映画の夢手箱

 映画の鑑賞記録です。基本的にネタバレ有り。


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 2月16日(木)、遅番の仕事の後でレイトショーに行ってきました。

 本作は公開25週目にして国内の興行成績6位(2017年2月13日発表の全国動員集計:興行通信社提供)。

 公開初週でも6位を取ったらまずまずなのに、公開から半年以上も経過してベスト10から落ちないというのは、なかなか無い勢いですよね!

 最近は劇場に足を運ぶ機会もめっきり減ってしまったわたしですが、このあまりもの人気が気になり、がんばって夜更かししてみました。

 結果は…、至極満足です。

 何か、「いいものを見た~…。」という気持ちになりました。

 非常に日本的と言える、複雑な後味ですね。

 好きな人を死する運命から救うという目的を達成しているので、ちょっと考えるとスカッとしそうなものですが、そういった突き抜けるような爽快感とか、たらふく御馳走を平らげた後のような満腹感はない。

 胸の奥が疼くような切なさや、甘酸っぱいような微かな期待感、ほんの少し指先だけが触れ合ったときのような淡い温み、幸せだけどそれをまじまじと直視してはいけないような面映ゆさ。

 そういったものを全てひっくるめて大事に抱え持っているような、奥ゆかしく控えめな充足。

 ちょうど先月、本作と同様に「時」「タイムリープ」を主題とするアメコミ映画『ドクター・ストレンジ』を鑑賞しましたが、本作の印象と比べればアメリカのそれは輪郭が太くて直截的、荒々しくて乱暴とさえ言えるかも知れません。

 どちらが良くてどちらが悪いというのではなく、これは作品の持ち味と言うべきもの。

 ちょっとした感覚的なものを地道に積み上げて行き、それこそ組み紐細工のように物語を織り成して遠目にも美しい文様を作り上げる、このような仕上げは日本人でないと堪能できないかと思いましたが、ネットで調べたところ、本作は海外でも一定の評価を受けた様子なので喜ばしい限りです。



 新海誠監督の作品を、かつてわたしは見たことがありませんでしたが、ただ一度、『言の葉の庭』という作品の紹介動画をネットで目にしたことがあり、雨が降る様子などの映像の美しさはまさに圧巻で、強く印象に残ったものでした。

 本作の映像も繊細で、非常にクオリティが高い。

 彗星が恐ろしくも美しく天翔るさま、澄んだ空に流れる雲、緑深い飛騨の山々、神域へ向かう山中の紅葉、宮水神社のご神体を奉る岩室等々はもとより、東京の街路や田舎の高校、自動販売機といったごく普通の景色さえもが美しい。

 リアルなのに、美しい。

 これは全体を監修する監督のセンスの表れなのでしょうね。

 作中、宮水神社の神事を三葉(上白石萌音)と四葉(谷花音)が行うシーンがありますが、神楽鈴の音と、篝火の爆ぜる音の他、シュッ、シュッという衣擦れの音だけが聞こえてとても厳粛な雰囲気。

 本作からは、「風景を見せること」「音を聞かせること」「間を取ること」のいずれも疎かにせず、極めて懇切丁寧に作り込んでいるという印象を受けます。

 実写の映画においても、画面の細部、小道具の一つ一つに至るまで意味を持たせて配置し、それらを奥行きのある画面に載せて、「さぁ、180度と言わず360度、隅々まで目を凝らしてご覧ください、堪能してください!」と言わんばかりに見せてくれる画をわたしは好むのですが、新海監督の画面はまさに劇場映画のためにあるような質の高いもの。

 命ある、息づいて動く、美しい世界。

 冒頭から終盤まで、その世界は途切れることがありません。




 本作は、ティアマト彗星が地球に接近し、地上に衝突するシーンを見せるところから始まり、徐々に、「入れ替わり」という不思議な現象について語り始めます。

 東京の四ツ谷に暮らす男子高校生・立花瀧(神木隆之介)と、岐阜県飛騨地方の山奥にある糸守町に住む女子高生・宮水三葉の間に「入れ替わり」という不思議な現象が起きる。

 それは眠りをきっかけとして起き、目覚めると入れ替わっていた時の記憶は薄れていくので、2人とも「何か夢を見ていた」と思うしかなかったのですが、周囲の反応やノートの走り書き、スマートフォンに残された日記などから少しずつ、現実に「入れ替わり」が起きていることを認識するようになります。

 しかしながら、この「入れ替わり」は単純なものではなく、もう一捻りあるのです。

 このブログはネタバレなので、ぶっちゃけ書いてしまいますが、瀧と三葉の存在する時間は、実は3年ほどズレているのですね。

 もともとのタイムラインでは、ティアマト彗星が地上に最接近した際、予想外に核が分裂し、三葉の住む糸守町を直撃して町民のほとんどが亡くなっているのです。

 三葉の意識は、自分が死んだ後の世界に暮らしている瀧の身体に入り込み、憧れていた東京の生活やカフェの食事を楽しみ、次第に瀧に慕情を寄せていくことになるわけです。

 この「入れ替わり」は、なぜ起きるのか。

 作中、三葉の祖母である一葉(市原悦子)は三葉の中身が入れ替わっていることを複数回見抜き、

「お前、今、夢を見ているね。」

 と声を掛けるシーンがあり、自分や三葉の母も、若い頃、眠りの中で別人と入れ替わることがあったとも述べています。

 即ち、これは宮水神社の神事を継ぐ者の特殊能力のようなものだったのでしょう。

 宮水神社のご神体を祀る岩室は、天井に彗星の壁画が描かれており、糸守町にある湖は千年前に彗星が落ちた名残‎だという話も出てきます。

 「まゆ五郎の大火」で多くの古文書などが失われて今では神事の由来もよくわからないとされていますが、恐らく彗星が落ちて全滅という宿命からこの地の人々を護るために宮水の神が祀られ、巫女の血筋の者に特殊な能力が受け継がれてきたのでしょう。

 まさに、この、瀧と三葉が生きる時代の、彗星直撃から人々を救うために。

 そのためにこそ2人の「入れ替わり」は起こるのです。

 何もしないで日を過ごせば、三葉もろとも糸守町の町人はほぼ全滅の憂き目に合う。

 ただし、これを喰い止めるというのが並大抵のことではないわけです。

 何しろ、目覚めたら体験したことを忘れてしまうのですから!

 何度も入れ替わりを体験するうちに、2人は互いに想いを寄せるようになりますが、自分が何のためにそこに来たのか、誰のためだったのかさえ、時間の経過とともに忘れてしまう。

 ほんの一瞬ほど前、書き残そうとした名前が、誰のものだったのか。

 あれほどに思い、胸に刻み、決して忘れないと繰り返して呼び掛けたその「名前」が、何だったのか。

 思い出せないのに、思い出したい気持ちと、誰かを探している気持ちだけが強く残って消えない。

 最近見たアニメ番組で、やはりタイムループを扱った「Re:ゼロから始める異世界生活」という作品がありましたが、タイムループの「やり直し」をしても今までの記憶が残らない分、本作のミッションは難易度が高い。

 途中まで見て、

「ええーっ、三葉はもう死んでいる人だったのか!」

 と仰天し、さらに経過を見守って、

「これって、何回やり直しても、彗星直撃で全滅の運命は避けられないのか?」

 と、めちゃめちゃ不安になりました。

 もう死ぬ人たち(あるいは死んだ人たち)だと思ってみると、田園風景の中を遊びながら帰宅する小学生の姿を見ていても、何だか怖いし、もの悲しい。



 2人が何度も「入れ替わり」を体験した後、彗星直撃の前日になって、三葉は思い立って東京に行き、運よく電車で瀧に遭遇して名前を名乗り、髪を結んでいた組紐を手渡しますが、思えば、「真の名を名乗る」という行為、「神社で作った<結び>の象徴である組紐を手渡して相互につながる」という行為、ある意味、この時に神事に等しい儀式が執り行われて、2人は強く結ばれることになるのですね。

 瀧から見ると、この遭遇が2人の初めての出会いとなるわけですが、記憶を失いながらも、その紐は大事な物と覚えていて、常に手首に巻いています。

 のちに瀧が、記憶を頼りに飛騨の神域に出かけ、三葉の半身を込めたと言うべき「口噛み酒」を飲んで今一度のタイムループに挑戦するときや、あの世とこの世の時間がつながると言われる黄昏時(糸守町の方言では<かたわれどき>)の間だけ、時間を飛び越えて2人が邂逅し触れ合うことができたシーンなど、実に日本的なロマンチシズムを感じます。

 思うに、新海監督は「言霊(ことだま)」などの力も信じているのだろうなぁー。

 「入れ替わり」の主題自体は特に目新しいものではなく、昭和後期に公開された大林宣彦監督の「転校生」という映画も、かなり話題を呼んだと記憶しますし、タイムループの主題についても、「ループもの」というジャンルがあるくらいポピュラーなものですが、それだけにこれらは「見せ方」の巧拙を問われるものだと思います。

 その点、本作は見せ方、引き込み方がとても上手い。

 冒頭で要となる彗星の美しい画を見せ、主人公2人のモノローグで、作品全体のトーンとなる切なさ、もどかしさ、自らでどうにもできない一途な慕情を垣間見せる。

 「入れ替わり」も単に珍騒動を代わる代わる見せると言うのでなく、人間関係を骨太に描きながら重要な伏線を張り巡らせる。

 脇の四葉、テッシー(=勅使河原克彦)(成田凌)、ツカサ(=藤井 司)(島﨑信長)、奥寺先輩(=奥寺ミキ)(長澤まさみ)たちが生き生きと描かれているからこそ、瀧や三葉が「入れ替わり」の体験によって人間的に成長し、想いも変わっていく様子が無理なく伝わってきます。

 そして、衝撃。

 変わり果てた糸守町。

 その惨い運命。

 ここに至るまでに登場人物に十分愛着が生じているからこそ、瀧のように、何としてでも彼らの命を救いたいと、観ているこちらも必死になるわけです。



 ラストシーンも、初々しくて、見ていて涙が滲んできました。

 あれほど走り回って探していたのに、階段で互いを見かけた時には、なぜだかそちらを見ないようにして通り過ぎて。

 でも、どうしてもそのまま立ち去ることはできずに振り返る瀧。

「あのっ! 俺、君のこと、どこかで…。」

 振り仰いで、三葉は、

「私も…。」

 そう言って、涙がはらはらと流れ落ちる。

 たまらず、瀧も涙がこみあげてきて。

 そして、2人同時に、

「君の名前は。…」

 今、思い出しても胸がジーンとします。

 本当に、いいものを見たね。

 きれいなお話だった。

 新海監督の名前、忘れることなく覚えてしまいましたよ。;)

【公式ホームページ】
http://www.kiminona.com/
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