マイ・ファーザー

『ヒトラー~最後の12日間~』ではヒットラーの部下役として、
『戦場のピアニスト』でもナチス将校役として出演している
トーマス・クレッチマン(旧東ドイツ生まれの俳優)が、
A級戦犯の父をもつ息子の苦悩を演じた『マイ・ファーザー』
(2003年=イタリア、ハンガリー、ブラジル合作)は、現在、
単館系で公開中の実話に基づいた重た~いテーマの新作だ。

そもそもA級戦犯とは、東京裁判で裁かれた、第2次大戦の指導的
立場にあった人々のこと。転じて、敗北者の重要人物を指す。

『マイ・ファーザー』で描かれているA級戦犯の父親とは、
ユダヤ人強制収容所(ポーランド・アウシュビッツ)で
数々の非人道的人体実験を行い、戦後南米に逃亡、
追われる身となったヨゼフ・メンゲレ医師。

特に双子に興味をもち、その被害者は3000人以上という
第2次大戦が生んだ悪の象徴的なイコンとして、
ヒットラーに次ぐ有名人といってもいい。

映画ではハッキリと名前は出てこない(役名=父)ものの、
1985年に白骨死体が発見されるまでブラジルで名前を変えて
隠遁生活を送り、その死体が偽装されたものではないかとの
憶測が、93年のDNA鑑定で否定されるまで物議をかもした
経緯などから、明らかに『マイ・ファーザー』とはメンゲレ
の話そのものである。

彼の息子は、幼くして父と離れてドイツで育ち、
ほとんど父親との接点はない。にも関わらず、
父の葬儀に現れた彼は、報道陣に取り囲まれ、
当時の被害者と思われるユダヤ人の老婦人から
「父親が罪人なら息子も同罪だ!」とツバを吐きかけられる。

実際、彼はいまだにメンゲレを名乗ることができず、
自分の素性を明かせない生活を密かに送っているらしい。
まさに父親の罪を償うかのような不自由な人生を
歩まざるを得ない状況で生きているのである。

そんな日本人はいないのではないだろうか。
60年以上前に犯したドイツの罪が、個人レベルにおいて、
いまだにその強い影響下にあるという意味では、
日本とは比べものにならないかもしれない。

そんな息子へのインタビュー取材の中身が、
この映画の中心となる物語だ。
息子に取材するユダヤ人の弁護士として登場するのは、
『アマデウス』のサリエリ役でオスカーを獲得した名優
F・マーレイ・エイブラハム。

実は、息子は生前の父親と一時だけ、両者の希望により
ブラジルの貧民街の潜伏先で一緒に過ごしている。
息子も父も、死ぬ前に一度は会って話がしたい、
そう思うのは当然のことだろう。

しかし、父親は息子の結婚相手の血筋を根掘り葉掘り尋ねて
純粋な白人であることを「見事な選択だ!」と褒めたり、
自らが行った人体実験が医学的に極めて有意義なものであった
ことに理解を求めるなど、反省の上に立った隠遁生活ではなく、
単なる逃亡潜伏生活であることに息子は怒りを覚えていく。

「私が世間に出て真実を話したところで誰が聞いてくれる?
問答無用で死刑にされるに決まっている…」

そんな父親を演じているのが、御大チャールトン・ヘストン。

マイケル・ムーア監督の名前を一躍有名にしたアポなし突撃取材
ドキュメンタリー映画『ボウリング・フォー・コロンバイン』
(2002年=カナダ)で全米ライフル協会の会長として取材を受け、
「銃の所有はアメリカ国民が獲得した重要な権利だ」と主張して
ガンコな悪者のイメージが定着してしまった往年の大スターだ。

(総合評価は次回に……続く)





ジェネオン エンタテインメント
ボウリング・フォー・コロンバイン



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ボウリング・フォー・コロンバイン マイケル・ムーア アポなしBOX