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「本当にギリギリだ。ごめん」

バンドメンバーに連絡して僕は項垂れた。


土曜日、大阪でライブというのに仕事が長引き、終わるや否やスーツのまま品川に飛んでいったが新幹線に乗ったのは16時半、ライブは難波で出番19時半。NAVITIMEを駆使しても絶望的な到着時間しか表示されない。

ただこればかりはどうしようもない。充電がほとんどなかったのと大荷物だったのでE列を取り、機材と物販と鞄を上に乗せ、ギターを抱えてひとまず新幹線に乗れたということでホッと一息ついた。

「すいません」

隣のD席らしきキャップを被ったおじさんは僕が大荷物をあたふたしてる間、表情を一切変えずに立っていたのだ。

申し訳無さそうな顔で頭を下げた。


新横浜を過ぎた頃、爪を切り忘れていたことに気づき、マナー違反な気はしたがこそこそ爪を切った。比較的空いてるのに隣座っちゃうなんて運が悪いな…。するとおじさんが声をかけた。

「君は“黒い”音楽は好きかい?」

…何を言ってるんだ。ブラックメタル?吃驚しておじさんをまじまじと見るとキャップにジェームス・ブラウンと筆記体で刺繍が施されていた。そういうことか。

「アイズレーブラザーズとか…好きですね」

おじさんは目を丸くしたあと顔をほころばせた。

「アイズレー知ってりゃたいしたもんだ」

どうやらおじさんの合格ラインを僕は越えたようだった。おじさんは意気揚々と話し始めた。

キーボードを弾くこと、大阪でソウルバーを昔やっていたこと、店を閉めて東京でまた始めたけど地震で客足が遠退いて辞めてしまったこと。

「でもさ、バンドって辞めらんねえんだよな。面白くて」

ソウルおじさんは今でも年一で大阪でイベントをやっているらしい。話している間、ずっとにこにこしていた。


「難波で19時半…本当にギリギリだな。新大阪着いたらダッシュで御堂筋線乗れば間に合うぞ」

ソウルおじさんの言葉に僕は幾分か安堵した。

「どんなバンドをやってるんだい?」

訊かれるといつも困る質問だ。

「まぁ、プログレ…みたいな」

「そりゃいいや」

それからポーカーのような音楽知識の牽制を何度かした。ソウルおじさんは言った。

「兄ちゃん、いくらギターが上手くてもさ、“ソウル”、忘れちゃ駄目だよ」

「…ッスね」

楽しいような気まずいような。新大阪までまだまだあるぞ。


身の上話が一段落して名古屋に着く頃、ソウルおじさんは言った。

「君にとってバンドってなんだい?」

一瞬言葉に詰まってしまう。

わかってるよ。バンドってのは効率が悪くて時間も金もかかるし、ほとんどの人の人生に微塵も関係ないし、意味なんてないこと。でも僕はバンドが楽しくて仕方ないし(めんどくさいこともたくさんあるけど)、バンドで出会った人たちがとても好きだし、必要としてるなんて言ったらおこがましいけど、僕がやってるバンドを観て「楽しかった」「めちゃくちゃ笑った」と言ってくれる人がいて、それがとても嬉しくて…。

目を閉じていろんなことを思い出していた。

顔を合わせるのがなんだか気恥ずかしくて、僕は下を向きながら訥々と答えた。

「よく自嘲気味に『行き過ぎた趣味だよ』なんて言っちゃうんですけど、もっと自分にとっては重要で。生きるための糧と言うか縁と言うか。大袈裟かもしれないけど、このために生きてるってやつかも知れませんね」

何言ってるんだ若造が。自分で自分に突っ込みを入れて苦笑いして横を見ると、ソウルおじさんはいびきをかいて寝ていた。しかも3人シートの方に移動して。


ソウルおじさんはそのまま新大阪まで一切目を覚まさなかった。ゲロッパ!

準備をして着く直前、ソウルおじさんの肩を叩いて礼を言った。

ソウルおじさんは「走れ」と言って再び目を閉じた。


猛ダッシュの甲斐もありライブには何とか間に合ったし、心なしかソウルフルな演奏が出来た。


よくよく考えたら新大阪が終点だったがソウルおじさんは何処に行くつもりだったんだろう。こういう時にミラクルが起きたら(実はレコード会社と深いつながりがあったとか)ドラマチックだけど、まぁ特に何もないだろうなと思いCDは渡さなかった。ゲロッパ!


↓ソウルフルな企画をやります。是非来てください。

6/3(土)秋葉原club GOODMAN
Emily likes tennisプレゼンツ「オートマチックアフィリエイトセミナーvol.2」
adv:2000円 door:2500円(共に+1d)
OPEN:17:00
START:17:30
共演:パイプカットマミヰズ、O'CHAWANZ、トリプルファイヤー、股下89
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引っ越しをしようと思った。理由はいろいろあれど、「もういいかな」とソフトで持続的なタナトスのようなものに襲われたことが大きな要因かもしれない。

どこに行きたいというあてもないしどこに住みたいという希望もないけれど、まずは物で溢れかえったこの部屋をどうにかしないといけない。部屋を圧迫しているCDとレコードと本の山に手をつける。

断捨離…。METABOLISTばりのミニマリズムを見せつけねば。まとめてディスクユニオンに売り払ってしまえ。と自棄になるも長年染み付いた癖は消えず、1枚1枚厳選し始めてしまった。

数千を超すそれらはたぶん今のご時世では何の意味も価値もないんだけど、それぞれに思い入れや思い出があったり、逆に「このバンド何だろ…」みたいなのも無数にある(未開封だったりする)。

哀しいかなサラリーマンになって6年も経つのにロクに貯金もなく、「これ廃盤だから1000円くらいになるかなぁ」なんてしょうもないことを考えながら、検品するかの如くCDの状態をチェックしていて、棚の奥に薄い紙ジャケのCDを見つけた。


「あ…」

手が止まってしまった。マイブラのシングル“You made me realise”だ。5年くらい前まで状態如何では売値5000円くらいが相場だったシロモノだ。アルバム未収録でかつ廃盤。とにかく表題曲がカッコよくてライブでは必ずラストに演奏されていた。途中のノイズパートがライブだと20分くらいに及び、2008年のフジロックでは最早耳をつんざく爆風のようで途中で寝てしまった。

「懐かしいな…シングル集出ちゃったから暴落したんだよな…」苦笑いしながら段ボールに放り込もうとする。それにしてもいつ買ったんだっけ?あ…

またしても手が止まった。

バンドメンバーのYが19歳の誕生日にくれたんだった。


Yは高校のクラスメイトだった。3年間クラスが一緒で、高校時代は会話をする程度だった(確か一度浅野いにおの漫画を借りた気がする)けども図らずして大学の学部まで一緒になった。僕はドラムマニアをやったことがあるという理由でYをドラムとしてバンドに誘った。

「寂しいから」という理由でしょっちゅう僕の家に泊まっていた。大学のことも話したけど、それよりと家にあるCDを片っ端から貸した。今思えば押し付けがましいにも程があったけど、Yは音楽にのめり込んでいった。

とても嬉しかった。高校時代に音楽の話をするのはナガオカ君しかいなかったので、趣味を共有出来たこともそうだし、一緒にバンドをやっていて「○○っぽい曲やろうよ」という“元ネタの共有”がとても楽しかった。

僕のギターは直アンで下手くそでボーカルは死にかけの虫のようにへろへろで、Yのドラムはリズムキープが絶望的に下手だった。コピーは無理と判断した結果、オリジナルのハードコアパンクバンドになった。遅いdeep woundみたいな感じだったと思う。

秋頃からYは少しおかしくなった。音楽にハマったのはよいが、根っからの凝り性だったのだ。蒐集癖が爆発して、レアなCDをオークションで集めたり、ユニオンのセールに開店前から並んだりするようになった。バイト代をほとんど注ぎ込んでいた。たまに家に行くとコレクションを自慢気に披露してくれた。

嬉しいしCDを借りといてなんだけど、心配だった。そんなYがわざわざオークションで落としたマイブラのシングルを僕の誕生日にくれたのだった。


ハードコアパンクバンドは一度のライブで解散して、大学1年の終わりにEmily likes tennisを結成した。ギターとベースは抜けたけど、Yは残った。Yはオリジナルメンバーだった。

今振り返ると笑ってしまうのだけど、当初はシューゲイザーをやっていた。それこそslowdiveとかpale saintsとかBlind Mr.Jonesみたいな(フルート担当がいた)UKオリジナル世代直系の。今この文章を作ってて思い出して笑ってしまった。だって僕もYも当時ドハマりしていたから。

でもすぐにうまくいかなくなってしまった。Yはギャンブルにハマってしまったのだ。ハマったのが今まではレコード蒐集だったからまだよかったものの、矛先が変わって、パラシュートなしで落下するかの如く堕落していった。

練習にも講義にも来なくなり、Yの家に行くとCDの棚がなくなっており、かわりにスロットの筐体が部屋に鎮座していた。

もうダメだと思った。


その直後Yはバンドを辞めた。Yは「ごめん」と泣いていた。ギャンブル漬けの生活を建て直して、またいつかコピバンでもしようと言って別れた。

それから大学で会っても気まずそうに挨拶をするだけの関係になった。そもそも大学で会う頻度もかなり減っていた。


僕はバンドを続けていて、その後デヤンさんがドラムを叩いたりころころメンバーチェンジをしていた。卒業間際に後輩だった獣-ビースト-とT-DRAGONが加入して漸く今の音楽性になった。

Yは留年した。どんな生活をしていたのかわからなかった。訊けなかった。


就職してしばらく経って、部屋の掃除をしていて、Yに借りたCDを返していないことに気づいた。「TSUTAYAだったらヤバい延滞金だな…」と思いつつ何とか返そうと人づてに住所を聞き、直接家に行った。本音は、会う口実が欲しかった。

Yは、いた。肩までのロン毛だったのが丸坊主になっていた。お互いロクに目も合わせず、近況をポツポツと話した。

「バンドを続けてるの嬉しいよ」作り笑いのようだったけどYはそう言ってくれた。

「CD、返し忘れてごめん…」ディスクユニオンの袋に入れて、押し付けるように渡してその場を去った。


借りていたCDはSpacemen3の「回帰」というアルバムだった。国内盤は結構レアだったと思う。

何も考えないでスタジオで爆音を鳴らしたあの頃に回帰出来たらどんなにいいだろうか。でもそれは不可能だ。時間はどこまでも平等で残酷で、僕らはあの頃からもう10も歳をとってしまった。今だって明日の仕事のことで頭がいっぱいになってしまっている。


マイブラのシングルをそっと棚の元の場所に戻した。

10年前のあの時、Yをバンドに誘っていなかったら、このCDはここにはなかっただろう。それからもしバンドに誘わなかったら、Yの人生はもっと…と思考を巡らせて、やめた。


Yが今何処で何をしているか知らない。大学卒業とか就職とか、どうでもいいから、何処かで元気に生きていてくれたらそれでいいと思う。いつかふらっとライブに来てくれたらどういうリアクションをとっていいかわからないけど、バンドを続けていてよかった、と思う気がする。


部屋の掃除は全く捗らなかった。


気づいてくれ、6/3(土)秋葉原クラブグッドマンで自主企画をするんだ。
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「何とかこの底なし沼から抜け出さなきゃ」

とうにコップから水が溢れているのを見て見ぬふりをするような日々が続いていた。私はこのままじゃダメだと最後の気力を振り絞って、専門学校に入った。25歳の冬の話である。平日は当然仕事が終わった後だと間に合わないから、毎週土曜の9時16時。だいたい1年半のカリキュラム。

もし試験に受かれば、どうにかなれそうな気がしたしどこにでもいけそうな気がした。男は黙って学費を分割(3年割賦)。


クラスはそれほど大人数ではなかったが、いろんな人がいた。暇そうな主婦や内向的な学生、老人、スーツの男。結局のところ誰一人とも一言たりとも話さず終いだったので各人の出自はわからなかった。

予想以上に精神的に堪えた。週休一日のようなものである。土曜の朝に平日よりほんの少しだけ遅く起きて渋谷へ。
講義が始まるや否やいつも強烈な眠気が襲い、テキストに塗られたマーカーは蛇のようにうねった。ふわふわとした知識に満たない情報や文字列の数々が意識の圏外を通過していく。10時くらいになると眠りに落ち、講師の休憩の合図とともに目が覚め、袖に染みた涎を見て自己嫌悪に襲われた。
大学の専攻とも違い基礎知識ゼロ。こんなんじゃダメだ。しかし帰りにディスクユニオンでディグっているときの方がよっぽど集中していた。
通勤や家でも講義を聞いたが1/fの揺らぎを孕んだ講師の声はほんの数分で私を安らかな眠りへと誘った。

土曜は専門学校、日曜はバンド練習。一瞬で休日は終わって、劣勢に立たされたぷよぷよのプレイヤーの如く疲労は溜まる一方だった。かろうじて起きているときも、決裁未了の案件のことが頭を過り、何にも集中が出来なかった(眠気をなんとかしようと腕をつねるせいで痣だらけになった)。

その日も開始間もなく講師の言葉は段々遠ざかっていき、限界を悟った私は机につっぷして意識をフェイド・アウトさせた。

「録画してる授業なんでこんなこと言いたくないんですけどね、そこの寝てるあなたは絶対に、受かりません」
講師の怒りを帯びた声で一気に現実に引き戻された。ハッと顔を上げたときに視界に飛び込んできた講師の眼鏡の奥の瞳は冷たく、口調とは裏腹に憐れみと侮蔑が宿っていた。

恥ずかしさのあまり急に体温が上がった気がした。昼の休憩で、針のムシロのような居たたまれない気持ちを抑えきれず、荷物をまとめて教室を出た。

渋谷の喧騒をかき分けて、ブックオフに辿り着いた。

ひとまず280円の棚を凝視していると、肩を叩かれた。

驚いて振り向くとそこには高校の同級生のナガオカがいた。
※高3の勉強合宿という地獄のようなイベントでレイジの話で意気投合した。今でも付き合いがある高校時代の唯一の友人。外タレの来日情報を適宜アナウンスしてくれる。

「おおお…」
偶然の邂逅に目を丸くしている私に長岡は言った。

「今何してるの?」



言葉に詰まった。(今何してるんだろう…)と思考を巡らせたが答えは出なかった。答えは単純に『学校サボってもやもやしながらブックオフにいた』ではあるが、もっと根源的に何をしているのかわからなかった。

大学を卒業して働きながらバンドをやって学校に通って、ボロボロになって…。

「…わ、わからない」

そうボソッと答えてその場から逃げるように去った。ナガオカの顔を見ることが出来なかった。


それ以降、一度も学校には行かなかった。行けなかった。あの時は、どこへでも行ける気がしていたのに。

何も学ばなかったし何も残らなかった。強いて言えばローンが残った。

そういえばトリプルファイヤーのドラムの大垣さんも買ってすぐに紛失したシンバルのローンを払い続けていたような気がしたけれどそんなトリプルファイヤーも出演するEmily likes tennisの久しぶりの自主企画に是非とも来ていただきたいです。
6/3(土)秋葉原クラブグッドマン
Emily likes tennisプレゼンツ“オートマチックアフィリエイトセミナーvol.2”
17時半スタート
adv:2000円+1d
出演
○Emily likes tennis
○股下89
○パイプカツトマミヰズ
○トリプルファイヤー
○O'CHAWANZ
※チケットぴあで前売りを購入すると出演バンドのカバーや未発表音源を収録したCDが付きます。
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