Barで過ごすひと時を・・・ with 小説『営業SMILE』 ~君の笑顔信じてもいいですか?~ -502ページ目

『営業SMILE』 第一章 連載.24

「今から飲みに行かれる店はどこか決まっているんですか?」

 

二~三本の吸殻が足元に転がった頃、不意に声をかけて来た黒服がいた。

 

「いくもなにも今散々飲んできたところだよ」

 

他の街宣とは少し雰囲気の違うその男。若い連中が多い中、妙にしっかりとした感じがする。普段なら絶対に相手になどしないのに、今日はこんな会話でも心の隙間を埋めてくれる気がして言葉を返す。

 

「そうですか。でもまだ飲み足りないような感じがしたので声をかけてみたんですけど。よかったら初回お安くしておきますのでいかがですか?」

 

「そんなに飲み足りないような不満足な顔をしていた?」

 

「まぁ自分はこういう仕事ですからね。物理的には十分飲んでおられるのは分かるんですけど……」

 

「けど?」

 

「何か満たされていない気がします」

 

この男はバビル二世かフロイト、ユングか?

今まで出会った街宣や黒服とは違う雰囲気に興味がわいてくる。

 

「名前は?」

 

「えっ?名前ですか。徹也です」

 

「徹也君か……って違うよ。店の名前だよ」

 

笑いながら雄司が訂正する。

 

「すみません。馬鹿な勘違いを。店はキャバクラなんですが」

 

予想はしていたが、本当に最近の片町にはキャバクラが乱立している。大概スクランブルにいる街宣はキャバクラか風俗かというくらいだった。

 

「……ディーです。どうですか?」

 

「ディー?」

 

「ちゃんと聞いていて下さいよ。クラブ・フェンディーです」

 

「フェンディー……。クラブ・フェンディー?」

 

「はい。十億年ビルでやっています」

 

 

 

雄司はある女性を思い出していた。友達や家族、店にやってくるお客さん達。街行く人々。色々と見ては来たけど、あの娘だけは何か不思議な……妙に心に残るそんな笑顔だった。

 

「たしか……詩織さん」

 

「あれ?来られた事ありましたか?」

 

「え?いや……この間一回だけ知り合いに連れて行かれた事があるくらいで」

 

徹也はあえて何も言葉を出さずに様子を見守っている。雄司はどんどん思い出されていくその笑顔に、先ほどまで空っぽだった感情のプールが暖かい物で満たされていくのを感じた。

 

「詩織さん……今日は出ていますか?」

 

 

 

金沢の街中に初雪が降ったこの日。季節も変わっていく中、雄司の心の中でも何かが確実に変わり始めていた。

 

「詩織さん指名で一名様ご案内いたします。お席の用意をよろしく」

 

インカムで店舗に連絡をとりながら雄司を案内する徹也。十億年ビルのエレベーターの扉が閉じて、上昇を始める。時間にしてほんの数秒だったのだろうが、扉が開くまでに不思議なくらい長く感じた。十億年ビルは比較的新しいビルだったこともあり、フロアのデザインも綺麗に整っている。エレベーターを降りてすぐ目の前に重厚な扉があった。掲げられているエンブレムに描かれている文字。

『CLUB・FENDI』

 

徹也は扉をあけると雄司を中へと導いた。

 

「いらっしゃいませ。ようこそ。クラブ・フェンディーへ」

 

 

〔第一章 3節に To be continued

 

 

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書き直し

『営業SMILE』 第一章 連載.23

 

 シャンパンの空き瓶数本が転がった頃、やっと先生に睡魔が襲ってくれた。チェックをすませて店をでようとしたが、本来見送りをしてくれるはずの亜由美嬢も酔い潰れていた。困った娘である。美雨はかろうじて見送りにこようとはしたが、やはり飲みすぎで足元がおぼつかない。フラフラと左右にゆれては壁にぶつかっている。ケラケラと笑うその姿はとてもプロのキャストには見えなかった。ボーイに奥で休ませてあげるよう声をかけて店をでる。

 

 

「今日は有難うございました。でも、最後はごめんね。二人とも度を知らないから……」

 

舞希は一人エレベーターまで三人を見送りに来ていた。

 

「いいよ。あいつはいつもこうだから」

 

そう言う雄司に舞希は申し訳なさそうに笑っていた。

 

「じゃぁなぁ……舞希ちゃん。また来るぞ。俺はまた来るぞ」

 

「先生、キャラクターが変わっていますよ」

 

今度は先生の復活劇も見られそうになかった。友人に頼んでホテルまで連れて行ってもらえば今日の任務も完了である。

 

「おい、先生ホテルまで頼んだぞ?」

 

「えっ?何?美雨ちゃんとホテル?駄目だよ、今日逢ったばかりなんだから……」

 

「……、じゃあ舞希ちゃん。亜由美によろしく」

 

「あはは。雄司さんも大変だ。また待っていますね」

 

可笑しそうに笑っている舞希にはわからないだろうが、本当に大変な俺。不安を抱えながらエレベーターに乗り、二人をつれて雄司は下へ降りて行った。

 

 

 外に出るとますます冷え込みが厳しくなっている。冷たい風に正気を少しだけ取り戻した友人は、タクシーをつかまえ先生と一緒にホテルに向かった。

 

「じゃあな雄司。風邪ひかないように早く家に帰れよ。誰も待っていないだろうけど」

 

「はいはい、有難う……って。一言余計」

 

「はは。冗談だよ。運転手さんお願いします」

 

「あっ、こら。待て」

 

「またな」

 

タクシーは雄司をその場に残して走り去っていった。

 

 

 

 スクランブルにある時計を見ると、まだ午前一時。週末ということもあり、人はまだまだ減る様子はなかった。

 

「寒い……。今夜は本当に冷えるな」

 

冷たい風にふれ、少し酔いが醒めてきた。

 

「今日は意外に長居しなかったんだ…」

 

ふと不思議な空虚感に襲われる。友人の言う通り誰も待つ事がなくなった家に帰り、引きっ放しになっている布団に潜り込む。ここ毎日繰り返されるごく普通の日常。

 

「亜由美達、今日は何時にも増して騒がしかったからな」

 

きっとそれが原因。ずっと誤魔化していた寂しいという感情。それが今日は抑えきれなくなっている。

 

「帰りたくないな……」

 

そうして雄司は足先を再度交差点にむけ煙草に火をつけた。

 

 

To be continued〕

 

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