彼岸/ぼたもちとおはぎ | 獨と玖人の舌先三寸

彼岸/ぼたもちとおはぎ

秋彼岸が訪れます。少々早いですが。


●彼岸――
お彼岸は日本独自に作られた仏教の行事の一つで、1年に春と秋の2回あり、期間の初日を彼岸入り、真中の日を彼岸の中日(ちゅうにち、ちゅうじつ。この場合“なかび”とは読みません)、最終日を彼岸明けと言います。
彼岸とは、仏教でいう俗(生者)世界に対する佛(死者)の世界、悟りの世界のことで(この世とあの世です)、現世と隔てた河の向こう岸(“かのきし”)のことを指して言います。
この世から河向こうの悟りの世界へ渡るために、教えを守り、行いを慎む期間とされていたものです。
ちなみに煩悩に満ちたこちら側は“此岸”(しがん。このきし)と言います。

彼岸の頃の太陽は真西に沈む(春分と秋分は、太陽が真東から昇り、真西に沈む)ことから、真西には西方浄土(極楽浄土)があるという浄土思想を始まりに、この時期には各寺院で7日間に渡って彼岸会(ひがんえ)が行われ、家庭でも先祖の霊を供養するために、仏壇に供物を供えたり、墓参を行う慣習があります。
この事から、死者を追悼する季節の意味としても使用されます。お彼岸は春分の日と秋分の日と結びついて墓参などをする年中行事となったのです。
法律でも「先祖を敬い、亡き人を偲ぶ日」と定められ、慶事は避けるべきだとも言われます。
お彼岸は季節の区切りで、“暑さ寒さも彼岸まで”という言葉も生まれました。

日蓮宗(彼岸抄)では、この期間は善行、悪行共に過大な果報を生ずる特別な期間だから、悪事は止め、善事に精進するよう勧められています。



●ぼたもちとおはぎ――
日本独自の、彼岸の供え物として作られる“牡丹餅”と“御萩”は同じものです。
餅を分厚く餡で包んだ10cm弱の餅菓子として作られるのが一般的で、これらの名は、お彼岸の頃に咲く牡丹(春)と萩(秋)に由来しています。和漢三才図会に“牡丹餅および萩の花は形、色をもってこれを名づく”と記されています。
獨と玖人の舌先三寸-110920おはぎ
うるち米ともち米を混ぜて炊き、米粒が残る程度に搗いて小ぶりの俵状にまるめ、餡をまぶした食べ物です。甘味を口にする機会の少ない時代には御馳走であり、来客の持て成しや田植えの後の寄り合い、子供のおやつ、また法要の際などに供されました。小豆あんのほか、黄な粉、青海苔、胡麻、ずんだ等も使われます。表面にあんをまぶす以外のものでは、握り飯の具材のように中に餡を詰めることもあります。
現代ではまったく使われなくなりましたが、夏は“夜船”、冬は“北窓”と呼ばれていました。また和菓子屋では、春にも御萩、秋にも牡丹餅と称して、区別なく販売している所があります( ̄_ ̄)
俳句では“彼岸”は、春の季語になるそうです。秋は“秋彼岸”とか。