<幻想世界・冒険小説>  -EDDA-

一族に伝わる、古の『謎』

起こり始めた、各地の
『異変』

初めて目にする、広大な『世界』


今、青年エッダと共に『真実』を求む冒険へ・・・

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ラダンの一族にとって、記憶に新しい『べラグの襲撃』


「べラグ」とは、西方に広がる山岳地帯を根城とする蛮族の通称です。

山岳地帯を通過するキャラバンや少人数の商隊を狙って、略奪・殺戮を

繰り返す凶悪な一族。

獣の属性を色濃く残す彼らは、自らの欲望を達成するためならば、

手段を選ばず、道徳心のかけらも持ち合わせていません。


つり上がったどす黒く赤い目、左右に大きく裂けた口。

額から背筋に沿って、黒いたてがみが覆っています。

ケタケタと甲高い笑い声で、同胞の不幸をも大喜び。

小柄な身体に似合わぬ怪力は、その俊敏性と共に、大きな脅威です。

扱う武器は棍棒や、盗品の剣など。弓矢を扱う器用さはありませんが、

強力な投石の威力は、恐るべきものです。


基本的にはアジトの周辺でしか強奪行為を行わないべラグ一族が、

里に下って、ラダンの一族の集落を襲撃するに至った経緯・・・。

それは、とあるキャラバンの防衛をつとめていた一人の男がきっかけでした。


その男は、べラグ達の襲撃に遭いながらもたった一人生き残り、多くのべラグを

打ち倒したのでした。

べラグの一族は、その男に畏怖の念を抱き、自分達の首領として迎えたのでした。

元来、べラグには多種雑多の種族の「ならず者」が多く混在しています。

前述した特徴を持つ種族は、単に多数を占める者達であり、彼らにとっては

「強さ」が、唯一の「人格を判断する基準」なのです。


その男もまた、胸の内に悪しき野望を秘めていました。

数百の部下を従え、これを好機と、行動を起こしたのでした。

近隣の種族の集落を乗っ取り、財を得て、自らの「一族」を興そうと企んだのです。


少数派の種族は、抵抗する間も無く、彼らの手に落ちました。

滅亡を余儀なくされた一族もありました。

これまでの平穏な日々は一瞬にして奪われ、混乱と恐怖があたり一帯を支配しました。


これに対して、まず立ち上がったのが、ジェイド・オーグの一族でした。

同じく山岳地帯に集落をかまえる彼らは、かねてからべラグ達との

抗争が絶えませんでした。

今回においても、大規模な戦闘が繰り広げられましたが、ついに首謀者の存在を

突き止めたジェイド一族の長は、ラダンの一族に協力を依頼しました。


ラダン一族の「刺繍織り」をはじめとする有数の財宝を囮に用い、べラグどもを

一網打尽にする作戦を打ち出したのでした。

ラダン一族の長「ラダン」は、これに快く応じました。


べラグの首領たる男は、己の物欲の深さの故にまんまと罠に落ち、ついには

彼の「首領としての無能さ」を悟ったべラグの生き残り達に、八つ裂きにされました。

べラグはこの後、壊滅状態に陥り、ちりぢりに離散する運命を迎えました。


この出来事以来、ラダンの一族とジェイド・オーグの一族は、盟友として

良い関係を築き上げるに至ります。


                                              <了>

ラダンの一族の集落より、北東のはずれに位置する密林。

その最奥に、ひっそりと、まるで磨きぬいた鏡のように煌き輝く泉が

あります。ここが『ファスダヤの泉』です。


清水はあらゆる病と傷とを癒し、澄み切った空気は訪れる者の

心のよどみを払い、無垢の境地へと導きます。

泉をかこむ草木は、季節を問わず色とりどりの鮮やかな花を咲かせ、

華やかさを競い合っています。

泉に棲む魚は、みな大きく美しく、それぞれに宝石のような鱗を誇り、

優雅に泳ぐ姿で人の目を楽しませてくれます。


こうした泉に秘められた力の源は、一説には、泉の水底を埋め尽くす

『青輝石』であるとされています。

そのほとんどは、親指の爪ほどの大きさです。

表面は非常になめらかで、唇にあててみると、ひんやりとした

冷たさを感じる事が出来ます。

有色透明で、外周は快晴の空色。中心にゆくほどに紺碧ともいえる

色味を帯びます。

陽の光を透かして見ると、中に、微細な光の粒子が観察できます。


ラダンの一族の民達にとって、かけがえのない心の拠りどころとして、

古より代々、守り継がれています。


                                   <了>


ようやく、序章『ラダン』を書き終える事ができました。


ここまで読んでくださった方々、本当にありがとうございます。

皆様から頂いたコメントと読者登録は、私の何よりの喜びと励み

になりました(;▽;)


書き始めた当初、「序章」がこんなに長くなるとは思っても

いませんでした(^▽^;)

ここまで書いてみて、私にとって『小説を書く』というのは、

『想像を文章に翻訳する』という感覚に近いように思いました。

その未曾有の「面白さ」と「難しさ」に、心奪われています。


この場を借りて、ひとつお知らせを・・・。

書くと共に膨らみ続ける『EDDA』の「世界」を、自分としても

より確かな実感として楽しみたい!という意図のもとに、

『アガテ見聞録』を新たにスタートすることにしました。

「アガテ」とは、こちらの世界では広義に「世界」と解釈できる、

ラダンの一族の言葉です。


その名の通り、小説本編に登場した様々なものの「見聞録」です。

あくまで、お楽しみとしての読み物であり、コレを知らないと本編を

楽しめない・・・というような「予備知識」ではありません(^▽^)

『EDDA』本編ともども、よろしくお願いいたします。


読者皆様のブログのご発展とご健康を、心よりお祈りしております。

今後とも、よろしくお願いいたします。

ありがとうございました!

                         明 慧

『・・・一族の物語は、おそらくは、お前の物語であろう・・・』


大老様は、そう言われたのだ。


『ラダン』の言葉は、一族の使命として、今に至るまで不変のままに伝えられ、

『エッダ』の名前もまた、不変のままに、私の名に受け継がれた。


『エッダ』の記憶・・・『ラダン』が・・・今再び『エッダ』のもとへ。

これこそが、『使命』の『目的』であったのだ。


そして今、私自身の『使命』、『物語』が、幕を開く。


『ラダン』の、失われた真意を蘇えらせ、

『エッダ』が己の魂にかけて立てた、『誓い』を果たす。


誓いの報いに『導きの業』を授けた、『ある存在』に・・・。


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目を覚ました族長ラダンが、ゆっくりと身を起こす。

同時に、大老様が、少し咳き込みながら意識を取り戻した。


私はすぐさま、大老様の手をとった。


「大老様・・・・・」


それ以上、言葉が続かなかった・・・同時に、今、言葉が不要であるのを悟った。

それはもはや、対話ですらなかった。

心と心が融和する、『心導の業』。

つないだ手と手が、かすかに光を放っている・・・私には、そう見えていた。

とめどなく涙があふれ、頬をつたって流れ落ちる。


ひとすじの風が、オルドルを吹き抜けた。

その風は、虹のように輝く風だった。

風の祝福を受け、大老様は心の瞳を、今、ゆっくりと閉じられた。


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雷鳴と共に、翌朝を迎えた。

とはいえ、降雨の気配は無く、太陽はまぶしく木々の緑を鮮やかに輝かせる。


私はただ一人、集落の門に向かう。

門に続く道の両端に、無数の剣が列をなして地面に突き立っている。

これは、私たち一族の、旅立つ者への見送りと祝福の作法だ。

とすると、私の旅立ちは、一言として言わずとも、皆の知るところであったということだ。


それぞれの家系を代々守ってきた剣で、仲間の旅の安全を祈る。

なまくらの刃こぼれした剣、錆びた剣は、平和の象徴だ。

戦に参加することのない、平安の日々を物語る、なによりの証。


無数の剣の柱に見守られながら、集落の門にたどり着く。

開かれた門の真ん中に、陽の光を浴びてひときわ輝く細身の剣が、雄々しく立っていた。

降りかかる災禍を斬り、退け、一族に平和と安息をもたらす、長の剣。

その眩しさが、守護者たる者の全てを表していた。


・・・私は驚いた。

門の中心に置かれたものは、旅立つ者への贈り物とされているからだ。


柄を握り、一気に地面から引き抜く。

均整がとれた刀身は、重さを感じさせない。

腰に帯びていた自分の剣を地面に突き立て、授かった長の剣を鞘におさめた。


剣の柄には、ファスダヤの泉で採れる青輝石を連ねた鎖が絡めてあった。

バクタ爺お得意の石細工だ。柄から解き、右の手首に巻き付けた。



一族の皆からの祝福に守られ、私は力強く、振り返ることなく、旅の一歩を踏み出した。



                                                    <了>

ただ唖然とする私を、周りを囲む一族の皆が見つめている。

その視線・・・一様に息を呑む表情で、緊迫した空気が漂う。

そんな中、バクタ爺が、私が幼い頃から少しも変わらない、包み込むような優しい

まなざしで私を見守ってくれていた。

私は浅いあいづちで応えた。

おかげで、呼吸を整え、ともすれば混乱をきたしそうな心情から立ち直る事が出来た。


「我らが一族の始祖たる者・・・」


張り詰めた空気の緊張をほどくように、穏やかな口調で、大老様が語り始めた。


「我らが一族の始祖たる男は、『ある存在』に、己の魂にかけて誓いを立てた。

 『ある存在』とは何か、どのような誓いを立てたのか・・・

 それらの記憶は、すでに失われて久しいが・・・。

 

 かつて、この地は森林ではなく、ひび割れた不毛の荒野であったのだ。

 男が、『導きの業』を用いて、土地に潤いと緑をもたらした。

 風を、雲を、火を、そして心を導く、『導きの業』・・・。

 それらの『業』は、男の誓いの報いとして、『ある存在』が授けたものとされる」


大老様のオルドルが襲撃を受けた際、族長ラダンが用いた『蛮勇の心導』。

己の心に沸き立つ勇気の『心』を、増幅させる形で、より奮い立たせるように『導く』業・・・。

一族の民においても、少数の者にしか『業』の才の顕現はみられない。

その『業』が、一族の始祖から綿々と受け継がれてきたものだったとは。


それにしても驚くべきは、『導きの業』の、大自然の力と現象をも『導く』力!

荒地を、草原と林に変える・・・まるで、一族の民話『エデイアの掌』そのもの。


「始祖たる男は、『ある存在』から『業』を授かるとともに、ただ一つの命を使わされた。

 その使命こそは、現在に至るまで不変のまま継がれてきた。

 使命、それは、ただ一つの『言葉』を絶えることなく伝えゆく事・・・」


自分のまばたきの音が聞こえる。

虫でさえ、鳴き声をひそめ、真の静寂が訪れる。


「その『言葉』の記憶が決して絶える事が無いように、一族は代々、その『言葉』を

 我らが長の名として用い、これまで不変のままに伝える事を成し遂げた」


『我らが長の名』・・・使命として授かった『言葉』は、すでに明らかだった。

族長の名前に、そのような真実が秘められていたなどとは、夢にも思わなかった。


「『ラダン』・・・それが、我らが一族が授かった、伝えゆくべき言葉」


言葉にならない想い・・・今ここにいる皆が、同じように噛みしめていることだろう。

じんわりと、その目に涙を浮かべる者がいる。天を仰ぐ者もいる。

悠久の時を経て明かされた、一族の『使命』と、その『達成』・・・・・・その『達成』?


「族長様、いま、『成し遂げた』と申されましたか?

 『ラダン』の名を、『言葉』を伝えゆく使命は・・・今ここに終えた、という事ですか?」


私は思わず、大声を張り上げて問いただしていた。

謎に謎を積み上げられ、私はこれ以上耐えられない気持ちだった。


「エッダよ、これからだ。いまひとつ、真実を、心して聞くのだ」


曇りのない鋭い声に制され、私は乗り出した体を、無理矢理に落ち着かせた。


「『ラダン』は、名ではない。『言葉』だ。さらには『音』とも言えようか。

 ゆえに、『ラダン』をあらわす文字は存在し得ない。

 生きた声によってでなければ、伝えられることが叶わぬもの。

 そうでなければ、その真意は失われよう。

 

 そして、いまひとつは、名だ。

 誰の名か・・・お前にはすでにわかっておろう、エッダよ」


私の頭と心を、締め付けるように苦しめていた疑問!

私は、一気に吐き出すように、大声で叫んだ。


「男!・・・一族の・・・始祖たる・・・・・男!!」


両手を地面に付き、身体を支えるのがやっとだった。

滝のように、汗が顔を流れ落ちる。

しかし同時に、何かが開放されるような心地を感じていた。


「その通りだ、エッダ。我らが一族の始祖たる男・・・その名」


その時、すでに私は知っていた。

というより・・・わかっていた。もう一度、私の名が呼ばれる事を。

そしてその瞬間、私自身が解き放たれる事を。


「『エッダ』・・・我らが始祖たる男、その名は『エッダ』」


                                       <了>

「私たち一族に与えられた・・・使命」


私は、大老様の言葉を繰り返すように小声でつぶやいた。

しかし、頭の中を駆け巡っていたのは、別の言葉だった。


<ありのままを受け入れるのだ・・・確かに、お前は死んだ>


私自身もあの時、『死』を確信した。

それを『ありのままに受け入れる』とは?

・・・さらに、大老様が仰ったこと・・・あれは一体?


<今再び、お前はここに、『誕生』した・・・>


自分に向けられた言葉の真意を理解できず、苦しむ私の心情を静めるように、

大老様の『声』となった族長ラダンが、その自慢の優しく響き渡る美声で歌唱を始めた。

自然と、そこにいる皆が節を合わせて口ずさみ、厳かな合唱となった。


この歌は、私達一族にとって、最も重要であると同時に、非常に親しみ深いものだ。

授名儀式をはじめ、様々な節目ごとに必ず歌われる。

また、子守唄としても、童謡や遊戯唄の一つとしても唄われる。

いつの代においても、例外なく一族全ての人々に伝えられている。


ただ『歌』といえば、この『歌』の事を指す・・・そんな歌だ。


しかしこの『歌』には、ふたつ、不可思議なところがある。

子供のころは妙に気になっていたのだが、指摘する人も他におらず、

大人に聞いても納得のゆく答えを得られなかったため、次第に記憶の

片隅にしまわれていた・・・。

私も一緒に口ずさむうち、十数年ぶりに、この疑問が思い起こされた。


ひとつめ。この歌には『題名』が無い。

「『歌』といえば、この『歌』を指す」というのは、この理由の故に、

いわば逆説的にそうなったとも言えるように、私は思うのだ。


ふたつめ。この歌は、歌詞の『意味』が明らかにされていない。

そもそも、歌唱の部分は『歌詞』といえるものなのだろうか?

次々と、複雑に変化するリズムを彩る声唱・・・歌の最後を締めくくる、

『ラダン』と聞こえる部分以外には、具体的に何もつかめない。

一度、この事をバクタ爺に問い詰めた事があったが、爺も本当に

知らない様子だった。

いつしか私は勝手に、この歌を、代々の族長ラダンの讃歌だと思い込んでいた。


私の身に起きた事、大老様が仰った言葉、一族に伝わる『歌』、そして『使命』。

これら全てをひとつに結びつける『真実』が、あるのだろうか?


一族の歴史と秘密が、明らかにされようとしている・・・身震いするような想いと共に、

『歌』は、『ラダン』の名を高らかに謳い上げて終わりを迎えた。


「エッダ」


大老様の意思が、族長ラダンの声を借りて、私の名を呼んだ。


「一族の物語は、おそらくは、お前の物語であろう」


その一言は、私の心を大きく揺さぶった。目眩すら覚えるような感覚が襲う。

ただただ、次に話される言葉を待つしか、私にすべは無かった。


                                   

                                            <了>

「・・・・・エッダ・・・・・エッダ・・・・・」

しきりに私を呼ぶ声。

バクタ爺だろうか?

ようやく、「様」をつけるのをやめてくれたようだ・・・。

心安らかな暗闇。大きな優しさに包まれているような・・・。

揺らぐ視界。

私の近くに座り、しきりに声をかける人影。

私と、声の主を中心にして、輪のように取り囲む大勢の人の気配。

以前にも、同じような事があったな・・・。

私の額に、そっと掌が押し当てられる。

その小さな掌を拠りどころに、霧のように散漫とした私の意識は

一滴のきらめく雫へと凝結する・・・

私は飛び起きるように目覚め、視点も定まらずに、ただ、うろたえてばかりいた。

「よくぞ戻った、エッダ・・・」

耳ではなく、心に直接届いてくる、深慮な響き。

幾度となく私を呼び続けた、あの声だ。

私は深く息を吸い込み、落ち着きを取り戻した。

ゆっくりと、声の主の方へ向き直る。

「・・・あなたは・・・」

その人は、霊峰ツィラトの頂で感じるのと同じ、荘厳な空気を纏っていた。

時を超越し、全てを見通すような眼差し。

座して、扇形に床に広がる白銀の長髪が、ファスダヤの泉のよどみ無い

水面を思わせる。

「大老様・・・!ご無事で・・・!!」

大老様はゆっくり頷くと、少し疲れた表情で横になられた。

族長ラダンが慎重に抱き上げ、寝床へと移す。

取り囲む人の輪の中から、バクタ爺が安堵の表情で私を見つめていた。

幸い、大きな被害は無かったようだった。

オルドルの守人にも、犠牲者は出なかったと聞き、私もほっと胸をなでおろした。

・・・だが・・・、私はどうして助かった?

あれは夢ではない・・・ジェイド・オーグ一族の襲撃、そして私はあの戦士に・・・

今度は、はっきりと覚えている。

「・・・私は・・・あの時確かに・・・」

「そうだ、ありのままを受け入れるのだ、エッダよ」

大老様が手招きで私を呼び寄せた。

そこに集まる皆も、水を打つようにしんと静まった。


「確かに、お前は、死んだのだ。」

「・・・・・・・・・・」

「よいか。今、再び、お前はここに、誕生したのだ」


大老様は、族長ラダンに、自分の隣に横になるよう命じた。

ラダンの額に大老様の掌が置かれ、二人はかたく目を閉じる。

つかの間、静寂が訪れ・・・


「皆も聞くがよい」


突然、族長ラダンの張りのある声が響き渡った。

しかし、その口調は明らかに大老様のものだ。

おそらくは、心導の業の一つだろう。

『私を通して、大老様が話がある』と、ラダンが言っていたのを思い出した・・・。


「我らが一族の伝説を、我らが一族に与えられし使命を」

                                        <了>

ジェイド・オーグの剣技は一撃必殺。寸分の狂いなく、絶命の急所のみを狙う。

巧みに間合いを操り、雷光のごとき一閃を放つ・・・。


身を低く構え、地を這うように歩を運ぶジェイドの戦士。

口元には不気味な笑みが見て取れる。丸腰の私を相手に、楽しんでいるのか?

蛇のように睨む眼光が、私の背筋を寒くさせる。


「ごおおぉぉぉあぁ!!!」


戦士は突然、咽喉がちぎれんばかりの叫びをあげ、剣を振りかざし猛然と突進してきた。

すでに、間合いも、戦術も、誇りも無い。まるで、凶暴な野生の獣そのものだ!

私をめがけて、荒っぽい、殺意に満ちた雷撃が炸裂する。

しかし、来るのが分かっている斬撃など、避けられないものではない。

私は太刀筋を見極め、素早く後方へ飛んだ。


剣は、一瞬前に私が立っていた大地を穿ち、鈍い響きを残して砕け散った。


かすかな安堵を感じた、その刹那。

私は全身の骨が砕けるような衝撃を受け、小石のように跳ね飛ばされた。

ジェイド戦士の、渾身の力を込めた体当たりを喰らったのだ。

先ほどの一太刀は罠だったとでもいうのか・・・!?


仰向けに倒れたまま、何一つ体の自由が利かない。

これではまるで・・・『あの夜』と同じ・・・。


ジェイドの戦士が私の体に飛び乗り、首を力の限りに締め上げる。

戦士の顔は歓喜の表情に醜くゆがみ、唸るように意味不明のつぶやきを繰り返している。

意識が遠のく。視界がぼやけ、暗くなり、続いて真っ白に・・・。



・・・・・私は・・・・・死ぬ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

                                        <了>

大老様のオルドルは、くぐり抜ける隙間も無いほどに生い茂る林の向こうにある。

道中に目印となるものは何一つなく、限られた者しかたどり着くことはできない。

私は、授名儀式の際にたった一度だけ、オルドルを訪れた事がある。

しかし、ただただ続く密林と、幾度と無く交差する獣道しか記憶に無い。


族長ラダンは、しなやかな身のこなしで網目のように入り組んだ枝をくぐり抜け、

風のように駆けて行く。

私は、ラダンを見失わないようにいるのが精一杯だ。

気付けば、衣服が見るも無残に、枝に引き裂かれていた。

ラダンは、糸のほつれ一つ無いように見える。


ようやくラダンに追いついた。

その時、ラダンが右手で私を制し、まっすぐ前方に見える大木を指差して言った。


「この大樹の後ろに、大老様のオルドルが・・・・・!?」


ただならぬ気配が、私にもはっきりと感じられた。

耳を澄ますと、枝葉のざわめきの中に、かすかな金属音が混じって聞こえる。


「・・・この音は!?」


私がそう口にした時、すでにラダンの姿はとなりに無かった。

オルドルを支える大樹へと全速で走り向かい、葉を振り落とすような鋭い

雄叫びを上げる。これは、戦の時にしか用いない『蛮勇』の心導だ。


「・・・襲撃!?剣と剣とが打ち合う音だ!!大老様!!!」


私がオルドルにたどり着いたちょうどその時、屋根に火矢が放たれた。

一族の宝である、金糸を織り交ぜた刺繍織の幕を、瞬く間に炎の舌が焼き尽くす。

財宝目当ての盗賊なら、このような事はしないはずだ。


「エッダ!後ろだ!!」


ラダンの声に、とっさに身を伏せた。

刃の一閃が空を切る。危うく首を飛ばされるところだった。

すばやく体勢を立て直し、相手と対峙する。


「・・・・・!!!」


思わず言葉を失った。

背中から私の命を狙った者・・・べラグの襲撃で共に戦って以来、盟友としての契りを交わした

ジェイド種族の戦士だった。潔き闘心を誇りとする、ジェイド・オーグの一族。

大きく見開かれた目に、怪しい光を放つ蛇眼が瞬く。

その瞳からは、すでに『心』が感じられない。

だらしなく開け放たれた口からは、長い舌が垂れ下がり、小刀の切っ先のような牙が無数にのぞく。


ジェイド・オーグの戦士が、私との間合いをじりじりと詰め寄ってくる。

かなりの手練れであることは、先の一刀で明らかだ。

今の私に武器は無い。

呼吸を整え、来たる一撃に意識を集中する・・・。


                                       <了>


私たち一族の長、ラダン。


ラダンの名は一族の発祥より代々、長が受け継ぐ冠であり、一族の象徴だ。

長は世襲ではなく、当時の代において、最もふさわしい者が受け継ぐ。

私たちが一様に『ラダンの一族』と称されているという事が、代々のラダンの

輝きを証し立てている。


今、私が相対している人物は、まさにラダンになるために命を授かったと

いうような男だ。

ファスダヤの泉のように澄み切った銀の瞳が語る、慈悲と威厳。

濃い褐色の肌に、白銀に輝く長髪が映える。

武勇でべラグの襲撃から一族を救い、友愛で近隣の種族との絆を深める。


「エッダ、よく来てくれた。・・・『バクタ・サンド』の味は、やはり格別だったろう?」


屈託のない笑顔、兄のような親しい雰囲気。

ラダン自身も、幾度となく『バクタ・サンド』を食べる機会があったに違いない。


「ところで・・・。バクタ爺から聞いているとは思うが」

「はい」


いつもなら、まず世間話を楽しむラダンなのだが。

思わず身がこわばる。

つい先刻、脳裏を一瞬かすめた、あの感覚が蘇るようだ。

何かが『見えた』のではなく・・・あれは・・・?


「実は、話があるのは私ではないのだ。私を通して・・・大老様がな」

「大老様が・・・?」

「急ごう。もう、あまり時間がないだろうから」


大老様は、もう幾月もの間、床に伏せっておいでのはずだ。

齢は百をゆうに超えると聞いている。交流のある多くの他種族からも、

知恵や知識、物語や歌を伝える稀有な存在として、敬われている。


・・・大老様が、私の『叫び』に何かを感じられたのだろうか。


私はラダンと共に、大老様のオルドルへ駆け急いだ。



                                     <了>