• 30 Apr
    • 今日。

      高崎、大宮、新宿、横浜、恵比寿、蕨、そして、大宮、高崎。 人と会いまくり。 ええ、十月に本が出ますから。 今日は、本とにつかれた。 でも、ハッピー

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  • 29 Apr
    • 眠い

      いっぱい字を書いた。眠い。明日早い。人とあう。寝ます。お休み。写真は記事に全然関係ないです。今の僕は妙なテンションで見せたいくらい。あうあうあうあうあうあうあうあう。そんな感じ。写真は赤い僕。と黒い僕のハーフ。

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  • 27 Apr
    • やっとこエンジン

      「僕は・・・」、「僕が・・・」をここのところ、約一週間も、さんざんやったので、すっきりした。やっと、黒い僕に戻れた。はあ、疲れた。読んでいる人がいたらとても疲れただろう。おかげで二作目、執筆中です。よーし。今回も24時間で400字詰350枚書き上げるぞ!

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    • 今日の別れ

      物にも魂が宿り、神、もののけという思想 人の心と I miss you. ということ 僕は、僕の持ち物に名前を付ける。そして、心の中で語りかける。 今日、27日の23:59:59:99:999:999・・・までの車検という期限。 今乗っている車の車検の期限が切れる。 公道を走るというルールではその許可が切れる。 ちなみに今の僕の車、こやつは「こやつーぅ」という。この前に乗っていた車は、「こやつ」。 要するに二代目の名前は、「こやⅡ」というわけだ。安易なネーミング。 明日、「こやⅡ」は、廃車となり、僕は今後、「こやⅢ」と共に歩むことになる。 今回の車との別れは、前回とは違う。僕は、中古車が好きだ。 そして、塗装が剥げようとも、凹んでいようとも気にしない。 法律にひっかからければ、僕は見た目は気にしない。逆に個性ともとれる。 「こやⅡ」のエンジンはまだ生きている。まだ、走れると叫んでいる。 でも、僕はいろいろな事情から「こやⅢ」と共に歩むことを選択した。 動くのに廃車。一般的には、まったく気にもされない事象。それを僕は深く気にしている。 「こやつ」との思い出の話。 「こやつ」は僕と信号待ちのときにエンジンから突然に煙を噴いた。 激しく煙を噴いた。速度は10キロ以上上がらない。 噴く煙は逆流し、何かプラスチックやゴムなどが焼けるにおいが、車内に流れ込んだ。 すべての窓を全開にして、 機関車のように煙を吐く車で、僕は、知り合いの車やさんに向った。 僕の進む前には、一台も車はなく、僕の後には、 長い車の行列が続いていた。誰も僕を追い越そうとしなかったし、 すぐ後ろの車は、余分に車間距離をとっていた。 僕はそのまま、車やさんに向った。「こやつ」は僕を車やさんに連れて行ってくれた。 遠く離れた知り合いの車やさんに 着くとその後は二度とエンジンは掛からなかった。僕は「こやつ」で暮らしていた。 僕は家も持たず、荷物をすべて車に積んで、 僕は車に暮らしていた。「こやつ」とはよくいっしょに星を見た。 僕の詩を聞いてもらった。数年間、僕は、「こやつ」と暮らしていた。 「こやⅡ」は一目ぼれ。そのときに現れた。「こやつ」はもう、 直せないという診断を受けた。 「こやつ」を失った失意の僕は、 その場で決めた。中古の車。黒い車体の塗装ははがれていて、 少し、白くなっている車だった。決断は早い、それは出会い。 約8年間、「こやⅡ」は、僕と一緒にいた。 「こやⅢ」と共に歩むことを選んだいろいろな事情は気が向いたら後で話す。 ありがとう、「こやⅡ」。そして、おつかれさま。 えかき http://ekaki.ameblo.jp/entry-cc94402de9c6eba2799d1ccb87d6e555.html プロローグもないからエピローグもない http://ekaki.ameblo.jp/entry-1b4f1589fda22f9889b16ea4b153eb83.html

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  • 26 Apr
    • 苦しい

      こころが・・・ 痛くて・・・ 仕方が・・・ 無い・・・ 助けて・・・ 僕はニュースを見ない。新聞も見ない。見たほうがいいと周りから言われるけど、見ない。それは、理由があってのこと。ただ、完全に見ないことは不可能で、なにかの機会で知ったり見たりしてしまう。僕は最近あった列車の事故のことを知ってしまった。茶色の僕は事象を知らなくても、何かそわそわして、南の方で何かあると日曜日に感じていた。寺で北を向き禅を組んでいると、後ろに体が引かれた。体が弧を描くように振られて止められなかった。月曜日に列車の事故。カーブのことだったのか・・・。和尚が、リハーサルの時に詠唱し始めた時から、それを感じていた。茶色の僕はそういう力が強い。僕は知ってしまうと、とても苦しくなる。知っていなくても何か痛みを感じてしまう。だからといって逃げているわけでも無い。ただ、僕は会ったことも無い人のことをわが身のように考えてしまう。僕は壊される。だから、瞑想をする。青い僕の時には涙を流さない。でも、茶色の時には泣いてしまう。人のことばも理解できなくなるほど、僕は悲しみに震え、心の痛みは僕を引き裂く。会ったことも声も名前も何も知らない人たちなのに、僕は僕自身のように痛んでしまう。今夜の僕は特に壊れている。字の方がまだ、理解がしやすい。僕は逆さも字でも読めるから・・・今は字のほうが助かる。会って話をする場合は大丈夫だけど、電話だと言葉が理解できない。日本語でも英語でもフランス語でも中国語でも・・・全て一緒。わからなくなる。でも、そんな時は感じる力が強い。いろいろなものが感じることができる。・・・・・・はやく黒い僕に戻りたい・・・。 最近知り合った方は、なぜか写真家が多い。それに本関係の方も多い。不思議だ。それとも、必然か・・・。僕は何かに求められているのだろうか?僕が持つこの原稿を。出版を諦めたこの原稿を。何かは出版しろ、続きを書けと急かしているのだろうか。白い僕。頭が痛い。 写真家さんより感動のメールを貰った。 過去の記事を復活させました。 今、僕の元にある、彼のこころのメールにトラックバックです。 http://ekaki.ameblo.jp/entry-49676e1eb22cfde98f02a48d7f89ccfe.html ここの始まり http://ekaki.ameblo.jp/entry-4ab2d9ac963a7f0808de030ffe43a18b.html

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    • ゴッホの伝記

       僕が昔、よく通っていた病院があった。鉄骨、木造の古い建物で、床の木はかりんとうのような色をしていた。空襲でも周りが焼け野原になっても、偶然にもこの病院だけは無傷だった。僕の祖母と同じくらいの年の先生が、僕の体を見てくれる。僕は決まってその病院の待合室が好きだった。診察を待っているときもそこにある本を読み、診療が終わった後も帰らずに本を読んだ。なぜか芸術家の歴史?的な物語の本が多くあった。  僕はそこで、レオナルド・ダ・ビンチやゴッホの伝記を読んだ。病院の近くには、大きな図書館があって、そこにも僕はたまに行っていた。アリストテレスの本をたまに読みに行くためだ。だけど、この病院の待合室の快適さにはかなわない。黒いフワフワの皮のソファーは、ほとんど床に座っているのと同じくらいの高さで、座ると体を包むように飲み込み受け入れてくれる。  そのすわり心地も好きだった。さて、ゴッホの話をしようか。外はとても暑い。夏の日差しはとても濃い影を残す。なのにこの病院はひんやりと涼しい。そして、湿度もちょうど良い。生きている家。そういう風に感じる。この病院の周りは近代的なビルが立ち並び、道はすべて舗装されている。空襲があったときは、僕は当然に生まれていない。祖母やここの先生に聞く話ぐらいしか僕は知る由もない。そんな町並みを窓から眺める。輝きの中にある。目が収縮する。ぐぐーと目に力が入る。そして、本に目を戻す。一瞬、暗闇に入ったような感覚。薄暗い。そして、目が慣れると、本も見えてくる。  この本によるとゴッホは恋した女性の家に行って、父親にいった。  「このろうそくの火に手を当ててその熱さに耐えていられる間だけ娘さんに合わせてください。」  娘のほうもゴッホを求めていれば、そんなことしなくとも、会うことはできたであろう。彼をすごいと思う反面、やっぱり・・・ひくと思う。父も娘も。僕が父だったら・・・どうするだろうか。  ちなみにこの本での父親は追い返した。叫ぶ彼を無視したらしい。当然かもしれない。こう見ると、とてもゴッホの狂人ぶりが発揮されている。この熱さと強さが、あの荒々しいタッチと強い光と強い黄色を描かせたのだと思う。僕がゴッホの作品がすきかといえば・・・すきでもきらいでもなく、どうでもよい。  ただ、この伝記は物語として、とてもドラマチックだった。現実なのか、虚構なのかはわからないが、火よりも強い火の体は黄金に輝き揺らめいていたと、僕はゴッホを想像する。  僕は本を閉じて、静かでひんやりした病院の廊下を歩く。病院より一歩外に出ると、夏の日差しはまるで熱湯のようで、呼吸をするのも躊躇するくらい。すべてのものが、強く焼けていた。黒い道の舗装も黄金色に輝いていた。  ゴッホの本は厚かった。機会があれば他にも書く。

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    • アボリジニへの想い

      何度かいっているオーストラリアでは、僕は一度もステーキを食べていない。 カンガルーもコアラもペンギンも見ていない。ワラビーだかなんだか名前の知らない野良動物をみたけどよくわからない。 はじめてみたのに日本で野良猫や野良犬を見るのと同じ感覚だった。僕にとって、野良動物は野生の動物と少し違う。都市にいる野生。僕は別に彼らをさげすんで見ているわけではない。ただ、すべての生き物に同一の気持ちがひとつある。 僕は、いたるところでおみやげになっているアボリジニーのブーメランや絵画も、見てもすこしの興味があるだけで、 欲しいと思うまでに至らなかった。感動も・・・うすい。 岩に描かれたアボリジニの絵を見たのだけど、 大地をただ、歩き回り生活をして、探し回ったわけではない。 切り取った岩を博物館に展示してあった。それを見た。 だから、アボリジニーのことを知ったとは決していえない。 それにアボリジニーのアートを僕のアートにどうこうしようという考えも無い。 だから、アボリジニーについての知識は、本とか読んだりしたものは一切無い。 街には、もと、アボリジニーの無職者が多い。煙草や金をねだってくる。そういった通りもある。 街にいるアボリジニーは物乞いをしたり、民族のアートをカンバスに描いたり、 みやげ用のブーメランを創ったりして生活をしている。あとは、観光のショーのダンスと演奏。 ステーキを食っていないくらいの僕だから、 僕がツアーやそういった観光ショーにも見ていないことはいうまでも無いが、 まったく興味が無いわけではない。ちなみにメルボルンという街は、・・・イギリスだ。 都市から離れたところの大地には、 昔ながらの生活をしているアボリジニもいると聞いた。ただ、そういった人たちは、 僕の事を嫌うだろうと思った。会ってみたいと思うのだが、 生活の踊りを見て覚えたいと思っているのだが、彼らに会うには困難を要する。 ショーでは無いもの。僕はそれが見たい。 僕は彼らと同じ物を飲み、同じものを喰う。僕も自分の箸を持って旅しているが、 それを使うことが恥ずかしいときがおおくある。 使えないのに、何故、箸を持つのかわからない。日本人であることのひとつの何かであろうか? 中国でも箸が汚れているよ、となどと情報を貰っていたけど、 だからって、自分だけ箸を出すことができなかった。僕は皆と一緒に食べた。 別に平気だった。行きつけの飯店ができた。辛いのを食べたら調子が良くなった。 そうそう、アボリジニーの話だけど、僕は毎度、オーストラリアに行くたびに買おうか買わないか迷うものがある。 それは、今のところ唯一、ディジュリドゥという楽器だ。僕は名前すら知らなかった。 はじめてみたとき、なぜか僕はそれが楽器だとわかった。すこし値段が高い。価値があるもの。だから僕は迷う。 僕はトランペットとテナーサックスを持っていた。 僕は学生のときに鼓笛隊では、トランペットを、吹奏学部では、サックスを吹いていた。 ギターも持っていたけど、合わないようだった。上手い友達に教わっていたが・・・下手だった。 今では楽器は全て売ってしまった。手術前に検査で肺活量を測ったが、僕は肺活量がすごくあるらしい。 学生の頃、友人にバンドに誘われて、声も大きいということで歌を歌っていたこともあった。でも、やめた。 僕は管楽器の方が合うと知っている。僕はディジュリドゥという楽器に一目ぼれをした。 でも、こいつはなかなか手ごわい。まず、金額・・・。次に演奏方法だ。 この楽器は、ユーカリの木でできていて、長さは、1~2m位だ。 使うユーカリの木は、内部をシロアリに食べられて、空洞になった物を使う。 金額が高いのはそのためだと思う。 良質の気であればあるほど、その素となる気の偶然性は高くて、 その発見にも大変な労力がかかる。 空洞になったユーカリの樹なんてあるのだろうけど・・・偶然性が大事なのだと思う。 要するに樹の形、あった場所、シロアリの仕事具合のこと。 一つ一つが地球からの贈りもの。その価値だ。 次の壁は、ディジュリドゥは、演奏が非常に難しい。呼吸法が難しい。 循環呼吸法、サーキュラー・ブリージングというのが必要だ。 鼻から息を吸い続けながら、口から吐き続けるという高度な技術を要するそうだ。 他の国にもそんな楽器があるのだが、太鼓の様に手軽ではない。音を途切れさせたらいけない・・・。 この呼吸法は、瞑想にもヨガにも、ボディビルディングのトレーニングにも無い。 ましてやボイストレーニングにもほかの楽器にもない。 鼻で吸いながら口ではく・・・。ずーっと練習だけど・・・。楽しいけど・・・。 ためしに何度もやっているがおかしな感覚が沸いて終わるだけ。目がぎらぎらしてくる。 なかなか上手くいかないし・・・難しい。ただ、この呼吸は様々なものをもたらす。 だから、僕はその呼吸の練習を繰り返している。 この呼吸ができるようになったら、僕は迷わずディジュリドゥを買うと思う。 彼らはディジュリドゥの伴奏に合わせて踊ると楽器屋のお姉さんが言っていた。 アボリジニたちは、神に祈りをささげる儀式として、歌を唄ったり踊ったりする。 踊りは、ディジュリドゥにあわせて、自然の物を真似て踊る。彼女にそう教わった。 ディジュリドゥはヒーリング効果があることも発見され、 リラクゼーション・ミュージックとしても人気が出てきているらしいが・・・。 そうそう、僕はまったくアボリジニーのアートに興味が無いわけではない。 彼らのドリームタイムも踊りや歌、絵、言葉、手話に興味はすこしある。 ディジュリドゥは結構有名らしいが、無知とは偉大だ。 僕は知らなかった。だから、知ったときには、驚くほどの感動が僕を襲った。 僕の今の関心ごとのひとつに、ディジュリドゥがある。オーストラリアへはそんなところ。 友人で太鼓が好きな人がいるので、できたら、僕はディジュリドゥで何かやってみたいと思っている。 行く度に僕は、ディジュリドゥの前で、長い時間、悩んでいる。 次ぎにオーストラリアに行くときは、ディジュリドゥを買ってしまうかも・・。

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  • 25 Apr
    • 茶色の僕の昨日。

      僕がはじめて瞑想や禅を体験したのは、小学校に入るか入らないかのころ、 僕の叔母が、極限に落ち着きのない僕を見かねて、そこに座って目を閉じなさいと、いった。 何時間か座っていた。6,7歳の頃のことだった。僕は学校も大騒ぎにしてしまう子供だった。 瞑想の体験は、僕は好きだった。体に心に合った。だから、僕は事あるごとに瞑想や禅を続けている。 20年以上、続けていることになる。 すべては全部、我流で、叔母が僕に言った事はただひとつ。 「目を閉じて座り、何も考えず、心を空にしなさい。」 僕はそれを続けた。 僕のことを気に入ってくれている和尚さんがいる。僕のことを気に入ってくれて、 僕が瞑想や禅をする姿に対して、まったく口出しをしない。 僕のはまったくの我流で瞑想や禅と呼べるものかはわからない。 また、長くやっているといろいろとわかることも、いろいろな形も増えていった。 僕はプロボクサーをやっていたこともあるが、痩せているのになぜかパンチ力はすごくあった。 筋肉が異常に発達しているわけでもないのになぜか、強いパンチが打てた。 そのときの僕は、もっと力を欲していた。なので、これもまた我流なのだが、 気功のようなものをはじめた。こちらはたまにだけど続けている。何かで見たようなものを真似て、 最初は手のひらだけでやっていた。手の中にゴムボールがあるようにイメージをしていた。 弾力を感じるところから始めて、サイズや材質などを変えてみた。毎日続けた。 幾日か経ってからは、なぜか自然に、火や氷などもイメージを始めた。 当然に熱さや冷たさを感じるようになった。痛みも風も水や石や木などの材質も感じるようになった。 信じるとか信じないとかの話ではないように思う。 ただ、その行為を行うだけ。そうイメージするだけ。そう感じるだけ。 ちなみに僕は現在は全身で感じることが出来る。風を頬に感じ、雨を髪に感じる。 イメージは世界となっている。自在。 先日、気功を始めたといっていた女性に、その時の僕が閉じているといわれた。 そのとおりだと思う。僕は利き手を縛り不自由にしていた。 布に念をかけて自身が落ち着くようにした。そして、その枷には、これから会う人の幸せを祈るものだった。 それが幸いしたのか、僕はあきらさんと会うこともできたし、 素敵な方とたくさん会って話す機会を得た。今思うと、なにかのまじないのようにも似ていると思えるが、 僕が時々、思い立ち、時々、行う自然な行為だ。これも我流。心のままに創っている。 もっと話がしたかった。でも、それも自然だった。僕は先に帰った。また機会があると嬉しい。 僕は閉じていたのでは無いと思う。ただ、僕のエネルギーは常に消費されていただけだと思う。 だから、彼女のいう僕の体から出ている気の量が少ないというのは、 最低限しか出せなかっただけだと思う。 僕のエネルギーは何に使われていたかというと、当然に、あの日のみなさんの喜びと、 この先の幸福の為に使っていたと思う。だから、僕は帰りにはぐったりしていた。 それにとてもお腹がすいた。今の姿の中で感じる通り道とかは大した物ではない。 僕は、隠し持っている。上から貰うことも無く、暴走をしたく隙をうかがっている巨大なものを、 僕は隠し持っている。光の僕を。それはそれ自身が発生し続ける。 僕がいくら食べても太らないのは、胃下垂だとか他に病気とか言う人が言うけれど、 単純にエネルギーを使っているからだ。スポーツなど体を動かすわけでも無いのに、 僕の体重は一定している。極端な上下はしない。 僕はそんな風に、なにかを常に消費をしていたため、 いろいろと彼女が贈ったりしてくれたものは、 綺麗にすべて吸い込み、僕は使っていた。あたたかかった。 僕は僕自身を開く方法も知っている。 僕が気功らしきものをはじめたのは、ボクシングを始めた頃からだから、 これも十年以上たっている。彼女は飽きたといって止めたけど、 多分そういった興味等も僕は一緒に奪いこんでいた。 実は「彼女がいろいろとやっている」などと僕が笑っていたときは、 いろいろとやってくれているのを感じていたし、 バカにしたりとかで出た言葉ではなく、ただ嬉しく、ただくすぐったかった。 ただ、僕のからだ、僕のこころを修復するには、ひとりのエネルギーでは難しいと思う。 僕は僕のそれらをよく知っている。毎日、何十年も瞑想と禅と気?のイメージを続けているのだから、 自分のことをよく知っている。それなのにまだ、無に近いほどの量しか知るには至っていない。 ただ、知った量を見るとそれは膨大だ。 だから、全てを知ることは、無限に飛び込むことであるようにも思える。 ひとは無である。色即是空などと言葉がある。 それは、おそらく、いくら得ても、総量に 比べて、得たものの量が無に感じるほどに、総量が膨大(無限?)であるために、 そういう言葉が生まれたのだと思う。 ちなみに僕は昔、神を信じていた。今は信じていない。そうではない。上手くいえない。 ああ、僕は目立たないようにしていようと心に誓ったのに・・・。 また、ライブのレポートになっていないし・・・。 お寺で、ライブはとてもスピリッチュアルだ。お香も好きだ。 とにかく、次こそは、ライブの感想を・・・。 ・・・世界にはすごい人が一杯だ。 昨日あった人は、すごい人たちだったなあ。 もっと、話したい。聞きたい。話したい。感じたい。

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    • 茶色の僕の今日。

      2005-0224 何から話を始めればいいか。そんな書き出ししか思いつかない。逆にどんな書き出しでも用意できる。そんな日だった。今日は、はじめて、http://akiramania.ameblo.jp/ の AKIRAさんとあった。あめぶろの方とお会いするのははじめてだ。というか、AKIRAさんと会うのもはじめてだ。申し訳ないが、僕はまだ、AKIRAさんの本は読んでいない。それに、音声も聞いたことが無い。だからかもしれない。とびだした。僕は今日は15時まで日光浴をしていた。シャボン玉で遊びながら、溜まっていたメールの続きを見ていると、・・・AKIRAさんがライブをするというメールがあった。AKIRAさんとTAKEさんの音楽ユニットONSENSのプロデビュー!デビュー記念ライブ・・・。今は15時で・・・ライブは18時で、僕はチケット持ってないし・・・。というわけで急遽、預けっぱなしの200枚近いオーストラリアの写真を、駅前のビックカメラに受け取りに行き、そのまま、前橋へ・・・。これはほぼ直感。今日会わないと、多分、一生逢わないくらい。なので全てを放って前橋へ。とにかくメールと電話。で、お世話になっている弁天公房さんへ立ち寄る。久々の日本。弁天村ってどこ?と聞きたくて。群馬前橋でとりあえずは、弁天公房さんへ行けば何とかなる。僕はそう思っている。それで、真っ先に弁天公房さんへ行った。丁度、帰るところの白髪の紳士と美しい女性がいた。なにか話をして、帰るところだった。テーブルにあるものを見ると「ONSENS あきら」と見える。僕の口は脳とは関係なく、言っていた。「僕、チケット持って無いけど、あきらさん。行きたくってここに着ました。」着いてきたらと言ってくれた。そして、大丈夫という。僕はお言葉に甘えてついてゆく。そして、予約!これを偶然必然?と呼ばずしてなんと呼ぼう。まったく、僕はいろいろな人、いろいろな偶然に助けられている。その時の僕は新札の折り目の無い一万円しかなくて、僕はお金を崩しに外へ行った。正直、僕はお金が無いから、折り目の無い一万円をそのまま、お祝いに、といった・・・ある意味で、かっこいいことはできない。だから、お金を崩しに行った。弁天公房さんへ舞い戻り、コーヒーを頂く。そして、染めの手ぬぐいと皮の紐を買った。それで僕の左、利き腕を縛り不自由にする。僕にとっては、僕が暴走しないためのしるし。足かせだ。それを急遽、創った。それは、本日、誕生日のONSENSへの僕の気持ちだ。僕はすこし痛みを感じ、血がすこし止まるくらい皮の紐で左手を縛った。案の定、不自由。でも、そのくらいが丁度いい。えーっと、最初の曲、良かった。早く詩を出して欲しい。歌も。声も。本も読んでいない僕がとても偉そうだ・・・ごめんなさい。ただ、「なぜ、仕事ばかり・・・」その一言が僕の迷いを増やす。僕の重りを減らそうと、感じていったのに、・・・・・あれ?また、増えた(笑)二つ目の曲、ギターが良かった。体が揺れた。太鼓が入ってきた。太鼓、好きだ。体が温かくなってきた。僕の友達の画家さんもなぜか太鼓を作っている。そして、太鼓を殴る、撫でる。僕は正直、フィーリングが合わなかったら帰ろうと思っていた。僕はそういう面で正直で、思ったことはそのまま口にしてしまう。正直とは何かと考えさせられるが、僕は思ったことを口にする。暴言と失言は自慢できるくらいだ。それなのに、ここに一杯、気持ちがあることは、上手く口から出てこない。今もたくさん言葉があるのに書く事ができないでいる。僕の言葉が急に飛ぶときや、僕が上手く話せないときは、ただ、楽しいと思っているということ。あたたかいと感じていること。上手くいえない。でも、単純。続きはあとでまた、書くと思う。ありがとう。そして、産まれてきてありがとう。(言葉借ります。)みなさま、おやすみです。おやすみです。おつかれでした。蛇足:僕は写真を撮ってもらうのは大変好きではない。でも、撮ってもらった。ブログで使いますから。そんな風にいいながら僕はあきらさんに写真をねだった。でも、僕の言葉はまったく足りない。僕は本当はこういいたかった。ブログで使います。この人たちはこんなに楽しい事をしているよ。この人たちはこんなに素晴しいことをしているよ。そういう風に人に見せたくて仕方が無い。伝わっているかな?とにかく、幸福さ。だから、一緒に写してもらいたい。一緒に。・・・・書けば書くほどおかしくなってゆく・・・。話せば話すほど僕が伝えたいことから離れてゆく。ああ、蛇足。とにかく、楽しかった事。みんな素敵だったこと。そして、茶色の僕は涙もした。泣き虫だから仕方が無い・・・。あたたかい。なんだかめちゃくちゃ。おめでとうございます。そして、ありがと。

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  • 24 Apr
    • 日常といふもの

       忙しい人がまわりにいる。忙しい人が多すぎる。僕もはたから見ると忙しい人のようだ。僕が手に持っている事を仕事を話すと、「よくそんなにいっぱいの事が一度にできますね。忙しいでしょ。」といわれる。でも、僕は心を亡くしてはいない。忙しい人に食事に誘う。忙しいからと断られる。忙しい人に手紙を送る。返事が無い。忙しい人に話しかけた。「今忙しいから後で聞く。」といわれた。 僕はときどき、たくさんのひととあう。時間は無い。でも、すこしの時間ができると、お気に入りの喫茶店でエスプレッソダブルを1時間かけて飲む。それまでに会った人の声と顔と名前と話を思い出す。整理する。それは次に会う方のためにも必要なものだ。 忙しいは絵にでる。忙しいだけでなく、感情や何かは全て絵にでる。だから、僕は、やさしいものは、ゆっくりと描きたい。 最近、目に見えるものを、また、描くようになった。そのため、右手は逆さ文字、左手は正文字で同時に字を書く癖が出てきた。人の顔を描いている。前に花を描き、人の顔を描く。人の顔をたくさん描いていたころを思い出す。

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  • 20 Apr
    • 蝶よ

      蝶よ僕の元に再び迷い来て僕は再び花を咲かせたまた君の羽が聞きたい羽音燐粉輝き蜜を僕に泊り僕を吸い尽くして涸らしてくれ

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  • 12 Apr
    • いくさきで、

      ポストを探す。

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    • ただ、眠り

      ただ眠り、ただ、起きる。日は昇り新しい日になる。目を開ければ朝になる。朝のとても弱い僕は、7時間後に扉を開ける。13時間後にはバスに乗り、20時間後には飛行機はとびたつ。32時間後には南半球の土地に降り立ち、毎度の事ながらイングレで質問される。君はなんだ?と。やっぱり朝だから僕は最高に寝ぼけていて、声が良く聞こえない。英語だろうと日本語だろうと早い朝の僕ははっきりいって最悪。耳は役に立たない。何とか入国を許可していただいて、パッケージを待っていらいらしていると朝日をみて外へ。煙草に日をつける。二つの朝と二つの夜。今を含めて夜二つ。お気に入りの曲を持って夜の空の飛行を楽しもうと思う。

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  • 09 Apr
  • 07 Apr
    • 12

      12と言う数字ただの12という数字。12日あ、そうだ!また、飛行機に乗る。行き先はオーストラリア気に入ったワイン気に入ったホテルその気に入った中庭プールの水を見ながらワインを傾ける僕は主張しなければならないそう求められているから

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  • 02 Apr
    • 君はどこに居るの?

      孵化したばかりの まだ、透明の蝶に 僕が送った手紙が 届くと思っていた 僕のただの驕り 僕が送った手紙は ただ、枝に突き刺さる 蝶の姿はない その枝に 突き刺さる 僕はうろたえる 周りを見渡す 探す 君を探す 叫ぶ 叫ぶ 君を 探す 君を呼ぶ 叶わないのか

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    • 愛が

      帰国して久々に見たら、 ここ、 ものすごく変っていた。 それに ブログジャンルも 勝手に変っていた。 ああ、 また、 オーストラリアに 行きたい。 光の下へ 今度は 傷ついた体を ひきつれて 僕は現実に存在するひと。 聞かれたので答えてみた。 行けるとすれば、 11日後か。 今度は 南へ。

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