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崔洋一って映画監督でしょ?
「言論封殺」には一番敏感でないといけない人種じゃないの?笑
さすがファビョラーですね。^-^


(参考)
http://www.youtube.com/watch?v=6CrJOYqyVi8
http://www.j-cast.com/2010/08/16073583.html?p=1


(Webデザイナー)古屋氏
「今聴いてて、ほんとに歴史というのは、積み重ねで重いんです。これは間違いない。それを踏まえた上で、ちょっと歴史的な事実だけ、一点だけ整理したい。
日本がドイツのユダヤ人虐殺のようなことをしたと言ってますけども(←どこの腐れドアホがそんなこと言ったんだ?)、日本人は、韓国を併合した時に、韓国人をホロコーストとかはしておりません。それはちょっと、非常に、誇張した表現です。
ただ、ただ、併合した時に、武力でパルチザンを弾圧したとか、そういうことはあります、それは申し訳ございませんでしたと僕は思います。
ただ、ただね、当時の日本人は、あなたたちが憎くて韓国を併合したわけじゃないんですよ。なぜなら、当時は植民地の、列強の、帝国主義の時代で(※韓国のゲストの高校教員の苦虫をかみ潰したような顔)、やむを得ずにやったことを理解してほしいんですよ。(※韓国のゲスト、主婦チョン・ヒョソンの「な・・・何言ってんのこの人」といった呆れ笑い顔)当時の人が悪いとか思ってないんですよ。しょうがない。」


労働組合)中嶌氏
「それは、それは、アメリカが原爆を落としたことを仕方ないって言われても、それと同じ理屈でOKって言えるかっていう話でしょ。」


(Webデザイナー)古屋氏
「それは申し訳ないんだけれども、」


労働組合)中嶌氏
「仕方ないから原爆落としたって言われたらOKって言えるかどうかって言われたら、それは言えないでしょ」


(Webデザイナー)古屋氏
「植民地を作っていくっていうのは、当時の人は誰も悪いとは思ってないんですね」


(映画監督)崔洋一
「あのね、それに関しては確かに、1910年の日韓、韓日併合に関して言えばね、そういうイデオロギーが日本を支配していた。それが武断統治という形で植民地時代を作ってきたのは事実。
だけれどもそれは、朝鮮半島の人々が、時のだらしない政権であった、時のだらしない王朝を求めていたのかと言えば、違う。そこからまず、問題を、説き起こさないとね、あたかも強い友情が弱い者を助けて、もっと強い者に対して抵抗するために、これは併合があったんだというね、全くとんでもない史観につながる」


(Webデザイナー)古屋氏
「そんなこと思ってません・・・」


(映画監督)崔洋一
「いや、(発言をさえぎって)いや、だから、あなたは変えられないんだよ。そういう史観は、変わろうとするなら、客観的な事実を積み重ねていくしかないのさ。ね?

(こんなオッサンに恫喝されて、うなずくしかない古屋氏)

それが当たり前の話じゃない。だからその時の、つまり併合時の1910年の日本の、イデオロギーというものはそういう方向に流れている。国そのものがそうなってた。だけど、36年間にわたる植民地時代が、それによって肯定されるという考え方は、基本的に歴史を語る資格は無い!」


(場内シーン・・・)


(京都大学准教授)小倉紀蔵氏
「まず、崔監督がおっしゃった、『あなたは歴史を語る資格は無い』と言ったのは間違いだと思いますよ。それは歴史っていうのは、どんな考え方もあり得るんです。どんな考え方を持っててもいいんです。ただそれが間違った事実に基づいて、自分の歴史観を構築したらね、それは正していかなくちゃいけないけども、歴史を語る資格がないっていう言い方は、それは間違ってます


(映画監督)崔洋一
「じゃあ小倉さんに問うけれども、今の問題は簡単なわけでね、客観的に日韓が歴史をやってるときに、それは、やっぱり客観的事実をもとにして言わない限り、自らの主張が客観的事実であるという前提にするときに、それを否定するということは大いにあることであってね、それこそが、言論でもみ合う表現で、もみ合うという前提をくじかせるために僕は言ってるんじゃなくて、やっぱり、彼が言った、非常に客観性をある種失った・・・僕はちゃんと説明してるつもりですけどね、客観的にことのことを語るのは、少なくとも、ものを知ってたり、日韓関係で直接に仕事で関わってる方達の、大人としての責任でしょ」


※何言ってんだかサッパリわからねー。言いたいのは結局下線の部分だけでしょう。まぁ、朝鮮の方々が「客観性」を主張するときはグダグダになって当然です。なぜなら彼らの主張である「日本が朝鮮半島をぐちゃぐちゃにした」ということ自体、そもそも全く客観性が無いからです。「客観性」に世界で最も乏しい方々ですからね。


(京都大学准教授)小倉紀蔵氏
「いや僕はね、大人としての責任というのはね、彼がある程度の、まぁ限られた知識ですよ、大学の間に歴史を勉強したと、限られた知識の中で、堂々と意見を言ったんだから、そういう意見もあるけれども、それは間違いなのかもしれないよ、と言うのが大人の責任・・・


(映画監督)崔洋一
「あのね、(発言をさえぎって)いやいやそれは違うよ、大人というのはそうではなくて、客観的な歴史的事実を歪めることは間違いだと、否定するのが大人でしょ」


(京都大学准教授)小倉紀蔵氏
「なぜそういう話をしたかというとですね、歴史の問題っていうのは、その、ある権力者がね、あなたの考えは完全に間違いですというふうに言論封鎖しちゃいけないんですよ。どんな考え方・・・」


(映画監督)崔洋一
「(発言をさえぎって)いや僕はね、申し訳ないけど、権力者でもないし、封殺はしていない。間違いを間違いと言ってるだけなんですよ」


(※ここでNHK司会者が仲裁、というか崔洋一を鎮めにかかる)



とりあえず・・・
植民地時代に白人による有色人種弾圧があり、それを防ぐために、経済的な損失を覚悟してでも韓国を併合し、「日本の一地方」として学校やインフラ等を整えたことと、原爆で30万人だかの非戦闘員が大量虐殺されたことと、どこがどう「同じ理屈」なのかが分かりません、労働組合の中嶌さん。


(崔)
朝鮮半島の人々が、時のだらしない政権であった、時のだらしない王朝を求めていたのかと言えば、違う。


そりゃぁ違うだろ。
どこの誰が「うちの国の統治者はアホであってホスィ」とか望むんだよ。
だから、当時の朝鮮半島の統治者は「実際にだらしなかった」んです。どっちつかずで、ロシアの南下をほとんど絵空事くらいに考えていた"可能性"もあります。日本からの要請を「文書の様式が正式な体裁にのっとってないから」みたいな理由で却下したりしてますからね。
そんなの隣にいるだけで国害でしょう。しっかりしてくれなきゃ、有色人種が白色人種の奴隷になる時代だったんですよ。ロシアの南下を世界の最貧国であった朝鮮が食い止められるわけもなし、他にどんな手があったでしょうか。


(崔)
併合時の1910年の日本の、イデオロギーというものはそういう方向に流れている。国そのものがそうなってた。だけど、36年間にわたる植民地時代が、それによって肯定されるという考え方は、基本的に歴史を語る資格は無い!


はい、これが朝鮮人の本音です。
どんな理由があろうとも、


謝れ、ひれ伏せ、カネよこせ。


それだけです。
上記の崔のセリフは「併合の理由があったことは認める。でも併合しちゃダメ!」と言っているだけです。結果的に併合したんだから日本は悪なの!とにかく悪なの!というだけのことです。恨(ハン)の文化とは恐ろしいものです。
それからこの番組では植民地、植民地と失礼なことを連呼していますが誰も訂正しない。それどころか「歴史を客観的に見ろ」と咆哮する崔自身が植民地という言葉を使っています。こういうバカは日韓関係に極めて有害なので、これこそ議論する資格が無いと言えるでしょう。


歴史を直視し客観的に見ろ崔洋一。


ちなみに1910年の韓国併合は英・米ともに賛同していますし、さらに清、ロシア、ヨーロッパ諸国にも全て話を通した上で行われました。
その中で、英文では、

「colonization(植民地化)」

ではなく

「annexation(併合)」

という標記が用いられました。


世界的に、それこそ客観的に見て、これは植民地化ではなく併合でした。これが史実であり、事実というものじゃないのかね、崔洋一。
そして重要なことは、日本も事前の根回しを反故にせず、しっかりと併合としてこれを処理したことです。

併合とは、イメージ的には、数年前までかなりの自治体で行われた合併のようなものです。
合併は事実上の吸収がよく行われますが、韓国併合もこの「吸収」だったと言えるでしょう。そして合併は、吸収された側の生活が不便になったり、税体制が違ったりすることは絶対にあってはならないという前提で行われます。当たり前です。だから下手くそな箱モノ行政を繰り返してきた貧乏自治体とは、どこも合併したがらないのが普通です。
その点、日本は当時の朝鮮をキッチリと「日本の一地方」として同等に扱い、また同志として彼らを扱いました。よく言われることですが学校やインフラを整備し、途方もない金額を朝鮮半島につぎ込んだという意味では同等以上の力を朝鮮に注いだのです。



※日本統治前の韓国の中心地ソウルは酷い状況でした。南大門のこの画像はよく見られますが、テレビなどではまず出てきません。朝鮮ではこれを恥だと思っているのでしょうか。だから歴史を直視できないのでしょう。



※ソウルの様子。例の『チャングムの誓い』の原風景に毛が生えた程度の、まさに未開の地でした。


そして、当時の朝鮮人らは日本の陸軍士官学校や海軍兵学校に殺到し、入隊倍率は30倍にも達したのです。このように、朝鮮人にも焦りと危機感を持った人々はたくさんおり、日本が進めようとしていた、


「アジアの同志の力を合わせ、白人による迫害から極東を守ろう」


という考えに賛同し、努力しようとした朝鮮人もたくさんいたのです。
自分たちの土地(朝鮮半島)を侵略し、財産や労働力を奪い取り、本国(日本)に吸い上げようとしているような国に対して協力しようという動きが、これほど広がるでしょうか?常識的に、そして「客観的に」あり得ないでしょ。
崔洋一は、これら母国(朝鮮)の先人の努力をも否定し、踏みにじっているということです。
どうしても、何が何でも、とにかく朝鮮人は日本に強制的に植民地化され、文化を根こそぎ破壊され、悲惨な目にあったということにしたいのです。



※いわゆる『チマ・チョゴリ』の原型です。写真だけでなく絵画の類も含め、朝鮮人が胸を露出した資料は多数見られます。当時は長男を出産した女性のみが胸の露出を許されたため、当時の女性にとっては誇りでした。しかし日本による韓国併合後、この伝統文化は禁止されました。
朝鮮人は「日本が朝鮮の文化を破壊した」と言ってはばかりません。しかし、胸の露出や、何かの病気になったと言っては家の柱に妙なものを打ち付けて「魔除け」にし、病気を治療するといった程度の文化なども当然含めて、朝鮮固有の文化として礼賛しなければならないでしょう。
このような牧歌的(?)生活を日本は「破壊」し、近代的で、清潔で、豊かな生活を朝鮮人に与えたということです。
しかし元の牧歌的生活に回帰しようという話を朝鮮人から聞いたことは一度もありません。

ちなみに、直接関係はありませんが、北朝鮮はチェコが共産圏だった頃に重機や電車車両などを購入しており、その債務8.5億円ほどが残っています。これを返済するため、残債の5%ほどを朝鮮人参で返済できないかとチェコへ打診しています。(嘘じゃありませんよ。笑)
北朝鮮は、当時の朝鮮半島全体の状況を示してくれています。

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(参考:イザベラ・L・バードの『朝鮮紀行』より)

都会であり首都であるにしては、そのお粗末さはじつに形容しがたい。
礼節上二階建ての家は建てられず、したがって推定25万人の住民は主に迷路のような道の「地べた」で暮らしている。
路地の多くは荷物を積んだ牛同士が擦れ違えず、荷牛と人間ならかろうじて擦れ違える程度の幅しかない。おまけに、その幅は家々から出た糞、尿の汚物を受ける穴か溝で狭められている。
酷い悪臭のするその穴や溝の横に好んで集まるのが、土ぼこりにまみれた半裸の子供たちと、疥癬もちでかすみ目の大きな犬で、犬は汚物の中で転げまわったり、日向でまばたきしている。

ソウルの景色のひとつは小川というか下水というか水路である。蓋のない広い水路を黒くよどんだ水が、かつては砂利だった川床に堆積した排泄物や塵の間を悪臭を漂わせながらゆっくりと流れていく。
水ならぬ混合物を手桶にくんだり、小川ならぬ水たまりで洗濯している女達の姿。

周囲の山々は松の木が点在しているものの、大部分は緑がなく、黒い不毛地のうねりとなってそびえている。

Seoulには芸術品がまったくなく、公園もなければ見るべき催し物も劇場もない。他の都会ならある魅力がSeoulにはことごとく欠けている。古い都ではあるものの、旧跡も図書館も文献もなく、宗教にはおよそ無関心だったため寺院もない、結果として清国や日本のどんなみすぼらしい町にでもある、堂々とした宗教建築物の与える迫力がここにはない。

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上記バード氏の記述を見ても分かるように、朝鮮は悲惨な状況でした。崔洋一の言うように客観的に考えねばなりませんが、これはもうどう考えても悲惨だったとしか言いようがありません。
そして日本は、この朝鮮人の生活を「破壊」し、圧倒的な生活向上を果たしました。


ちなみに、


日本の国会議員が全員韓国にひれ伏して、

個人への凄まじい金額の補償を行い、

日本の国力が大幅ダウンし、

韓国が日本以上の生活レベルになり、

在日朝鮮人が今以上の特権を握り、

生活保護を毎月50万円も支給され、

日本人は毎日大量の餓死者が出るようになったら、

韓国は日本にあまり歴史歴史うるさく言わなくなるだろう・・・


といったことを考えている人がいますが絶対に間違いですからね。甘いですよ。

朝鮮人の恨(ハン)とは、相手が経済的に成功してるから妬ましいとか、そういうことではありません。朝鮮は長い歴史の中で「負け続けた」土地であり「隷属し続けた」土地です。その中でいかんともし難い、精神的な階層秩序が生まれました。これを晴らしたいという、人種としての願望が「恨(ハン)」です。
これは、我々が普段使っているような「うらむ」「ねたむ」「そねむ」という意味とは全く違うので注意が必要です。我々が言うところの「うらみ」「ねたみ」は、一発殴ってやったり、相手より努力して上の立場になったりしたらスッキリ晴れることがほとんどです。しかし朝鮮の恨は、これとは根本的に違います。
また、朝鮮人には、歴史の中に脈々と受け継がれてきた「格」とでもいった感覚があり、中国から離れたところにある島国の日本など「最低の格」だと見なされています。そんな最低の劣等人種であったはずの日本人に併合されたという事実は、もはや「恨」をもって晴らすしかないのです。

日本人は、聖徳太子の時代からすでに大陸に対して堂々とした外交を志向していました。朝貢を求めてきた明の使者を切り捨てたこともあります。
これに対して朝鮮人は、「中国が最も貴い(大中華)のだから、これに取り入って自分たちも中華の輪の中に入り、政治的文化的に世界の中心である中華の『一部』になろう(小中華思想)。日本など、中国から離れた島国の野蛮人どもであり夷狄や禽獣でしかない。」と考えていました。そもそもが「誰かに隷属することで自分を高めよう」という根性だったのです。
だから、今現在でも韓国人は今上陛下に対して「天皇」という呼称を用いず「日王」と呼びます。「天皇」というのは中国の「皇帝」に並び称される号ですから、野蛮人、夷狄、禽獣の類が中国の皇帝と同列にあるなど、あってはならないわけです。
ちなみに世界的にはどうかといえば、米大統領がホワイト・タイで空港まで出迎えに行くのは日本の天皇、ローマ法王、英国女王の三人のみです。
また、ローマ法王が日本を訪問した際にはローマ法王が皇居へ挨拶に上がっていますし、天皇はローマ法王や英国女王と同席した場合、上席に着くことが許されています。


さて、このように考えていけば、崔洋一の発言も非常に納得がいきます。
つまりは日本など畜生なわけですよ。少なくとも歴史に象られた精神による視点では「禽獣」でしかないのです。確かに現代倫理により「客観性が重要」などと冷静さと公平さをアピールするために誰にでも受け入れられることを強調してはいますが、所詮は多少の理屈など全く関係無く「俺の言うことが史実でお前は間違い」「お前の間違いを正すことが大人としての責任」などという荒唐無稽な前提をもって議論を進めようとするのです。

なぜって、繰り返しですが、相手は島国の野蛮人であり、夷狄であり、禽獣だからです。

崔洋一の超頭の悪い議論を見てお分かりのように、もはやこの問題は完全な第三者による「絶対的な一次資料」を基にした協力無しには解決し得ません。理屈も客観性もへったくれも無いからです。あんな「禽獣並み」の頭の持ち主と議論したところで、どうにもならないのです。
古屋氏や小倉氏に、崔洋一がどう対しているか、youtubeで見てごらんなさい。
雰囲気的に全く公平ではないので最後に論破することはできませんが(NHKですから仕方ありませんが)、漫画『嫌韓流』の韓国側と議論するシーンそのまんまじゃないですか。これはかなり笑えますよ。

そして、その解決の糸口となる第三者の取り込みに精を出しているのはどちらかというと、圧倒的に韓国の方です。IRISというTBSの韓国ドラマをやってますが、あのキム・テヒとかいう毎日CMに出て愛想を振りまいている女優も完璧に反日ですからね。スイスにまで行って、「独島は韓国の領土」キャンペーンのようなことをしていたのは有名な事実です。
「女優としての仕事と歴史認識は関係無い」?とか何とか言ってるようですが、そんなことがまかり通るのは世界中で日本だけです。
カネが儲かるなら大嫌いな日本人相手でも仕事をするわけだし(普通はそんなに嫌いな国なら相手にはしません)、そしてそれは、日本人からカネを取ったという「恨を晴らす」ことにもつながるでしょう。
さらに繰り返しますが、恨というのは、晴らしても晴らしても絶対に「完全に晴れる」ことはありません。あるとしたら、日本列島が消滅して、日本人が世界から絶滅したら・・・というレベルでしょう。

そして、そんな女を有り難がって見ている日本人の平和ボケ具合といったらありません。
まぁ視聴率は非常に悪いようなので、それが救いですが。



崔洋一が正しいのは「客観性が重要!」という部分だけだな・・・
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