sayuri2
前回の続き。今回はネタバレしてるので注意!)

以前、置屋の古い体質に反旗を翻した舞妓さんの集団脱走事件
があって、私はその舞妓さんと芸妓さんの二人と一晩中、
お店で飲みながら話をしたことがある。

舞妓さんと芸妓さんは髪形や服装も違うが、
便宜上その二つを分けているのは、簡単に言えば、
「処女か、そうでないか」の違いだ。

彼女たちが集団脱走したのは、例えば、舞妓さんの行動は逐一
見張られて自由がなく、個人的な手紙もすべて置屋が開封して
内容を確認される、といった伝統的な置屋の不自由かつ横暴な
人権無視のしきたりに我慢がならなかったからだ、という話だった。

こうした縛りをつくっていた最大の要因が『SAYURI』でも
かなり時間を割いて(ほとんどメインの話として)描かれていた
「水揚げの儀式」だ。要は、舞妓さんの処女喪失を顧客に対する
目玉商品として提供する、という伝統的なイベントのことだ。

置屋側は舞妓さんの商品価値を失わないための慣習として当然、
との認識を示していたが、元舞妓さんたちに言わせれば、
「今の舞妓さんは昔と違って子供の時に預けられるよりも、
十代半ば以降に置屋さんに入る人が多いので、それ以前に
実際は処女ではなくなっているケースも少なくないため、
水揚げの儀式も実質上、形式的な伝統行事になっていて、
お客さんの方もそのことは理解したうえで成り立っている。
だから今の舞妓さんの行動を厳しく見張る意味がない」
とのことだった。もう十年ぐらい前の話なので、
その後、多少環境は変わっているかもしれないが、
いずれにしても「水揚げの儀式」は、つい最近まで
置屋の伝統的な収入源の一つとして残っていたということ。
おそらく、ごく私的行事として今も存在しているのではないか。

今でこそ、こうした人権無視の伝統行事は公になると大問題に
なりかねないが、『SAYURI』が描いた60年前までの祇園の
世界では普通の話。今の感覚で見たらトンでもない話のはず
なんだけど、それを和文化ファンタジーとして見せたのが
『SAYURI』なのだ。だからこそ、現代人がそれを見た時、
その儀式を何の抵抗感もなく受け入れてしまうSAYURIに
ドラマとしての盛り上がり不足を感じてしまうのは当然でしょ?

実際、SAYURIは「水揚げの儀式」のことをよく知らなかった
みたいに描かれていたし、ましてや会長(渡辺謙)という恋心を
秘めた相手がいるにも関わらず、悩みも葛藤も見えなかった。
ちょっとは会長のハンカチを握りしめて儀式に臨むとか
……クサイ演出かもしれませんが(笑)、
これが今の女性だったら、といった視点をもう少し加えてくれれば
……オスカー受賞監督ならもっといい方法を思いつくでしょ?
主人公が成り上がるシステムの的確で簡潔な説明に終始していた点
が、感情的な盛り上がりに欠けた最大の理由なんじゃないかな。

これだけ日本の文化をきちんと描いてくれた外国映画に対して
厳し過ぎるかもしれないけど、総合評価★★★は、
そんな理由もあってのこと。現代の舞妓さんの内情をよく知って
いたから、だけなのかもしれない。もちろん、昔の日本の文化に
敬意を表した外国映画としては非常に好感がもてる内容だった。
その意味では『ラフト・サムライ』と双璧をなす出来ばえだと思う。

むしろ『ラスト・サムライ』の方がドラマとしては違和感があった。
特に、死に対するサムライのモチベーションが説得力不足で、
現代人の感覚で見ると「名誉」のために討ち死にするという
サムライの価値観が日本人にさえスーッとは入ってこない
ストーリー展開だったと思わない?

まるでサムライ村に来た『ダンス・ウィズ・ウルブス』みたいで
現実味に乏しいアドベンチャーもの、といったテイストだったよネ。
『ダンス・ウィズ・ウルブス』のドラマに、そうした違和感は一切
感じなかった(…だから名作なんだけど、イーストウッドはいろいろ
不満を感じていたらしい。これについては、また別の機会に…)

それでも、おそらく初めて日本の過去の文化を真正面から描いた
ハリウッド製のファンタジー大作として、『ラスト・サムライ』は
外国人が日本人であることの誇りを取り戻させてくれる画期的な
映画だった。そういう意味では、日本人にとっての満足度は、
こちらの方が高いのではないかと思う。



ワーナー・ホーム・ビデオ
ラスト サムライ

多分、全米での興行成績(1億ドルに達しなかった)よりも
日本で大ヒット(米ドル換算で2億ドル近い)した初のハリウッド
大作だったのではないだろうか……何事も“初めて”は意義深い!
だから、総合評価は大甘だけど★★★★!
「水揚げの儀式」に高い値段がつくのと同様の評価論理だね(笑)。

でも、どっちが好きか、と聞かれたら、結構いい勝負だと思うヨ。
特にチャン・ツィイーの流し目シーンは、名場面だった!
『SAYURI』が今後、全米でどれぐらいヒットして、
日本でどれぐらいヒットするのか、とっても楽しみだ。