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2005年10月31日

光彩のある場面

テーマ:未開の森林から

ついこの間、友達の二人と一緒に近所の「アート・パーティー」に行った。


そこは3、4店ほどのヒッピー達が経営するお店が並ぶ土地の一部で、木製の大きな敷居をくぐると鬱蒼と茂る木々に囲まれた居心地の良い雰囲気の中、焚き火の周りに年長の方々が座っていた。いかにも芸術家達が自ら建てたようなこじんまりとしたスタジオが数軒あり、映写機で不可解な写真を写していたり、所々にマネキンを使った彫刻が立っていたりと、ハロウィーンらしく不気味で可愛い(?)感じだった。


冷たいビールを失敬して歩き回りながらそこら中にある絵画やモザイク(多色のタイルの破片を組み合わせて絵を作る技法)などを鑑賞していると、女性の方がチェロを弾き始めた。その虫が鳴いているような音色に聞き入っていると、その横で仮面を被った男性がよくキリスト教会で見られるパイプオルガンに向かい、調子の狂ったサーカスみたいな音楽を奏でた。


そのカーニヴァルの音楽は背景に流れ、辺りはおどけた妖精や道化師の祭りと化した。僕は集まった人々の間を歩いて、焚き火の近くで踊るローマ教皇(の衣装を着た人)を眺めて笑ったり、喫茶店や本屋で何回か見かけたことがある女の子と話したりした。


建築中の住み屋の中で、数年前一緒に住んでいたキューバ人の老人画家フランシスコの絵を見かけたので驚いた。満月に魅せられた人々が踊り回っている光景だった。その衣装に月光が反射したり、背後にきらきらと星が輝くところなど、美感覚が鋭い表現が達者だった。


その夜、考えさせられたのは「どうやってこの人達は生計を立てているのか」ということだ。年長者の一人は毎日一枚の絵を描き、それらを知人の画廊を通して売っているそうだ。また、芸術家達の共同生活はそれほど経費がかからないので、食費と少々の家賃、それと創作に必要な材料費さえあれば大丈夫なのだろう。


お互いを支え合う、ってのがミソだな。


僕は田舎に移って創作活動に集中する予定だが、その友人の土地にスタジオを建ててもいい、と許しが出たので、簡単な小屋を建てるつもりだ。畑を耕したり、菜園を養ったりしたい。もちろん何らかの収入を得る必要があるし、近くの町でパートの仕事を見つけるだろう。そして絵画を売りに画廊を訪ねたり、本を書いていずれか出版したり、作曲してアルバムを録音したりと、したいことは沢山ある。


自分で生きたい人生を創り上げて、夢を実現する、その確かな感触を求めているんだ。


旅にも出たいなあ。

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2005年10月26日

長い一日

テーマ:近況

今日は朝5時に起きて数メールを書いた。僕と僕の弟は同じ誕生日(3年ずれ)なので彼からも誕生日祝いのメールが来た。父からもいい息子達を持って幸せだ、と書いてきた。母は最近メールをあまり書かないので少々気になるが、日本語の文庫本を贈ってくれるらしい。ほんと、家族ってのはいいな。


実際、僕が親孝行の息子なのかは未だに不明だな・・・。もちろん家族を愛してるし、一生懸命いい人生を送ろうと頑張ってきた。しかし、ずいぶん自分勝手な生き方もしてきたし、大学中退、仕事の方もいい加減だと思われてるかもしれない。でも知的活動や創作はこの数年、段々と力強くなってきたし、心や想像力が豊かなのは確かだ。その動力を利用して何とか生計を立てて行き、いつか親も弟も感心するような芸術家ぶりを見せてやろうと思っている。野望なのか、ただ他人に認めてもらいたいのか、いやそれ以上に自分の中にある壮大な夢世界を表現しなければいけない、内からの衝動に忠実にあるのが僕にとって最も素直な生き方なんだ。


昼頃、テキサス大学の近所にある Mojo's という喫茶店に行って Tom Robbins の Still Life with Woodpecker を読んだ。この喫茶店は昔、廃れたパンク野郎共が経営しててもっと面白かったのだが、近年売り払われて、今では普通の金持ちの大学生向きの清潔な所になってしまった。それでも真っ赤なドレッド・ヘアーのねえちゃんが働いてて、ニナ・シモーンの渋いジャズが流れてたのは良かった。生きる事自体を美術として、そういった味のある生活を求める人々が僕は好きだ。


しかしオースティンの文化も変わってきて、ジプシーやパンク、魔女・妖精達が住みにくくなってきている。僕も田舎の方へ引越しして、僕のような人達が集まる所、言葉では表すことが難しい何らかの魔力・魅力が生きている所を探しに行かなければならない。いや、この町から出たら違った視点で振り返ることが出来るだろうし、多分色々と芸術家・ミュージシャンとかがたむろしてる近所を発見するだろう。


オースティンの東側にある貧民街では徐々にスタジオ・カフェ・ギャラリーなどが建ち上がってるらしいし、家賃が安いから創造的な人達が集まってるそうな。


大体、何処へ行ってもそういった人達はいるんだろうけど、僕はオレゴンの魔法に満ちた小さい町に住んでいたので、今でもそうした可愛い妖精の村みたいなのを夢見てる。しかし世界は変わってきてるんだ。僕も普通の身なりをして、ちゃんと金儲けする必要がある。ただね、この虹色の魔法を生き甲斐として生きてるんだから、それをなんとか生きる術に使っていかなきゃ。頑張って思索して創造していかなければ・・・。


午後はダウンタウンの美術館で過ごした。オースティンに住む22人のアーティスト達の作品があった。それらを鑑賞してて、これなら俺の作品も通用するぞ、と自信を持った。美術館のパンフレットによると色々と芸術活動を支える資金・助成金があるそうだ。よしゃ、やってやるぞ!

2005年10月24日

精神病院で半生過ごした Adolf Wolfli の想像世界

テーマ:芸術家の紹介

Wolfli


20世紀初期のスイスにかわいそうな人生を送った奇妙な芸術家がいました。5歳の時、アル中の父親は家出し、母はその後まもなく死んでしまいました。この貧しい青年は最愛の女性との結婚が拒まれ、家無しに放浪して逮捕された後、ついに分裂症と診断され精神病院に入れられました。


saint


その後の35年間、彼は巨大な芸術作品に取り組みます。それは "St. Adolf-Giant-Creation" (聖徒アドルフの大きな創造界とでも訳しましょうか)と題され、数多くの詩・楽曲・1620の絵画・1640のコラージュを含む、25000ページ(!)の大作です。


clock


その内容は彼の神話的自伝といったもので、主人公が世界中を冒険した後、宇宙へと旅に出ます。そして彼は様々な神・女神の力を借りて自身の宇宙を創造します。彼の作曲、ポルカ・マザルカ・行進曲などは彼の人生と彼が創造した世界を讃えます。


castle


興味深いことに彼は独自の音楽表記を用い、その楽譜は絵画や詩の一部として描かれています。


また、作品の一部は主人公の壮大な富を計算するため、ただ数字が連列されたページが多くあるとか。


mandala


面白いことに彼の後期の作品には曼陀羅(マンダラ)の形が多く、ある心理学者によると彼が自身の精神状態を統一しようとする試みが見出せるらしいです。


しかし何十年もかけてこつこつと巨大な自己世界を作り上げるというのも、狂ってるというか、芸術家としてどこか尊敬できるような気がしませんか?

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