に行った。

わたしは幸せだった。

愛する家族; 両親、姉とその甥っ子達、愛犬、そしてわたしには毎日出勤する仕事があり、

そして彼がいる。

全てがある、”これこそ人生” と毎瞬そうおもって心から涙があふれた。

仕事を終え、急いで家に帰ると、彼がわたしのベッドにいる。

ただいま会いたかったといって、抱きつくとキスしてくれる。

そして、今日夜なに食べる? なんていう普通の会話ができる。


こういう普通のことがひたすら愛おしい。


だから、周りの結婚している人が”旦那がどーのこーの”だとか言うことがわたしには理解できない。



彼はわたしにペアのペンダントを買ってきてくれた。

こんなこと一度だってしてくれたことがなかったから、うれしくてたまらない。

毎日つけている。どんな服にも常に一緒に。



2週間という時間はあっという間に過ぎ、彼はまた1千キロ離れた国に帰っていった。

彼が帰ったとたん、わたしはあの2週間の平和な幸せが全て嘘だったかのように、

また昔のような不安な精神状態に戻ってしまった。


会えないのはとても辛いし、電話がない日もある。

電話をしても、寝てるからといいきられることもある。


これじゃ昔と同じだ。



今も不安で仕方がないけれど、

未来をみて、信じるしかない。


もうここまできたのだから。

7年だ。


彼に出会ったのは21才。もうすぐわたしは29才だ。


彼とであったときから、彼の学問が終わるまで待ち続けると誓った。

長かった。

そして、まだ終わってないし、いつ終わるのかもわからなければ、

終わったときにプロポーズされるのかもわからない。



それでも、信じるし、待つ。


過去はもうみない。想像した未来を手につかむことが出来るのだから。


これは、わたしが今あこがれる人が教えてくれたこと。

世の中には、周りの人間をInspireする人がいるものだ。

そんな人に会社内で出会うことが出来、わたしはその方を心からAdmireしている。

その人の姿勢は、わたしがなりたいと思っている人間そのもの。



わたしの28歳、2010年の一年間は、人生で一番辛く、暗い、深い谷底である。

その代わり、人生について、自分について、人間についてほんとうに毎日毎日考え、

様々なことが見えるようになった。


自分が若者のときは、若いってすばらしいと天下をとったような気分だった

でも今は、老人や人生を長く生きたり、苦労をしてきた人間を尊敬し、お話を聞いたり、

時間を共有したいと思うようになった。



いつか、彼の子供を生む日までに、

わたしは母親になるにふさわしい大人・人間になっているようにこれから日々成長していきたいと思う。
















日記書いていないこの数週間いろいろあった

また・・・

彼は、わたしのいる場所に会いにくると言ったの

離れている間、恋しかったと。You are the one I care mostと。

戻れるんだと思った。

あいにくるということは。

わたしは舞い上がった。期待した。

戻れるんだと。

いつくるの?どれくらいくるの?どこに一緒にいくの?どこに泊まる?何する?

わたしの心はこれでいっぱいになった。

ある日彼は、電話で

「怒らないって約束して」と言い、こんなことを言った

”離れてる間、付き合った子いた”と

”でも、何もなかった”と

”何もなかったって何?付き合ってたってどういうこと?何をしたの?”

最初は、”たいした付き合いじゃなかった、ただデートしただけ、ディナーとか飲みに行ったり”と

わたしは突っ込んだ。

すると、”した”と言った。

わたしはたくさん泣いた

それから、わたしは夜中近所をランニングしに飛び出した

走りながら泣いた。

泣きながら、”でも、これで、戻れるんだわたしたち・・・戻ってきたいんだ彼は”と

わたしは、かまってほしかった

そんなことを言われて、とっても傷ついたわたしを彼にかまってほしかった、ケアしてほしかった

”ごめんね、でもそれで大切だって気づいたんだ、戻りたい、ごめんね”

と彼にそんな態度を示して欲しかった 電話して欲しかったたくさん

でも彼は普通だった。

わたしは日本に帰ってきてから3週間目から派遣で働き始めた。初日、会社のお昼休みに彼に電話をしたら2回とも出ない。3回目、ブツっと切られた。

帰宅してから彼にかけた。すると、つながらない。電源が切れている。

わたしは精神的におかしくなった。

わたしは、彼のショッキングな告白を聞いてから数日間すでに精神がおかしくなっていた。

それなのに彼はケアしてくれないし、電話もちょくちょくくれない

”わたしに会いたいから会いにくると言ったのに、前の自分達に戻りたいから会いにくると言ったのに、わたしが大事だと言ったのに、なんでケアしてくれないの”

アメリカ時間ではまだ寝ている時間だとわかっていても、わたしは2分おきに電話をかけた・・・

何時間も。だからきっと30回、40回は着信したと思う

起きてから彼は電話をくれたけれど、

すっかり、嫌な声をしていた

”Obsessiveだ”と

あれから2週間。いろいろあった。たくさん電話で喧嘩をした。たくさんまたわたしは涙を流して発狂した

先週、週末電話をしたら、彼は実家のある町に戻っていた

そんなこと聞いていない

わたしは彼がわたしの町に会いにくると言ってから、すっかり彼女気分でいた

彼を”彼氏”として扱っていた

彼はバーの帰りは電話をくれた

話をすると、まだパスポートの申請もしていないという

信じられなかった

しかもわたしに会いにくるとき、3週間休みをとると言っていたのに、実際にわたしのところにくるのは9日間だけにするという。他は家族と旅行か一人でヨーロッパに行きたいと

わたしは信じられなかった

わたしにとっては、彼との復縁は人生最大、人生がかかっているもっとも大事なことなのに。。

しかも、実家から、住んでいる州に帰る飛行機を彼は乗り逃した。

しかもパーティーしてたら時間間違ったという理由で。

そのことにも怒る私。

そんな延長する時間があったら会いに来て欲しい。いますぐ。

彼は、翌日の飛行機に乗ることになったが、その前早く起きてパスポートを申請すると約束してくれた。

でも次の日聞いてみたら、”お母さんが起こしてくれなかったから、起きれなかったから行ってない”

住んでいる州についたら、その昼休みに申請しに行くと約束してくれた

それから2日間わたしたちはお互い電話しなかった。あっちからかかってこなかったので、

わたしは朝かけた。出ない。おかしくなるわたし

その一時間後かけると出た。ルームメイトと映画見てるからあとで、と言われる

昼休み電話かかってくる。

パスポートのことを聞くと、まだ言ってないという

わたしは一番したくはなかったが、やっぱり切れてしまった・・・・

”なんで!??なんでまだ行ってないの?今から行くなんていわないでね、もう申請したと言って”

”俺だって仕事があるんだし、忙しいんだ。明日行く。パスポート申請したら連絡する。”

そこからまた喧嘩になった・・・。

ただただ声が聞きたいだけで電話をするのに、毎回口論になり、あっちにため息をつかれて嫌になられる

この電話がわたしたちの最後になった(きっと最後になるんだろう)

この電話は4日前。それからわたし達は話していない。

そうとうひどい言葉をたくさん言われた

"I have a life here, I am sorry you dont have a life. I live here now, my life is not in your town anymore"

"I dont wanna talk to you anymore if we only talk about the trip. You only wanna talk about this trip and you are obsessive"

"Can you stop loving me?"

"I am not happy when I talk to you"

"I dont know if it's a good idea to come to see you. You make me not want to go there anymore, you are crazy.. you push me, you are annoying"

"Stop nagging me, all you do is nagging me and ask me when i come there, when when when and why why why"

"I dont wanna talk to you everyday, it's not fun. I dont mind calling you once in a while though"

本当に最悪な言葉たち。

わたしは頭に血がのぼり、切れ、泣きまくり、死にたいと思った

会社の昼休み、わたしは自分の車の席に座り、ご飯も食べずにこの会話をした。

会社の駐車場、泣き叫んでいるわたし

そして彼は、”電話がきたから、切るね。また連絡するから”と言い、電話を切った

わたしはもう、そんなひどい言葉・発言をしてくる彼を人間としてどうなのか、と思った

次の日金曜日はわたしの、ひいおばあちゃんのお葬式だったので会社は休んだ

朝6時半に彼から電話があったがわたしはとらなかった。寝ていたし

きっとパスポート申請したよの連絡かな。

次の日夜、きっとバーの帰りだろう、電話があったがわたしはとらなかった

そして次の日わたしから電話をした。するべきではなかったのにしてしまった

すると、たぶん(あっちは夜中の3時だったから)途中でぶつっと切れた

そして次の日の朝、あっちから電話があると思ったのになかったので

わたしからかけてしまった

すると途中で切られた

だから、自分からかけてはいけないんだ・・・。切られらときのわたしの精神状態は言葉には出来ない

狂う

そして昼休み、わたしは同僚たちと昼食を共にできる精神状態ではないので

ひとり車に向かい、携帯電話のサイレントモードを解除した

一時間、彼の電話を待ったが結局鳴らなかった

午後、わたしは泣きながら仕事をした

鼻をすすいながら

悲しくて悲しくて、おかしくなった

家についてもずっと泣いていた

自殺したいと本気で思うようになっていたので、医者に行くことにした

精神科にいく。

そして明後日心理カウンセラーを予約した。60分で一万円するけれど、

死にたいからもう・・・。

彼は、来るといったり、わたしが恋しい、わたしが一番大切だとか、養っていきたいとか、言ったのが2週間前

そして先週はうざい、もう行きたくなくなる、と言い、

今となっては電話もくれないし、電話も出てくれない

わたしは人間だ・・・。心があるの。

なんでこんなにこんなに何度も何度も、踏みにじられなければいけないの。。。

わたしは浮気をした。彼を傷つけたよ。わたしがこの恋愛を駄目にしたよ最終的には

でもその後のこの7ヶ月間、彼はもっともっとひどい形でわたしを苦しめてきたよ

わたしはもうたくさん苦しんだよ。。。

なんでこんな思いをさせるの

こんなに好きだと、後悔していると、何度も何度も言って、示しているのに

こんなわたしの思いも、彼はわかっていない

だって一万キロも離れているし、外国人だし、異文化だし、異性だし、7ヶ月間も会っていないし

もっとつながっていると思っていたよわたし達。

わたしがもっと強い、芯のある女性だったらこんな結果にはならなかったんだよね。

今月だって、彼が会いにくるといってから”会いたいなら、会いにこれば”くらいの態度でいればよかったのに、わたしは”いつくるの?会いたい、早く会いたい、待てない、一緒にいたい、戻りたい、早くきてよ、なんで来ないの?いつ来るの?なんでパスポート申請すらしてないのよ?なんで?なんで?”という女だった

そして彼は、嫌になり、逃げた

わたしはまた自己嫌悪に陥り、自殺願望でいっぱいになっている

精神科とカウンセリングがどれほど効くんだろう・・・。

でも頼るしかない、今は。他にないんだもの。。。

今思ったんだけど、タイトルのBF アズ Best Friendってカテゴリー、もうありえないね、

だってもう彼は完全にわたしのベストフレンドじゃないもの

敵みたいになってる・・

かつては、”ソウルメイトだよね、俺達”と彼は信じていた

今となってはフレンドでもない。

わたしは彼を愛しているけれども、今の彼の行動や発言からすると人間として付き合っていたくない

彼も、きっとそうなんだろう、わたしが浮気をしたことで、わたしへの愛がなくなり、人間としてのわたしを信用できなくなったんだ

一度崩れると、戻れないんだね、こんな風に。

人生ってつらい、残酷だ・・・

ひと言!


遅れちゃったものは遅れちゃったんだから仕方がない、はい ムーブオン!!



この手のデリバリーに遅れが出ました系のこと、

ニューカレドニアだったら、ニュースになるかならないか、ニュースになったとしても”遅れたということがありました”で、終了 な問題


先進国が問題視するもんだいに、もうついていかない自分の価値観が出来ている



ゆーぱっくの遅れについて街頭インタビューされていた若い女性、たぶんわたしよりも若いから22歳とかの子が、

「その日のうちに配達するのがマナーで、ルールはルール。」と発言していて、

びっくりした



ルールじゃないですよ。マナーでもないですよ。

ビジネス!


そしてしかもそれを操っているのは人間とコンピューターなので、間違いはあります


そもそも、一日以内にデリバリーしてくれたり2時間ごとに時間指定できて配達してくれるサービスなんて、日本にしかないんじゃないのかな~?まずそのことに感謝してみては

2時間ごとに時間指定できるってことの奇跡をさ。

2時間ごとに時間指定することでどんだけの人が真面目に時間と戦って仕事しているのかっていう奇跡をさ。


45度の中東なんて、ドライアイスも保冷財もつけてくれないからアイスを家まで持って帰れないしー、

そんな時間指定できるデリバリーサービスもないんだっっよ~~だっ



ゆーぱっくもデパートの社員も一日中何百人の人に謝り続けているかと思うとそれが一番心痛いです


最近こういう裏の状況を必ず考えてしまうので、

一方的に「あれはこう悪い、遅れて最低」だなんて思わない


マルチディメンショナルに物事を見る・考えることが出来ていくことが、経験を積み歳を重ねることのすばらしさなんだね



だってー遅れただけじゃん、そして一番最悪なことは送った食品が腐っただけでしょ。つまりは。

こんな状況の中、商品を受け取る側の人間に怒る人はいないだろうしさ


仕方ないことは仕方ないじゃないではないか

C'est la vie


フランス人の良さといえば、何があっても”C’est La Vie”って言えちゃうところかな

なんでもかんでもセラビかいなと思ったこともあったけれど、

たまに日本人も]Take it easyに考えることが出来たらいいのに・・・と思うと同時に、

でもきっちりとしている日本人はやっぱりすばらしいのだ

だってほんと、全くしっかりしている部分がない人種ってたくさん存在するんだもの・・・(ドバイの悪夢より)

結局日本人は”相手”を思いやる、”相手”のためにというスタンスをもって社会の中で生きることが出来る人種だから、それって本当にすばらしいことだと思う

もちろんそういう社会からのストレスで自殺してしまう人が年間3万人もいることは問題だけれども



南の島に住んでいたとき、北半球で大事とされる価値や起きている現実や何もかもが忙しく動く社会とは全く遠い場所で生きていた

だから、あぁもう北半球の現実には戻れないんだろうなという気がしていた

実際、今も戻れていないんだと思う



たぶん駄目なことを正当化しますが、


愚痴を言ったり、批判したり妬んだりすることが出来るあなたは生命力がある証拠

それだけ、感じたりできるパワーがあるってこと



わたしの文章を読んでくださっている方はお気づきだと思いますが、

最近のわたしは愚痴ったりしてます。

妬みの気持ちはまだ戻ってきてはないんだけれど、きっと妬むことも出来ると思うそのうち



これって、わたしに生命力が戻ってきたってことなんだ


本来なら持ちたくないものだけれど、

今のわたしは愚痴や妬みの気持ちを感じることの出来る自分が嬉しい


4月と5月と6月のわたしは、愚痴を覚えることも妬むことも出来なかった

そのくらいにパワーがなかったから


苦しい 辛い 悲しい 死


この3ヶ月間わたしの頭、心、血液、肌の中にはこの4つの言葉以外の感情は一切存在していなかった




悲しいような嬉しいような

また生命力が戻ったみたいだ

生きている。

ちゃんと。


心臓の痛みで起こされる朝は終わったし

だから寝るときももう怖くない 翌朝に心臓の痛みで起きる恐怖から開放されたから


またJob Offerのことだけど、


この間の金曜日に、パリと面接したら面接したばっかなのにこう言われた

「この給料でAgreeならパリ時間で今日営業時間中に返事して。他の候補者たちもいるし、東京でのビジネス始業に向けて早く段取りつけたいから、今日中にわたしは決めたいの」

と一方的に言われたわけですよ、



そんであたしはもーーーー帰国したばっかで機能していない頭脳を使って考えようとしたけど結局頭脳機能停止になってたから、15時間くらい寝たのね



逆にそんなムチャなことを言ってくる彼女に対して、「ありえない」と正直思っていたので、

そんなムチャな人に合わせないようにすることにした


ので、その日のうちに返事はしなかったの


=もうオファーは他の人に流れてけっこう


あちらに合わせてYesもNoも5時間以内に決められないもの


あちらはもちろん週末働いてないから、

パリで月曜日の始業前くらいにお断りしました



それで、「給料あげるからは働いて欲しい」とはどういうことなんだ!???


金曜日中に返事しないとこのオファーは流しますって脅かしじゃなかったのかい!? 



てかですね、 I"VE GOT TO A CONCLUSION IN LIFEですよもう



こういう外人の”???”なことに疲れたんだよーーー!!!!E^&)&@%&&UIJ@WIO)!!!”






http://www.youtube.com/watch?v=140ImixpY7M



大好きなソング&PV of the month( ̄▽+ ̄*)ラブラブ



大好きな彼”別れた彼、エックスぼーいフレンドね”とわたしのことを歌っているではないかっっっ

ってな歌詞にほーーーんと自分のアンテナがなんとも敏感にひっかかるここ数ヶ月



この曲の歌詞もまさにそうね、


「I dont wanna walk this earth if I gotta do it solo」 うんうん


しかもこのシンガー、Iyazはカリブの島 Virgin Islands出身でPVもここで撮影されているから、

もうわたしは涙。


昔住んでいた南太平洋のアイランドライフを思い出しては、こころの中がとっても落ち着くのだ


あたしは結局、一番何がしたいといわれたら、あの南の島で愛する人とのんびりと平和に暮らしたい

家族を作って、夕日が沈む静かな海をみながら一日が終わる、そんなシンプルな生活


結局あたしは中東にどっぷり浸かる前に引き返して本当によかったと思う

中東にいたらせっかくのピュアなこころが汚く染まってしまうし、

せっかく生まれ育ったこんなにも美しい国ではぐくまれた自然に対して感じる五感も鈍くなってしまうもの





http://www.youtube.com/watch?v=vGPG91x5eMY



これも!この歌詞はほんとPoem級に感動するよ


stones heavy like the love you've shown
solid as the ground we've known
and i just wanna carry on
we took it from the bottom up
and even in a desert storm
sturdy as a rock we hold
wishing every moment froze
now i just wanna let you know
earthquakes can't shake us
cyclones can't break us
hurricanes can't take away our love

pyramid, we've built this on a solid rock
it feels just like it's heaven's touch
together at the top (at the top baby) like a pyramid
and even when the wind is blowin
we'll never fall just keep on goin
forever we will stay like a pyramid

like a pyramid, like a pyramid hey
like a pyramid, like a pyramid hey
like a pyramid, like a pyramid hey

cold never ever when you're close
we will never let it fall
a story that was never told
something like a mystery
and every step we've took we grown
look how fast the time has flown
the journey to the place unknown
we're going down in history
earthquakes can't shake us
cyclones can't break us
hurricanes can't take away our love

pyramid, we've built this on a solid rock
it feels just like it's heaven's touch
together at the top (at the top baby) like a pyramid
and even when the wind is blowin
we'll never fall just keep it goin
forever we will stay like a pyramid

like a pyramid girl i'ma show you
that i love you so much that we're gonna get through
even when it storms i will never go
i'ma be the one to keep you safe
before was a love i care more than enough
holding on to one another be the cover when it's rough
mother nature, or disaster won't stop our happy ever after

pyramid... keep it going...
like a pyramid, like a pyramid


たまたまこの二人のPVを紹介することになったけれども、

ふたりともインターネット(You tubeやMy Space)でディスカバーされた人たち


2番目のPVをはじめてみたとき、「素人っぽいー」が第一印象だったんだけど、やっぱりそうだったんだ。Chariceどこにでもいそう。スターっぽくない


ケリー・クラークソンなんかもいつまでたっても素人っぽいしな


アメリカンアイドルとかYou Tubeでディスカバーされたシンガーたちを見たあとで

クリスティーナアギレラと見ると、やっぱスターは違うわと思う


続き>


p.196の文章を書き写します ね


ここから→

自分は将来何をするのか?「自分がやりたいこと」ってはたして何なのか?

戦争に負けて、誰もが今日一日食べていくのに死にものぐるいだった時代もあった。

「自分のやりたいことがわからない」なんていう悩みが、これほど日本中をおおうだなんて、そのころの、いったい誰が予想しただろう。


「豊かさ」が実現してしまったら、今度は「人はなぜ働くのか。どうして働かないといけないのか」ということが、悩みとして出現してしまった。

これはちょっと簡単には答えがでない悩みだよね。


でもこんな風に考えてみたらどうだろう。

「やりたいことがかわらない」、その問いに向き合うためには「カネ」という視点を持つのが、

一番、シンプルに見えてくるものがあるんじゃないか。



一方に、お給料はけっこうもらえるんだけど、でもそれは我慢料も入っている仕事がある。

そしてもう一方に、ストレスはなさそうだけど、ただ食べていくため、生活費を稼ぎ出すための仕事がある。こっちは、まあ、お給料はそんなにはもらえない。


あんまりストレスが大きい仕事は、いくらお金をたくさんもらえたからって、

しまいにはこころと体を壊してしまう。

家に帰って眠る暇さえもないような仕事をしていたら、家族だって心配だし大変だよね。


だからといって、国中がある程度豊かだと、ただ生活していくため、食べていくためだけで精一杯の仕事では、人はやりがいや充実感を感じにくい。


「自分がやりたいことがわからない」という人は、

やみくもに手探りをするよりも、このふたつの「あいだ」に自分の落としどころを探してみたらどうだろう。

「カネとストレス」、「カネとやりがい」の真ん中に、自分にとっての「バランス」がいいところを、探す。

←ここまで




わたしはまさに28年間ずっと「何がしたいのかわからない」ブラックホールにどっぷりと浸かってもがいてもがきまくっても結局未だに答えが見つからず抜け出せないでいる当本人そのもの。


ピンクはまさに、東京の外資系総合職の座 年収400万

This 4M includes the following; THE東京満員電車、一人暮らしの孤独、一人で夕飯食べる、出世、毎年給料あがる、キャリア形成、自立という自由と自信


緑はまさに、地元の親元で派遣の事務時給1100円の座 年収 200万

This 2M includes the following; 自分の車ですいすい通勤、毎日家族と夕飯、親元暮らしという事実、一生出世しない、派遣なので自給ずっと1100円、キャリアもクソもない、最長で3年で切られる



地元には留学してバイリンガルだったり、4年大学を卒業してるのに派遣をしていたり親元でのんびりしている友達もいて、

わたしはずっとひそかに疑問でならなかった。

どうしてせっかく大学卒のBAをもっているのに、バイリンガルなんだから世界どこででも活躍できるのに、なんでスキルを生かさないんだろうって。

一方、わたしは自分のもってるスキルは生かさなきゃいけないというゴーストに脅かされ続けてきて、

バイリンガルでグローバル感覚をもった人間が活躍できる場は東北にはないし逆に使いづらいと思われ煙たがられるという現実があったので、外にでてばかりきた


でも結局海外に出ると自分のスキルは逆に「日本人である」ことと「日本語を話せる」こと以外何もなかった。


今なら、彼女たちのチョイスが理解できるようになった。

わたしもかなり疲れたからね、もう。海外は。

ドバイが一番効いたね・・・・あんな混沌な世界のあとの東北の静けさはわたしにはとっても心地が良い


で、結局仕事はどうすんのかって・・・。

まだパリにはメール返信してない。

さて、先日頂いたフランス企業からのオファーについて、

今朝担当者、これが会社の副社長なんだよねー・・・・普通人事担当とかだけど、この会社は直接副社長とメールでやり取りしてんのね・・・、

で、彼女にお断りの”Decline Letter”を送信しました


そしてすっかりわたしは、客観的に自分という商品価値を品定めした結果、

地元で1100円の事務の仕事をするのが自分に合っているという結論に達した



TOEIC900点近くもっていて、留学経験あり、海外就労経験ありでも

わたしはやっぱり東京に一人ぼっち一人で生活する気になれないし、

ばりばり仕事をしている人間にはあこがれるし、収入も高く自立したウーマンになりたいと思うけれど、実際自分がそれを年々もやっていけるのかと言われると、しっくりこない。 


きっとこれはまた時期が変われば変化するのかもしれないけれど、

今は地元で家族と甥っ子と犬と自分の部屋もぬいぐるみも((///∇//)汗)ある環境で、

車通勤の派遣事務をすることが一番しっくりくると思った


なので、東京の外資系企業のオファーは断ったのですが、

すると副社長からメール返信が


メールの内容は、先日提示されたお給料よりも60万円上がった給料が提示されていた

給料をここまで上げるので、どうしても働いて欲しい と



びっくりたまげた仰天 w川・o・川w


人をここまで思わせてしまうわたしは罪な人だと思う


わたし、ほんと仕事できない。責任感ないし、努力しないし、楽なほうに走るし。



しかもこのパリ本社のコワモテな彼女、面接のときはかなり怖かった。

「あなたこの仕事に見合う経歴ないんだから、給料は低く提示するわ。このキャリアが欲しいなら、働く価値はあるわよ」と強気で上からものを言ってきたのね(あっちはただ単に、Being frenchなのかもしれないが)、なのになんだよー



これまでこんな風に、良い会社にとんとん拍子に雇用させてもらえた

大手総合商社○○社のときも、義兄には「受かるわけないんだからさー、とりあえず受けてみれば」

と言われ、自信ゼロだったわたしは面接日当日になってやっぱり辞退しますと緊急ドタキャンメールをして断った。が、面接だけきてみては、と言われ結局日を改めて面接してもらったところ、受かった

しかも全く全く経験のない部門の仕事だったので、受かったこと自体がありえなかったが



今回も、全く経験のない総合職で、しかも部門の管理担当者。

今まで派遣の事務とツアーガイドとかホテルのフロントとかしかしてこなかったので、しかも短大出だし、総合職は一生就けないと思っていた



でもどうなんだろう、○70万で東京で生活していけるのだろうか。

結局そこから50万は保険関連で年間ひかれるのだろうから、○20万。

そこから家賃8万x12ヶ月プラスインターネット光熱費で150万は減るだろうから、

○70万からいろいろと引かれれば、


結局は東北で簡単な派遣の事務作業をしているのと同じ収入になる。



かなり微妙だ。



昨日熱読した、西原理恵子の「この世で一番大事なカネの話」を読んだあとにこんな

発言をしているわたし、何も学んでないただのアホだろう


だって、「何がしたいのかわからない」と嘆いている若者が今の日本にはわんさかいるが、

仕事があること自体まだ幸せなことなのだから、



長くなりそうなので即効続く・・・・・



「あんたこれ読みなさい」と姉に渡された西原理恵子「この世でいちばん大事なカネの話」


読み始めてノンストップで2時間以内に読み終わってしまいました


注意書き:わたしはこの28年間に読んだ本何冊かと聞かれたら数えられてしまうほどに、読書が出来ない人間です


そんな無知なわたしに、姉はよく「あんたこれ読みなさい」「これ読んだほうがいいよ」と本を渡してくれる


姉がくれる本はだいたい本当にわたしに必要な内容がずらーっと書かれていて、

この本はその意味でまさにビンゴ本だ



いろんなことを感じ、涙も浮かんだけど、

今日は218ページで感じたことだけを書くことに




貧しい国の人たちがいたら難民食を「配ってあげればいい」という人がいる、

けれども「配る」という行為も、人を家畜にしてしまうんじゃないかって思う


「エサをもらって生きる」だけじゃ牛や馬と同じで人ではなくなってしまう


という一節がある



わたしはそこでぎょっとした


「配る」「食べさせてやる」つかり英語にすると ”FEED”



アメリカにあるオーガニック大チェーンのスーパー「Whole Foods Market」がある

わたしはこのスーパーの大ファンで、ここのエコバッグをマニア的に集めていて、

その中でも2年前に買ったお気に入りのエコバックがある。


30ドルしたこのバッグは

「このバッグを買うことによって、アフリカの貧しい子供達に100個の難民食が配られますよ」という企画ありのバッグで、

オーガニックコットン100%の垢抜けたデザインの片面には、「100」のロゴが

そしてもう片面には「FEED」のロゴが書いてある



218ページの文章を読んだ瞬間わたしは恥ずかしい気持ちで最悪な気持ちになった

わたしは「100人の貧しい人間に」「FEED」してますよ と世の中の人々に宣伝して世界中を歩き回っていたようなものだ


そもそもFEEDなんて、相当失礼な言葉だ。彼らは家畜でもなくペットの犬でもない


そしてもっと最悪なのは、わたしはそのバッグを持ち歩いている自分に酔っていたのだと思う。

「わたし良いことしてます、偽善者です」のような

国連のWFPのオフィシャルマークまでついているバッグを持ってお買い物をすることが、ステータスのような感覚にさえ陥っていたのかもしれない


人間というのは本当に怖い。

これは正しいと思っていても、実は恐ろしく初歩的なアホな間違いな考えをしていることに長い間気づかないでいる



こんなことに気づかせてくれたのもこの本のおかげなので、著者と姉に感謝です