『営業SMILE』 第一章 連載.27
「もしも~し?雄司さん?お疲れぇ」
亜由美はいつも元気に電話をかけてくる。最近妙にその回数が増えているような気がするが、ひょっとして俺の事を客以上に見てしまっているのか?なんてことは絶対になく、ただ単に太い客として認められただけなのだろう。この事に関しては全くもって嬉しくもなく、栄光な事でもない。けれどもこうやってかわいい女性から電話あるっていうのは、やはりワクワクするものだった。男の悲しい性……。
「おう。お疲れ……ってまだ仕事行く前か?」
「そうだよ。さっき起きたところ。それでもって一番に雄司さんに電話したんだよ。だって……」
「……だって?」
「今日はクリスマス・イブだよ?亜由美も女の子だし、やっぱり大好きな雄司さんと過ごしたいじゃない?」
正直クリスマスにローズに行かなくてもいいようにと、一昨日も亜由美の所に飲みに行っていたのだが。確かにあいつは言っていた。『明後日クリスマスだね』って。仕事が忙しいから無理……って言わなかったっけ?
「ちょっと待て。俺一昨日ローズに行っただろ?」
「うん。来てくれた。亜由美に会いに来てくれたよね?」
「だろ?本当は俺だってクリスマスこそ亜由美さんに会いに行きたいさ。でも仕事が忙しいから行けそうにない。だから一昨日に頑張ってローズに行ったんだよ」
我ながら口が上手い。今日店に行くことなく、今後行き辛くならないようなもっていきよう。今後亜由美の所に行きたくないのならこんな言い訳をする必要もないのだが、そう言う事でもない訳で。
「来たくないんだ……」
「えっ?」
「亜由美に会いたくないんだ……」
「い、いや。一昨日に行ったし……」
「一昨日って何かの記念日だっけ?クリスマス・イブっていうのは女の子にとっては一年で一番大切な日なのに……」
「誕生日とか、バレンタインデーとかもあるんじゃ……」
次の瞬間、俺は亜由美という女性の性格を思い出す事となる。
「雄司さんなんて大嫌い」
周りに人がいたら振り返るだろうほどの音量が携帯から流れた。もう少し耳から離すのが遅れていたら、間違いなく鼓膜が破れていたに違いない。雄司の言葉を最後まで聞くこともなく亜由美は電話を切った。一方的に……。
「簡便してくれよ……まったく」
〔To be continued〕
『営業SMILE』 第一章 連載.26
街のいたる所には飾り付けが施されたモミの木や、赤い服に白く長い髭のおじいさんの人形が置かれていた。真っ赤な鼻のトナカイは、笑われるどころか皆を幸せな気分にさせる。今日はクリスマス・イブ。街中が色とりどりのイルミネーションで輝き、冬とはいえ暖炉に火がはいった部屋のように暖かみを感じさせた。香林坊から竪町・片町へとつづく通りには、恋人達が幸せそうな表情を浮かべその特別な一日を楽しんでいる。今日だけは彼等、彼女等が主役だった。
「兄ちゃん。今日暇だろ?どこか飲みに行く?」
同じ店舗で働いている弟の智樹が兄を気遣ったのか珍しく飲みに誘ってきた。来客が少し落ち着き荷出しをしていた雄司。弟の方に振り返ると笑顔で答える。
「悪い。今日は予定が入っているから」
そういって再び業務へと戻る。
「そうなんだ。どうせまた東山さんと片町に飲みに出るんじゃないの?せっかく良い店見つけたから連れて行ってやろうと思ったのに」
「あいつなら今日は富山の飲み屋でクリスマス・ライブするって言ってたぜ」
「何?東山さんバンドなんてしていたの?」
「ジャズバンドらしいけどね。サックス吹いとるわ」
「へぇ……意外。兄ちゃんがギター弾いていたのも今にしたら不思議だけどね」
智樹は雄司をからかいながら荷出しを手伝い始める。
「うるさいなぁ。人が真面目に仕事している時に……。ところで」
「……何?」
「なんて店に行こうとしていたの?」
「結局気になっているんじゃん。中央ニュークリア・ビルに最近できたクラブ・カルテットって店だよ」
「なんだ。キャバか」
「何だ……って。兄ちゃんに言われたくないなぁ。今日だって東山さんとの約束じゃないんだったら、どうせ亜由美ちゃんの所だろ?」
その時まるで今の会話を聞いていたかのように、雄司の携帯から浜崎あゆみの曲が着信メロディーとして流れる。その意味なぞ誰も知る由がないのに、慌てて訳の分からない取り繕いをする雄司。
「馬鹿。言霊って知っているか?言葉は口に出すと、その内容を具現化する力があると……」
「兄ちゃん。携帯でなくていいの?」
智樹が冷ややかなで視線を投げかけてきた。
「うるさいなぁ。」
そう言葉を吐き捨て、雄司は裏へと急いだ。
〔To be continued〕
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『営業SMILE』 第一章 連載.25
第一章
3
煙草を銜えたまま無心に携帯メールを打つ雄司。灰が落ちそうになっている事にも気がつかないくらい夢中になっている。
「なんだか最近楽しそうね。奥さんにメール?」
いつもの喫煙所の女性がからかうように雄司に話しかける。聞いているのか聞こえなかったのか雄司は無言のままその指を止めることがなかった。
「灰……落ちるよ」
その言葉が届く前に、煙草の先から落下した白い塊は携帯に直撃して散らばった。
「うわ。最悪」
慌ててそれを叩くと、雄司は袖にこすりつけて画面を拭いた。
「浮気はほどほどにね」
呆れるように溜息を吐き出し、女は喫煙所を後にした。
「浮気?浮気なんかしてないってね」
仕事に戻る女性の背中に言葉を投げかける。その顔には最近の雄司が見せなかった穏やかな表情があった。
〔To be continued〕