田沼意次は「元祖・仕分け人」として天下り法人に立ち向かったのだ、という説 | えいいちのはなしANNEX

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このブログの見方。写真と文章が全然関係ないページと、ものすごく関係あるページとがあります。娘の活動状況を見たいかたは写真だけ見ていただければ充分ですが、ついでに父の薀蓄ぽい文章を読んでくれれば嬉しいです。

お台場です。また映画見ました。詳細はのちほど。

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 田沼意次が「賄賂政治家」であるというのは、松平定信一派の流した悪質なデマです。定信は意次に私怨があったからだ、と言われています。

 定信は田安家の出身、吉宗の歴とした孫ですが、要は将軍に男子が生まれなかったときのスペアの「部屋住み」でした。
 吉宗の作った、田安、一橋、清水という「御三卿」は、将軍の親戚というだけで、領地も領民もなく、ただ江戸城内の離れ屋敷に住んでいるだけという、まさに今でいう「次官になれなかった官僚が天下りするためだけに作られた特殊法人」にそっくりな存在です。家康が作った尾張・紀伊・水戸の御三家も「天下り先」には違いないですが、ちゃんと領国経営という仕事があるだけマシです。吉宗だって、将軍になれない弟たちは、どこかに領地を与えて一人立ちさせるか、とっとと適当な家に養子にやればよかったのに、何を考えたか、江戸城内で部屋住みにして、仕事もないのに給料だけ払う、という大甘なシステムを作ってしまったのです。これが吉宗最大の「負の遺産」であるというヒトすらいます。(大奥の女中のうち美人は全員「おまえらは再就職先があるだろう」といって大量解雇したというエピソードのある吉宗なのに、これはどうしたことか、自分の息子にだけは甘かった、ということですか)。
 将軍のスペアなんて、何人もいる必要はないし、ましてや江戸城内に徒食しているなんて無駄のきわみです。そこで「特殊法人改革」を考えた幕府の「仕分け人」たち(田沼がその中心かどうかはさておき一員であったことは確か)の画策により、定信は東北の小藩である白河松平家に養子に出されてしまいます。田安家「廃止」で、十万石というムダな出費が浮くのだから、幕府としては当然の判断なわけですが、定信は「万が一のときに自分が将軍になれる資格」を失ってしまったわけで、「自分は将軍になれたはずだ」と深く田沼を恨んでいた、という筋書きです。
 だから、定信は田沼を失脚させると、まるで罪人のようにこれでもかと田沼家を迫害します。田沼が当時の平均にくらべて法外な賄賂を取っていた証拠はありません。そういう定信はきっと賄賂を取らなかったのでしょうが、今でいえばお中元を全部送り返してしまう岡田外相のような「変わったヤツ」だったのです。岡田外相も定信も、もともと大金持ちの生まれだから物欲がない、というだけのことです。
 新井白石も、自分が失脚させた荻原重秀が「法外なワイロを取っていた」という根拠のない中傷を書き残しています。みんな、そんなもんなんです。


 江戸時代のお家騒動など見ていると、悪の親玉とされるのはたいてい小身から成り上がった者です。よくあるパターンはこんな感じです。たとえばお家の財政がどうにもこうにもならず、門閥家老のボンクラたちには手に負えなくなったというとき、再建のために誰か才能のあるものが殿様に抜擢されたとします。「身分というのは生まれつき決まっているはずだ、その秩序を守ることが正義だ」と信じている連中にとって、それは我慢ならない事態なので、「アイツは殿に甘言を用いて取り入ったのだ」「上司に賄賂を使って成り上がったのだ」と中傷されることになります。
 「改革」のために抜擢された者は、部下のブレーンにも才能のある人間を集めなければなりません。それは当然、身分の低いところから抜擢されることになります。「門閥」たちはそれがまた我慢なりません。「アイツは賄賂を取って下賎の者を取り立てているに違いない」ということになるのです。そうして、改革は門閥勢力の抵抗によって潰され、殿様は「ご乱心」として押し込められ、改革一派はとんでもない悪党の烙印を押されて粛清される、江戸時代のなんとか騒動といわれるのはそんなケースばかりです。その「通俗受けするストーリー」が、そのまま歌舞伎の演目になり、みんな「そうか、仁木弾正(原田甲斐)は悪いやっちゃなあ」と信じ込んでしまうのです。

 かの上杉鷹山の改革だって、こういうことになるギリギリ直前でなんとか上手くいった、どっちかというと少ないほうの例です。鷹山は抵抗勢力の重臣を切腹させたり、かなり果断なことをやったのでなんとか乗り切れましたが、殿様に覚悟と能力がなければ、抜擢された元は身分の低い家臣だけではどうにもなりません。田沼も結局それです。将軍の支持がなくなれば、あっというまに失脚です。
 松平定信が「生まれの正しい正義のヒト」、田沼が「下賎の身から、なにか汚い手を使って成り上がったに違いない大悪党」ということにされてしまう、というのは、この典型的なケースです。田沼が実力主義でブレーンを集めようとすればするほど「賄賂を取っているに違いない」という烙印を押されてしまうのです。

 ちなみに、水野忠邦は実際にものすごい賄賂を使って老中の地位を手に入れたことは、よく知られている事実です。こちらは本当です。