久しぶりによく眠った。三週間ぶりの休み。
昨夜は九時に娘と布団に入り、起きたのは朝の九時。
十二時間の爆睡である。

起きてもまだ頭がボーっとしていて、ようやく二時を過ぎた今、息子を塾に入れて一人カフェで茶をしばきながら記事を書いている。

息子も小学四年、そろそろ塾の適齢期。これまでは、枝豆塾で鉄拳指導をしてきたのだが、受験までのあと三年、集団の中での競争がいいだろうと枝豆の母校でもある老舗塾に委ねることにした。

感想をきくと『楽しい!』という。
なにが?と突っ込めば、授業運営がエンターテイメント性に優れ、講師の座持ちが巧いらしい。

よかった… と思う。
苦しい勉強はさせたくないからである。
知ることが面白く、聞くことが新鮮で、点だった知識と知識が線で結ばれたとき、ヒトは賢くなる。というのが枝豆の持論だからだ。

子供の受験勉強に天才的な頭脳はいらない。楽しめる素質があればいい。
大人になってもこれは同じで、嫌々やる仕事は辛いだけで、そこに面白みを見つけたヒトは、どんな仕事をさせても巧くやる。

マックで二人、昼飯を食べながら、息子に塾通いの妙味を教えてやった。
交通費のちょろまかし貯金で食べる立ち食い蕎麦の美味や、塾の休憩時間に食べるベビースターの味。
ささやかな背徳行為のテクニックを教授してやったわけだが

これが進むと、夏期講習を一科目増やして申告し、歌舞伎町でイケナイ遊びをするようになる。
自分が親からちょろまかした金銭は、たぶん数百万に上るだろう。
こいつも、いつかそんな日がくるのだろうな、と予想しながら
『ママから騙すことはできても、パパには全部お見通しだからな』と釘をさすことも忘れなかった。




会社の金を横領して捕まる馬鹿な大人達の事件をみるにつけ、子供時代に、きっと悪いことしなかったヒトなのだろうなぁ と思うのだが、どうなんだろうか。